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アレクサはそう告げると、さっさと向きを変えて、階段を登り始めます。そのまま3階のブルー様の部屋へと足を踏み入れます。
中に入って、 わたしは目を瞬せました。公子様の部屋だということになれば、やはり、きらびやかな装飾がある豪奢な部屋だと思っていました。
ブルー様は最上位の立場らしい、金縁の肩飾りを付けた晴れやかな銀色のシルクの軍服を着ています。これまで変装していた庶民的な姿とはまったく違います。けれどそんな輝かしい晴れ姿とは、執務室は違っていたのです。
地味なシックな茶色い壁紙に、大きな執務用の机が1つと大きなソファーが置かれている、とても殺風景な部屋でした。
20名ほどの制服姿の職員たちが慌ただしく部屋に入れ替わり立ち替わりして、公子様の机にドカドカと承認待ちの公文書の束を抱えています。
その机の柳葉に置かれた書類に、ブルー様は羽ペンでカリカリと筆を走らせているのです。随分と熱心なので、私たちが来たことも気づいていないようです。
「ブリジット・イーデン伯爵令嬢を、お連れいたしました」
アレクサが一礼すると、私も慌ててスカートの裾を持ち上げお辞儀をします。
「ブリジット嬢、ちょっと待っていてほしい。 もう少しで終わるから」
「いつも外で遊んでばかりいますから、公務が終わらないんです」
アレクサがあきれたい顔で突っ込みましたが、ブルー様は意も解いせず、一心不乱で仕事に没頭しています。
「殿下、そろそろ礼服にお着替えなさらなければいけませんよ。新しい婚約者に恥をかかせるおつもりですか」
私の脳裏に、因縁の2人の姿が思い浮かびます。
(ベアトリス嬢。それに 父親のアドレス子爵も……。 あんな2人にもう会いたくない)
その時、私はハッとしたのです。彼の座っている机の正面の壁に、私の描いた展覧会の絵が飾られていたのです。
彼が紙面から目を離せば、すぐに彼の視線の前に私の絵があるのです。
「ブリジット嬢、大丈夫かな?」
ブルー様は羽ペンをおいて、杖をついて私の横に立っていました。
「ええ、大丈夫です。ぼーっとしてしまって。お気遣いすみません」
私は恥ずかしくなりました。自分の絵を見てニヤついていたからです。
「では、さっそく着替えにいきますよ」
アレクサは、書類のサイン待ちの職員たちの視線をかわしながら、執務室から3部屋離れたドレスアップルームにブルー様を連れていきます。
そこにはすでに5人のメイドたちが待ちかまえていて、姿見の前に立った彼を 取り囲むとあっという間に黒い燕尾服に着替えさせてしまいます。
頭上には冠が手向けられ、長い純白のマントを羽織り、しっとりとした白い薄化粧を施されると、彼はまるでまさしく美しい王子様と言った風になります。
「あら、なんて素敵なんでしょう」
突然扉を入ってきたのは同じく王冠をかぶった小柄な女性でした。
30過ぎの貴婦人です。お揃いの純白のマントをなびかせ、 ひとの良さそうなにっこりした微笑を浮かべています。
「お母様、何用ですか」
「何ではありませんよ。未来の花嫁様が、会場の入り口であなたを待っているというのに」
ウキウキでいる公妃様に対して、 ブルー様はいたってクールな顔で特に表情も変えず、
「結婚式でありません。婚約式ですよ」
そう言うと、私の方に歩み寄って行きます。
「こちらブリジット・イーデン。今回の婚約式の絵画を担当するイーデン卿の娘だ」
お辞儀して顔上げると、公后様はポカンと私の方を見ていました。
「お母様。ブリジット嬢にはできるだけ、ぼくの近くにいてもらうつもりだ。今回の式だけでなく、これからも必要であれば来てもらうが構わないね?」
「それは構わないけど」
公后さまは、少し驚いたようでしたが、再び穏やかな表情で私を見つめました。
「ではブリジット様。 こちらへ」
アレクサにみちびかれ、ドレスアップルームを出て1つ階段裏階段を降りると、2階の式会場の大広間の裏にある待機室に到着しました。
そこには薄桃色のひらひらのロングドレスを着た 、美しい少女が佇んでいました。緊張した面持ちで、 目を閉じて待合用の ソファーに膝の上で手を組んでいます。
気配を感じ取り顔を開けたベアトリス嬢は、小顔の可愛らしいあどけない少女でした。 決して美人というわけではないですが、愛くるしいおっとりとしたタレ目と エメラルドの瞳がブルー様を見上げるとその瞳は大きく見開かれました。
「さすがにハラハラしましたぞ、公子殿。まさか来ないのではないかとね」
娘の傍らに、ひょろりと痩せた背が高い紳士が立っていました。
黒い礼服に、胸元には黒いバラをさしたその男は、油断ならない神経質そうな細顔で品定めするようにブルー様を見据えています。
