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 エミリーは魔王の城に連れてこられました。

   鏡の中から出たとき、目の前にそびえ立つ巨大な黒い城を見て、恐怖に震えました。
   魔王の城という言葉を聞いたことがありましたが、実際に見るのは初めてでした。
 城は暗くて陰鬱で、死の気配が漂っていました。

「さあ、こちらへどうぞ」

   鏡の中から現れた男は、エミリーを城に連れて行こうと腕を伸ばしました。

「やめてください」

  エミリーは腕を振りほどこうとしましたが、男は許しませんでした。

「申し訳ありませんが、魔王様のご命令です」

 男は冷淡に言いました。

「会いたくないわ。私は神様を信じる聖女なのです。魔王と取引などしたら、聖女でいられなくなります」

 エミリーは首を横に振りました。

「いいから、来てください」

 男は、エミリーを無理やりに城内に引きずり込みました。

 城の中は外よりもさらに暗くて冷たくて、息苦しくなります。

 やがて、男性はエミリーを大きな扉の前に連れてきました。

「ここです」

 男性は扉を開けました。

「どうぞ、おはいりください」

 男性はエミリーを押し込みました。

 エミリーは扉の中に入ったとき、目の前に広がる光景に驚愕しました。

 扉の中は広々とした間で、壁や天井や床は金色で飾られていました。
 間の中央には大きな玉座があり、その上には高貴な姿をした男性が座っていました。
 顔や体や服装は美しくて華やかで、彼を見るだけで圧倒されそうでした。
 目や髪や爪や牙や角や翼や尾は赤くて炎のように燃えていました。

「ようこそ、エミリー。お前を待っていたよ」

 魔王は笑顔で言いました。

「あなたとなんか話したくない。早く教会に帰しなさい!」

 エミリーは怒って言った。

「そんなことを言わないでくれ。お前はわたしのお客様だから、今回は敬意を払うつもりだから」

 魔王は優しくするのに、かなり戸惑っているようです。

「いまさら敬意? あなたはわたしの大切なものを奪ってきたでしょ……」

 エミリーは魔王を睨みつけていました。

 魔王は彼女の射貫くような視線に、顔を反らしました。

「……好きだったから」

「好き?」

 意外な魔王の言葉に、エミリーは耳を疑いました。

「エミリー。すべて、お前が悪いのだ。子供の頃からお前は癒しの力で、病の人や悩める人々の心を癒す愛の力をもっている。その力で多くの人々を助けてきた。そんなお前が好きだった。お前はアルベールばかり見ていたから、奪ってやった。妬ましかったのだ」

 魔王は激しく足を踏み鳴らして言った。

「自分勝手で寂しい方ね。あなたこそ、一番癒されるべき、悲しい存在かもしれないけど……」

 エミリーは深い吐息をつきました。

「では、その力を私に譲れ。癒されたいのだ」

 魔王は言いました。

 エミリーは戸惑いながら、

「癒されたいって、魔王ですよね。あなたは癒しを必要としないでしょう? 癒しよりも破壊や殺戮を好むのでは?」

「それは違う。私も人間と同じように感情を持っている。喜びや悲しみや怒りを感じるのだ。孤独だってな」

 魔王はぶっきらぼうに言いました。

「孤独? でもこの城にたくさんの手下がいるわよね」

 エミリーはなおも不信の眼差しを向けました。

「違う。彼らは私に従うだけで、心を開いたりなどするものか」

 魔王は、ため息まじりに言いました。

「それは当然ね。あなたは彼らを殺したり傷つけたりして、恐怖で従わせようとしているだけだからよ」

 すると魔王はエミリーに近づいて、彼女の手を握りました。

「だから癒しの力を私に譲るのだ。あなたの癒しの力とアルベールに向けたような愛情で、わたしの心を満たしてくれ」

 エミリーは魔王の目を見上げました。

 彼の目は赤くて炎のように燃えていましたが、彼女はそこに深い孤独と切ない願望を見たのでした。

(彼の心は歪んでいる。でも本当に彼なりにわたしを愛しているのかもしれない。けれど、わたしはもう聖女。助けを求めている相手が、いくら許しがたい敵であったとしても……)

 魔王は、エミリーの前にひざまずきました。

「私は、あなたの大切な者を殺した。苦しみを与え、恐怖を感じさせた。私はお前に気づいてほしくて、憎まれるべき存在になろうとしたのだ。そんな方法でしか、お前を愛せなかった。だが、もうそんなのは嫌になった。私の心を愛情で満たしたい。お前の愛で、私の闇だけでなく、私の光を照らしだしてほしい」

 エミリーは、激しく胸の中をかきむしられたような気持ちになりました。

「……わかりました。私はあなたの願いを受け入れます。癒しの力を譲るわ」

 エミリーは言った。

「本当ですか? 本当にそうしてくれるのか?」

 魔王は驚いて尋ねた。

「でもね、私個人は、アルベールを殺したあなたを許すつもりはないわ。でも、今の私は聖女の身です。あなたの光の道しるべになります。でも、一つだけお願いがあります」

 エミリーは真剣な面持ちで、魔王を見つめる。

「何でも言ってくれ」

 魔王は言った。

「戦争を終わらせなさい。あなたの力で、わたしたちの世界に平和を。お願いします」

「わかった。約束は守る」

 エミリーは頷きました。魔王の頭に手を置き、ピンク色の光を放ちました。その光は、魔王の体中を包み込みこんでいきます。その光は、魔王の心中を浸透し、彼の闇を払っていきました。
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