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 令嬢たちは数分間だけ座り、空疎な会話を交わした後、すぐに立ち去った。

 彼女たちの後ろ姿を見送るアネットの目には、失望が浮かんでいた。

 部屋には再び静寂が戻り、アネットはひとり、自分の思いと向き合った。

 彼女はフェリックスの優しい顔を思い出し、彼がいつもそばにいてくれたことに心から感謝していた。

「フェリックス先生だけが、私のことを本当に理解してくれる人…」

 彼女はつぶやき、心の中で彼に感謝の気持ちを伝えた。そして、彼女は静かに目を閉じた。


 翌朝の回診でフェリックスが訪ね、アネットの腕を取りながら、病院の庭園をゆっくりと歩いてくれた。

 春の花が咲き誇り、新緑が眩しいほどに輝いていた。 

 病院での部屋着は、柔らかなコットン素材のナイトドレスで、色は落ち着いたクリーム色で、小さな花柄が散りばめられていた。襟元と袖口には、細かいレースのトリムが施されてい る。


「ここは本当に美しいわね、先生」

 アネットは感嘆の息を漏らした。

 フェリックスは微笑みながら答えた。

  白衣はいつもきれいにプレスされており、名札には彼の名前が記されていた。下にはシンプルなシャツとスラックスを合わせている。

「きみが外の空気を吸うことができて、私も嬉しい。自然は最高の癒しだから」

 ふたりは小川のそばを歩き、水のせせらぎを聞きながら、しばしの平穏を楽しんだ。

「フェリックス、あなたとこうしていると、病気のことなんて忘れてしまいそう」

 アネットは彼の方を見て、心からの感謝を込めて言った。

 フェリックスは優しく彼女の手を握り返し、

「アネット、きみの笑顔が見られるのなら、何でもする。あなたの健康を取り戻すその日まで、そばにいることを約束します」

 そんな会話を交わしながら、アネットはフェリックスとの想い出に浸った。



 アネットの身体は、幼い頃から決して丈夫な方ではなかった。

 彼女はしばしば風邪をひき、その度にフェリックスの診察を受けた。

 フェリックスの父親もかつては著名な医師だったが、彼が20歳の時に亡くなり、家の病院はフェリックスが引き継ぐことになった。

 貴族社会では、フェリックスはその容姿の良さと医術の才能で知られていた。

 彼の訪問は、アネットにとってただの治療以上のものだった。

 彼の訪れる足音が聞こえるだけで、アネットの心は少し軽くなる気さえしたし、心臓は高鳴ったものだ。
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