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本編
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梅雨の時期に入った。それでも朝は晴れていたので、サークルは活動するかしらと、ラケットを持って大学へ行った。
しかし、お昼過ぎから雨が降ってきた。それ程大雨という訳ではないが、サークルは出来そうもない。案の定五限の途中で、今日の活動は中止、とメールが回ってきた。
サークルをするつもりだったので、迎えの車が来るのはまだまだ先だ。私は車を断り、久しぶりに電車で帰ることにした。
折り畳み傘をさして駅へ向かう。高等部の門を過ぎた辺りで、同じく傘をさしている深見くんにばったり会った。
「あ、深見くん、こんにちは」
「こんにちは。雨続きですね。今日もテニス部の活動、出来ませんでしたよ」
「あはは。私のテニスサークルも今日はお休み」
深見くんは高等部でもテニス部に入ったようだ。しかし、征士くんが一緒に入部しなかったことが残念な様子だ。
「虹川先輩から瀬戸に今からでも入部しろって言ってくださいよー。藤原部長も瀬戸を入部させろって、うるさくて」
「藤原くんはまた部長さんなのね。でも私が言っても無駄だと思うわ。瀬戸くん、やることたくさんあるから」
彼は放課後、私の父から経営について教わったり、グループの企業を見学したりしている。テニス部に入っている時間はなさそうだ。
「そんなこと言わないで、試合の助っ人だけでも頼んで……って、あれ、瀬戸じゃないですか?」
あれ、と深見くんが前方を指し示した。確かに前を歩いている後姿は征士くんに見える。ただ、征士くんらしき人と女の子が、一つの傘で寄り添って歩いていた。
「そうね。瀬戸くんに見えるわね。……一緒に歩いている女の子は誰かしら」
「きっと、同じクラスの志野谷って奴ですよ。高等部からの外部生で、いつも瀬戸に付きまとっているんです」
「……志野谷、さん?」
どこかで聞いた名前だ。どこだっけ……としばし考え、夢で視たことを思い出す。
「あ、あー。ボブカットの、可愛い女の子」
「そうです。……ご存じなんですか?」
「あ、いえ、ちょっと……。この間、教室で見た人かなー、と思ってね」
そう言うと、ああ、と深見くんは頷いた。
「この間、見に来てましたよね。そうですよ。何かといえば、瀬戸に勉強を教えてくれだの、お昼を一緒に食べようだの……。虹川先輩がいるくせに、あいつ、女子はあんまり邪険に出来ないんですよね」
「別に女の子を蔑ろにしろなんて思わないわよ。仲、良さそうね。いいことだと思うわ」
傘をさしている征士くんの腕に、志野谷さんは手を添えている。予知夢は的中していたのか。
そう言われてみると、志野谷さんと一緒にお弁当を食べたり、勉強した夢も視た気がする。経済関係は的中しない割に、こちらは当たっていたのかと思った。
…………何だろう。何だか、もやもやする。
「え、仲良くていいんですか?」
深見くんの声に我に返った。そう、クラスメイトと仲良くて、何も都合が悪くないはずだ。
「いいんじゃない。クラスメイトなんでしょう? 女の子には優しくするべきだと思うわ」
深見くんは何故か、大きく溜息をついた。
♦ ♦ ♦
また、征士くんの予知夢を視る。
高等部にある大きな池のほとりで、志野谷さんと熱烈にキスしていた。
そんな馬鹿な、と思う。今度こそハズレだ。私の今の的中率は五割以下だ。
一昨日の夢見は最悪、それでも大学へ向かう。今日は週に一度の貴重なゼミの日だ。最近の議題は、専ら『平家物語』だ。はずす訳にはいかない。
講義の後、今日はサークル活動だ。久々の晴れだし、身体を動かせば気分転換になるだろう。
玲子ちゃんと着替えてから行くと、既に若竹くんはコートに来ていてストレッチをしていた。
「よう、虹川、神田」
「早いわね、若竹くん」
「おう。久しぶりにテニスが出来るから、張り切って早く来ちゃったよ」
相変わらずね、と笑うと、若竹くんはふと私を見た。
「そうだ。虹川宛に手紙を預かってるんだった」
「私に、手紙?」
SNS全盛のこの時代に手紙なんて珍しい。
「誰から?」
「さあ? 俺も預かっただけだし。俺の法学部の友達の、国際学部の友達がもらったから渡してくれって回ってきた」
伝言ゲームみたいだな、と笑いながら若竹くんは白い封筒を渡してくれた。お礼を言って受け取る。
表書きには少し震えた字で、虹川月乃様と書いてあった。見覚えのある筆跡だ。征士くんの字だ。
裏返してみると、やはり差出人のところに瀬戸征士と書いてあった。征士くんから手紙なんて、しかも回りくどい方法を使ってどうしたのだろう。私は嫌な予感がして、皆から少し離れて封筒を開けた。
「え…………?」
中には、高等部の池のほとりで、志野谷さんが正面の征士くんとキスしている写真が入っていた。その他に、私が高等部の卒業式のときに、征士くんと一緒に撮った写真がびりびりに破かれて入っていた。
「な、に……。どういうこと……?」
訳がわからない。青ざめていると、玲子ちゃんが心配したのか近寄ってきた。
私は咄嗟に封筒を隠した。
「どうしたの? 月乃ちゃん、顔が真っ青だよ」
