83 / 95
赤い記憶が戻る時
11
しおりを挟む
登からである。
「そっちはどう?」
「ええ。来てよかった」
「それはよかった」
「あの、公演はどうなるのかしら」
すでに8月末になっている。
この時期に麗子が亡くなった。
代役を探すのにはあまりに時間がない。
「今回は中止になるだろうね」
「そう…。残念だわ…」
「皮肉なことに、今回の事件以降、劇団の問い合わせが殺到していてね。チケットも完売しているし、立ち見でもいいという客もいる。僕らの活動に対するマスコミの取材も受けている。こちらはてんてこ舞いさ。だから、君はまだ当分こっちには戻らないほうがいい。対応は僕が何とかするから。光子はそこでゆっくり過ごすんだよ。わかったね」
すでに類子は眠っている。
光子も歯を磨いてから、照明を落とした。
久々の柔らかい布団が気持ち良い。
「うん…うーん…うーん」
隣の声に光子は目が覚めた。
夜中の2時すぎである。
小刻みに震えながら、類子が唸っている。
光子は照明を点けた。
玉のような汗を額に浮かべて、うなされている。
光子はハンカチで、そっと額を拭った。
ふと、脳裏に帽子をかぶった郡山の姿が浮かんだ。
そして、いろいろな言葉が次々と浮かんでくる。
『額と額を合わせるだけで、他人の記憶を再生できる』
『一目見ただけですべてを覚えられる』
『あまりに他人の思い出を読み込むと、脳はパンクする』
『仮屋教授の妹ルイは、研究所を抜け出して占い師をやっていた』
『塩崎守は占い師に、私の記憶を再生してもらっていた』
『類子は、亡くなった麗子の額に、自分の額をこすり合わせていた』
光子は改めて類子の額を見た。
彼女はルイなのかもしれない。
いつも帽子を被っているのは、能力を使わないためだ。
なぜなら、あまりに他人の記憶を覗くと脳が記憶の許容範囲を超えてしまう。
それが重症化すると、現実と夢が区別できなくなり、最後は廃人となってしまう。
他人の記憶は彼女の記憶の一部となっているから、毎晩悪夢にうなされる。
しかも、死体の記憶を彼女は覗いてしまった。
だから、あの音声レコーダーだって簡単に見つけることができた。
しかし、あの殺人の光景を類子はずっと覚えていなくてはならない…。
「私のために…。ごめんね、ルイ…」
涙をこぼしながら、光子はぎゅっと手を握った。
「う、うーん…」
類子の呼吸がだんだんと落ち着いてきた。
光子は握ったまま横になった。
絶対に離したりなんかしない。
「そっちはどう?」
「ええ。来てよかった」
「それはよかった」
「あの、公演はどうなるのかしら」
すでに8月末になっている。
この時期に麗子が亡くなった。
代役を探すのにはあまりに時間がない。
「今回は中止になるだろうね」
「そう…。残念だわ…」
「皮肉なことに、今回の事件以降、劇団の問い合わせが殺到していてね。チケットも完売しているし、立ち見でもいいという客もいる。僕らの活動に対するマスコミの取材も受けている。こちらはてんてこ舞いさ。だから、君はまだ当分こっちには戻らないほうがいい。対応は僕が何とかするから。光子はそこでゆっくり過ごすんだよ。わかったね」
すでに類子は眠っている。
光子も歯を磨いてから、照明を落とした。
久々の柔らかい布団が気持ち良い。
「うん…うーん…うーん」
隣の声に光子は目が覚めた。
夜中の2時すぎである。
小刻みに震えながら、類子が唸っている。
光子は照明を点けた。
玉のような汗を額に浮かべて、うなされている。
光子はハンカチで、そっと額を拭った。
ふと、脳裏に帽子をかぶった郡山の姿が浮かんだ。
そして、いろいろな言葉が次々と浮かんでくる。
『額と額を合わせるだけで、他人の記憶を再生できる』
『一目見ただけですべてを覚えられる』
『あまりに他人の思い出を読み込むと、脳はパンクする』
『仮屋教授の妹ルイは、研究所を抜け出して占い師をやっていた』
『塩崎守は占い師に、私の記憶を再生してもらっていた』
『類子は、亡くなった麗子の額に、自分の額をこすり合わせていた』
光子は改めて類子の額を見た。
彼女はルイなのかもしれない。
いつも帽子を被っているのは、能力を使わないためだ。
なぜなら、あまりに他人の記憶を覗くと脳が記憶の許容範囲を超えてしまう。
それが重症化すると、現実と夢が区別できなくなり、最後は廃人となってしまう。
他人の記憶は彼女の記憶の一部となっているから、毎晩悪夢にうなされる。
しかも、死体の記憶を彼女は覗いてしまった。
だから、あの音声レコーダーだって簡単に見つけることができた。
しかし、あの殺人の光景を類子はずっと覚えていなくてはならない…。
「私のために…。ごめんね、ルイ…」
涙をこぼしながら、光子はぎゅっと手を握った。
「う、うーん…」
類子の呼吸がだんだんと落ち着いてきた。
光子は握ったまま横になった。
