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特別編
二個のケーキとプレゼント
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毎年十二月二十五日にはケーキを二個作っている。知乃の誕生日ケーキとクリスマスケーキ。知乃が小さい頃ケーキが一個だと嫌がったので、二個作っているのである。
「だってわたしのおたんじょうびだし、クリスマスケーキとわけてほしい」
それもそうかと納得し、毎年知乃の希望するケーキを作っていた。私が作ったフルーツミルクレープとブッシュドノエルを食べる知乃は幸せそうだ。
「わたし、おおきくなったら、おかあさまみたいなやさしいおかあさんになるの」
嬉しいことを言ってくれたので、頭を撫でてあげた。プレゼントも二つ渡す。
「はい、絵本と新しいワンピースよ」
ワンピースも私の手作りだ。大きなリボン付きワンピースを気に入ったようだ。
「いつかわたしも、ケーキやおようふくがつくれるかな?」
「作れるわよ。私が教えてあげるわ」
そんなやり取りを、征士くんはにこにこ見守っていた。
♦ ♦ ♦
知乃がオーブンの前で小さく悲鳴を上げた。慌てて近寄ると、中のシュークリームがふくらんでいない。
「お母様、どうしましょう。クリスマスパーティまでに間に合いません!」
「まだ大丈夫よ。今度は私が見ていてあげるから」
今年は知乃の娘のえみちゃんの希望で、クリスマスにクロカンブッシュを作ることにしていた。しかし、不器用な知乃は失敗ばかりで、どうしても成功しない。時間に間に合わなくなりそうなので、四回目の挑戦はだいぶ私が手伝ってあげた。
「ありがとうございます、お母様……」
自分一人で上手に作れなかったことで、知乃は落ち込んでしまっている。人には向き不向きがあるので、不器用だからと落ち込むことはないのに。
「私はお母様のように、何でも出来るお母さんになりたかったです……」
下を向いて見つめているのは、これもまた上手に作れなかったワンピース。
「私は何でも出来るわけじゃないわよ。ちーちゃんには、ちーちゃんのいいところがあるわ」
すると、知乃は不思議そうな顔をした。
「私のいいところ……?」
「そうよ。ちーちゃんの頑張り屋さんなところはいいところだわ。苦手なことでもちゃんとやっているじゃない」
不得意でも頑張ってクロカンブッシュやワンピースをえみちゃんの為に作る知乃は、充分優しい素敵なお母さんだ。そう褒めると知乃は微笑んだ。
「お母様にはずっと敵いませんね」
出来上がったクロカンブッシュを眺めている。シュークリームを積み上げて、苺とキウイで飾り付けたクリスマスツリーのようなクロカンブッシュは、きっと皆喜ぶだろう。センス良く飾ったのは知乃だ。
他の料理とともにテーブルに並べる。楽くんの実家に行っていた夢乃も帰ってきて、家族全員揃った。思った通り、クロカンブッシュは大好評だった。
「きれいなケーキね。おかあさま、ケーキとワンピースありがとう」
えみちゃんの手にはワンピースが握りしめられている。知乃はその言葉を聞いて少し複雑そうな、それでも嬉しそうな表情になった。
「わたし、おおきくなったら、おかあさまみたいなやさしいおかあさんになるの」
そうえみちゃんが言ったので、思わず私と征士くんと知乃は顔を見合わせてしまった。小さかった頃の知乃と全く同じ言葉。笑みが浮かぶ。
「……ありがとう、えみちゃん」
知乃は少しばかり涙ぐんでいる。夢が叶ったのは、クリスマスだからだろうか。──それもあるかもしれないけれど、知乃の努力が実ったのだ。
「お姉様、お誕生日おめでとうございます」
夢乃がその様子を見ながら、楽しげに箱を取り出した。知乃が受け取って開けると、入っていたのはマーブルシフォンケーキだった。鮮やかなキャラメル色のケーキだ。ケーキの上には「知乃お姉様へ」と書かれたチョコレートプレートが乗っている。
「え……? 夢ちゃんの手作り?」
