【完結】医師で子爵の彼にお世話になりすぎです。

(21)

　アネットは窓の外を見つめながら、静かに返答した。

「ルーデン、私たちの結婚が家族に喜ばれるのはわかっているわ。でも、私の気持ちも考えてくれる？」

　ルーデンは少し驚いた様子で、しかし落ち着いて答えた。

「もちろんだよ。けれど、私たちの結婚ほど両家で利益の大きい結婚はないだろう？」

　アネットは深呼吸をして、ルーデンの目を見つめ直した。

「私の人生は、利益だけで決められるものじゃないわ。フェリックスは私に、自分自身の価値を見つけることの大切さを教えてくれた」

　ルーデンはアネットの言葉に反論しようとしたが、彼女の決意の強さに一瞬言葉を失う。

「…ねえ、アネット」

　フェリックスはアネットに近づき、真剣な表情で言った。

　アネットは驚いた様子で振り返った。

「フェリックス、この結婚は間違えていると言ってよ！」

　フェリックスは深呼吸をして、言葉を選びながら話し始めた。

「アネット、ルーデン公爵は君のことを愛している。そしてきみたち、ふたりがもう一度やり直すチャンスはあると思う」

「先生様だって言っているだろ。アネット、なんで僕を許してくれないんだ？　家同士の取り決めに従えよ」

　ルーデンが詰め寄るが、アネットは首を縦に振らない。

　アネットは、ルーデン・ホールディングスにかつての愛情が色褪せてしまったことを感じていた。

「ルーデン、あなたの気持ちは嬉しいわ。けれど、もう違うのよ」

　アネットは彼の目を見つめながら静かに言った。

　ルーデンは困惑した。

「アネット、僕たちはもう一度やり直せる。過去なんて忘れろよ...」

　しかし、アネットは首を横に振った。

「いいえ、ルーデン。私たちの間にはもう昔のような絆はないわ」

　アネットは涙目で、フェリックスを見詰めて言った。

「フェリックス、わたしは修道院にでも入ります。あなたこそ、自分の気持ちに正直になるべきだわ。さようなら」

　アネットは、部屋を後にした。


　フェリックスも、自分の感情に気づき始めていた。

　彼はアネットの居室の外で立ち止まり、心の中で彼女への思いを確かめていた。





　アネットは、実家のスプリング伯爵家の豪華な門をくぐり、久しぶりに実家の敷地内に足を踏み入れた。

　スプリング伯爵家の屋敷の正面には広大な石畳の庭園が広がり、中央には噴水があり、水の音が静かに響いていた。

　屋敷の壁はクリーム色の石でできており、時折見える蔦が古さとともに自然の息吹を感じさせた。

　一歩足を踏み入れると、豪華なシャンデリアが天井から吊り下げられ、壁には金縁の絵画や家族の肖像が飾られ、深い赤や緑のカーペットが床を覆っていた。