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 アシェリーは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。そして心臓の鼓動が速くなっていることに気づく。

(こ、これは……もしかして……?)

 恋をしたことなんてなかったアシェリーだが、直感的にこれが恋だと分かった。今まで感じたことのない感情だった。

 この感情が恋だというのなら、きっとそうなのだろう。

  フィリップ殿下は自らアシェリーを宮殿の一室に案内した。そこはまるでお姫様の部屋のような豪華な部屋だった。家具や調度品も一流の物が揃っているし、大きなベッドには天蓋がついている。

「この部屋を使ってくれていいよ」

とフィリップ殿下は言った。

「必要なものがあったら侍女たちに言ってくれ」

「はい……」

 アシェリーは緊張しながら返事をした。


☆■☆■☆■


 4日後、王太子妃の候補になったアシェリーは宮殿に泊まっていた。

 だがアシェリーは宮廷の生活に不慣れだった。

 宮廷に入ると、さっそくアシェリーは家にあった『月刊・魔術書』のバックナンバーを持ち込み、図書館で読みふけるようになった。

 最初はただの憧れだった。

 王宮の中とは思えないような、広々とした敷地。壁には巨大な絵画が飾られ、回廊には美しい彫刻が並び、宝石で飾られた花瓶が置かれていた。

(こんな場所でずっと過ごせたら最高よね……)

 最初はそう思っていただけだった。ところが、『月刊・魔術書』を読み進めるうちに、公爵家の図書室にはない魔法に関する本がたくさんあることを知り、次第に通い詰めるようになっていったのだ。

「お妃さまになれば王宮に入り放題なのよ! そしたら『月刊・魔術書』も全部読めちゃうじゃない? もうこんな田舎暮らししなくてもいいし」

 アシェリーの言葉を聞いていた女中頭は目を尖らせた。

「な、何をおっしゃっているんですか! そんなことをしたら、王太子様は大激怒ですよ」

「大激怒…。でも、王宮にいる間はあの図書室を独り占めできる…じゃない?」

 女中頭はため息をついた。そんな理由でお妃さまを目指していたなんて……呆れ顔を向けた。

「ヘーボンハス家から王太子妃が出たとあれば、名誉なことなのですよ? お妃さまになれるようにお嬢様もお勉強なさったらいかがです?」

「えー、もう勉強してるわよ。毎日、礼儀作法の先生が来てくださるし」

 アシェリーは軽く答えてから、ふと気が付いたように言った。

「あ……でも……そうね。王太子妃になるには礼儀作法だけじゃなくて他のことも学ばないといけないのよね」

「はい。家庭教師や王宮魔術師から様々な知識を教わる必要があります。淑女教育もそうですが、お妃さまになるためには教養やマナーだけでなく、語学やダンスなども完璧にこなせなければいけません。それができないのであれば、図書館にはご入室されないでください!」

「うわー大変そう。私、王太子妃なんて無理かも…」

 アシェリーは大げさに嘆いた。

「なら、早く王太子様に、お妃さまになるのはご辞退なさい。それがお嫌でしたら、宮廷のスケジュールに従っていただきます! もう、何もなさらないで結構でございます!」

「は、はい…」
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