「はい。楽くんの家で作ってきました」
失敗して楽くんのお母様に手伝ってもらったんですけどね、と恥ずかしげに夢乃は付け足す。私と知乃は吹きだしてしまった。
「似たもの姉妹ね」
「だけど嬉しいわ。ありがとう、夢ちゃん」
シフォンケーキを前に、全員でバースデーソングを歌う。歌が終わった後、盛大な拍手で祝った。
「ハッピーバースデー! ちーちゃん!」
それぞれが知乃に誕生日プレゼントを渡した。私も二個のプレゼントを渡す。誕生日プレゼントとクリスマスプレゼント。我が家では毎年十二月二十五日は、二個のケーキとプレゼントと決まっている。
えみちゃんは早速着替えに行ってしまった。ネイビーの少々不格好なワンピースは、それでもえみちゃんにぴったりサイズが合っていて可愛らしい。
えみちゃんは知乃に笑いかけた。
「おかあさま、もうひとつのプレゼントありがとう」
「え?」
「もうすぐわたしにいもうとができるんでしょう? おかあさまとゆめのおばさまみたいに、なかよくできるといいな」
いもうと……妹! えみちゃんの予知に全員が呆気にとられた。新しい予知姫が生まれるのか。
真っ先に反応したのは、知乃のお婿さんの航平くんだった。
「え、えみちゃん、女の子が生まれるの?」
「うん、おとうさま。ゆめでみたよ」
「そうか……」
えみちゃんの予知夢なら的中しているだろう。皆はしばらく黙り込んでいたが、知乃が口を開いた。
「女の子……どんな名前がいいかしらね」
呟かれた言葉にえみちゃんが黒髪を揺らして言う。
「おかあさまみたいに、あたまがよくなるなまえがいいな」
本をたくさん読んでいる知乃は、確かに知識が豊富だ。それを聞いて、航平くんがふと思いついたように、名前を述べた。
「……知尋、なんてどうかな。知識を探求する。ちょっと気が早いけどさ」
照れたように頬をかく航平くん。知尋ちゃん、か。良い名前だ。えみちゃんも同意する。
「ちづるちゃん。いいなまえね。おかあさまににて、あたまがよくてやさしいおんなのこになるね」
さて、いつ知尋ちゃんは生まれるだろうか。何となく遠くない未来に思える。隣に座っている征士くんと笑い合い、未来を想像した。
「だってわたしのおたんじょうびだし、クリスマスケーキとわけてほしい」
それもそうかと納得し、毎年知乃の希望するケーキを作っていた。私が作ったフルーツミルクレープとブッシュドノエルを食べる知乃は幸せそうだ。
「わたし、おおきくなったら、おかあさまみたいなやさしいおかあさんになるの」
嬉しいことを言ってくれたので、頭を撫でてあげた。プレゼントも二つ渡す。
「はい、絵本と新しいワンピースよ」
ワンピースも私の手作りだ。大きなリボン付きワンピースを気に入ったようだ。
「いつかわたしも、ケーキやおようふくがつくれるかな?」
「作れるわよ。私が教えてあげるわ」
そんなやり取りを、征士くんはにこにこ見守っていた。
♦ ♦ ♦
知乃がオーブンの前で小さく悲鳴を上げた。慌てて近寄ると、中のシュークリームがふくらんでいない。
「お母様、どうしましょう。クリスマスパーティまでに間に合いません!」
「まだ大丈夫よ。今度は私が見ていてあげるから」
今年は知乃の娘のえみちゃんの希望で、クリスマスにクロカンブッシュを作ることにしていた。しかし、不器用な知乃は失敗ばかりで、どうしても成功しない。時間に間に合わなくなりそうなので、四回目の挑戦はだいぶ私が手伝ってあげた。
「ありがとうございます、お母様……」
自分一人で上手に作れなかったことで、知乃は落ち込んでしまっている。人には向き不向きがあるので、不器用だからと落ち込むことはないのに。
「私はお母様のように、何でも出来るお母さんになりたかったです……」
下を向いて見つめているのは、これもまた上手に作れなかったワンピース。
「私は何でも出来るわけじゃないわよ。ちーちゃんには、ちーちゃんのいいところがあるわ」
すると、知乃は不思議そうな顔をした。
「私のいいところ……?」
