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11 夜間飛行
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愛の誓いを終えて、チャペルから二階の大広間へと会場を移して、各地の領主である魔王たちより、祝福の言葉を贈られる。
そして、アーゴイルの司会のもと、滞りなく式は進み、一番心配していた新郎新婦のダンスの時間になる。
フローラルは、僅かに唇を噛みながら、不安な視線を魔王に向ける。
「だいじょうぶだよ。わたしの手をはなさないで」
魔王はいつもの冷静な赤い瞳でウインクすると、彼女の手を握りながら、会場の中央に設けられた円形のステージへと進む。
演奏が始まる。
ハッと息を飲む。あの父への鎮魂歌が明るくアレンジされて、獣人たちの楽団で演奏されている。
来賓者たちに見守られながら、魔王の肩に手を添えて、軽やかにステップを踏んでいる。
最初は緊張した面持ちだったフローラルも、魔王の見事な誘導で、自然と口元から笑みがこぼれる。
様々な来賓者の笑顔の輪の中に、いない父親の顔が浮かんで見えた。
お父さん、わたし、幸せになります。
フローラルは、満面の笑みを浮かべながら踊り終え、ドレスの端をつまんで、丁寧にお辞儀した。
アーゴイルが式の終わりを告げ、新郎新婦が会場を出ようと歩き出した時だった。天井から二人の鳥族の子どもたちが、白い羽根で旋回しながら、籠から花びらを蒔きはじめた。
赤、青、緑、黄……様々な色鮮やかな花びらが、会場全体に舞い落ちて、二人は花びらの雨を、手を携えて歩いていく。
式が終わり、来賓者たちがそれぞろの領地へと戻り始めた頃、新婚夫婦は城の塔にある寝室のベットに並んで横たわっていた。
二人とも礼服やドレスを脱ぎすて、それぞれ、ラフな部屋着を着ている。
ゆったりしたガウンから、魔王のたくましい胸板がのぞき、フローラルは戯れに彼の胸毛へ手を伸ばす。
代わりに、魔王は彼女の豊かな緑髪を優しく撫でてくれる。
そして、その手が右腕の痣に触れた時、
「この黒薔薇の紋章の呪いから、きみを解放しよう」
すると、フローラルは、腕を引っ込めて、
「魔王様は、わたしたちの結婚が戯れになさりたい?」
魔王は、真顔で、まじまじと彼女の瞳をのぞき込む。
「わたしはきみをしもべにした。そして、強引に結婚するように引き込んでしまった。もう、君をそくばくする理由はなくなったんだ」
「いえ、そのままで結構よ」
フローラルは頬笑むと、魔王の頬を両手ですくい上げるように包み、口づけをする。
「わたしは好きです。大好きです。……愛しています。きっと、魔王様が思っている以上でしょうね」
「違うね。わたしも負けるつもりはない。夜空の星々に誓うよ」
そう言うと、魔王は突然、フローラルを抱き上げたままベランダから飛び降りた。
「キャッ!」
思わず悲鳴を上げる。
けれど、耳には風を切る音しかしない。
目を閉じた瞼を、恐る恐る開いたフローラルの眼前に広がっていたのは、雲の上に散らばる、黄金の月や夜空に広がる星々だった。
魔王の背中には鷹の黒く煌めく羽根が生えており、彼女の両膝を抱え飛んでいく。
「……美しいわ!」
エメラルドグリーンの瞳に、月明かりの光でさらに煌めくフローラルの横顔を、魔王は穏やかな表してで見つめている。
「きみのそんな顔が美しい。わたしに、もっとたくさんの顔を見せてほしい」
「もちろんよ」
と、こたえて、はたと、フローラルは気づく。
二人でいれば、一人で見る景色より、もっともっと違う景色が見える気がする。
この方となら、きっと、もっと人生の彩りが鮮やかに美しくなる。
夜間飛行から戻り、ベランダから降り立ち、癖になった唇の交わりを終える。
それから、フローラルは弾かれたように、
「わたし、もう帰るわ。メープルが心配するから」
と、身支度を始める。
「どうして? ここで暮らさないのか?」
魔王は、寝台の端に腰かけて、せわしなく準備をする新妻を見つめる。
フローラルは手を止めて、愛おしそうに彼を見下ろし、
「わたし、夢ができたの。人間の世界で、お店をする約束をしているの。だから。まだ別々に生活をしたくて。許してくれる? 駄目なら、わたし、きっぱり諦めるから」
魔王は微笑して、ロングコートを羽織り、
「きみの夢を応援したい。早く、準備をしなさい。下の馬車で待ってる。村まで送ろう」
「ありがとう、あなた」
魔王はそっと頬をすり寄せフローラルを軽く抱き、足早に室内を後にした。
車内には、荷物袋を肩にかけた、リリアが魔王の隣に座っていた。
黒耳と尻尾を帽子とブカブカのズボンで隠している。
「わたしを、フローラル様のそばに置いてください。王妃様の身の回りのお世話をするのが、わたしの役目ですから」
「それは嬉しい。これから、お店の準備で忙しくなるし。助けが欲しかったの。よろしくね、リリア」
