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番外編 Side:瀬戸征士
15 「Love」より「Like」で
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帰りの新幹線では、思いがけないことの連続だった。
よかれと思って月乃さん用に買ったチューハイで、彼女は少し酔ってしまった。
酔うと素直になるのが月乃さんだ。
僕は付け込んでお願いしてみた。
「久しぶりに、名前で呼んでください」
「何だ、そんなこと。征士くん」
『瀬戸くん』ではない。僕は嬉しくなった。
「もう一回いいですか?」
「征士くん~。何ですか~?」
あまりに素直に名前を呼んでくれるので、更にねだった。
「僕も今だけ名前で呼んでいいですか?」
「勿論、構わないわよ~」
「月乃さん」
「はい。何かしら、征士くん?」
嬉しすぎる。『月乃さん』と呼べる。僕は調子に乗って、身体を月乃さんへ寄せた。
「月乃さん。月乃さん」
「はいはい。何でしょう、征士くん。甘えん坊さんね~」
この機会に、月乃さんの本心を訊いてしまいたい。
「月乃さんは今、僕のことどう思っています?」
僕は緊張のあまり、冷たくなった手を、月乃さんの手に重ねてみた。月乃さんは今、本心で僕のことをどう思っているのだろう。月乃さんの手は温かい。
「征士くんのこと~? あんな楽しい水族館に連れてきてくれて、優しいお友達だと思うわ」
「……お友達以外に、何か思っていますか? 月乃さん」
「お友達以外で? あ、そうね~。夏休みのとき、英語話してくれたの格好良かったわ。すごくいい発音で、いい声で、聞き惚れちゃったわ~。おかげでどきどきして勉強にならなくて、テストはぎりぎりだったわよ」
そう聞いて、僕は嬉しい気持ちよりも先に驚いてしまった。英文を読んだときに顔を赤くしていたのは、まさか僕の発音に聞き惚れていたからなんて……。
僕は考えて、早口で簡単な英語を言ってみた。
「I like to take care of the time with you in the future. Let's get married.」
(今後も君との時間を大事にしていきたい。結婚しよう)
英語が苦手と言う月乃さんだ。今は多少酔ってもいる。簡単な英語での求婚も、わからないに違いない。念の為「Love」は避けた。
「相変わらず聞き惚れちゃう英語ね~。でも何て言ったの? あいらいく……」
やっぱりわかっていない。「Like」にして正解だった。
「好きって言ったんですよ。僕が月乃さんのこと、好きなことを知っているでしょう? Yesって答えてください」
「わかったわ。イエス」
「はい、月乃さん。ありがとうございます。いつか日本語で言いますね」
騙し討ちのような求婚を受けてくれた。嬉しくて堪らない。
するととろんとした目の月乃さんが、突然僕の頭に手を伸ばしてきた。
「何ですか? 月乃さん」
「征士くんの髪、すごく綺麗な髪よねえって思って。前から触ってみたかったのよ。私は自分の髪、すごく丁寧に手入れしているのに、それよりずっと綺麗だわ」
「僕の髪で良かったら、いつでもどこでも触ってください。でも、月乃さんの髪の方が綺麗です。僕も触っていいですか?」
「どうぞ~」
触られついでだ。僕も月乃さんの髪を触る。すべすべの頬も撫でてみた。
「やだ、くすぐったい。征士くん、何するのよ~」
堪えきれず、可愛い月乃さんへ思い余って言ってしまう。
「月乃さん、好きです」
「知っているわ。合宿のとき、一年の子に好きって言われていたわね」
僕はびっくりした。知られているとは思わなかった。勘違いされたくない。
「知って、いたんですか?」
「偶然、見かけただけ。でも、断っていたわね。可哀想に」
「当たり前です。僕が好きなのは、後にも先にも月乃さんだけです。好きになってもらえるまで頑張ります」
月乃さんは楽しそうに笑った。こんな笑顔を、いつまでも見ていたい。
「そんなに好かれて光栄だわ~。こんなに格好良い人、私なんかにもったいない。文化祭のときは、すっごく素敵だったわ。何か、征士くんの写真撮っている女の人に、ちょっと嫉妬しちゃった。征士くんが好きなのは、私なのに~って」
