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 フェリックスはアネットの前に静かに立っていた。

「落ち着いてアネット。私たちの関係について真剣に考える時間が必要だと思うんだ」

 フェリックスの声は穏やかだが、その中には決意の響きがあった。

 書斎には、重厚な本棚と、彼の医学の研究に使われる書類が整然と並んでいた。

 彼は窓の外を見つめながら、アネットに向かって静かに語り始めた。

「アネット、私は平民の母から生まれた。その出自への負い目から、医師としての理性を常に重んじて生きてきたんだ」

 アネットはフェリックスの隣に座り、彼の言葉に耳を傾けた。

「フェリックス、あなたの出生なんて関係ないわよ。あなたは素晴らしい医師で、そして大切な人…」

 フェリックスは深いため息をつきながら、アネットの手を取った。

「ありがとう、アネット。しかし、それはいけないんだ。貴族の結婚は家同士の問題でもある」

 アネットの目には涙が浮かべるが、フェリックスは彼女の目をしっかりと見つめた。

「私のような男ではなく、君を全面的に支えられる人を見つけるべきだよ。それはルーデン・ホールディングスだ。きみの家族も喜ぶはずだよ」

「でも、フェリックス、私が求めているのはあなたなの」

 フェリックスはアネットの頬に手を当て、優しく微笑んだ。

「だが、私は医師として、そして一人の人間として、君の幸せを第一に考えなければならないんだ」

 二人は互いの目を見つめ合った。

 アネットは彼の言葉に不安を感じながらも、静かに頷いた。

 フェリックスは深呼吸をして、言葉を選んだ。

「私たちは距離を置く必要がある」

 アネットの目には涙が溢れ出た。

「違う、今だから私たちは...」

「今の私たちの関係は、健全ではなくなっている」

 フェリックスは断固として言った。

「これ以上、わたしが君と関わっていると、医師としての理性を失い兼ねないしね。私も君を手放せなくなる。一歩退くべきなんだ」

 アネットは悲しみに打ちひしがれた。

「…わかったわ、フェリックス」

 フェリックスは優しくアネットの手を握った。

「先ほどから、ルーデン・ホールディングスが来ている。メリッサ令嬢と別れ、きみに謝罪と復縁を求めている」

「えっ…」

 応接室に待機していたルーデンは、書斎にやってきた。

 アネットの居間には、緊張した空気が流れていた。

 ルーデンは彼女の前に立ち、自信ありげに話し始めた。

「アネット、君との婚約を再び考え直そうと思っている。メリッサは王太子殿下と結婚することになったからね。僕たちの結婚は両家にとっても、そして君にとっても最善の選択だろうな」
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