予知姫と年下婚約者

チャーコ

文字の大きさ
上 下
117 / 124
特別編

二個のケーキとプレゼント

しおりを挟む
 毎年十二月二十五日にはケーキを二個作っている。知乃の誕生日ケーキとクリスマスケーキ。知乃が小さい頃ケーキが一個だと嫌がったので、二個作っているのである。

「だってわたしのおたんじょうびだし、クリスマスケーキとわけてほしい」

 それもそうかと納得し、毎年知乃の希望するケーキを作っていた。私が作ったフルーツミルクレープとブッシュドノエルを食べる知乃は幸せそうだ。

「わたし、おおきくなったら、おかあさまみたいなやさしいおかあさんになるの」

 嬉しいことを言ってくれたので、頭を撫でてあげた。プレゼントも二つ渡す。

「はい、絵本と新しいワンピースよ」

 ワンピースも私の手作りだ。大きなリボン付きワンピースを気に入ったようだ。

「いつかわたしも、ケーキやおようふくがつくれるかな?」
「作れるわよ。私が教えてあげるわ」

 そんなやり取りを、征士くんはにこにこ見守っていた。

 ♦ ♦ ♦

 知乃がオーブンの前で小さく悲鳴を上げた。慌てて近寄ると、中のシュークリームがふくらんでいない。

「お母様、どうしましょう。クリスマスパーティまでに間に合いません!」
「まだ大丈夫よ。今度は私が見ていてあげるから」

 今年は知乃の娘のえみちゃんの希望で、クリスマスにクロカンブッシュを作ることにしていた。しかし、不器用な知乃は失敗ばかりで、どうしても成功しない。時間に間に合わなくなりそうなので、四回目の挑戦はだいぶ私が手伝ってあげた。

「ありがとうございます、お母様……」

 自分一人で上手に作れなかったことで、知乃は落ち込んでしまっている。人には向き不向きがあるので、不器用だからと落ち込むことはないのに。

「私はお母様のように、何でも出来るお母さんになりたかったです……」

 下を向いて見つめているのは、これもまた上手に作れなかったワンピース。

「私は何でも出来るわけじゃないわよ。ちーちゃんには、ちーちゃんのいいところがあるわ」

 すると、知乃は不思議そうな顔をした。

「私のいいところ……?」
「そうよ。ちーちゃんの頑張り屋さんなところはいいところだわ。苦手なことでもちゃんとやっているじゃない」

 不得意でも頑張ってクロカンブッシュやワンピースをえみちゃんの為に作る知乃は、充分優しい素敵なお母さんだ。そう褒めると知乃は微笑んだ。

「お母様にはずっと敵いませんね」

 出来上がったクロカンブッシュを眺めている。シュークリームを積み上げて、苺とキウイで飾り付けたクリスマスツリーのようなクロカンブッシュは、きっと皆喜ぶだろう。センス良く飾ったのは知乃だ。
 他の料理とともにテーブルに並べる。楽くんの実家に行っていた夢乃も帰ってきて、家族全員揃った。思った通り、クロカンブッシュは大好評だった。

「きれいなケーキね。おかあさま、ケーキとワンピースありがとう」

 えみちゃんの手にはワンピースが握りしめられている。知乃はその言葉を聞いて少し複雑そうな、それでも嬉しそうな表情になった。

「わたし、おおきくなったら、おかあさまみたいなやさしいおかあさんになるの」

 そうえみちゃんが言ったので、思わず私と征士くんと知乃は顔を見合わせてしまった。小さかった頃の知乃と全く同じ言葉。笑みが浮かぶ。

「……ありがとう、えみちゃん」

 知乃は少しばかり涙ぐんでいる。夢が叶ったのは、クリスマスだからだろうか。──それもあるかもしれないけれど、知乃の努力が実ったのだ。

「お姉様、お誕生日おめでとうございます」

 夢乃がその様子を見ながら、楽しげに箱を取り出した。知乃が受け取って開けると、入っていたのはマーブルシフォンケーキだった。鮮やかなキャラメル色のケーキだ。ケーキの上には「知乃お姉様へ」と書かれたチョコレートプレートが乗っている。

「え……? 夢ちゃんの手作り?」
「はい。楽くんの家で作ってきました」

 失敗して楽くんのお母様に手伝ってもらったんですけどね、と恥ずかしげに夢乃は付け足す。私と知乃は吹きだしてしまった。

「似たもの姉妹ね」
「だけど嬉しいわ。ありがとう、夢ちゃん」

 シフォンケーキを前に、全員でバースデーソングを歌う。歌が終わった後、盛大な拍手で祝った。

「ハッピーバースデー! ちーちゃん!」

 それぞれが知乃に誕生日プレゼントを渡した。私も二個のプレゼントを渡す。誕生日プレゼントとクリスマスプレゼント。我が家では毎年十二月二十五日は、二個のケーキとプレゼントと決まっている。
 えみちゃんは早速着替えに行ってしまった。ネイビーの少々不格好なワンピースは、それでもえみちゃんにぴったりサイズが合っていて可愛らしい。
 えみちゃんは知乃に笑いかけた。

「おかあさま、もうひとつのプレゼントありがとう」
「え?」
「もうすぐわたしにいもうとができるんでしょう? おかあさまとゆめのおばさまみたいに、なかよくできるといいな」

 いもうと……妹! えみちゃんの予知に全員が呆気にとられた。新しい予知姫が生まれるのか。
 真っ先に反応したのは、知乃のお婿さんの航平くんだった。

「え、えみちゃん、女の子が生まれるの?」
「うん、おとうさま。ゆめでみたよ」
「そうか……」

 えみちゃんの予知夢なら的中しているだろう。皆はしばらく黙り込んでいたが、知乃が口を開いた。

「女の子……どんな名前がいいかしらね」

 呟かれた言葉にえみちゃんが黒髪を揺らして言う。

「おかあさまみたいに、あたまがよくなるなまえがいいな」

 本をたくさん読んでいる知乃は、確かに知識が豊富だ。それを聞いて、航平くんがふと思いついたように、名前を述べた。

「……知尋ちづる、なんてどうかな。知識を探求する。ちょっと気が早いけどさ」

 照れたように頬をかく航平くん。知尋ちゃん、か。良い名前だ。えみちゃんも同意する。

「ちづるちゃん。いいなまえね。おかあさまににて、あたまがよくてやさしいおんなのこになるね」

 さて、いつ知尋ちゃんは生まれるだろうか。何となく遠くない未来に思える。隣に座っている征士くんと笑い合い、未来を想像した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

残念ながら、定員オーバーです!お望みなら、次期王妃の座を明け渡しますので、お好きにしてください

mios
恋愛
ここのところ、婚約者の第一王子に付き纏われている。 「ベアトリス、頼む!このとーりだ!」 大袈裟に頭を下げて、どうにか我儘を通そうとなさいますが、何度も言いますが、無理です! 男爵令嬢を側妃にすることはできません。愛妾もすでに埋まってますのよ。 どこに、捻じ込めると言うのですか! ※番外編少し長くなりそうなので、また別作品としてあげることにしました。読んでいただきありがとうございました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

処理中です...