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刻まれた記憶

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「現実と幻想が完全に混濁している。いうなれば現実でも、夢の世界であると勘違いしていることになる。それはあまりにも悲惨な思い出を見てきたからなんだよ。他人の記憶をね」
「他人の、ですって?」

 光子は思わず声をあげてしまう。

 先生は、口先に指を当てながら、言った。

「本当であれば、患者のプライバシーの観点から、話してはいけないのです。ですが、資金援助をしてくださっている大門薬品の、お嬢さんの頼みなら、と特別にお話しているのですが」

 先生は前置きをしてから、話を続けた。
 
「彼は一般的な人間とは違うのです。ちまたでいう超能力って呼ばれるものです。

 彼は他人の記憶を読み込んだり消しさったりする。さらに恐ろしいことに自分の都合のよい記憶に塗り替えてしまうことだってできる。

 いうなればマインドコントロールです。他人の額と自分の額を摺り合わせさえすればいい。簡単に読み取られてしまいます」

 だから、いつも額を隠すために野球帽を被っているのだ。

 先生は、話し続ける。

「だが、もしそんなことをやり続けていたらどうだろう。他人の思い出が頭に蓄積され続けていくことになる。

 あなたのように一般の人は、どんどん物事を忘れるが、彼はそうではない。一度見ただけで全てを暗記してしまう。

 けれども人間の脳にだって限界はあるから、そのままにしていたら彼の母親みたいに廃人になるわけだ」
「廃人…?」
「彼女はここの地下病棟で亡くなった。病気でね。最後まで愛する子供が誰であるかも分からずに」

 光子は、こわくなって、自分の手を握り締めた。

 そうしないと、振り落とされそうな気分だった。
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