月乃さんは可笑しそうに笑った。僕はそれどころではない。月乃さんが愛しくて、肩を抱きしめた。
「全然、可笑しくありません。嬉しい、です。月乃さんにそう思われて、すごく嬉しいです」
「そうなの~?」
「そうなんです。嬉しいです」
嬉しすぎて言葉が見つからない。僕に対して嫉妬してくれる。月乃さんの肩に顔を押し付けた。
「でもねえ、バレンタインのチョコレートを断るのは女の子に優しくないわ。こんなに征士くんは、お顔も髪も綺麗で、頭も良くて、普段優しいもの」
「何言ってるんですか。折角月乃さんが、僕のことを意識し始めてくれたのに。意地でも断って、月乃さんが作ってくれる大きなチョコレートを食べます」
「あらあら、それじゃ玲子ちゃんの言う通り、大きいチョコレートケーキを焼かなきゃね~」
僕は月乃さんから以外、一生チョコレートはもらわない。大きなチョコレートケーキ、家族にだって分けてやるものか。
「いいですね、大きなチョコレートケーキ。僕、ホールを一人で食べます」
「そんなに食べたら太っちゃうわよ」
「月乃さんとテニスするから太りません」
そうだ。僕は月乃さんの為にテニスをするんだ。チョコレートケーキを一人で食べると決意を固めた。
「私とのテニスじゃ、やせないわよ。この綺麗な顔ににきびが出来ちゃうわ」
「別に、月乃さんのケーキで出来ても構いません。本望です」
「スキンケアしなきゃ駄目よ。私、この綺麗なお顔、好きだわ」
念願だった「好き」台詞だ。顔だけでも好きと言われて念願成就だ。散々他の人から、僕は顔が良い、好きって言われるけど、月乃さんに言われてこれ以上のことはない。こんな顔で良かった。月乃さんの両手を感激のあまり、握りしめた。
「僕のこと、顔でも何でも月乃さんが初めて好きって言ってくれました。僕、この顔で良かったです。新幹線降りるまで、手を握っていていいですか?」
「別にいいわよ~。私の手なんて、いくらでも触っていて」
素直な月乃さんの滑らかな両手を、僕はずっと握りしめた。
次の日、志野谷へ改めてお礼を言った。
志野谷も喜んでくれた。やっぱり志野谷は素直で好ましい。
よかれと思って月乃さん用に買ったチューハイで、彼女は少し酔ってしまった。
酔うと素直になるのが月乃さんだ。
僕は付け込んでお願いしてみた。
「久しぶりに、名前で呼んでください」
「何だ、そんなこと。征士くん」
『瀬戸くん』ではない。僕は嬉しくなった。
「もう一回いいですか?」
「征士くん~。何ですか~?」
あまりに素直に名前を呼んでくれるので、更にねだった。
「僕も今だけ名前で呼んでいいですか?」
「勿論、構わないわよ~」
「月乃さん」
「はい。何かしら、征士くん?」
嬉しすぎる。『月乃さん』と呼べる。僕は調子に乗って、身体を月乃さんへ寄せた。
「月乃さん。月乃さん」
「はいはい。何でしょう、征士くん。甘えん坊さんね~」
この機会に、月乃さんの本心を訊いてしまいたい。
「月乃さんは今、僕のことどう思っています?」
僕は緊張のあまり、冷たくなった手を、月乃さんの手に重ねてみた。月乃さんは今、本心で僕のことをどう思っているのだろう。月乃さんの手は温かい。
「征士くんのこと~? あんな楽しい水族館に連れてきてくれて、優しいお友達だと思うわ」
「……お友達以外に、何か思っていますか? 月乃さん」
「お友達以外で? あ、そうね~。夏休みのとき、英語話してくれたの格好良かったわ。すごくいい発音で、いい声で、聞き惚れちゃったわ~。おかげでどきどきして勉強にならなくて、テストはぎりぎりだったわよ」
そう聞いて、僕は嬉しい気持ちよりも先に驚いてしまった。英文を読んだときに顔を赤くしていたのは、まさか僕の発音に聞き惚れていたからなんて……。
僕は考えて、早口で簡単な英語を言ってみた。
「I like to take care of the time with you in the future. Let's get married.」
(今後も君との時間を大事にしていきたい。結婚しよう)
