9 / 12
(9)
しおりを挟む
私が思わず手を拳にして目を細めていると、隣のブルー様はさりげなく私の肩に軽く触れてから、新しい婚約者に笑みを浮かべました。
「仕事で遅れて申し訳なかった、ベアトリス嬢」
ブルー様は、ベアトリス嬢のシルクの手袋に口づけをして一礼しました。
あっという間にベアトリス嬢は上気してしまって、頬を赤くしたまま何も言えず、ただオロオロと目を泳がせるばかりです。
「ベアトリス、しっかり公子さまについていけ。のろのろするんじゃない」
「は、はい、すみません、お父様……」
アドレス伯爵は娘の手首をつかむと、無理矢理、椅子から引き上げました。
ブルー様は杖を持ち、もう片方の手でベアトリス嬢の手を取り、左脚を引きずりながら大広間のひな壇へと連れていきます。
そんなふたりを、わたしは後ろから眺めていました。
「まったく、ぼーっとして手の掛かる娘だ。 だが、公子様との結婚で我が家は安泰だな」
わたしの横でアドレス伯爵が腕を組み、吐息まじりに独り言を言いました。 それから私の方に振り返り、マジマジと私の顔を観察していました。
わたしは内心自分がリリアーヌだとばれるのではないか思い、内心はおだやかではありません。
「あなたは一体 どなたですか?」
アドレス伯爵が尋ねてきました。
「今回婚約式の記念画を依頼されております。ブリジット・イーデンでございます」
わたしはすまし顔でお辞儀をし、手を差し出しました。
「隣国のザトビア王国の司法長官のアドレス子爵だ」
「お会いできて光栄です、アドレス卿」
握手を交わすとアレクサに案内されて、大広間の来賓席に座りました。
10m以上ありそうなドーム型の高い天窓からは、暖かい日の光が燦々と会場を照らし出していました。
婚約式だとはいえ、次期君主の公式の儀式らしく、 祭壇前の黄金の肘掛け椅子に司祭様は鎮座し、銀杖を携えています。
来賓席はゆうに100人は超え、 最前列には 大公殿下と大后様、後列にはマリアンヌもいました。ですがその中で一番驚いたのは、かつて私の絵画を褒め共にピクニックに出かけたこともある、アベル公爵令息がこの式に参列していました。
(ベアトリス嬢の、元婚約者がなぜここに来ているのかしら)
私は正直わからないまでも、胸のざわめきをなんとか胸の中に押しとどめて、今は1つの絵師として気持ちを切り替えようとしました。列席者の席から離れ、会場全体が俯瞰できる位置の壁に立ち、手帳にスラスラと式典の様子をデッサンしていきました。
司祭様はブルー様とベアトリスを面前にひざまずかせ、頭を垂れるふたりに手を置きます。
「神の名のもとに 、2人の婚約の契りを交わす。正当な理由がない限り、2人の婚約に一方的破棄はしてはならない」
その言葉に私はスケッチする手を止めて、じっとその言葉の重みをかみしめていました。
(ブルー様は、いい加減にこの結婚を決めたわけではないわ。 本気で結婚をするつもりなのね……)
自分を無実の罪にして、絶望の淵に追い込んだアドレス子爵の娘の婚約式。その彼女と結ばれるのは、命を救い出してくれた最愛の男性。それを素直な気持ちで絵に仕立てるなんて、わたしにできるの……。
2時間の婚約の儀が終わり、その後は別の広間で実食パーティが催されます。 集中してデッサンを重ね、かなりの疲れがあったので、私はこのパーティーには欠席しようと思いました。
それに、ブルー様とベアトリス嬢の仲むつまじい姿を見るのがいやだったからです。
大広間から正面の階段を降り、正面に待っている送迎馬車を呼び止めようと手を挙げた時でした。
「ブリジット・イーデン伯爵令嬢?」
不意に呼び止められ振り向くと、そこにはブロンドの長髪の青年貴族が立っていました。
20歳過ぎのすんなりとした長身の男性で、蒼い瞳をしています。
「少しお時間がありますか。実はあなたと話をしたいとおっしゃっている殿方が、いらっしゃるのです」
「わ、私に? それはどのような……?」
「仕事で遅れて申し訳なかった、ベアトリス嬢」
ブルー様は、ベアトリス嬢のシルクの手袋に口づけをして一礼しました。
あっという間にベアトリス嬢は上気してしまって、頬を赤くしたまま何も言えず、ただオロオロと目を泳がせるばかりです。
「ベアトリス、しっかり公子さまについていけ。のろのろするんじゃない」
「は、はい、すみません、お父様……」
アドレス伯爵は娘の手首をつかむと、無理矢理、椅子から引き上げました。
ブルー様は杖を持ち、もう片方の手でベアトリス嬢の手を取り、左脚を引きずりながら大広間のひな壇へと連れていきます。
