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本編
51 知乃
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新婚旅行から帰って、ひと月と少し経った。征士くんは高等部の三年生になり、私は正社員として働き始めていた。
休みの日に征士くんとソファに座っていると、彼は私をじっと見つめた。
「月乃さん。何だかいつもより、だるそうな感じです」
「え? そう? 何ともないけれど……」
「病院へ行ってください。念の為、産婦人科ですよ」
そう言われ、すっかり驚いてしまった。
「まさか、妊娠なんて……」
「まさかでも何でも、とにかく行ってください。念の為ですから」
押し切られ、近くの産婦人科へ行き、検査してもらった。
「妊娠していますね。おめでとうございます」
「ええっ!」
お医者さんの言葉に唖然としてしまった。別につわりも何もない。
「つわり症状が出ない方もたくさんいます。取り敢えず安定期まで無理せずに、二週間おきに病院へ通ってください」
「……わかりました」
家へ帰り、征士くんに報告した。
「やっぱり妊娠していましたか。おめでとうございます。新婚旅行のとき、仲良くした甲斐がありましたね。早速お義父さんにも、お話しましょう」
「……こうも早く妊娠すると、出来婚みたいだわ」
「実際は違うじゃないですか。妊娠してくれて、僕は嬉しいです。早く報告へ行かないと」
二人で父の書斎へ行った。
「そうか! もう妊娠したのか。おめでとう月乃。女の子なら、うちは安泰だ」
「はい。早速僕の家族へも報告します。月乃さん、安定期まで無理な仕事はやめてくださいね」
「……正社員になった途端、妊娠とか、ありえない……」
喜びよりも呆然としてしまう。しかも征士くんは高等部生で父親だ。本当はまだ新婚気分を味わっていたい。
仕方なく翌日、職場で妊娠した旨を伝えた。
「……結婚した途端、妊娠か。さすが征士だな、仕事が早い。取り敢えずウェイトレスは控えて、調理場で簡単なサラダやデザートを作ってくれ。おめでとう」
「つわりとか、体調が悪いとかはないので、あまり特別扱いしないでください」
「いや、しないと、征士に何をされるかわからないからな。体調変化したら、すぐに言ってくれ」
店長にそう言われ、コックコートに身を包む。高等部の授業が終わると、急いで征士くんがアルバイトに来た。
「店長! 僕の奥さんに、無理な仕事はさせていないでしょうね?」
「大丈夫だ、落ち着け。その代わり、お前には仕事を頑張ってもらうぞ」
「はい! 僕、頑張ります!」
征士くんが熱心に仕事をしていると、宮西さんにも冷やかされていた。
「虹川が妊娠したんだって? おめでとう。お前、高校生でお父さんだな」
「ありがとうございます。僕、お父さんになれて嬉しいです。宮西さんも僕の奥さんが無理しないよう、その分働いてください」
「社員に向かって生意気だな! 言われなくても働くっての」
やがて安定期に入り、知り合いへメールした。特に弥生さんと玲子ちゃんは喜んでくれた。
産休に入り、毛糸で靴下などを編む。生まれてくる子どもの性別は、実際生まれるまで内緒にしてもらっていた。
そして出産予定日の冬の日。朝起きたら、破水していた。
病院へ連絡して、征士くんとともに行き、助産師さんに確認してもらう。
「やっぱり破水ですね。入院して陣痛が来るのを待ちましょう」
征士くんは学校を休んで、私に付き添っていた。個室なので、気兼ねする必要もない。
昼過ぎに陣痛が来始め、夕方には痛みが十分ごとになった。夕食が出て、今食べないと体力が持たないと思い、陣痛の間に食べた。
夜十時過ぎには陣痛が一分ごとになり、看護師さんを呼んだ。
分娩台に上がり助産師さんに確認してもらうと、後少しでお産になるという。
「ご主人さんに腰をさすってもらって、水分をとらせてもらいなさいね」
痛みと戦っていると、征士くんが必死に腰をさすってくれた。合間にストローでスポーツドリンクも差し出してくれる。
「ありがとう、征士くん……」
「いいえ。月乃さん、頑張ってください」
やがて、お産になった。なかなか生まれてこない。陣痛の間隔が間遠になってきた。あんまり時間がかかるので、陣痛促進剤を点滴してもらった。
征士くんは一所懸命に、手を握ったり、汗を拭いてくれたり、飲み物を飲ませてくれた。
夜中の三時過ぎに、無事子どもが生まれた。母子ともに異常はない。
「お疲れ様です、月乃さん。女の子ですよ」
「女の子……」
助産師さんが子を私の胸に乗せてくれた。思っていたより、ずっと小さい。
「子どもって、こんなに小さいのね……」
「標準体重ぎりぎりですよ。未熟児ではありません」
子は保育器へ入れられた。征士くんはじっと保育器の中を覗き込んでいた。
そして、私の傍へやってきた。
「本当にお疲れ様でした。月乃さん、僕との子を生んでくれてありがとうございます。僕、女の子だったら、つけたい名前があるんです」
「何て、名前?」
「月乃さんから一文字もらって、知乃。虹川知乃です」
私は疲れた笑いを漏らした。
「いい名前ね。虹川知乃。虹川の能力を受け継いでくれるわ。ちーちゃんって呼べるわね」
