上 下
73 / 95
赤い記憶が戻る時

しおりを挟む
  薄暗い警察署の拘置所で、大門光子は目がさめた。

「たとえどんな残酷な運命が私たちをもてあそんだとしても。決して私たちは離れない。永遠に、あなたはこの胸の中に!」

 夢の中で、舞台の台詞を何度も叫んでいた。
独房には、簡易ベッドにトイレがある。
壁の丸時計が朝8時過ぎを指している。
夜は眠れなかった。それもそのはずだ。
私は人を殺してしまった。
仰向けになったまま、両手を広げてみる。
真っ赤に染まったべとついた血液の感触と生臭い匂い。そして腹に突き立てられたナイフ。床に転がった肉体。
マスコミは大騒ぎのはずだ。
自分の顔写真が画面全体に映し出されて、賢者かぶれした、物知り顔の教授が、最もらしいコメントをしているはずである。
急に涙が溢れだした。
昨日は緊張や恐怖で感情が押し殺されてしまっていた。
そして段々とそれが現実に起きたことで、自分は犯罪者になったのだと分かった時、一斉に悲しみが噴き出したのだ。
「うるせえ!声たてんなよ」
隣の独房から、がさつな女の怒鳴り声がした。
彼女は、うつ伏せになって湿ったシーツに顔を押し付けて、目を閉じた。
このまま窒息して死んでしまいたくなった。
けれども、辛くてできない。
仕方なく口を手で抑えて鳴き声を押さえ込んだ。
蛍光灯の鈍い灯に照らされて、無数の蠅が群がって飛び跳ねている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

サイコパスハンター零

戸影絵麻
ミステリー
新米刑事の笹原杏里は、とある地方警察署に勤める新米刑事。童顔とミスマッチな迫力あるボディがトレードマーク。その肢体と、持って生まれたある特異体質を見込まれ、囮捜査に駆り出された杏里は、危機一髪のところを不思議な少女に救われる。無数の目玉をデザインした衣を身にまとった美少女は、黒野零と名乗り、やがて杏里と行動を共にするようになる。そんなとき、杏里の所属する照和署の管内で、若い女性を切り刻む猟奇殺人事件が発生。犯人は防犯カメラに映った”顔のない男”。やがて事件は奇怪な連続殺人へと発展し…。 密室、人体消失、首狩り殺人、連続猟奇殺人。杏里と零の前に立ちふさがる数々の謎。その謎をすべて解き終えた時、ふたりの目の前に現れた強大な敵とは…? 驚天動地の怪奇ミステリ、ここに開幕!

綾町奈々子はいかにして毒島奇麗を落としたか?

奥野とびら
ミステリー
ドジっ娘新人編集者の綾町奈々子が自分が担当する高飛車な美人作家・毒島綺麗に恋をして、やがては結ばれる物語です。ミステリです。

神北高校事件ファイル0 名探偵はまだいない

ずんずん
ミステリー
 夏期合宿で愛媛県の離島を訪れた榎田達神北高校柔道部だったが、そこで第一の死者が発見された。台風の接近により警察も呼べず島外脱出も不可能に……。

EITOエンジェル総子の憂鬱(仮)

クライングフリーマン
ミステリー
大文字伝子の従妹、南部総子は、ひょんな事から、探偵とEITO大阪支部のEITOエンジェルの「2足の草鞋」を履くことになった。

犯人はこいつです!〜足りないのは動機と証拠とアリバイと〜

高前タルソン
ミステリー
幼い頃から事件の詳細を知ると、なぜか犯人がわかってしまう不思議な高校生 夏井正太郎(なついしょうたろう)。 ただ、犯人は分かっていても、動機も証拠も分からない高校生の推理などには誰も耳を傾けてはくれない。 日々悶々としてるしかない天才探偵。 犯人はコイツなのに! だが、証拠もなしにそんなことを言えば、かえって危険だ。 そんなある日、正太郎は一人の女性刑事と出会う。 山ノ井冬香(やまのいふゆか)、齢34。 熱血漢で強い信念を持って仕事に取り組んでいる。が、不器用な性格のためか、未だ警察官としてこれといった結果を出せてはいない。 この二人の出会いが、この世の犯罪者達を震え上がらせていくことになる。

ボクは名探偵?

Mr.M
ミステリー
『転生したとある旧家の美しき少女と夢の中の殺人事件に名探偵として巻き込まれて、ボクは遺産相続にまつわる出来事で調査をすることになったが、それは書きかけの推理小説の世界だった』 名探偵に転生したボクは美しき少女と事件の謎を追う 『もし使用人の娘を後継者とするならば  夜霧の家に血の雨が降る』 投稿サイトで連載中の『夜霧家の一族』 それは さる高名な作家の有名な作品をオマージュした 推理小説だった。 ある日、目を覚ましたボクは その小説に登場する名探偵「風来山人」として 物語の中に転生していた。 そこで対峙する夜霧家の人間の中には 宿禰市磐井高校3年2組のクラスメイトに 瓜二つの者達がいた。 彼らはボクの親友をいじめていた連中だった。 ここは推理小説の世界。 ならば当然・・。

処理中です...