そんなふたりを、わたしは後ろから眺めていました。
「まったく、ぼーっとして手の掛かる娘だ。 だが、公子様との結婚で我が家は安泰だな」
わたしの横でアドレス伯爵が腕を組み、吐息まじりに独り言を言いました。 それから私の方に振り返り、マジマジと私の顔を観察していました。
わたしは内心自分がリリアーヌだとばれるのではないか思い、内心はおだやかではありません。
「あなたは一体 どなたですか?」
アドレス伯爵が尋ねてきました。
「今回婚約式の記念画を依頼されております。ブリジット・イーデンでございます」
わたしはすまし顔でお辞儀をし、手を差し出しました。
「隣国のザトビア王国の司法長官のアドレス子爵だ」
「お会いできて光栄です、アドレス卿」
握手を交わすとアレクサに案内されて、大広間の来賓席に座りました。
10m以上ありそうなドーム型の高い天窓からは、暖かい日の光が燦々と会場を照らし出していました。
婚約式だとはいえ、次期君主の公式の儀式らしく、 祭壇前の黄金の肘掛け椅子に司祭様は鎮座し、銀杖を携えています。
来賓席はゆうに100人は超え、 最前列には 大公殿下と大后様、後列にはマリアンヌもいました。ですがその中で一番驚いたのは、かつて私の絵画を褒め共にピクニックに出かけたこともある、アベル公爵令息がこの式に参列していました。
(ベアトリス嬢の、元婚約者がなぜここに来ているのかしら)
私は正直わからないまでも、胸のざわめきをなんとか胸の中に押しとどめて、今は1つの絵師として気持ちを切り替えようとしました。列席者の席から離れ、会場全体が俯瞰できる位置の壁に立ち、手帳にスラスラと式典の様子をデッサンしていきました。
司祭様はブルー様とベアトリスを面前にひざまずかせ、頭を垂れるふたりに手を置きます。
「神の名のもとに 、2人の婚約の契りを交わす。正当な理由がない限り、2人の婚約に一方的破棄はしてはならない」
その言葉に私はスケッチする手を止めて、じっとその言葉の重みをかみしめていました。
(ブルー様は、いい加減にこの結婚を決めたわけではないわ。 本気で結婚をするつもりなのね……)
自分を無実の罪にして、絶望の淵に追い込んだアドレス子爵の娘の婚約式。その彼女と結ばれるのは、命を救い出してくれた最愛の男性。それを素直な気持ちで絵に仕立てるなんて、わたしにできるの……。
2時間の婚約の儀が終わり、その後は別の広間で実食パーティが催されます。 集中してデッサンを重ね、かなりの疲れがあったので、私はこのパーティーには欠席しようと思いました。
それに、ブルー様とベアトリス嬢の仲むつまじい姿を見るのがいやだったからです。
大広間から正面の階段を降り、正面に待っている送迎馬車を呼び止めようと手を挙げた時でした。
「ブリジット・イーデン伯爵令嬢?」
不意に呼び止められ振り向くと、そこにはブロンドの長髪の青年貴族が立っていました。
20歳過ぎのすんなりとした長身の男性で、蒼い瞳をしています。
「少しお時間がありますか。実はあなたと話をしたいとおっしゃっている殿方が、いらっしゃるのです」
「わ、私に? それはどのような……?」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

薬屋に何か文句・苦情はありますか?
satomi
恋愛
ど平民として薬屋を営んでいたセアラ。先祖代々伝わってきた大事な薬屋です。いつも町の人が来てくれて、一人で暮らすのには困らない程度にはちゃんと儲けています。
ある日から、とんでもない美丈夫(ニック)が来るようになって生活が一変。その人曰く、「ここの薬屋さんの薬はよく効くって聞いたんだけど?」
それからのセアラは突然現れた美丈夫さんを中心に振り回されています。
セアラはどこに行くんだろう?

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました
さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。
私との約束なんかなかったかのように…
それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。
そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね…
分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる