異世界に落ちたオレは、キミの最強の武器になる

異世界

４ 救世主？

　さっきまで盛り上がっていた気分もどこへやら、全身の血の気が引く音を聞きながら、ケンは必死で温情にすがるために頭を地面にこすりつけた。

｢生意気なことして、すみませんでした。まだ、来たばかりで、分からないことばかりで。下働きでもなんでもします。ですから、何とか命だけは助けてください。お願いします｣

　いつもろれつが回らない舌が饒舌になる。必死になると、口先は嘘やほうべん、何でもするもんだ。派遣先の正社員がやってた、謝罪のテンプレート。個々で役立つとは、無駄に社会人、やってねえ。
　それに、だってナイフは刺されたら終わりだし、ナイフ持ち相手のスキルとかわかんねえし。生きるなら、人は何でもできるもんだ。

「はあ？　最弱のくせに。世の中、弱肉強食なんだよ、ベビーちゃんよ」

　土下座する顔面を上から踏みつけられ、額で地面を削って血が流れた
　そのまま顔を蹴りつけられ、いたぶるように腕を噛まれる。必死で丸まる体に次々と容赦なく、攻撃が加えられていく。

　痛てええ。死ぬかもしんない。

　意識をなくしたら、このままな食い殺される可能性は大きい。
　いっそ玉砕覚悟で暴れるか。ダメージを受ける前ならそれもありだったが、重傷一歩手前の今では一矢報いれるかも微妙になってる。かといってこのまま死ぬのも嫌だ。

「動くんじゃねえよ、ボケ！」
「あたたたたた！　痛い痛い痛い！！」
　立ち上がろうとするが、思い切り掌を噛まれて悲鳴しか出ない。あの饒舌の舌は悲鳴しか出せねえ。

　唾を飛ばして、狼どもは残酷な狂気じみた顔で、ニヤニヤしながら、持った短刀が逆手に持ちかえるとギラリと殺気立つ。派遣先のむかつく上司なんか、それに比べたら生優しいもんだったと、今更反省しても遅いが。
　
「動けないようにしてから身ぐるみ剥いでやるよ。ベビーちゃんよ……」
「金目の物もない、一文無し野郎……」
「生きたまま、生皮剥いでやる」

　あ、この世界にも、サイコの犯罪者っているんだ。

　振り下ろされそうなナイフを見て、そんな現実逃避がぽつりと思い浮かぶ。

　走馬灯とかは特に見えない。世界がゆっくりに見える現象もなし。
　ぎらつくナイフ狼の目がマジなので、今度こそ終わったなとケンは思う。

　いまだに手は男の踵の下で、立ち上がろうにもワンテンポ遅れる。
　自然、諦めが胸の中を充満した。

　終わる、のだろうか。何もしていないのにこんなところで、俺は死ぬ。現実でも異世界でも、無能の奴のまま、役たたずのまま、死んでいくなんて。
　確かにまともな人生を歩んできたとは言い難いが、それでもこんな終わり方を迎えるのは酷すぎる。
　痛み、ではない、他のなにかで涙が溢れそうになる。
　終わるのが恐いとか、死ぬのが嫌だとか、そんなレベルの話じゃなくて、ただ、何もない空っぽのままで終わってしまうのが耐えられなかった。
　ぷつりと糸が切れるように終わる――そのときだ。

「――そこまでよ！」

　その声は狼たちの笑い声も、ケン自身の荒い呼吸も、なにもかもをねじ伏せて路地裏に響いた。