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本編
42 卒業論文取材
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私はパソコンの前で唸っていた。
卒業論文の制作が遅々として進まない。『平家物語』の中でも、比較的マイナーな平時忠を研究対象に選んでしまった為、資料が集まらないのだ。
平時忠が流罪にされた先は、能登半島の奥の方だ。そこには時忠の子孫が繁栄したという、重要文化財が建っているはずだ。
そして平家の末裔に当たる方が、金沢に住んでいると聞く。
これは現地取材へ行くしかない。そう考えた私は、早速末裔の方に会ってお話が聞けないか、電話することにした。
♦ ♦ ♦
「月乃さん、石川県まで行くんですか?」
金沢に住んでいる末裔の方と約束をした私は、征士くんにそう話していた。
「そうなの。卒論の資料が集まらなくて……。折角平家の末裔の方に、取材出来ることになったし」
「でも、遠いですよね?」
「遠いけど……。その末裔の方が建てた、重要文化財も見学したいのよ」
金沢まで行くのなら、折角だから足を伸ばして、能登半島にも行きたい。時忠が詠んだといわれる歌碑も建っているという話だ。
「歌碑や重要文化財は、能登の珠洲方面にあるんでしょう? しかも金沢も回るなんて……、泊まりがけじゃないですか」
「そうよ。先に奥能登へ回って、金沢のホテルに泊まるわ」
「そんな遠いところへ、月乃さん一人では行かせられません。女の子の一人旅も危ないですし、夏休みだし、僕も行きます」
過保護ねえ、と私は呆れた。
「そんな、大学には、一人暮らししている女の子だっているし……」
「だって月乃さん、電車移動慣れていないでしょう。僕がしっかり道順覚えて、連れて行きます」
「まあ、そこまで言うなら……」
何だかんだ恋人と居られて嬉しい。私はその場で金沢のホテルへ電話して、シングルの部屋を二部屋予約した。
♦ ♦ ♦
夏休みになった。
私は約束通り、征士くんと待ち合わせをして、新幹線に乗った。新幹線で新潟まで、そこから特急で石川県まで行く。
奥能登方面まで電車を乗り継ぎ、後はタクシーを貸し切っての移動だ。
移動中、私は文献や資料を読み込んで、翌日の取材で話を聞くことをまとめた。
新幹線の途中、征士くんが話しかけてきた。
「僕は詳しくないんですけど……。平時忠ってどういう人なんですか?」
「そうね。平清盛の義理の弟ね。『平家に非ずんば人に非ず』って聞いたことないかしら? その台詞を言った人なのよ」
「ああ、聞いたことあります。平家全盛のときに言ったという言葉ですよね」
自分の研究対象に興味を持ってもらえて嬉しい。私は尚も続けた。
「とても頭のいい人で、でも厳しい人でもあるの。検非違使だった時に強盗にすごい罰を与えて追い払ったり、平家不利と見るや源義経をお婿さんにしたりしたの」
「そんな頭のいい平家の危険分子を、源頼朝は死罪にしないで、奥能登へ流罪にしたんですか?」
「そうなのよ。そこが時忠の頭のいいところで、堂上平氏っていう名門の流れでもあるんだけど、大事な神鏡を守ったりして死罪を免れたの」
やはり征士くんは頭の回転が速い。ちゃんと私が言ったことを理解している。
「『平家物語』といえば『祇園精舎の……』から始まって『盛者必衰の理をあらわす』といいますよね。平時忠は間違いなく盛者ですよね。他の平家の人は死罪になっていたり、それが理なんでしょう?」
「因果律っていって、そうなのよね。ただ、因果律では『父祖の罪業は、子孫に報う』となっているのよ。それなのに時忠の子孫の方は能登で繁栄して、今でも平家末裔の方が金沢にいらっしゃるわ。不思議よね」
貸し切りタクシーで珠洲方面へ向かう。随分乗ってから時忠の歌碑へたどり着いた。歌碑は全部で七つ程だった。日本海の波音響く、この地での心境などが詠まれていた。
次に、時忠の子孫が住んだという下時国家と上時国家へ回った。
ともに重要文化財である。上時国家は特に、時忠が祖であることを誇りにした『大納言の間』があった。平家家紋『丸に揚羽蝶』が随所に見られた。私は夢中であちこち写真を撮った。
「すごく立派な建物ですね。矢防ぎの控えの間まであって、まるで武家屋敷みたいですね」
「そうね。庭は京風だわ。きっと京都を偲んでいたのね」
その後、受付の方に平家から時国へ名前を改めた理由を聞いたり、子孫の方々がいかに繁栄したかを聞いた後、上時国家を出た。
「折角だから、輪島で海鮮料理を食べて行きましょう」
征士くんの提案に、タクシーで輪島まで行った。
海鮮料理店へ入り、舌鼓を打つ。
「美味しいわね。さすが、輪島まで来た甲斐があるわ」
「はい、月乃さん。あーん」
「えっ?」
箸でエビを差し出された。戸惑っていると、口にエビを寄せられる。思い切って、ぱくりと食べた。周りを見渡しても、誰も私達を見ていなかった。
「ちょっと、恥ずかしいわよ」
「僕の好きなエビをあげたんです。月乃さんからもください」
「ええっ?!」
確かに今のはエビだった。エビは征士くんの好物のはずだ。征士くんは、にこにこして待っている。私は覚悟を決めた。
「……あーん」
「はい、いただきます」
征士くんも私の箸からエビを食べた。とても嬉しそうだ。これではバカップルのようで非常に恥ずかしい。
「もう。さっさと食べて行くわよ」
私は急いで食べ終え、会計を済ませた。早く、タクシーに乗ろう。