「…………何だか、わからない。私、帰る……」
「ええっ? 何があったの? 大丈夫?」
「…………」
私は無言で、コートを後にした。
しかし、お昼過ぎから雨が降ってきた。それ程大雨という訳ではないが、サークルは出来そうもない。案の定五限の途中で、今日の活動は中止、とメールが回ってきた。
サークルをするつもりだったので、迎えの車が来るのはまだまだ先だ。私は車を断り、久しぶりに電車で帰ることにした。
折り畳み傘をさして駅へ向かう。高等部の門を過ぎた辺りで、同じく傘をさしている深見くんにばったり会った。
「あ、深見くん、こんにちは」
「こんにちは。雨続きですね。今日もテニス部の活動、出来ませんでしたよ」
「あはは。私のテニスサークルも今日はお休み」
深見くんは高等部でもテニス部に入ったようだ。しかし、征士くんが一緒に入部しなかったことが残念な様子だ。
「虹川先輩から瀬戸に今からでも入部しろって言ってくださいよー。藤原部長も瀬戸を入部させろって、うるさくて」
「藤原くんはまた部長さんなのね。でも私が言っても無駄だと思うわ。瀬戸くん、やることたくさんあるから」
彼は放課後、私の父から経営について教わったり、グループの企業を見学したりしている。テニス部に入っている時間はなさそうだ。
「そんなこと言わないで、試合の助っ人だけでも頼んで……って、あれ、瀬戸じゃないですか?」
あれ、と深見くんが前方を指し示した。確かに前を歩いている後姿は征士くんに見える。ただ、征士くんらしき人と女の子が、一つの傘で寄り添って歩いていた。
「そうね。瀬戸くんに見えるわね。……一緒に歩いている女の子は誰かしら」
「きっと、同じクラスの志野谷って奴ですよ。高等部からの外部生で、いつも瀬戸に付きまとっているんです」
「……志野谷、さん?」
どこかで聞いた名前だ。どこだっけ……としばし考え、夢で視たことを思い出す。
「あ、あー。ボブカットの、可愛い女の子」
「そうです。……ご存じなんですか?」
「あ、いえ、ちょっと……。この間、教室で見た人かなー、と思ってね」
そう言うと、ああ、と深見くんは頷いた。
「この間、見に来てましたよね。そうですよ。何かといえば、瀬戸に勉強を教えてくれだの、お昼を一緒に食べようだの……。虹川先輩がいるくせに、あいつ、女子はあんまり邪険に出来ないんですよね」
「別に女の子を蔑ろにしろなんて思わないわよ。仲、良さそうね。いいことだと思うわ」
傘をさしている征士くんの腕に、志野谷さんは手を添えている。予知夢は的中していたのか。
そう言われてみると、志野谷さんと一緒にお弁当を食べたり、勉強した夢も視た気がする。経済関係は的中しない割に、こちらは当たっていたのかと思った。
…………何だろう。何だか、もやもやする。
「え、仲良くていいんですか?」
深見くんの声に我に返った。そう、クラスメイトと仲良くて、何も都合が悪くないはずだ。
「いいんじゃない。クラスメイトなんでしょう? 女の子には優しくするべきだと思うわ」
深見くんは何故か、大きく溜息をついた。
♦ ♦ ♦
また、征士くんの予知夢を視る。
高等部にある大きな池のほとりで、志野谷さんと熱烈にキスしていた。
そんな馬鹿な、と思う。今度こそハズレだ。私の今の的中率は五割以下だ。
一昨日の夢見は最悪、それでも大学へ向かう。今日は週に一度の貴重なゼミの日だ。最近の議題は、専ら『平家物語』だ。はずす訳にはいかない。
講義の後、今日はサークル活動だ。久々の晴れだし、身体を動かせば気分転換になるだろう。
玲子ちゃんと着替えてから行くと、既に若竹くんはコートに来ていてストレッチをしていた。
「よう、虹川、神田」
「早いわね、若竹くん」
「おう。久しぶりにテニスが出来るから、張り切って早く来ちゃったよ」
相変わらずね、と笑うと、若竹くんはふと私を見た。
「そうだ。虹川宛に手紙を預かってるんだった」
「私に、手紙?」
SNS全盛のこの時代に手紙なんて珍しい。
「誰から?」
「さあ? 俺も預かっただけだし。俺の法学部の友達の、国際学部の友達がもらったから渡してくれって回ってきた」
伝言ゲームみたいだな、と笑いながら若竹くんは白い封筒を渡してくれた。お礼を言って受け取る。
表書きには少し震えた字で、虹川月乃様と書いてあった。見覚えのある筆跡だ。征士くんの字だ。
裏返してみると、やはり差出人のところに瀬戸征士と書いてあった。征士くんから手紙なんて、しかも回りくどい方法を使ってどうしたのだろう。私は嫌な予感がして、皆から少し離れて封筒を開けた。
「え…………?」
中には、高等部の池のほとりで、志野谷さんが正面の征士くんとキスしている写真が入っていた。その他に、私が高等部の卒業式のときに、征士くんと一緒に撮った写真がびりびりに破かれて入っていた。
「な、に……。どういうこと……?」
訳がわからない。青ざめていると、玲子ちゃんが心配したのか近寄ってきた。
私は咄嗟に封筒を隠した。
「どうしたの? 月乃ちゃん、顔が真っ青だよ」
「…………何だか、わからない。私、帰る……」
「ええっ? 何があったの? 大丈夫?」
「…………」
私は無言で、コートを後にした。
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