8 / 124
本編
8 中等部テニス部の応援
しおりを挟む
季節は夏になった。
中等部のテニス部の大会に、征士くんにお弁当の差し入れを頼まれた。
「二、三年生が験担ぎだと、どうしてもって頼まれて……」
「別に構わないわよ。征士くんは今年も試合に出るの?」
「はい、シングルスで出ます。今年も頑張ります」
「じゃあ、応援しに行くから。頑張ってね」
当日私は大量のおむすびを作った。これくらいあれば全員に行き届くだろう。
重箱を大きな風呂敷包みにして、私は家を出た。
会場は去年と同じだったので迷わずにすんだ。
「えーと」
掲示板で確認する。今年は屋内コートのようだ。麦わら帽子は折り畳んでコートに入る。
「あっ、虹川先輩!」
集団を探すまでもなく、深見くんが私に気付いてくれた。
「こんにちは、深見くん。瀬戸くんはいるかしら」
「はい、いますよ。すぐに呼んできますね」
しばらくして、深見くんは征士くんを連れてきた。
「はい、これ。差し入れのおむすび」
深見くんに風呂敷包みを渡すと、彼はわあっと集団に持っていった。深見くんを追いかけようとした征士くんを私は引き止めた。
「待って。これ、征士くんの分」
「え。僕の分?」
「去年食べられなかったでしょう。だから今年は特別製」
私は籠の容器を取り出した。大き目のおむすび三個。内容は具沢山だ。
「まさか僕の分もらえるなんて……。月乃さんのお弁当、久しぶりだからすごく嬉しいです!」
「おむすびだけで大袈裟よ?」
征士くんはおむすびをほおばり、あっという間にたいらげてしまった。それとともに、深見くんが空になった重箱を持ってきた。
「あ、瀬戸! お前だけ別の弁当かよ」
「同じおむすびよ。去年食べられなかったから、別箱で渡したの」
「ふーん。まあ、お前の『月乃さん』だものな。今年も美味かったです。ありがとうございました!」
私は軽くなった重箱を受け取った。征士くんからも籠をもらう。
「僕も美味しかったです。これで勝てる気がします!」
「お弁当の御利益があるか、私も責任重大ね。応援しているから頑張って!」
三十分程したら試合だという。荷物もあるので、私は椅子のある二階の応援席へ登った。
椅子に座ってコートを眺めていると、不意に声をかけられた。
「あれ、もしかして、虹川?」
「え? 若竹くん?」
サークルの同期生の若竹くんが、私の目の前に立っている。私は驚いたが、彼もびっくりしているようだ。
「何で虹川が、中等部のテニス部の試合に?」
「ええっと、知り合いが試合に出るっていうから応援に……。若竹くんは?」
「俺の弟が、もしかしたら試合に出られるかもって言うからさ。一年なんだけど、ずっと一緒にダブルス組んでた奴と息が合っていて。一試合くらいは出してもらえるかもって」
若竹くんは、私の隣に腰を下ろした。階下ではウォーミングアップが始まっている。
「虹川の知り合いって、どいつ?」
「あそこの隅にいる……瀬戸征士くん。二年生で、シングルスに出るらしいのよ」
指差すと、微かに征士くんと目が合ったような気がした。若竹くんはああ、と言った。
「うちの弟が、よく瀬戸先輩がすごいって話してるよ。何でもイケメンで、頭も良くて、テニスもめっちゃ上手いとか」
「あ、ははは……」
何だか、曲がりなりにも婚約者だ、とは言えない雰囲気だ。
それからはサークルの噂話などしているうちに、試合は始まった。
若竹くんの弟さんは、この試合には出ないようだ。
「何、あいつ……。中等部生とは思えねえ」
若竹くんの視線は征士くんへと向かっていた。征士くんの試合は圧倒的だった。相手に1ゲームも取らせない。
あっという間に6─0で試合を終わらせてしまった。
「なあ虹川。お前、あいつの知り合いっていうなら、今度頼んで俺と勝負させてくれよ」
「ええっ、駄目よ。相手は中等部の子よ」
「それでもすげえからやりたいんだよ。な、頼むよ」
「そんなこと言われても……」
若竹くんは私の両肩を掴んで、懇願してきた。地味に痛い。
「なあ、この通りだって」
「……はあ。一応機会があったら訊いてみるけれど。あまり期待はしないで」
「マジで?! 絶対よろしくな!」
若竹くんは顔を輝かせた。ぶんぶんと私の手を握って振る。
ふと下を見ると、征士くんがこちらを見上げていた。目が合うと逸らされた。何だろう。
まだ試合を観ていくという若竹くんと別れ、私は重箱を抱えて家へ帰った。
中等部のテニス部の大会に、征士くんにお弁当の差し入れを頼まれた。
「二、三年生が験担ぎだと、どうしてもって頼まれて……」
「別に構わないわよ。征士くんは今年も試合に出るの?」
「はい、シングルスで出ます。今年も頑張ります」
「じゃあ、応援しに行くから。頑張ってね」
当日私は大量のおむすびを作った。これくらいあれば全員に行き届くだろう。
重箱を大きな風呂敷包みにして、私は家を出た。
会場は去年と同じだったので迷わずにすんだ。
「えーと」
掲示板で確認する。今年は屋内コートのようだ。麦わら帽子は折り畳んでコートに入る。
「あっ、虹川先輩!」
集団を探すまでもなく、深見くんが私に気付いてくれた。
「こんにちは、深見くん。瀬戸くんはいるかしら」
「はい、いますよ。すぐに呼んできますね」
しばらくして、深見くんは征士くんを連れてきた。
「はい、これ。差し入れのおむすび」