「そうでしょう。ちーちゃんって呼びましょう。僕頑張って子育てします」
虹川知乃が誕生した。
休みの日に征士くんとソファに座っていると、彼は私をじっと見つめた。
「月乃さん。何だかいつもより、だるそうな感じです」
「え? そう? 何ともないけれど……」
「病院へ行ってください。念の為、産婦人科ですよ」
そう言われ、すっかり驚いてしまった。
「まさか、妊娠なんて……」
「まさかでも何でも、とにかく行ってください。念の為ですから」
押し切られ、近くの産婦人科へ行き、検査してもらった。
「妊娠していますね。おめでとうございます」
「ええっ!」
お医者さんの言葉に唖然としてしまった。別につわりも何もない。
「つわり症状が出ない方もたくさんいます。取り敢えず安定期まで無理せずに、二週間おきに病院へ通ってください」
「……わかりました」
家へ帰り、征士くんに報告した。
「やっぱり妊娠していましたか。おめでとうございます。新婚旅行のとき、仲良くした甲斐がありましたね。早速お義父さんにも、お話しましょう」
「……こうも早く妊娠すると、出来婚みたいだわ」
「実際は違うじゃないですか。妊娠してくれて、僕は嬉しいです。早く報告へ行かないと」
二人で父の書斎へ行った。
「そうか! もう妊娠したのか。おめでとう月乃。女の子なら、うちは安泰だ」
「はい。早速僕の家族へも報告します。月乃さん、安定期まで無理な仕事はやめてくださいね」
「……正社員になった途端、妊娠とか、ありえない……」
喜びよりも呆然としてしまう。しかも征士くんは高等部生で父親だ。本当はまだ新婚気分を味わっていたい。
仕方なく翌日、職場で妊娠した旨を伝えた。
「……結婚した途端、妊娠か。さすが征士だな、仕事が早い。取り敢えずウェイトレスは控えて、調理場で簡単なサラダやデザートを作ってくれ。おめでとう」
「つわりとか、体調が悪いとかはないので、あまり特別扱いしないでください」
「いや、しないと、征士に何をされるかわからないからな。体調変化したら、すぐに言ってくれ」
店長にそう言われ、コックコートに身を包む。高等部の授業が終わると、急いで征士くんがアルバイトに来た。
「店長! 僕の奥さんに、無理な仕事はさせていないでしょうね?」
「大丈夫だ、落ち着け。その代わり、お前には仕事を頑張ってもらうぞ」
「はい! 僕、頑張ります!」
征士くんが熱心に仕事をしていると、宮西さんにも冷やかされていた。
「虹川が妊娠したんだって? おめでとう。お前、高校生でお父さんだな」
「ありがとうございます。僕、お父さんになれて嬉しいです。宮西さんも僕の奥さんが無理しないよう、その分働いてください」
「社員に向かって生意気だな! 言われなくても働くっての」
やがて安定期に入り、知り合いへメールした。特に弥生さんと玲子ちゃんは喜んでくれた。
産休に入り、毛糸で靴下などを編む。生まれてくる子どもの性別は、実際生まれるまで内緒にしてもらっていた。
そして出産予定日の冬の日。朝起きたら、破水していた。
病院へ連絡して、征士くんとともに行き、助産師さんに確認してもらう。
「やっぱり破水ですね。入院して陣痛が来るのを待ちましょう」
征士くんは学校を休んで、私に付き添っていた。個室なので、気兼ねする必要もない。
昼過ぎに陣痛が来始め、夕方には痛みが十分ごとになった。夕食が出て、今食べないと体力が持たないと思い、陣痛の間に食べた。
夜十時過ぎには陣痛が一分ごとになり、看護師さんを呼んだ。
分娩台に上がり助産師さんに確認してもらうと、後少しでお産になるという。
「ご主人さんに腰をさすってもらって、水分をとらせてもらいなさいね」
痛みと戦っていると、征士くんが必死に腰をさすってくれた。合間にストローでスポーツドリンクも差し出してくれる。
「ありがとう、征士くん……」
「いいえ。月乃さん、頑張ってください」
やがて、お産になった。なかなか生まれてこない。陣痛の間隔が間遠になってきた。あんまり時間がかかるので、陣痛促進剤を点滴してもらった。
征士くんは一所懸命に、手を握ったり、汗を拭いてくれたり、飲み物を飲ませてくれた。
夜中の三時過ぎに、無事子どもが生まれた。母子ともに異常はない。
「お疲れ様です、月乃さん。女の子ですよ」
「女の子……」
助産師さんが子を私の胸に乗せてくれた。思っていたより、ずっと小さい。
「子どもって、こんなに小さいのね……」
「標準体重ぎりぎりですよ。未熟児ではありません」
子は保育器へ入れられた。征士くんはじっと保育器の中を覗き込んでいた。
そして、私の傍へやってきた。
「本当にお疲れ様でした。月乃さん、僕との子を生んでくれてありがとうございます。僕、女の子だったら、つけたい名前があるんです」
「何て、名前?」
「月乃さんから一文字もらって、知乃。虹川知乃です」
私は疲れた笑いを漏らした。
「いい名前ね。虹川知乃。虹川の能力を受け継いでくれるわ。ちーちゃんって呼べるわね」
「そうでしょう。ちーちゃんって呼びましょう。僕頑張って子育てします」
虹川知乃が誕生した。
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