フローラルがリリアの手を握ると、リリアも弾けるように黒目をうるうるさせながら、
「よろしくお願いします」
と、可愛らしい肉球の丸い手で握り返した。
そして、アーゴイルの司会のもと、滞りなく式は進み、一番心配していた新郎新婦のダンスの時間になる。
フローラルは、僅かに唇を噛みながら、不安な視線を魔王に向ける。
「だいじょうぶだよ。わたしの手をはなさないで」
魔王はいつもの冷静な赤い瞳でウインクすると、彼女の手を握りながら、会場の中央に設けられた円形のステージへと進む。
演奏が始まる。
ハッと息を飲む。あの父への鎮魂歌が明るくアレンジされて、獣人たちの楽団で演奏されている。
来賓者たちに見守られながら、魔王の肩に手を添えて、軽やかにステップを踏んでいる。
最初は緊張した面持ちだったフローラルも、魔王の見事な誘導で、自然と口元から笑みがこぼれる。
様々な来賓者の笑顔の輪の中に、いない父親の顔が浮かんで見えた。
お父さん、わたし、幸せになります。
フローラルは、満面の笑みを浮かべながら踊り終え、ドレスの端をつまんで、丁寧にお辞儀した。
アーゴイルが式の終わりを告げ、新郎新婦が会場を出ようと歩き出した時だった。天井から二人の鳥族の子どもたちが、白い羽根で旋回しながら、籠から花びらを蒔きはじめた。
赤、青、緑、黄……様々な色鮮やかな花びらが、会場全体に舞い落ちて、二人は花びらの雨を、手を携えて歩いていく。
式が終わり、来賓者たちがそれぞろの領地へと戻り始めた頃、新婚夫婦は城の塔にある寝室のベットに並んで横たわっていた。
二人とも礼服やドレスを脱ぎすて、それぞれ、ラフな部屋着を着ている。
ゆったりしたガウンから、魔王のたくましい胸板がのぞき、フローラルは戯れに彼の胸毛へ手を伸ばす。
代わりに、魔王は彼女の豊かな緑髪を優しく撫でてくれる。
そして、その手が右腕の痣に触れた時、
「この黒薔薇の紋章の呪いから、きみを解放しよう」
すると、フローラルは、腕を引っ込めて、
「魔王様は、わたしたちの結婚が戯れになさりたい?」
魔王は、真顔で、まじまじと彼女の瞳をのぞき込む。
「わたしはきみをしもべにした。そして、強引に結婚するように引き込んでしまった。もう、君をそくばくする理由はなくなったんだ」
「いえ、そのままで結構よ」
フローラルは頬笑むと、魔王の頬を両手ですくい上げるように包み、口づけをする。
「わたしは好きです。大好きです。……愛しています。きっと、魔王様が思っている以上でしょうね」
「違うね。わたしも負けるつもりはない。夜空の星々に誓うよ」
そう言うと、魔王は突然、フローラルを抱き上げたままベランダから飛び降りた。
「キャッ!」
思わず悲鳴を上げる。
けれど、耳には風を切る音しかしない。
目を閉じた瞼を、恐る恐る開いたフローラルの眼前に広がっていたのは、雲の上に散らばる、黄金の月や夜空に広がる星々だった。
魔王の背中には鷹の黒く煌めく羽根が生えており、彼女の両膝を抱え飛んでいく。
「……美しいわ!」
エメラルドグリーンの瞳に、月明かりの光でさらに煌めくフローラルの横顔を、魔王は穏やかな表してで見つめている。
「きみのそんな顔が美しい。わたしに、もっとたくさんの顔を見せてほしい」
「もちろんよ」
と、こたえて、はたと、フローラルは気づく。
二人でいれば、一人で見る景色より、もっともっと違う景色が見える気がする。
この方となら、きっと、もっと人生の彩りが鮮やかに美しくなる。
夜間飛行から戻り、ベランダから降り立ち、癖になった唇の交わりを終える。
それから、フローラルは弾かれたように、
「わたし、もう帰るわ。メープルが心配するから」
と、身支度を始める。
「どうして? ここで暮らさないのか?」
魔王は、寝台の端に腰かけて、せわしなく準備をする新妻を見つめる。
フローラルは手を止めて、愛おしそうに彼を見下ろし、
「わたし、夢ができたの。人間の世界で、お店をする約束をしているの。だから。まだ別々に生活をしたくて。許してくれる? 駄目なら、わたし、きっぱり諦めるから」
魔王は微笑して、ロングコートを羽織り、
「きみの夢を応援したい。早く、準備をしなさい。下の馬車で待ってる。村まで送ろう」
「ありがとう、あなた」
魔王はそっと頬をすり寄せフローラルを軽く抱き、足早に室内を後にした。
車内には、荷物袋を肩にかけた、リリアが魔王の隣に座っていた。
黒耳と尻尾を帽子とブカブカのズボンで隠している。
「わたしを、フローラル様のそばに置いてください。王妃様の身の回りのお世話をするのが、わたしの役目ですから」
「それは嬉しい。これから、お店の準備で忙しくなるし。助けが欲しかったの。よろしくね、リリア」
フローラルがリリアの手を握ると、リリアも弾けるように黒目をうるうるさせながら、
「よろしくお願いします」
と、可愛らしい肉球の丸い手で握り返した。
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