予知姫と年下婚約者

チャーコ

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特別編

騎士

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※本編46話中のエピソードです。仕事中の月乃と征士のお話です。

 仕事中。お冷を作っていて、水差しを間違えてしまった。
 私が働いている洋食店には水差しが二種類あって、水か、ガムシロップかどちらかが入っているのである。
 水差し自体は同じ形なので、うっかり間違えて、水の代わりにお冷のグラスへガムシロップを注いでしまった。
 当然お客様から苦情が……。

「ちょっと、何なの、この水?!」
「一気飲みしたら、むせちゃったじゃないか!!」

 店長を始めとして、宮西さん達も総出で平謝りした。

「申し訳ございません!!」
「すぐに、きちんとしたお冷を持ってまいりますので!」

 征士くんが一番謝ってくれた。征士くんが謝ると、女性のお客様は絶対許してくれるのだ。

「だ、大丈夫よ」
「そうそう、ちょっぴり飲んじゃっただけだから、気にしないでね」

 それを見ていた私は、安堵するとともに、悔しい気持ちもある。
 征士くんは、私の婚約者なのに! とついつい思ってしまうのだ。
 結局、皆で謝ったおかげで、お客様方は全員許してくれた。
 私は職場の皆に謝罪を言って、征士くんと仕事を上がった。
 帰路、申し訳なさもあるけれど、それよりも女性のお客様が征士くんには絶対許しているのを見ていたので、怒ってしまった。

「謝ってくれたのはありがたいけれど! あんなに女性のお客様に優しくすることないじゃない!」

 征士くんはそれを聞いて、本当に楽しそうに私を眺め回す。

「月乃さんが嫉妬してくれるのは、僕すごく嬉しいです。嫉妬してくれるのが嬉しいから、何回だって失敗のフォローはしますよ」
「……馬鹿にしているの?」
「いや、そんなことは全然。単純に嫉妬してくれるのが嬉しいだけです。いつでも遠慮なく失敗してくださいね」

 ……やはり馬鹿にされているような気がする。

 ♦ ♦ ♦

 当番で職場のお手洗い清掃をしていた。
 まず、床に洗剤を撒いて、ブラシで磨く作業をする。
 洗剤を撒いて、お手洗いに足を踏み入れた私は、滑って転んでしまった。

「きゃああ!!」

 それは見事な転びようで、見ていた全員が笑った。

「虹川、何ていう転び方しているんだよ!」
「お前を見ていたら、会計計算途中だったのに、忘れちゃったじゃないか」

 唯一心配してくれたのは、征士くんだけ。

「大丈夫ですか? 他の失敗のフォローならしますけど、怪我だけはしないでください。折角の綺麗な顔に傷が出来たらどうするんです?」

 ……心配してくれるのはありがたいけれど「綺麗な顔」とは、征士くんに言われたくない私です。
 こう考えてしまう私は、どれだけ征士くんと釣り合っていないと感じているのだろう。

「……ありがとう。でも『綺麗な顔』とは言わないでね」
「え? どうしてですか?」
「それだけは、征士くんに言われたくない言葉なの!」

 切実に訴えたのに、征士くんは不思議そうな顔をしていた。

 ♦ ♦ ♦

 仕事で工場にファックスを送った。でも、何故か全く連絡がない。
 工場に電話で問い合わせた。

「あの、さっきファックス送ったんですけれど……」

 私が言うと工場の人が大笑いした。

「ああ、きみのところからのファックスだったのか。何にも書いていなかったからね、わからなかったよ。裏表間違えて送っていないか?」

 慌てて確認してみると、確かに裏表間違えて送っていた。

「すみません! 今からちゃんと正しいファックス送りますので」

 焦って裏表間違えずにファックスを送っている姿を、征士くんに見られてしまった。

「月乃さん。最近失敗多いですね。注意力散漫なんじゃないですか?」
「……うるさいわね。征士くんだって言ったじゃない。『失敗しながら仕事は覚えていくんです』って」
「それは言いましたけど。失敗多過ぎです。やっぱり僕がいないと月乃さんは駄目ですね」

 そうして、ファックスのあるバックヤードで、ふわりと征士くんは私を抱きしめた。耳元で囁く。

「お嬢様の月乃さんは見ていないと安心出来ませんね。同じ職場で働いていて正解でした。月乃さんがどんなに失敗しても、僕が助けます。僕のこと、月乃さん専属の騎士だと思ってください」
「き、騎士……」

 さすがにその台詞には赤面してしまった。騎士だなんて、そんなファンタジーみたいな設定、どう思いついたのだろう。

「僕は月乃さんを守る騎士な訳です。月乃さんの方が年上ですが、僕に守らせてくださいね。僕の男としての矜持です」

 どうしたらこんな恥ずかしいことがすらすら言えるのだろう。おかげで顔が熱くて堪らない。
 でも騎士、か。悪くないかもしれない。
 女にはどうしたって守られたい願望がある。

「……じゃあ、騎士様。ずっとずっと私を守り続けてね」

 囁き返すと、征士くんは盛大に顔を綻ばせた。

「いつまでだって、守り続けますよ。それだけは必ず約束します。永遠に月乃さんのこと守るのが、僕の生き甲斐ですから」

 その言葉を切っかけに、どちらからともなく自然に、誰もいないバックヤードでそっと唇を重ねた。
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