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『こっちこそ、知りたいぜ。ダンナさまの許しはもらったか?』

 ダンナ様って、お父さん? とっさに嘘をつきました。

「もらったわ。当たり前でしょ!」

『そう。だったら、開けるの、許してやる』

 でも、男の子の声だけで姿は見えません。

「ところで、どこにいるの?」

 すると床下から、コツコツコツコツ! と物音がしました。聞き耳を立てながら近づいて、絨毯をめくった先には、なんと床下に隠し棚があったのです。

 おそるおそる扉を開くと、古ぼけたトランクがありました。

「おう、きみが、ダンナさまのおじょうさん?」

 トランクがしゃべりました。パクパクとふたを上げ下げしながら!

 驚いたけれど、腰は抜けませんでした。お父さんが隠していたわけは、なんとなく分かりました。「おしょべりするトランクを持っている」なんて言ったら、笑われておしまいです。

「え、うん。そうよ。わたし、明理(あかり)よ」

「おれ、トモリ。イモリじゃないよ。それで、次の日曜日のお話はできた? あと六日しかないけど?」

 今度の日曜日って、第三日曜日にお父さんが出かける日のことです。

「大丈夫よ。ところで、お話ができたら、どうするの?」

 トランクは、上ぶたを開けました。

「おれの口の中に原稿を入れるの。そしたら、読んでやるのさ」 

「原稿入れないと、どうなるの?」

 わたしが首をかしげると、トランクは「ぷっぷっぷ」と笑って、

「しゃべらない、ただのトランクになっちまう。でも、きっと他のトランクは残念がるな。十年の間、ずっとしゃべり続けてきたんだからよ」

 十年前からって、わたしが生まれてからずっと続いている集まり? なんなの、それ?

 その時です。玄関のチャイムの音と、足音が聞こえてきました。

 お父さんが帰ってきたと思ってあわててトランクを床下にもどして、二階に上がって逃げました。

 それから何も書けずに四日が過ぎました。でも、それよりトランクが言っていた日曜日の集まりが気になります。それまでにお父さんだって、何かお話を書いて、トランクの中に入れないといけないはずです。そうしないと、ただのトランクケースになってしまいます。

 学校から帰ると、またこっそり書斎のトランクを取り出して、

「お話はまだ入っていないの?」ときいてみました。

「まだ、だ。よわった、よわったぜ」

 トランクも口をすぼめています。

「なら、何かを書いてみる」

 わたしは返事をして、お父さんの机に原稿用紙を広げて、お父さんお気に入りの万年筆を手に取ります。
 もともと空想のお話だったら、わたしはいくつかお話はスラスラと思い浮かびます。その中で一番面白い話を書き上げて、トランクの口に入れました。

「もぐもぐ。お話、いただきやした」

 トランクが満足げな声をあげた時、まだ六時前なのに玄関のチャイムが鳴ったのです。

 なんで、今日に限って早いのかしら。急いでトランクをもどして、書斎を飛び出して二階の自分の部屋にもどりました。

 めずらしく夕ご飯を三人で食べて、もう寝ようかと二階に上がろうとしたら、お父さんに呼び止められました。

「明理、ちょっと書斎に来なさい」

 入ったのがバレたんだと思いながら肩をすぼめ書斎に入ると、お父さんはトランクケースを手にしていました。

 慌てて飛び出したので、机の上に原稿用紙や万年筆はそのままになっていたでしょう。バレたのです。
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