無罪で流刑のわたしは、隣国の公子様に見守られすぎです。

朝日みらい

文字の大きさ
上 下
8 / 12

(8)

しおりを挟む
 アレクサはそう告げると、さっさと向きを変えて、階段を登り始めます。そのまま3階のブルー様の部屋へと足を踏み入れます。

 中に入って、 わたしは目を瞬せました。公子様の部屋だということになれば、やはり、きらびやかな装飾がある豪奢な部屋だと思っていました。

 ブルー様は最上位の立場らしい、金縁の肩飾りを付けた晴れやかな銀色のシルクの軍服を着ています。これまで変装していた庶民的な姿とはまったく違います。けれどそんな輝かしい晴れ姿とは、執務室は違っていたのです。

 地味なシックな茶色い壁紙に、大きな執務用の机が1つと大きなソファーが置かれている、とても殺風景な部屋でした。 

 20名ほどの制服姿の職員たちが慌ただしく部屋に入れ替わり立ち替わりして、公子様の机にドカドカと承認待ちの公文書の束を抱えています。

 その机の柳葉に置かれた書類に、ブルー様は羽ペンでカリカリと筆を走らせているのです。随分と熱心なので、私たちが来たことも気づいていないようです。

「ブリジット・イーデン伯爵令嬢を、お連れいたしました」

 アレクサが一礼すると、私も慌ててスカートの裾を持ち上げお辞儀をします。

「ブリジット嬢、ちょっと待っていてほしい。 もう少しで終わるから」

「いつも外で遊んでばかりいますから、公務が終わらないんです」

 アレクサがあきれたい顔で突っ込みましたが、ブルー様は意も解いせず、一心不乱で仕事に没頭しています。

「殿下、そろそろ礼服にお着替えなさらなければいけませんよ。新しい婚約者に恥をかかせるおつもりですか」

 私の脳裏に、因縁の2人の姿が思い浮かびます。

(ベアトリス嬢。それに 父親のアドレス子爵も……。 あんな2人にもう会いたくない) 

 その時、私はハッとしたのです。彼の座っている机の正面の壁に、私の描いた展覧会の絵が飾られていたのです。

  彼が紙面から目を離せば、すぐに彼の視線の前に私の絵があるのです。

「ブリジット嬢、大丈夫かな?」 
 
 ブルー様は羽ペンをおいて、杖をついて私の横に立っていました。

「ええ、大丈夫です。ぼーっとしてしまって。お気遣いすみません」

 私は恥ずかしくなりました。自分の絵を見てニヤついていたからです。

「では、さっそく着替えにいきますよ」

 アレクサは、書類のサイン待ちの職員たちの視線をかわしながら、執務室から3部屋離れたドレスアップルームにブルー様を連れていきます。

 そこにはすでに5人のメイドたちが待ちかまえていて、姿見の前に立った彼を 取り囲むとあっという間に黒い燕尾服に着替えさせてしまいます。

 頭上には冠が手向けられ、長い純白のマントを羽織り、しっとりとした白い薄化粧を施されると、彼はまるでまさしく美しい王子様と言った風になります。

「あら、なんて素敵なんでしょう」

 突然扉を入ってきたのは同じく王冠をかぶった小柄な女性でした。

 30過ぎの貴婦人です。お揃いの純白のマントをなびかせ、 ひとの良さそうなにっこりした微笑を浮かべています。

「お母様、何用ですか」

「何ではありませんよ。未来の花嫁様が、会場の入り口であなたを待っているというのに」

 ウキウキでいる公妃様に対して、 ブルー様はいたってクールな顔で特に表情も変えず、

「結婚式でありません。婚約式ですよ」
 
 そう言うと、私の方に歩み寄って行きます。

「こちらブリジット・イーデン。今回の婚約式の絵画を担当するイーデン卿の娘だ」

 お辞儀して顔上げると、公后様はポカンと私の方を見ていました。

「お母様。ブリジット嬢にはできるだけ、ぼくの近くにいてもらうつもりだ。今回の式だけでなく、これからも必要であれば来てもらうが構わないね?」

「それは構わないけど」

 公后さまは、少し驚いたようでしたが、再び穏やかな表情で私を見つめました。

「ではブリジット様。 こちらへ」

 アレクサにみちびかれ、ドレスアップルームを出て1つ階段裏階段を降りると、2階の式会場の大広間の裏にある待機室に到着しました。

 そこには薄桃色のひらひらのロングドレスを着た 、美しい少女が佇んでいました。緊張した面持ちで、 目を閉じて待合用の ソファーに膝の上で手を組んでいます。

 気配を感じ取り顔を開けたベアトリス嬢は、小顔の可愛らしいあどけない少女でした。 決して美人というわけではないですが、愛くるしいおっとりとしたタレ目と エメラルドの瞳がブルー様を見上げるとその瞳は大きく見開かれました。
 
「さすがにハラハラしましたぞ、公子殿。まさか来ないのではないかとね」

 娘の傍らに、ひょろりと痩せた背が高い紳士が立っていました。 

 黒い礼服に、胸元には黒いバラをさしたその男は、油断ならない神経質そうな細顔で品定めするようにブルー様を見据えています。

(この男が私を流刑にしたのだわ)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

処理中です...