【完結】聖女は癒しの力で争いのない、愛の世界をめざします。

朝日みらい

文字の大きさ
上 下
14 / 18

(14)

しおりを挟む
 エミリーは、アルベール公爵との婚約式を待ち望んでいました。

 美しい会場やドレス、おいしい食事、そして大切な人たちに囲まれて、幸せな時間を過ごしたいと思っていたのです。

 しかし、あまりにもアルベールとの日常が幸せ過ぎて、かえって心から喜べないのでした。彼女は、自分の幸せが他の人々の不幸の上に成り立っているのではないかと罪悪感を感じるのです。

 毎朝、エミリーはアルベールと一緒に屋敷の庭園で散歩して、お互いに口づけを交わしていても、遠くから鐘の音が聞こえてくるのです。

 それは戦争で死んだ兵士や市民を追悼するための鐘でした。

 エミリーは唇をすぼめて、アルベールの目を見ました。アルベールの目にも悲しみや苦しみや怒りが浮かんでいるのが分かりました。


 それから数日後、エミリーはアルベールの婚約式の来賓リストを見て、驚きの声をあげました。それは、国王夫妻とともに、戦争中の敵対するアズガルド王夫妻まで呼んでいたのです。

 エミリーは、アルベールの目を見て、問いかけました。

「アズガルド王夫妻を……?」
 
 アルベールは、エミリーの手を握り、穏やかに説明しました。

「エミリー、私は、これが和平を進めるためのきっかけになると信じているんだ。事前に使者を送って国王夫妻からこの計画について伝えて、準備は整えてある。アズガルド王夫妻に対しても、私たちの婚約式に参加することを機会に、停戦協定を結ぶという提案を呼び掛けてある」

「それが本当に成功するかしら?」

「そうなると思うよ。彼らもまた、この長く苦しい戦争に疲れているはずだ。平和を望んでいるだろう。両国の首脳が信頼と友好の手を差し伸べるきっかけで、新しい関係を築く手助けができるはずだ」

「本当に……そうなったらうれしいわ。だけど……」

「だいじょうぶだよ、エミリー。私を信じて。君を危険にさらすつもりはない。あなたと一緒に幸せになりたいし、この戦争を終わらせたいとも思っている」

 アルベールは、エミリーの顔をそっと撫でて、優しく微笑みました。


 会場の選定も、アルベールの決断でした。戦闘が繰り広げられている国境近くの古城を選んでいたのです。

 エミリーは、アルベールと選んだ会場に到着したとき、息をのみました。それは、荘厳で美しい古城でした。

 しかし、その周りには、戦争の爪痕が残っていて、破壊されたドアや窓、焼け焦げた壁や木々、そして散らばったた血痕まで残っていたのです。

 エミリーは、その光景に胸が痛みました。

「アルベール、ここで婚約式をするの?」

「もちろん片づけはするけどね。でも、この古城で婚約式をすることで、戦争の悲惨さと平和の尊さを示すことができると思うんだ。ここを会場にすれば、敵対する国々に和解と協力のメッセージを送ることができるし、私たちの愛が戦争を超えることを証明することができると思っているから」

「でも、もし攻撃されたら? ここは戦闘地域に近いから……」

「大丈夫だよ。国王夫妻から十分な警備を用意してもらうよう依頼している。アズガルド王夫妻もこの婚約式に何も手出ししないと約束している」

「だけど、戦況は予想がつかないものよ」

「エミリー、私に信じてほしい。実を言うとね、エミリーやみんなを守る力があるんだよ」

「守る力? どういうこと?」

 アルベールは、エミリーに真剣な表情で言いました。

「エミリー、私には破壊と癒しの力を持っているんだ。それは神から授かった力だ」

「神から?どういうこと?」

「私は戦場で生死をさまよったとき、この世界を破壊する力と、癒しの力を手に入れたんだ。それは神の試練だったんだ」

「試練?どんな試練?」

「神は私に言ったんだ。この世界は悪に満ちており、滅びるべきだと。そして私にこの世界を破壊する力を与えたんだ。しかし同時に私に癒しの力も与えたんだ。それはこの世界を救う力だと言ったんだ。そして私に選択肢を与えたんだ。この世界を破壊するか癒すか」

「それで、どう思ったの?」

「迷ったよ。この世界は本当に悪に満ちているのかと。この世界は本当に滅びるべきなのかと。この世界には本当に救いはないのかと。しかし私は思い出したんだ。私はあなたに出会ったことを。愛されたことを。私はあなたと幸せになりたいことを。そして決めたんだ。この世界を癒すことをね」

「アルベール・・・」

「エミリー、私はきみのおかげで、愛する君がいるこの世界を救うことを選んだ」

 彼女は、アルベールの胸に抱きついて、耳元で囁きました。

「アルベール、ありがとう……」

 アルベールは、エミリーを強く抱きしめました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

優しく微笑んでくれる婚約者を手放した後悔

しゃーりん
恋愛
エルネストは12歳の時、2歳年下のオリビアと婚約した。 彼女は大人しく、エルネストの話をニコニコと聞いて相槌をうってくれる優しい子だった。 そんな彼女との穏やかな時間が好きだった。 なのに、学園に入ってからの俺は周りに影響されてしまったり、令嬢と親しくなってしまった。 その令嬢と結婚するためにオリビアとの婚約を解消してしまったことを後悔する男のお話です。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。

かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。 ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。 二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

処理中です...