英語が苦手と言う月乃さんだ。今は多少酔ってもいる。簡単な英語での求婚も、わからないに違いない。念の為「Love」は避けた。
「相変わらず聞き惚れちゃう英語ね~。でも何て言ったの? あいらいく……」
やっぱりわかっていない。「Like」にして正解だった。
「好きって言ったんですよ。僕が月乃さんのこと、好きなことを知っているでしょう? Yesって答えてください」
「わかったわ。イエス」
「はい、月乃さん。ありがとうございます。いつか日本語で言いますね」
騙し討ちのような求婚を受けてくれた。嬉しくて堪らない。
するととろんとした目の月乃さんが、突然僕の頭に手を伸ばしてきた。
「何ですか? 月乃さん」
「征士くんの髪、すごく綺麗な髪よねえって思って。前から触ってみたかったのよ。私は自分の髪、すごく丁寧に手入れしているのに、それよりずっと綺麗だわ」
「僕の髪で良かったら、いつでもどこでも触ってください。でも、月乃さんの髪の方が綺麗です。僕も触っていいですか?」
「どうぞ~」
触られついでだ。僕も月乃さんの髪を触る。すべすべの頬も撫でてみた。
「やだ、くすぐったい。征士くん、何するのよ~」
堪えきれず、可愛い月乃さんへ思い余って言ってしまう。
「月乃さん、好きです」
「知っているわ。合宿のとき、一年の子に好きって言われていたわね」
僕はびっくりした。知られているとは思わなかった。勘違いされたくない。
「知って、いたんですか?」
「偶然、見かけただけ。でも、断っていたわね。可哀想に」
「当たり前です。僕が好きなのは、後にも先にも月乃さんだけです。好きになってもらえるまで頑張ります」
月乃さんは楽しそうに笑った。こんな笑顔を、いつまでも見ていたい。
「そんなに好かれて光栄だわ~。こんなに格好良い人、私なんかにもったいない。文化祭のときは、すっごく素敵だったわ。何か、征士くんの写真撮っている女の人に、ちょっと嫉妬しちゃった。征士くんが好きなのは、私なのに~って」
月乃さんは可笑しそうに笑った。僕はそれどころではない。月乃さんが愛しくて、肩を抱きしめた。
「全然、可笑しくありません。嬉しい、です。月乃さんにそう思われて、すごく嬉しいです」
「そうなの~?」
「そうなんです。嬉しいです」
嬉しすぎて言葉が見つからない。僕に対して嫉妬してくれる。月乃さんの肩に顔を押し付けた。
「でもねえ、バレンタインのチョコレートを断るのは女の子に優しくないわ。こんなに征士くんは、お顔も髪も綺麗で、頭も良くて、普段優しいもの」
「何言ってるんですか。折角月乃さんが、僕のことを意識し始めてくれたのに。意地でも断って、月乃さんが作ってくれる大きなチョコレートを食べます」
「あらあら、それじゃ玲子ちゃんの言う通り、大きいチョコレートケーキを焼かなきゃね~」
僕は月乃さんから以外、一生チョコレートはもらわない。大きなチョコレートケーキ、家族にだって分けてやるものか。
「いいですね、大きなチョコレートケーキ。僕、ホールを一人で食べます」
「そんなに食べたら太っちゃうわよ」
「月乃さんとテニスするから太りません」
そうだ。僕は月乃さんの為にテニスをするんだ。チョコレートケーキを一人で食べると決意を固めた。
「私とのテニスじゃ、やせないわよ。この綺麗な顔ににきびが出来ちゃうわ」
「別に、月乃さんのケーキで出来ても構いません。本望です」
「スキンケアしなきゃ駄目よ。私、この綺麗なお顔、好きだわ」
念願だった「好き」台詞だ。顔だけでも好きと言われて念願成就だ。散々他の人から、僕は顔が良い、好きって言われるけど、月乃さんに言われてこれ以上のことはない。こんな顔で良かった。月乃さんの両手を感激のあまり、握りしめた。
「僕のこと、顔でも何でも月乃さんが初めて好きって言ってくれました。僕、この顔で良かったです。新幹線降りるまで、手を握っていていいですか?」
「別にいいわよ~。私の手なんて、いくらでも触っていて」
素直な月乃さんの滑らかな両手を、僕はずっと握りしめた。
次の日、志野谷へ改めてお礼を言った。
志野谷も喜んでくれた。やっぱり志野谷は素直で好ましい。
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