深見くんに風呂敷包みを渡すと、彼はわあっと集団に持っていった。深見くんを追いかけようとした征士くんを私は引き止めた。
「待って。これ、征士くんの分」
「え。僕の分?」
「去年食べられなかったでしょう。だから今年は特別製」
私は籠の容器を取り出した。大き目のおむすび三個。内容は具沢山だ。
「まさか僕の分もらえるなんて……。月乃さんのお弁当、久しぶりだからすごく嬉しいです!」
「おむすびだけで大袈裟よ?」
征士くんはおむすびをほおばり、あっという間にたいらげてしまった。それとともに、深見くんが空になった重箱を持ってきた。
「あ、瀬戸! お前だけ別の弁当かよ」
「同じおむすびよ。去年食べられなかったから、別箱で渡したの」
「ふーん。まあ、お前の『月乃さん』だものな。今年も美味かったです。ありがとうございました!」
私は軽くなった重箱を受け取った。征士くんからも籠をもらう。
「僕も美味しかったです。これで勝てる気がします!」
「お弁当の御利益があるか、私も責任重大ね。応援しているから頑張って!」
三十分程したら試合だという。荷物もあるので、私は椅子のある二階の応援席へ登った。
椅子に座ってコートを眺めていると、不意に声をかけられた。
「あれ、もしかして、虹川?」
「え? 若竹くん?」
サークルの同期生の若竹くんが、私の目の前に立っている。私は驚いたが、彼もびっくりしているようだ。
「何で虹川が、中等部のテニス部の試合に?」
「ええっと、知り合いが試合に出るっていうから応援に……。若竹くんは?」
「俺の弟が、もしかしたら試合に出られるかもって言うからさ。一年なんだけど、ずっと一緒にダブルス組んでた奴と息が合っていて。一試合くらいは出してもらえるかもって」
若竹くんは、私の隣に腰を下ろした。階下ではウォーミングアップが始まっている。
「虹川の知り合いって、どいつ?」
「あそこの隅にいる……瀬戸征士くん。二年生で、シングルスに出るらしいのよ」
指差すと、微かに征士くんと目が合ったような気がした。若竹くんはああ、と言った。
「うちの弟が、よく瀬戸先輩がすごいって話してるよ。何でもイケメンで、頭も良くて、テニスもめっちゃ上手いとか」
「あ、ははは……」
何だか、曲がりなりにも婚約者だ、とは言えない雰囲気だ。
それからはサークルの噂話などしているうちに、試合は始まった。
若竹くんの弟さんは、この試合には出ないようだ。
「何、あいつ……。中等部生とは思えねえ」
若竹くんの視線は征士くんへと向かっていた。征士くんの試合は圧倒的だった。相手に1ゲームも取らせない。
あっという間に6─0で試合を終わらせてしまった。
「なあ虹川。お前、あいつの知り合いっていうなら、今度頼んで俺と勝負させてくれよ」
「ええっ、駄目よ。相手は中等部の子よ」
「それでもすげえからやりたいんだよ。な、頼むよ」
「そんなこと言われても……」
若竹くんは私の両肩を掴んで、懇願してきた。地味に痛い。
「なあ、この通りだって」
「……はあ。一応機会があったら訊いてみるけれど。あまり期待はしないで」
「マジで?! 絶対よろしくな!」
若竹くんは顔を輝かせた。ぶんぶんと私の手を握って振る。
ふと下を見ると、征士くんがこちらを見上げていた。目が合うと逸らされた。何だろう。
まだ試合を観ていくという若竹くんと別れ、私は重箱を抱えて家へ帰った。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
I Still Love You
美希みなみ
恋愛
※2020/09/09 登場した日葵の弟の誠真のお話アップしました。
「副社長には内緒」の莉乃と香織の子供たちのお話です。長谷川日葵と清水壮一は生まれたときから一緒。当たり前のように大切な存在として大きくなるが、お互いが高校生になったころから、二人の関係は複雑に。決められたから一緒にいるのか?そんな疑問を持ち始めた壮一は、日葵にはなにも告げずにアメリカへと留学をする。何も言わずにいなくなった壮一に、日葵は傷つく。そして7年後。大人になった2人は同じ会社で再会するが……。
ずっと一緒だったからこそ、迷い、悩み、自分の気持ちを見失っていく二人。
「副社長には内緒」を読んで頂かなくても、まったく問題はありませんが読んで頂いた後の方が、より楽しんで頂けるかもしれません。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
爪弾き者の第一王女は敵国の年下王子の妻となる
河合青
ファンタジー
長く戦争を続けていたアカネース王国とレイノアール王国。両国は婚姻を条件に、停戦条約を結ぶこととなる。
白羽の矢が立ったのは母親の身分の低さから冷遇を受け続けた爪弾き者の第一王女リーゼロッテと、妻よりも若き15歳になったばかりの第三王子レオナルドであった。
厄介払いだと蔑まれ、数々の嫌がらせを受けながらも国のためにとその身を敵国に捧げるリーゼロッテと、産みの母から忌み嫌われるレオナルドは無事に和平の架け橋となることができるのか。
ーーー
過去に他のサイトで公開していた話をタイトルを変え、一部修正して投稿しています。
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる