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赤い記憶が戻る時

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登からである。
「そっちはどう?」
「ええ。来てよかった」
「それはよかった」
「あの、公演はどうなるのかしら」
すでに8月末になっている。
この時期に麗子が亡くなった。
代役を探すのにはあまりに時間がない。
「今回は中止になるだろうね」
「そう…。残念だわ…」
「皮肉なことに、今回の事件以降、劇団の問い合わせが殺到していてね。チケットも完売しているし、立ち見でもいいという客もいる。僕らの活動に対するマスコミの取材も受けている。こちらはてんてこ舞いさ。だから、君はまだ当分こっちには戻らないほうがいい。対応は僕が何とかするから。光子はそこでゆっくり過ごすんだよ。わかったね」
すでに類子は眠っている。
光子も歯を磨いてから、照明を落とした。
久々の柔らかい布団が気持ち良い。

「うん…うーん…うーん」
隣の声に光子は目が覚めた。
夜中の2時すぎである。
小刻みに震えながら、類子が唸っている。
光子は照明を点けた。
玉のような汗を額に浮かべて、うなされている。
光子はハンカチで、そっと額を拭った。
ふと、脳裏に帽子をかぶった郡山の姿が浮かんだ。
そして、いろいろな言葉が次々と浮かんでくる。

『額と額を合わせるだけで、他人の記憶を再生できる』
『一目見ただけですべてを覚えられる』
『あまりに他人の思い出を読み込むと、脳はパンクする』
『仮屋教授の妹ルイは、研究所を抜け出して占い師をやっていた』
『塩崎守は占い師に、私の記憶を再生してもらっていた』
『類子は、亡くなった麗子の額に、自分の額をこすり合わせていた』

光子は改めて類子の額を見た。
彼女はルイなのかもしれない。
いつも帽子を被っているのは、能力を使わないためだ。
なぜなら、あまりに他人の記憶を覗くと脳が記憶の許容範囲を超えてしまう。
それが重症化すると、現実と夢が区別できなくなり、最後は廃人となってしまう。
他人の記憶は彼女の記憶の一部となっているから、毎晩悪夢にうなされる。
しかも、死体の記憶を彼女は覗いてしまった。
だから、あの音声レコーダーだって簡単に見つけることができた。
しかし、あの殺人の光景を類子はずっと覚えていなくてはならない…。
「私のために…。ごめんね、ルイ…」
涙をこぼしながら、光子はぎゅっと手を握った。
「う、うーん…」
類子の呼吸がだんだんと落ち着いてきた。
光子は握ったまま横になった。
絶対に離したりなんかしない。
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