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異世界
14 変形
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そんな彼女に無言の愛想笑いで応じながら、ケンは早鐘の鼓動を殺そうと呼吸を深くしていた。
彼女の言葉は事実だ。
ケンは彼女が恐い。今、この世で恐い人間はぶっちぎりで目の前の女だ。
そして、この世で一番憎たらしい人間も目の前の女だ。
殴り倒せるものなら殴り倒したいと本気で思うし、それ以前に今すぐにこの場から逃げ出したくてたまらない。
押し黙るケンに対して、魔女の瞳が蛇のように細められる。その視線に射竦められながらも、しかし目をそらすような弱気だけはさらさない。
「くっせえのは、嫌いなんだよ」
彼女はそんなケンの虚勢に唇を舌で湿らせて、
「……いいわ。社会で無能なあなたを、ここでは有効なものに変えてやる」
と、長い舌を蛇のようにして、ケンの喉に押し入れていく。
「ぐあ――っ!」
――全身を支配する、圧倒的な『熱』だった。
――これは本気でヤバい。
固い地べたの感触を顔面に味わい、ケンは自分がうつ伏せに倒れていると気付いた。
全身に力が入らず、手先の感覚はすでにない。
ただ、喉をかきむしりたくなるほどの熱が体の真ん中を支配している。
――熱い、アチいよ。
叫び声を上げようと口は塞がれて、鋼の板になっている。
――ああ。
倒れる体が、溶接所の赤く染まったマグマのような鉄みたいに、ぐぎゃぐやに曲がっていく。
体を焼き尽くすような『熱』の原因はいまだに活動中。かろうじて動いた手が腹部に向かい、そこにあり得ない感触を得て、納得がいく。
――俺、全身、鋼になってんのかよ。
どうりで熱いと感じるわけだ。『痛み』と『熱』を錯覚しているらしい。
どうやら鉄の人間なっていくようだ。
魔女の力で、何者かになっていく。
理解した瞬間に急速に意識が遠のいていく。
置いてけぼりにされるのは、『魂』の同行を拒否された肉体だけだ。
その肉体を、消える意識からの最後の働きかけで少しだけ動かす。首を、上に向けて。
床から、何とか意識を取り戻したイリスの瞳が、変わっていくケンを見つけた。
ケンが、ただ願ったのは――彼女が無事でありますように、ということだけだった。
俺はずっと派遣でならい回しに働かれて、捨てられた無能な奴だし、友だちだって、ましてや、女子にも優しくされずに無視されてきた。
そんな俺でも、彼女は俺を助けてくれた。彼女の命を救えるなら、俺はここで化け物にでも、なってやる。
イリスは満身創痍の体に鞭打ち、床を四つん這いになりながら、魔女の背後から迫り、溶け出す俺の手を握った。
一瞬、鈴の音のような声が聞こえた気がする。体は何か別の形に変わり続けていて、どこが耳でどこが鼻かもわからない状態だから、空耳の可能性の方が高い。
それなのに、記憶を頼りに再現したのだとしても、その声はひどく心地よく感情を揺さぶる。
魔女の代わりに、イリスの唇が、舌先が強くケンの舌に絡む。
かすかに動いた指先が、自分の手を握り返してくれたような気がした。
「どいてろ。剣に意識が入り込むじゃないか」
イリスの首根っこを引っ掴み、魔女は無理やり、引き剥がそうとする。それでも離れないイリスの舌を、ケンは、懸命に、がむしゃらになって、追いすがる。
「イリスっ!」
『痛み』も『熱』も全ては遠く、無駄な足掻きの負け犬の遠吠えだ。
だが、それでも――、
「イリス――俺が守る」
彼女の言葉は事実だ。
ケンは彼女が恐い。今、この世で恐い人間はぶっちぎりで目の前の女だ。
そして、この世で一番憎たらしい人間も目の前の女だ。
殴り倒せるものなら殴り倒したいと本気で思うし、それ以前に今すぐにこの場から逃げ出したくてたまらない。
押し黙るケンに対して、魔女の瞳が蛇のように細められる。その視線に射竦められながらも、しかし目をそらすような弱気だけはさらさない。
「くっせえのは、嫌いなんだよ」
彼女はそんなケンの虚勢に唇を舌で湿らせて、
「……いいわ。社会で無能なあなたを、ここでは有効なものに変えてやる」
と、長い舌を蛇のようにして、ケンの喉に押し入れていく。
「ぐあ――っ!」
――全身を支配する、圧倒的な『熱』だった。
――これは本気でヤバい。
固い地べたの感触を顔面に味わい、ケンは自分がうつ伏せに倒れていると気付いた。
全身に力が入らず、手先の感覚はすでにない。
ただ、喉をかきむしりたくなるほどの熱が体の真ん中を支配している。
――熱い、アチいよ。
叫び声を上げようと口は塞がれて、鋼の板になっている。
――ああ。
倒れる体が、溶接所の赤く染まったマグマのような鉄みたいに、ぐぎゃぐやに曲がっていく。
体を焼き尽くすような『熱』の原因はいまだに活動中。かろうじて動いた手が腹部に向かい、そこにあり得ない感触を得て、納得がいく。
――俺、全身、鋼になってんのかよ。
どうりで熱いと感じるわけだ。『痛み』と『熱』を錯覚しているらしい。
どうやら鉄の人間なっていくようだ。
魔女の力で、何者かになっていく。
理解した瞬間に急速に意識が遠のいていく。
置いてけぼりにされるのは、『魂』の同行を拒否された肉体だけだ。
その肉体を、消える意識からの最後の働きかけで少しだけ動かす。首を、上に向けて。
床から、何とか意識を取り戻したイリスの瞳が、変わっていくケンを見つけた。
ケンが、ただ願ったのは――彼女が無事でありますように、ということだけだった。
俺はずっと派遣でならい回しに働かれて、捨てられた無能な奴だし、友だちだって、ましてや、女子にも優しくされずに無視されてきた。
そんな俺でも、彼女は俺を助けてくれた。彼女の命を救えるなら、俺はここで化け物にでも、なってやる。
イリスは満身創痍の体に鞭打ち、床を四つん這いになりながら、魔女の背後から迫り、溶け出す俺の手を握った。
一瞬、鈴の音のような声が聞こえた気がする。体は何か別の形に変わり続けていて、どこが耳でどこが鼻かもわからない状態だから、空耳の可能性の方が高い。
それなのに、記憶を頼りに再現したのだとしても、その声はひどく心地よく感情を揺さぶる。
魔女の代わりに、イリスの唇が、舌先が強くケンの舌に絡む。
かすかに動いた指先が、自分の手を握り返してくれたような気がした。
「どいてろ。剣に意識が入り込むじゃないか」
イリスの首根っこを引っ掴み、魔女は無理やり、引き剥がそうとする。それでも離れないイリスの舌を、ケンは、懸命に、がむしゃらになって、追いすがる。
「イリスっ!」
『痛み』も『熱』も全ては遠く、無駄な足掻きの負け犬の遠吠えだ。
だが、それでも――、
「イリス――俺が守る」
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