「そうよ。ちーちゃんの頑張り屋さんなところはいいところだわ。苦手なことでもちゃんとやっているじゃない」
不得意でも頑張ってクロカンブッシュやワンピースをえみちゃんの為に作る知乃は、充分優しい素敵なお母さんだ。そう褒めると知乃は微笑んだ。
「お母様にはずっと敵いませんね」
出来上がったクロカンブッシュを眺めている。シュークリームを積み上げて、苺とキウイで飾り付けたクリスマスツリーのようなクロカンブッシュは、きっと皆喜ぶだろう。センス良く飾ったのは知乃だ。
他の料理とともにテーブルに並べる。楽くんの実家に行っていた夢乃も帰ってきて、家族全員揃った。思った通り、クロカンブッシュは大好評だった。
「きれいなケーキね。おかあさま、ケーキとワンピースありがとう」
えみちゃんの手にはワンピースが握りしめられている。知乃はその言葉を聞いて少し複雑そうな、それでも嬉しそうな表情になった。
「わたし、おおきくなったら、おかあさまみたいなやさしいおかあさんになるの」
そうえみちゃんが言ったので、思わず私と征士くんと知乃は顔を見合わせてしまった。小さかった頃の知乃と全く同じ言葉。笑みが浮かぶ。
「……ありがとう、えみちゃん」
知乃は少しばかり涙ぐんでいる。夢が叶ったのは、クリスマスだからだろうか。──それもあるかもしれないけれど、知乃の努力が実ったのだ。
「お姉様、お誕生日おめでとうございます」
夢乃がその様子を見ながら、楽しげに箱を取り出した。知乃が受け取って開けると、入っていたのはマーブルシフォンケーキだった。鮮やかなキャラメル色のケーキだ。ケーキの上には「知乃お姉様へ」と書かれたチョコレートプレートが乗っている。
「え……? 夢ちゃんの手作り?」
「はい。楽くんの家で作ってきました」
失敗して楽くんのお母様に手伝ってもらったんですけどね、と恥ずかしげに夢乃は付け足す。私と知乃は吹きだしてしまった。
「似たもの姉妹ね」
「だけど嬉しいわ。ありがとう、夢ちゃん」
シフォンケーキを前に、全員でバースデーソングを歌う。歌が終わった後、盛大な拍手で祝った。
「ハッピーバースデー! ちーちゃん!」
それぞれが知乃に誕生日プレゼントを渡した。私も二個のプレゼントを渡す。誕生日プレゼントとクリスマスプレゼント。我が家では毎年十二月二十五日は、二個のケーキとプレゼントと決まっている。
えみちゃんは早速着替えに行ってしまった。ネイビーの少々不格好なワンピースは、それでもえみちゃんにぴったりサイズが合っていて可愛らしい。
えみちゃんは知乃に笑いかけた。
「おかあさま、もうひとつのプレゼントありがとう」
「え?」
「もうすぐわたしにいもうとができるんでしょう? おかあさまとゆめのおばさまみたいに、なかよくできるといいな」
いもうと……妹! えみちゃんの予知に全員が呆気にとられた。新しい予知姫が生まれるのか。
真っ先に反応したのは、知乃のお婿さんの航平くんだった。
「え、えみちゃん、女の子が生まれるの?」
「うん、おとうさま。ゆめでみたよ」
「そうか……」
えみちゃんの予知夢なら的中しているだろう。皆はしばらく黙り込んでいたが、知乃が口を開いた。
「女の子……どんな名前がいいかしらね」
呟かれた言葉にえみちゃんが黒髪を揺らして言う。
「おかあさまみたいに、あたまがよくなるなまえがいいな」
本をたくさん読んでいる知乃は、確かに知識が豊富だ。それを聞いて、航平くんがふと思いついたように、名前を述べた。
「……知尋、なんてどうかな。知識を探求する。ちょっと気が早いけどさ」
照れたように頬をかく航平くん。知尋ちゃん、か。良い名前だ。えみちゃんも同意する。
「ちづるちゃん。いいなまえね。おかあさまににて、あたまがよくてやさしいおんなのこになるね」
さて、いつ知尋ちゃんは生まれるだろうか。何となく遠くない未来に思える。隣に座っている征士くんと笑い合い、未来を想像した。
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