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 伯爵がそういうと、夫人は「まあ」と言って微笑んだ。

「あなたったら!  そんなことを言ってはかわいそうよ」

「お母様…!」

 エドナは母の言葉に笑みがこぼれる。

 エドナはお茶会や夜会に行くよりも、馬に乗って野原を駆け巡ったり、木登りをして遊ぶ方が好きだった。

 そんな娘を、母はいつもかばってくれた。

 それがとてもうれしかった。

「うむ……確かに、騎士団の訓練を見学するのはいいが、もう少し淑女たるもの……」

 伯爵は口ごもる。

 その様子にエドナはピンときた。

「もしかしてわたしがお嫁に行かないから、ご心配なさってる? 違うわよ。わたし、殿方は騎士みたいなたくましい男性が理想だから、ぜひ拝顔したいのよ」

 そう言ってエドナは朝食のパンを千切って、口に入れる。

「そうか。結婚する気はあるのだな。ならば、いっそのこと、気に入った殿方の一人や二人、家に招いてもよいぞ……」

 父は娘なりに将来のことを考えていると、訓練の見学を許可した。

「それでは行ってきますわね!」

 朝食を食べ終わると、エドナはさっそく準備を始めた。

 髪を馬の尻尾のように高い位置で結って、白いブラウスに乗馬用のパンツという格好になった。

 馬に跨ると屋敷を後にした。

 その様子に伯爵は、

「花嫁らしくないだろうに……」

と、苦笑いをしたのだった。


☆☆☆☆


 騎士団の訓練場は活気に満ちていた。

 野営地はいくつも設置されており、それぞれが声を張り上げながら訓練している。

 このホーランド伯爵領は隣国との境にあり、常に騎士団は周辺の警戒に当たっている。

 隣国からの侵略を阻止することが、エドナの父や祖父の代の目標でもあった。

 そのためか、ホーランド伯爵家では騎士団がよく訓練に訪れていた。

 そこに訓練場の中央に立つ騎士団長は、騎士たちに厳しい眼を向けていた。

「そこのお前、姿勢が悪い!」

 彼の視線の先には、一人の青年騎士がいる。

 彼の手には木剣が握られている。

「おい!  君はそれでも隊員か! なんだ? そのへっぴり腰は!」

 騎士団長は青年に向かって怒鳴りつける。

 青年はびくりとするが、それでもその姿勢はしっかりしている。

「はい! 申し訳ありません!」

 そう言って頭を下げる。

 そして、もう一度木剣を構えるが、すぐに騎士団長の厳しい声が飛んだ。

「君!  そんなへっぴり腰では意味がない!  気合を入れてかかってきなさい」
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