上 下
8 / 66

(8)

しおりを挟む
 彼の言葉に、嘘はないようだ。

 アナリスは、彼の瞳をまっすぐ見つめながらそう思った。

「だから、隣国からお一人で?」

「いいえ、まさか。第三王子なので少し気ままでいられますが、護衛も連れてきています」

 ラファエルは、爽やかな笑顔で頷いた。

 見ると、屈強な大男ふたりが、遠目でじっと二人を見つめている。

(衛兵かしらね。さすが王太子様、ちゃんと強そうな騎士さんばかりじゃないの)

 妙に感心していると、ラファエルはふと表情を変え、真剣な声で言った。

「しかし、まさか貴女が婚約破棄されるなんて、思いもしなかった」

「え、まあ……」

(わたしだって同じだけど?)

 アナリスが返答に困っていると、ラファエルは突然アナリスの両手を握った。

「あの、お願いがあります。どうか、わたしに、あなたの執筆のお手伝いをさせてはもらえないだろうか?」

(ええええ!?)

 アナリスは驚いて固まってしまう。

 その反応を見ると、彼は慌てて手を離した。

「迷惑でした?」

「え、そういうわけではありませんけど……」

(でも、なんでこのタイミング?)

 アナリスは不思議に思いながらも、なんとか笑顔を取り繕う。

「ありがたい申し出ですが。ただ……どうして私なんかに?」

 すると、彼は少し俯いて、静かに口を開いた。

「それは……貴女が私の大好きな作品の産みの親で、理想の女性だからです」

「理想っ…!」

 ラファエルは、顔を上げてアナリスを見つめた。

 その眼差しはとても真剣で熱いものだった。

「ヒロインのメイリーンは、あなたにそっくりだ。美しく、賢く、そして強い女性。貴女は、メイリーンがモデルに違いないです!」

(そ、そんなことないと思うけど……。確かに主人公のヒロインはわたしがモデルよ。でも、かなり話は盛ってるし、過大評価しすぎよ!)

 アナリスが困っていると、ラファエルはそっと手を伸ばしてきた。

 その手は彼女の頬に触れる寸前で止まり、優しく撫でるように動く。

「ベリーチェ……」

 彼はそう呟きながらゆっくりと手を下ろした。アナリスは思わず顔を赤くする。

(わわわ)

「あの……その呼び方やめてもらえませんか? わたし、作家であることは秘密なんですから…」

 アナリスは慌てて言った。

「では、なんとお呼びすれば?」

 彼は首を傾げてこちらを見つめている。

 アナリスは、少し考えて口を開いた。

「ええと……アナリスのままで大丈夫です!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。 真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。 そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが… 7万文字くらいのお話です。 よろしくお願いいたしますm(__)m

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】要らないと言っていたのに今更好きだったなんて言うんですか?

星野真弓
恋愛
 十五歳で第一王子のフロイデンと婚約した公爵令嬢のイルメラは、彼のためなら何でもするつもりで生活して来た。  だが三年が経った今では冷たい態度ばかり取るフロイデンに対する恋心はほとんど冷めてしまっていた。  そんなある日、フロイデンが「イルメラなんて要らない」と男友達と話しているところを目撃してしまい、彼女の中に残っていた恋心は消え失せ、とっとと別れることに決める。  しかし、どういうわけかフロイデンは慌てた様子で引き留め始めて――

王太子エンドを迎えたはずのヒロインが今更私の婚約者を攻略しようとしているけどさせません

黒木メイ
恋愛
日本人だった頃の記憶があるクロエ。 でも、この世界が乙女ゲームに似た世界だとは知らなかった。 知ったのはヒロインらしき人物が落とした『攻略ノート』のおかげ。 学園も卒業して、ヒロインは王太子エンドを無事に迎えたはずなんだけど……何故か今になってヒロインが私の婚約者に近づいてきた。 いったい、何を考えているの?! 仕方ない。現実を見せてあげましょう。 と、いうわけでクロエは婚約者であるダニエルに告げた。 「しばらくの間、実家に帰らせていただきます」 突然告げられたクロエ至上主義なダニエルは顔面蒼白。 普段使わない頭を使ってクロエに戻ってきてもらう為に奮闘する。 ※わりと見切り発車です。すみません。 ※小説家になろう様にも掲載。(7/21異世界転生恋愛日間1位)

気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいました

みゅー
恋愛
『転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります』のスピンオフです。 前世から好きだった乙女ゲームに転生したガーネットは、最推しの脇役キャラに猛アタックしていた。が、実はその最推しが隠しキャラだとヒロインから言われ、しかも自分が最推しに嫌われていて、いつの間にか悪役令嬢の立場にあることに気づく……そんなお話です。 同シリーズで『悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい』もあります。

失敗作の愛し方 〜上司の尻拭いでモテない皇太子の婚約者になりました〜

荒瀬ヤヒロ
恋愛
神だって時には失敗する。 とある世界の皇太子に間違って「絶対に女子にモテない魂」を入れてしまったと言い出した神は弟子の少女に命じた。 「このままでは皇太子がモテないせいで世界が滅びる!皇太子に近づいて「モテない魂」を回収してこい!」 「くたばれクソ上司」 ちょっと口の悪い少女リートは、ろくでなし上司のせいで苦しむ皇太子を救うため、その世界の伯爵令嬢となって近づくが…… 「俺は皇太子だぞ?何故、地位や金目当ての女性すら寄ってこないんだ……?」 (うちのろくでなしが本当にごめん) 果たしてリートは有り得ないほどモテない皇太子を救うことができるのか?

処理中です...