予知姫と年下婚約者

チャーコ

文字の大きさ
上 下
89 / 124
番外編 Side:虹川知乃

5 ストライキ

しおりを挟む
 私と航平くんは、部活休みの、中等部文芸部室で会っていた。

「ごめんね、航平くん……。私じゃお祖父様を説得出来なかったわ。お父様と、お母様が何とかしてみるって言ってくれたけれど……」

 私も涙が溢れそうだけれど、航平くんは私より泣き出しそうな顔だ。

「俺……俺。初等部の小さい頃から、ずっとちーちゃんと結婚するんだと思っていた。ちーちゃんは、すごく綺麗だし、俺に優しい。ちーちゃんの王子様にはなれないかもしれないけれど……」

 私より、僅かに身長が伸びた彼を見上げる。
 お父様の美貌とは違うけれど、充分に航平くんは格好良い。私の王子様だ。

「航平くんは、私の王子様よ。他に王子様なんていない」

 私の素敵な、年下婚約者だ。
 そんな王子様は、私をぎゅうっと抱きしめてきた。男の子の、固い身体。

「俺……。ちーちゃんのことが大好きだ。このつやつやの黒髪も、綺麗な顔も、優しい心持ちも、全部俺のものだ。他の誰にだってあげるものか」

 どきどきしている航平くんの心臓の音がわかる。私も抱きしめ返した。

「私も、航平くんのことが好きよ……」

 私の心臓も同じくらい、どきどきしている。航平くんが少し吊った、それでも整った目を見開いた。

「俺とちーちゃん、両想いだったんだ……。それだけで嬉しい。好きって言ってもらえた。もう一回、婚約者になれないかな……」

 航平くんが整った目を閉じて、顔を寄せてきた。私も目を閉じた。

「…………」

 ファーストキスだった。少しかさついた唇も、彼らしくて良かった。
 余韻を残して、離れる。まだ抱き合ったままだ。

「……絶対、何とかするわ。航平くん、待っていてね」

 ♦ ♦ ♦

 家へ帰ってから、お母様と夢乃に話した。

「私と航平くんが婚約者に戻れるまで、誰にも予知夢の話はしないでください。ストライキします」

 そうだ。予知夢の話さえしなければ、お祖父様だって折れるに違いない。

「わかったわ、ちーちゃん。私は予知夢のことを話さないわ」
「お姉様、私も話さないわよ。予知夢を当てたいならば、私がもっと『資質』のいいフィアンセさんを迎えれば問題ないのよ」

 二人とも同意してくれたので、意気込んで、お祖父様の書斎へ行った。

「お祖父様。私と航平くんの婚約を再び認めてもらうまで、予知夢話をストライキします。お母様と夢ちゃんだって話しません」

 お祖父様は絶句してしまった。

「絶対に認めてもらえるまで、誰も話しませんから。私と航平くんは、お互いが好きなんです。航平くんが王子様で、私がお姫様になるんです」
「…………」

 私は黒髪を翻して、自室へ戻った。
 もう一度、春村先生のサイン本を読み返す。
 春村先生のお話は、困難があっても必ずハッピーエンドだ。

 ♦ ♦ ♦

「月乃。お前の好きなあしかを生で触らせてもらえるように頼むから。だから、予知夢の話をしてくれ」

 お祖父様がお母様に、予知夢話をしてくれとお願いしていた。お母様はあっさりと否定した。

「確かに私は、あしかが大好きですけれど。もう触ったことがありますし、ちーちゃんと航平くんが再び婚約するまで話しません」

 お母様は、自分の大好きなあしかの誘惑に乗らなかった。
 お祖父様は今度は夢乃へ話を持ちかけた。

「夢乃。ファンだと言っていたアニメのキャラクター商品を、特製で作らせるから。予知夢の話をしてくれないかな?」
「アニメの……」

 夢乃の表情が、ぴくりと動いた。

「そうだ。特別に夢乃の名前も入れてもらおう。どうだ?」
「名前入り……」

 夢乃が操られかけている!
 しかし夢乃は、迷った顔をした後、首をぶんぶん横に振った。

「名前入りでもお話しません! お姉様の新しいフィアンセさんを、私のフィアンセさんにしてください!」

 夢乃……。良い子ね。
 お祖父様は、最後に私のところに来た。

「知乃。伝手で、今度、春村先生を我が家へお招きしよう。そうしたら、新しい婚約者を受け入れて、予知夢の話をしてくれるかな?」

 お祖父様……。

「仮に春村先生がいらっしゃったとしても、予知夢のお話はしません! 婚約者も航平くんがいいです!」

 こうして私達三人は、ストライキを続行していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した

基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。 その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。 王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

処理中です...