(この男が私を流刑にしたのだわ)
中に入って、 わたしは目を瞬せました。公子様の部屋だということになれば、やはり、きらびやかな装飾がある豪奢な部屋だと思っていました。
ブルー様は最上位の立場らしい、金縁の肩飾りを付けた晴れやかな銀色のシルクの軍服を着ています。これまで変装していた庶民的な姿とはまったく違います。けれどそんな輝かしい晴れ姿とは、執務室は違っていたのです。
地味なシックな茶色い壁紙に、大きな執務用の机が1つと大きなソファーが置かれている、とても殺風景な部屋でした。
20名ほどの制服姿の職員たちが慌ただしく部屋に入れ替わり立ち替わりして、公子様の机にドカドカと承認待ちの公文書の束を抱えています。
その机の柳葉に置かれた書類に、ブルー様は羽ペンでカリカリと筆を走らせているのです。随分と熱心なので、私たちが来たことも気づいていないようです。
「ブリジット・イーデン伯爵令嬢を、お連れいたしました」
アレクサが一礼すると、私も慌ててスカートの裾を持ち上げお辞儀をします。
「ブリジット嬢、ちょっと待っていてほしい。 もう少しで終わるから」
「いつも外で遊んでばかりいますから、公務が終わらないんです」
アレクサがあきれたい顔で突っ込みましたが、ブルー様は意も解いせず、一心不乱で仕事に没頭しています。
「殿下、そろそろ礼服にお着替えなさらなければいけませんよ。新しい婚約者に恥をかかせるおつもりですか」
私の脳裏に、因縁の2人の姿が思い浮かびます。
(ベアトリス嬢。それに 父親のアドレス子爵も……。 あんな2人にもう会いたくない)
その時、私はハッとしたのです。彼の座っている机の正面の壁に、私の描いた展覧会の絵が飾られていたのです。
彼が紙面から目を離せば、すぐに彼の視線の前に私の絵があるのです。
「ブリジット嬢、大丈夫かな?」
ブルー様は羽ペンをおいて、杖をついて私の横に立っていました。
「ええ、大丈夫です。ぼーっとしてしまって。お気遣いすみません」
私は恥ずかしくなりました。自分の絵を見てニヤついていたからです。
「では、さっそく着替えにいきますよ」
アレクサは、書類のサイン待ちの職員たちの視線をかわしながら、執務室から3部屋離れたドレスアップルームにブルー様を連れていきます。
そこにはすでに5人のメイドたちが待ちかまえていて、姿見の前に立った彼を 取り囲むとあっという間に黒い燕尾服に着替えさせてしまいます。
頭上には冠が手向けられ、長い純白のマントを羽織り、しっとりとした白い薄化粧を施されると、彼はまるでまさしく美しい王子様と言った風になります。
「あら、なんて素敵なんでしょう」
突然扉を入ってきたのは同じく王冠をかぶった小柄な女性でした。
30過ぎの貴婦人です。お揃いの純白のマントをなびかせ、 ひとの良さそうなにっこりした微笑を浮かべています。
「お母様、何用ですか」
「何ではありませんよ。未来の花嫁様が、会場の入り口であなたを待っているというのに」
ウキウキでいる公妃様に対して、 ブルー様はいたってクールな顔で特に表情も変えず、
「結婚式でありません。婚約式ですよ」
そう言うと、私の方に歩み寄って行きます。
「こちらブリジット・イーデン。今回の婚約式の絵画を担当するイーデン卿の娘だ」
お辞儀して顔上げると、公后様はポカンと私の方を見ていました。
「お母様。ブリジット嬢にはできるだけ、ぼくの近くにいてもらうつもりだ。今回の式だけでなく、これからも必要であれば来てもらうが構わないね?」
「それは構わないけど」
公后さまは、少し驚いたようでしたが、再び穏やかな表情で私を見つめました。
「ではブリジット様。 こちらへ」
アレクサにみちびかれ、ドレスアップルームを出て1つ階段裏階段を降りると、2階の式会場の大広間の裏にある待機室に到着しました。
そこには薄桃色のひらひらのロングドレスを着た 、美しい少女が佇んでいました。緊張した面持ちで、 目を閉じて待合用の ソファーに膝の上で手を組んでいます。
気配を感じ取り顔を開けたベアトリス嬢は、小顔の可愛らしいあどけない少女でした。 決して美人というわけではないですが、愛くるしいおっとりとしたタレ目と エメラルドの瞳がブルー様を見上げるとその瞳は大きく見開かれました。
「さすがにハラハラしましたぞ、公子殿。まさか来ないのではないかとね」
娘の傍らに、ひょろりと痩せた背が高い紳士が立っていました。
黒い礼服に、胸元には黒いバラをさしたその男は、油断ならない神経質そうな細顔で品定めするようにブルー様を見据えています。
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