タクシーで輪島を後にし、後は電車を乗り継いで、金沢まで出た。
金沢の予約していたシティホテルを探して入った。
卒業論文の制作が遅々として進まない。『平家物語』の中でも、比較的マイナーな平時忠を研究対象に選んでしまった為、資料が集まらないのだ。
平時忠が流罪にされた先は、能登半島の奥の方だ。そこには時忠の子孫が繁栄したという、重要文化財が建っているはずだ。
そして平家の末裔に当たる方が、金沢に住んでいると聞く。
これは現地取材へ行くしかない。そう考えた私は、早速末裔の方に会ってお話が聞けないか、電話することにした。
♦ ♦ ♦
「月乃さん、石川県まで行くんですか?」
金沢に住んでいる末裔の方と約束をした私は、征士くんにそう話していた。
「そうなの。卒論の資料が集まらなくて……。折角平家の末裔の方に、取材出来ることになったし」
「でも、遠いですよね?」
「遠いけど……。その末裔の方が建てた、重要文化財も見学したいのよ」
金沢まで行くのなら、折角だから足を伸ばして、能登半島にも行きたい。時忠が詠んだといわれる歌碑も建っているという話だ。
「歌碑や重要文化財は、能登の珠洲方面にあるんでしょう? しかも金沢も回るなんて……、泊まりがけじゃないですか」
「そうよ。先に奥能登へ回って、金沢のホテルに泊まるわ」
「そんな遠いところへ、月乃さん一人では行かせられません。女の子の一人旅も危ないですし、夏休みだし、僕も行きます」
過保護ねえ、と私は呆れた。
「そんな、大学には、一人暮らししている女の子だっているし……」
「だって月乃さん、電車移動慣れていないでしょう。僕がしっかり道順覚えて、連れて行きます」
「まあ、そこまで言うなら……」
何だかんだ恋人と居られて嬉しい。私はその場で金沢のホテルへ電話して、シングルの部屋を二部屋予約した。
♦ ♦ ♦
夏休みになった。
私は約束通り、征士くんと待ち合わせをして、新幹線に乗った。新幹線で新潟まで、そこから特急で石川県まで行く。
奥能登方面まで電車を乗り継ぎ、後はタクシーを貸し切っての移動だ。
移動中、私は文献や資料を読み込んで、翌日の取材で話を聞くことをまとめた。
新幹線の途中、征士くんが話しかけてきた。
「僕は詳しくないんですけど……。平時忠ってどういう人なんですか?」
「そうね。平清盛の義理の弟ね。『平家に非ずんば人に非ず』って聞いたことないかしら? その台詞を言った人なのよ」
「ああ、聞いたことあります。平家全盛のときに言ったという言葉ですよね」
自分の研究対象に興味を持ってもらえて嬉しい。私は尚も続けた。
「とても頭のいい人で、でも厳しい人でもあるの。検非違使だった時に強盗にすごい罰を与えて追い払ったり、平家不利と見るや源義経をお婿さんにしたりしたの」
「そんな頭のいい平家の危険分子を、源頼朝は死罪にしないで、奥能登へ流罪にしたんですか?」
「そうなのよ。そこが時忠の頭のいいところで、堂上平氏っていう名門の流れでもあるんだけど、大事な神鏡を守ったりして死罪を免れたの」
やはり征士くんは頭の回転が速い。ちゃんと私が言ったことを理解している。
「『平家物語』といえば『祇園精舎の……』から始まって『盛者必衰の理をあらわす』といいますよね。平時忠は間違いなく盛者ですよね。他の平家の人は死罪になっていたり、それが理なんでしょう?」
「因果律っていって、そうなのよね。ただ、因果律では『父祖の罪業は、子孫に報う』となっているのよ。それなのに時忠の子孫の方は能登で繁栄して、今でも平家末裔の方が金沢にいらっしゃるわ。不思議よね」
貸し切りタクシーで珠洲方面へ向かう。随分乗ってから時忠の歌碑へたどり着いた。歌碑は全部で七つ程だった。日本海の波音響く、この地での心境などが詠まれていた。
次に、時忠の子孫が住んだという下時国家と上時国家へ回った。
ともに重要文化財である。上時国家は特に、時忠が祖であることを誇りにした『大納言の間』があった。平家家紋『丸に揚羽蝶』が随所に見られた。私は夢中であちこち写真を撮った。
「すごく立派な建物ですね。矢防ぎの控えの間まであって、まるで武家屋敷みたいですね」
「そうね。庭は京風だわ。きっと京都を偲んでいたのね」
その後、受付の方に平家から時国へ名前を改めた理由を聞いたり、子孫の方々がいかに繁栄したかを聞いた後、上時国家を出た。
「折角だから、輪島で海鮮料理を食べて行きましょう」
征士くんの提案に、タクシーで輪島まで行った。
海鮮料理店へ入り、舌鼓を打つ。
「美味しいわね。さすが、輪島まで来た甲斐があるわ」
「はい、月乃さん。あーん」
「えっ?」
箸でエビを差し出された。戸惑っていると、口にエビを寄せられる。思い切って、ぱくりと食べた。周りを見渡しても、誰も私達を見ていなかった。
「ちょっと、恥ずかしいわよ」
「僕の好きなエビをあげたんです。月乃さんからもください」
「ええっ?!」
確かに今のはエビだった。エビは征士くんの好物のはずだ。征士くんは、にこにこして待っている。私は覚悟を決めた。
「……あーん」
「はい、いただきます」
征士くんも私の箸からエビを食べた。とても嬉しそうだ。これではバカップルのようで非常に恥ずかしい。
「もう。さっさと食べて行くわよ」
私は急いで食べ終え、会計を済ませた。早く、タクシーに乗ろう。
タクシーで輪島を後にし、後は電車を乗り継いで、金沢まで出た。
金沢の予約していたシティホテルを探して入った。
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