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屋上で出会った青年

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「いえ。ぼく、近くの高齢者専用の温泉施設で介助の仕事をしています。入浴や食事、散歩や話し相手、何でもします」
 青年はこたえた。
「それは大変ですよね」
「そんなことはありませんよ。いや、むしろ楽しいんです。いろいろな方と出会えます。僕は社員ではないので、なにか利害に囚われず、困った人に素直に接することが出来ます」

 社員ではないというと、アルバイトや何かで働いているのかな、と光子は思った。

 青年はコーヒーを飲み干すとズボンのポケットにねじ入れた。

 あわてて光子も、ミネラルウォーターを飲み干す。

 彼はおもむろに腕時計を見た。
「もう21時の5分前です。帰りましょう。屋上のドアが締まってしまいますよ」

 そして、光子の方に向き直ると手を差し伸べた。

 介助で慣れているのか、ごく自然に彼に手を取られ、気がつくと一緒に歩いている。

 彼の手のひらの、ぬくっとした温かさ。

 光子は顔がぽっと熱くなるのを感じた。

 暗くなかったら、恥ずかしくて逃げ出していたかもしれない。

 そんな彼女をよそに、青年は手馴れたように出口まで連れて行ってくれた。

「ありがとう」

 恥じらいながら手を離して、後手に組み直すと、青年の顔を恐る恐るのぞき込む。

 短く刈り込んだ頭髪、長く伸ばした顎髭、高い鼻、優しげな小さな瞳が覗いている。

 年齢は20代後半くらい。

「あの。もしよかったらですけど」

 彼は鞄から白黒のパンフレットを手渡した。

「ぼくは黒テントという劇団をしています。これから作品をみんなで創るのです。ぜひご参加下さい。僕、望月登っていいます」

 そう言うと、彼ははにかむような笑みを浮かべた。
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