絶対に離したりなんかしない。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
そして何も言わなくなった【改稿版】
浦登みっひ
ミステリー
高校生活最後の夏休み。女子高生の仄香は、思い出作りのため、父が所有する別荘に親しい友人たちを招いた。
沖縄のさらに南、太平洋上に浮かぶ乙軒島。スマートフォンすら使えない絶海の孤島で楽しく過ごす仄香たちだったが、三日目の朝、友人の一人が死体となって発見され、その遺体には悍ましい凌辱の痕跡が残されていた。突然の悲劇に驚く仄香たち。しかし、それは後に続く惨劇の序章にすぎなかった。
原案:あっきコタロウ氏
※以前公開していた同名作品のトリック等の変更、加筆修正を行った改稿版になります。
四次元残響の檻(おり)
葉羽
ミステリー
音響学の権威である変わり者の学者、阿座河燐太郎(あざかわ りんたろう)博士が、古びた洋館を改装した音響研究所の地下実験室で謎の死を遂げた。密室状態の実験室から博士の身体は消失し、物証は一切残されていない。警察は超常現象として捜査を打ち切ろうとするが、事件の報を聞きつけた神藤葉羽は、そこに論理的なトリックが隠されていると確信する。葉羽は、幼馴染の望月彩由美と共に、奇妙な音響装置が残された地下実験室を訪れる。そこで葉羽は、博士が四次元空間と共鳴現象を利用した前代未聞の殺人トリックを仕掛けた可能性に気づく。しかし、謎を解き明かそうとする葉羽と彩由美の周囲で、不可解な現象が次々と発生し、二人は見えない恐怖に追い詰められていく。四次元残響が引き起こす恐怖と、天才高校生・葉羽の推理が交錯する中、事件は想像を絶する結末へと向かっていく。
騙し屋のゲーム
鷹栖 透
ミステリー
祖父の土地を騙し取られた加藤明は、謎の相談屋・葛西史郎に救いを求める。葛西は、天才ハッカーの情報屋・後藤と組み、巧妙な罠で悪徳業者を破滅へと導く壮大な復讐劇が始まる。二転三転する騙し合い、張り巡らされた伏線、そして驚愕の結末!人間の欲望と欺瞞が渦巻く、葛西史郎シリーズ第一弾、心理サスペンスの傑作! あなたは、最後の最後まで騙される。
復讐の旋律
北川 悠
ミステリー
昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。
復讐の旋律 あらすじ
田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。
県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。
事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?
まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです……
よかったら読んでみてください。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
旧校舎のフーディーニ
澤田慎梧
ミステリー
【「死体の写った写真」から始まる、人の死なないミステリー】
時は1993年。神奈川県立「比企谷(ひきがやつ)高校」一年生の藤本は、担任教師からクラス内で起こった盗難事件の解決を命じられてしまう。
困り果てた彼が頼ったのは、知る人ぞ知る「名探偵」である、奇術部の真白部長だった。
けれども、奇術部部室を訪ねてみると、そこには美少女の死体が転がっていて――。
奇術師にして名探偵、真白部長が学校の些細な謎や心霊現象を鮮やかに解決。
「タネも仕掛けもございます」
★毎週月水金の12時くらいに更新予定
※本作品は連作短編です。出来るだけ話数通りにお読みいただけると幸いです。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
※本作品の主な舞台は1993年(平成五年)ですが、当時の知識が無くてもお楽しみいただけます。
※本作品はカクヨム様にて連載していたものを加筆修正したものとなります。
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
授業
高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。
中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。
※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。
※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる