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特別編
千年の時を経ても
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珍しくよく晴れた七夕の夜に、私は空の星を眺めていた。都会でははっきりとは見えないけれど、それでも星々が美しい。
今年は雨降りではなかったので、織姫と牽牛は無事会えただろうか。愛し合っているのに、一年に一度しか会えないなんて可哀想だ。私は征士くんとずっと一緒にいたい。
七夕ということで、以前何かで読んだ話を思い出した。古くから七夕に素麺を食べると大病にかからない、という話で、今でも七夕にぴったりの食べ物らしい。
折角なのでレシピを調べて「天の川素麺」を作ってみようと考えた。素麺のトッピングは人参やオクラ、ハムや卵。征士くんの好きなエビや、私の好きな鰻も乗せることにする。作っていると、それまで遊んでいた知乃が近寄ってきた。
「おかあさま。わたしにもなにか、てつだわせて」
知乃は、お手伝いしたい盛りだ。小さい知乃でも出来るように、星の形の型抜きを手渡した。
「じゃあね、これで人参とハムを星の形にしてね」
「うん! わかった」
早速知乃は、人参やハムを星の形にしていた。微笑ましく思いながら、私も他の作業をする。やがて「天の川素麺」が出来上がった。
素麺を川のように盛りつけ、その上に準備したものをトッピングした。可愛らしい七夕料理に、知乃も喜んでいる。
「きれいなおりょうりね。わたしがつくったおほしさま、じょうずにできた?」
「とっても上手よ、ちーちゃん。素敵なお星様ね」
食卓に並べると、征士くんも顔を綻ばせた。
「七夕らしい夕食ですね。本当に天の川みたいです」
皆で「いただきます」と食べ始める。暑い夏でも素麺は食べやすいので、夏バテや食欲不振を防ぐ役割もあるそうだ。
「具沢山ですごく美味しいですね。僕の好きなエビを入れてくれてありがとうございます」
「どういたしまして。私の好きな鰻も入れちゃったわ」
「おかあさま。わたしはたまごがすきよ」
和気あいあいと食べていたが、ふと先程思ったことを征士くんに言ってみた。
「それにしても愛し合っているのに、織姫と牽牛は一年に一度しか会えないなんて可哀想よね。いくらお仕事しなかったからって、天帝も厳しいわよね」
「まあ、仕事しなかったからの罰だと思いますが……。月乃さん、フィンランドにも別の七夕伝説があるそうですよ」
「え? フィンランドにも、七夕のお話なんてあるの?」
意外な話に驚いた。中国から七夕が伝わったとは聞いたことがあるが、フィンランドにも七夕についての話があるなんて知らなかった。
「そうですね。新婚旅行で北欧へ行く前に、少しネットで情報を検索した時に、偶然見つけた七夕伝説ですが。結構面白い話ですよ」
征士くんは、フィンランドの七夕伝説を話してくれた。
「ズラミスとサラミという仲睦まじい夫婦が暮らしていました。いつも一緒の二人でしたが、死ぬときだけは一緒とはいきません。二人は死んだ後に、別々に天にのぼり、星となりました。二人の星はかなり離れていてもう会うことさえも出来ませんでした。しかし二人はとても愛し合っていたので、死んだ後も一緒にいたいと思いました。そこで二人は、空の星くずを集めて二人の星の間に光の橋を作って会おうと決めたのです。それから毎日一生懸命星をすくっては集めて……と橋を作りました。やがて千年の時が経ち、二人の星の間に立派な橋が出来上がりました。眩い光を放ち輝く光の橋。これが天の川です。ズラミスとサラミは光の橋を渡り、シリウスの星のところで再び会うことが出来ました。こうして二人は今も夜空で輝きながら仲良く暮らしていると言われています」
ロマンティックな話に、私は夢中になった。知乃も興味深そうに聞いていた。死んでからも一緒にいたいなんて……何て愛し合っている夫婦だろう。
「良いお話ね。死んだ後も夜空で仲良く暮らしているなんて……憧れちゃうわ」
「でも千年も頑張って橋を作るなんて、余程愛し合っていたのですね」
確かに千年もの間愛し合っていたなんて、素晴らしい夫婦だ。
「おとうさまとおかあさまも、あいしあっているとおもうよ。いつもなかよし」
知乃が嬉しいことを言ってくれた。私は知乃に笑いかけた。
「ありがとう、ちーちゃん。私と征士くんも愛し合っているわ」
「そうだよ、ちーちゃん。僕達はずっとずっと愛し合っているからね」
征士くんはその後、私の顔を見つめた。
「ちーちゃんの予知夢では、年を取ってからも僕達は仲良しでしたけど……。ズラミスとサラミのように、死んでからも愛し合いたいです」
死後の世界なんて私にはわからないけれど。それでも私も死んだ後も、征士くんと愛し合っていたい。
「そうね。私も千年かけても星を集めて橋を作って、征士くんと暮らしたいわ」
「僕もです。千年経っても月乃さんのこと、愛し続ける自信があります」
一年に一度の逢瀬じゃなくて。夜空で仲良く暮らしたい。征士くんと愛し合い続けたい。年を取ってからも、死んでからも。
夕食後、知乃が自室へ行ってから、征士くんは私を抱き寄せた。二人で夜空の星を見上げる。
「星がきらきら輝いていますね。きっと、ズラミスとサラミは仲良く暮らしているでしょうね」
「織姫と牽牛も仲良く会っていると思うけれど。ズラミスとサラミも仲良くしているわよね」
征士くんは私に優しいキスをした。部屋の隅に立てかけている笹へ目を向ける。笹には沢山の七夕飾りを皆で作って飾り付けた。吹き流しは織姫のように機織りが上手になりますように。折り鶴は家族が長生きしますように。提灯は心を明るく照らしてくれますように。笹の葉は邪気から守ってくれますように。そして、短冊は願い事が叶いますように。
征士くんは、新しく短冊に願い事を書いた。
『生きている間もその後も、月乃さんと愛し合えますように』
それを見て、私も願い事を書いた。
『この家でも夜空でも、征士くんと愛し合えますように』
天にのぼったら、星くずを集めて橋を作って、征士くんに会いに行こう。たとえ千年かかったとしても。征士くんも必ずそうしてくれるはずだ。千年の時を経ても私達の愛は変わらないだろう。
笹に飾ってある、知乃が書いた『ずっとなかよくくらせますように』との願い事の短冊が揺れていた。
今年は雨降りではなかったので、織姫と牽牛は無事会えただろうか。愛し合っているのに、一年に一度しか会えないなんて可哀想だ。私は征士くんとずっと一緒にいたい。
七夕ということで、以前何かで読んだ話を思い出した。古くから七夕に素麺を食べると大病にかからない、という話で、今でも七夕にぴったりの食べ物らしい。
折角なのでレシピを調べて「天の川素麺」を作ってみようと考えた。素麺のトッピングは人参やオクラ、ハムや卵。征士くんの好きなエビや、私の好きな鰻も乗せることにする。作っていると、それまで遊んでいた知乃が近寄ってきた。
「おかあさま。わたしにもなにか、てつだわせて」
知乃は、お手伝いしたい盛りだ。小さい知乃でも出来るように、星の形の型抜きを手渡した。
「じゃあね、これで人参とハムを星の形にしてね」
「うん! わかった」
早速知乃は、人参やハムを星の形にしていた。微笑ましく思いながら、私も他の作業をする。やがて「天の川素麺」が出来上がった。
素麺を川のように盛りつけ、その上に準備したものをトッピングした。可愛らしい七夕料理に、知乃も喜んでいる。
「きれいなおりょうりね。わたしがつくったおほしさま、じょうずにできた?」
「とっても上手よ、ちーちゃん。素敵なお星様ね」
食卓に並べると、征士くんも顔を綻ばせた。
「七夕らしい夕食ですね。本当に天の川みたいです」
皆で「いただきます」と食べ始める。暑い夏でも素麺は食べやすいので、夏バテや食欲不振を防ぐ役割もあるそうだ。
「具沢山ですごく美味しいですね。僕の好きなエビを入れてくれてありがとうございます」
「どういたしまして。私の好きな鰻も入れちゃったわ」
「おかあさま。わたしはたまごがすきよ」
和気あいあいと食べていたが、ふと先程思ったことを征士くんに言ってみた。
「それにしても愛し合っているのに、織姫と牽牛は一年に一度しか会えないなんて可哀想よね。いくらお仕事しなかったからって、天帝も厳しいわよね」
「まあ、仕事しなかったからの罰だと思いますが……。月乃さん、フィンランドにも別の七夕伝説があるそうですよ」
「え? フィンランドにも、七夕のお話なんてあるの?」
意外な話に驚いた。中国から七夕が伝わったとは聞いたことがあるが、フィンランドにも七夕についての話があるなんて知らなかった。
「そうですね。新婚旅行で北欧へ行く前に、少しネットで情報を検索した時に、偶然見つけた七夕伝説ですが。結構面白い話ですよ」
征士くんは、フィンランドの七夕伝説を話してくれた。
「ズラミスとサラミという仲睦まじい夫婦が暮らしていました。いつも一緒の二人でしたが、死ぬときだけは一緒とはいきません。二人は死んだ後に、別々に天にのぼり、星となりました。二人の星はかなり離れていてもう会うことさえも出来ませんでした。しかし二人はとても愛し合っていたので、死んだ後も一緒にいたいと思いました。そこで二人は、空の星くずを集めて二人の星の間に光の橋を作って会おうと決めたのです。それから毎日一生懸命星をすくっては集めて……と橋を作りました。やがて千年の時が経ち、二人の星の間に立派な橋が出来上がりました。眩い光を放ち輝く光の橋。これが天の川です。ズラミスとサラミは光の橋を渡り、シリウスの星のところで再び会うことが出来ました。こうして二人は今も夜空で輝きながら仲良く暮らしていると言われています」
ロマンティックな話に、私は夢中になった。知乃も興味深そうに聞いていた。死んでからも一緒にいたいなんて……何て愛し合っている夫婦だろう。
「良いお話ね。死んだ後も夜空で仲良く暮らしているなんて……憧れちゃうわ」
「でも千年も頑張って橋を作るなんて、余程愛し合っていたのですね」
確かに千年もの間愛し合っていたなんて、素晴らしい夫婦だ。
「おとうさまとおかあさまも、あいしあっているとおもうよ。いつもなかよし」
知乃が嬉しいことを言ってくれた。私は知乃に笑いかけた。
「ありがとう、ちーちゃん。私と征士くんも愛し合っているわ」
「そうだよ、ちーちゃん。僕達はずっとずっと愛し合っているからね」
征士くんはその後、私の顔を見つめた。
「ちーちゃんの予知夢では、年を取ってからも僕達は仲良しでしたけど……。ズラミスとサラミのように、死んでからも愛し合いたいです」
死後の世界なんて私にはわからないけれど。それでも私も死んだ後も、征士くんと愛し合っていたい。
「そうね。私も千年かけても星を集めて橋を作って、征士くんと暮らしたいわ」
「僕もです。千年経っても月乃さんのこと、愛し続ける自信があります」
一年に一度の逢瀬じゃなくて。夜空で仲良く暮らしたい。征士くんと愛し合い続けたい。年を取ってからも、死んでからも。
夕食後、知乃が自室へ行ってから、征士くんは私を抱き寄せた。二人で夜空の星を見上げる。
「星がきらきら輝いていますね。きっと、ズラミスとサラミは仲良く暮らしているでしょうね」
「織姫と牽牛も仲良く会っていると思うけれど。ズラミスとサラミも仲良くしているわよね」
征士くんは私に優しいキスをした。部屋の隅に立てかけている笹へ目を向ける。笹には沢山の七夕飾りを皆で作って飾り付けた。吹き流しは織姫のように機織りが上手になりますように。折り鶴は家族が長生きしますように。提灯は心を明るく照らしてくれますように。笹の葉は邪気から守ってくれますように。そして、短冊は願い事が叶いますように。
征士くんは、新しく短冊に願い事を書いた。
『生きている間もその後も、月乃さんと愛し合えますように』
それを見て、私も願い事を書いた。
『この家でも夜空でも、征士くんと愛し合えますように』
天にのぼったら、星くずを集めて橋を作って、征士くんに会いに行こう。たとえ千年かかったとしても。征士くんも必ずそうしてくれるはずだ。千年の時を経ても私達の愛は変わらないだろう。
笹に飾ってある、知乃が書いた『ずっとなかよくくらせますように』との願い事の短冊が揺れていた。
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