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 春の柔らかな風が病院を吹き抜けた。

 病院の庭園には、白い花びらが舞い散り、アネットの心に新しい希望の光が差し込んでいた。

 アネットはフェリックスの言葉に少し安堵し、彼の目を見つめ返した。

「ありがとう、フェリックス。あなたがサポートしてくださるなら」

 二人は互いの目を見つめ合った。




 そして3日後、退院予定の朝を迎えた。

 風は冷たい。病院の屋上に干された洗濯物のシーツが、バサバサと荒い音を立ててなびいている。

 その音に交じってフェリックスの声が聞こえた。

「アネット、何をしているの、こんなところで」

 手すりに寄りかかっていたアネットは、振り返った。

 フェリックスが自ら病院の屋上にきてくれるとは思わなかった。

 いつもの穏やかな表情だった。

 アネットは、ひとまず安心した。

 検温の時間にアネットがベッドにいないと看護師から報せを受けたのだろう。

 フェリックスは優しいから、もちろんアネットでなくてもこうして探しにきたはずだ。

 自惚れてはいけない。わかっているのにアネットは気持ちが抑えられない。

「先生と、離れたくないわ」

 もうすぐ見納めになるはずの、白衣姿のその人を見つめる。

「どうして」

 それ以上は説明することができなくて、アネットは口をつぐんだ。

 黙り込むアネットにフェリックスが近づいてくる。

「話してごらん」

「…一人になったら、どうにかなりそう。わたしに幸せを教えてほしいの」

 フェリックスは白衣を脱ぐと、冷えたアネットの肩に羽織らせてくれた。

 あったかい。

 今の今までこの人を包んでいた白衣に包まれ、胸がきゅっとなる。

 消毒液の匂いに混じって、ふわりと彼の匂いがした。

 なんだか心地よくて安心する匂いだ。

「ここは冷えるから中で話そう。おいで」

 子どもに言い聞かせるように先生が言った。

 アネットに背を向けて院内に戻ろうとする。

 どうしよう、行ってしまう。

 彼の背中にアネットは無我夢中で叫んだ。

「外の世界が怖いの! また、ひどいことが起きるのではないかって…。ひとりぼっちは嫌なの!」
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