予知姫と年下婚約者

チャーコ

文字の大きさ
上 下
10 / 124
本編

10 バレンタインにおせんべいはいかが?

しおりを挟む
 クリスマスプレゼントもそうだが、バレンタインは尚更手渡ししたい。
 征士くんにメールすると、部活が休みの日なので、放課後良かったら自分の家に遊びに来てくださいという返事だった。私は二つ返事で了承した。
 ご両親とお兄様がいらっしゃるそうなので、気合を入れてトリュフチョコレートを家族分作った。なかなか上手に出来たと思う。
 当日、チョコレートと紅茶の茶葉も添えて瀬戸家を訪れた。

「いらっしゃいませ、月乃さん」
「お招きありがとう」

 小さいながらも整頓された、綺麗な玄関で迎えられた。
 通されたリビングも暖かな感じで趣味が良い。

「ご家族は?」
「両親は、今日は仕事で遅くなるみたいです。兄は……知りませんけど」

 そんな話をしていたとき、玄関の扉が勢い良く開いた音がした。

「ただいまー。あー、今年も大量……って征士、そっちの女の子、誰?」
「兄さん! 失礼だよ」

 兄さん……。征士くんのお兄様か。征士くんと同じさらさらの黒髪だが、切れ長の目の涼しげな感じの美形さんだ。両手に紙袋を持ち、その中にはチョコレートがたくさん詰まっている。

「お邪魔しています。虹川月乃と申します」
「あ、あー……。月乃さんですね。いつもお話は征士からかねがね。俺は征士の兄の聖士せいじです。近くの高校の二年生です」

 私は紙袋にちらりと目をやった。

「あの……。余計だとは思うんですけれど、お土産のチョコレートです。後、紅茶の茶葉の詰め合わせなんですけれど、良かったら」
「え、俺にもチョコレートを? ありがとうございます。もしかして手作りですか?」
「はい、一応」

 聖士さんはラッピングを開けて、その場でトリュフチョコを食べてくれた。
 美味しい、と顔を綻ばせる。

「褒めていただいてありがとうございます」
「月乃さんってお菓子作り上手なんですねー。髪もすごく長くて綺麗ですね。征士にはもったいない。俺に乗り換えません?」
「兄さん!」

 征士くんが声を荒らげた。彼が感情を露わにするのは珍しい。征士くんはさっさと立ち上がると、僕の部屋へ行きましょう、と促してきた。
 私は聖士さんに会釈して、征士くんの後についていった。

「ここです」

 階段を上って、征士くんの部屋へ招き入れてもらった。六畳程度のフローリングの部屋。片隅にパイプベッドが置いてあって、その横のチェストの上にはいくつか小さいトロフィーが飾ってある。勉強机も整理されていて、全体的に明るくて落ち着く部屋だ。

「綺麗な部屋ね」
「いや、月乃さんが来るから大慌てで片付けたんですよ」

 そして、征士くんは機嫌をうかがうように私を見た。

「あの……。先程は兄が失礼しました」
「失礼なんてされてないわよ。礼儀正しくて、面白いお兄様ね」

 しかし彼は少しむうっとしたような顔つきをした。

「兄の言葉は本気にしないでくださいね。あの人はすごい女たらしで……。今日も誰かとデートでもしてくると思っていたんですけど」
「あはは。すごいチョコレートの数だったものねえ。お土産チョコにして失敗だったわ」
「あの……僕にもいただけますか?」

 あ、そうだった、それが本題だったとトリュフチョコのラッピングを手にした。そのまま手渡そうとすると、征士くんは私の手ごと、チョコレートを包み込んだ。

「月乃さんの手、つやつや……。温かい」
「え、ちょ、ちょっと……」

 チョコレートが溶けてしまう、と思うのに、彼の手を振りほどけない。かあっと顔が熱くなるのがわかった。
 そのとき、入るぞーと声がして扉が開いた。私達はぱっと手を放した。

「月乃さんが持ってきてくれた紅茶淹れたんだけど……。もしかしてお邪魔だった?」

 聖士さんの言葉に慌てて首を振る。

「いえ、チョコレートを渡していただけで……。あ、そうだ、これご両親にもどうぞ」

 聖士さんに、あと二つチョコレートを渡す。
 聖士さんは受け取ると、にやりと面白そうに征士くんを眺めた。

「ああ、そうそう。何故か納戸にチョコレートがたくさん詰め込まれていたぞ。俺のより多いんじゃないか?」
「え? ……ああ……征士くんの分」

 私は聖士さんの言葉に納得した。征士くんは、去年もいっぱいチョコレートをもらっていたという噂だ。何も納戸に仕舞わなくても、と思う。

「そんなにチョコレートが多いならば、来年は私はおせんべいとかの方がいいかしら。同じものばかりなんて、飽きちゃうわよね」

 私の提案に、兄弟二人はぎょっとしたような顔をした。

「いえいえ、来年からもずっと、僕はチョコがいいです!」
「そうですよ。本命からおせんべいなんて、何て男心が報われない……」

 折角いい案だと思ったのに、兄弟に揃って反対されるとは……。何だか釈然としなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

I Still Love You

美希みなみ
恋愛
※2020/09/09 登場した日葵の弟の誠真のお話アップしました。 「副社長には内緒」の莉乃と香織の子供たちのお話です。長谷川日葵と清水壮一は生まれたときから一緒。当たり前のように大切な存在として大きくなるが、お互いが高校生になったころから、二人の関係は複雑に。決められたから一緒にいるのか?そんな疑問を持ち始めた壮一は、日葵にはなにも告げずにアメリカへと留学をする。何も言わずにいなくなった壮一に、日葵は傷つく。そして7年後。大人になった2人は同じ会社で再会するが……。 ずっと一緒だったからこそ、迷い、悩み、自分の気持ちを見失っていく二人。 「副社長には内緒」を読んで頂かなくても、まったく問題はありませんが読んで頂いた後の方が、より楽しんで頂けるかもしれません。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

爪弾き者の第一王女は敵国の年下王子の妻となる

河合青
ファンタジー
長く戦争を続けていたアカネース王国とレイノアール王国。両国は婚姻を条件に、停戦条約を結ぶこととなる。 白羽の矢が立ったのは母親の身分の低さから冷遇を受け続けた爪弾き者の第一王女リーゼロッテと、妻よりも若き15歳になったばかりの第三王子レオナルドであった。 厄介払いだと蔑まれ、数々の嫌がらせを受けながらも国のためにとその身を敵国に捧げるリーゼロッテと、産みの母から忌み嫌われるレオナルドは無事に和平の架け橋となることができるのか。 ーーー 過去に他のサイトで公開していた話をタイトルを変え、一部修正して投稿しています。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

処理中です...