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第二章

第81話 ゼムドの無言

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 キエティ、ケリド、シヴィの三人は郊外の公園で会っていた。周囲には誰もいなかった。

 万が一を考えて、人族に犠牲の出ない場所を選んだ。
 三人はエスカが犯人だと結論付けて、立ち上がろうとした。
 そして、ケリドはシヴィへの攻撃魔法を解除した。
 もはやシヴィを攻撃する意味が無いだろうと判断したからだった。

 が、この瞬間、僅かだったが、ケリドとシヴィに油断ができた。

 そして、この瞬間を狙ってキエティを狙った者がいた。
 エスカだった。

 エスカは物凄い速度で、キエティに向かって突っ込んできた。

 ――瞬間。

 シヴィは咄嗟に魔力を放出し、自分の手に結界魔法を張り、キエティに向かって手を伸ばした。
 キエティを護ろうとした。

 が、間に合わなかった。
 シヴィの手を粉々に破壊して、キエティにエスカの手が突き刺さった。
 ケリドはシヴィよりも若干反応が遅れたが、シヴィの手が粉砕される瞬間、エスカの横腹を蹴り飛ばしていた。
 エスカが、一キロ以上先まで、吹っ飛ばされた。

 時間が動き出す。
 
 ***********

 ケリドは考える。

 最悪の状況だ。
 キエティを守り切れなかった。出血している。

 しかし、今の自分にできることは、エスカからシヴィとキエティを護ることだ。
 それに集中しなければいけない。

 ゼムドはすぐに来る。
 ゼムドが来れば、エスカを殺すはずだ。それでなんとかなる。

 そう考えた瞬間だった。
 エスカが目の前に現れた。いつもと表情が違う。目の瞳孔が完全に開いており、表情は気味が悪いほどの笑顔だ。
 自分も前に出た。
 そして、エスカに攻撃を加える。

 が、避けられて腹を蹴り飛ばされた。さっきの仕返しのつもりか。

 けれども……。

 ここで、手を握りしめる。
 最初から、エスカに勝てるとは思っていない。

 時間さえ稼げればいい。
 そう思って、エスカに蹴り飛ばされた時に、設置した風魔法を発動させた。

 エスカの後ろで風魔法が発動して、エスカを飲みこもうとする。

 あと、〇.三秒稼げれば、ゼムドは来る。
 そう思ったが、一瞬で、エスカは風魔法を相殺して、こちらへ向かってきた。
 やはり、エスカは自分よりかなり強い――。

 ゼムドはまだか……。

 次の瞬間、ゼムドの気配がした。

 来た。
 これで終わりだ。
 と思ったが、ゼムドは意外な行動を取った。

 キエティの前でしゃがみ込んでいる。
 しかも、見たことないほど警戒を解いている。

 驚いた。
 あのゼムドが、他人がいる前でこれほどに魔力を放出せず、警戒を解いたことはない。
 今なら、自分でもゼムドを殺せるレベルだ。

 エスカが目の前に迫ってくる。
 チッ、仕方ないか。
 エスカの攻撃を受けることにした。

 エスカの攻撃が腹に突き刺さった。
 同時にエスカの首に手刀を入れた。

 エスカの動きが、一瞬、止まった。

 が、すぐに態勢を整えて、こちらを見据える。

 そして、自分の腹から手を引き抜いて、もう一度蹴り飛ばしてきた。
 エスカに蹴り飛ばされて、公園の端に叩きつけられた――。

 が、この瞬間に、エスカとワダマル、ミホの気配を感じる。
 上を見ると、三人も異変に気付いて、ここへ来たようだ。

 考える。

 この段階で、起こりえる確率は、アザドムドがゼムドを攻撃する確率が30%、ミホもゼムドを攻撃する確率が10%、残り70%は不確定――。

 シヴィはこの辺り一帯に魔力汚染が広がらないように、結界魔法を張っているようだ。
 腕がエスカの攻撃で破壊されている。

 ただ、闘えないレベルではないはずだが、何故かこちらへ加勢にこない。

 今のゼムドは警戒を解いている。色々な意味でマズイ……。
 アザドムドの表情を見てみる。ゼムドの方をじっと見ている。
 何を考えているのか自分には分からない。

**************

 エスカもアザドムドを見ている。
 次の瞬間、アザドムドが魔力を放出した。
 そして、一瞬で、エスカの目の前に移動して、エスカの胸を貫いた。

 アザドムドの手はエスカの胸を貫いたままで、その手の先にはエスカの魔核が握られていた。
 エスカの表情が、笑顔から無表情になる。
 呆けているように見える。

 が、次の瞬間、アザドムドを見据えた。
 アザドムドは反応しない。
 少し、両者が対峙する。

 アザドムドはエスカの胸から手を引き抜いて、エスカの頭を地面に叩きつけた。
 エスカが地面にぶつかった衝撃で、地面にヒビが入る。
 アザドムドが言う。

「おー、これはいい。まさかエスカ程の魔核が手に入るとは思わなかった。これは俺が貰う」

 そう言って、アザドムドはエスカの魔核を飲み込んだ。
 次の瞬間、アザドムドの魔力量が跳ね上がるのが分かる。
 それから、アザドムドはゼムドを見た。

 そして、一言。

「ゼムド、俺は帰ってゲームをする。じゃあな」

 そう言って、飛んで行ってしまった。

*************

 ケリドはゼムドの方へ歩いて行った。

 自分のミスだと思う。
 あの場、エスカが攻撃してこないまでも、まず最初にキエティの結界魔法をさらに強化すべきだった。

 シヴィへの攻撃魔法の魔法陣を展開させたままなら、エスカの最初の突撃に対抗できた可能性があった。
 あの状態だから、エスカは攻撃してこなかったのだろう。
 その間に、キエティの結界魔法をもっと強化すべきだったと思う。

 おそらくゼムドは全部見ていたはずだ。
 自分の失態に気づいているはずだ。

 生まれて初めて、恐怖を感じる。
 ゼムドと初めて戦った時には、絶望はあったが、恐怖はなかった。
 ゼムドは魔族を殺さないというのは誰でも知っている話だったからだ。

 だが、今はゼムドが怖い。
 二年前にあれほど、キエティに対して力を発揮したことを考えると、自分は殺されるかもしれないと思う。
 ゼムドがあれほど魔力の警戒を解いていることがそれを示しているのかもしれない。

 多分、今のゼムドは異様な心理状態のはずだ。

 キエティの方を見る。
 出血量が多すぎる。
 あれは心臓を損傷している。

 今まで自分も大量の魔族や獣族を殺してきたから、分かる。
 キエティの出血量は明らかに致命傷だ。

 もう、助からない。

 ゼムドも大量に殺してきたから、キエティを見た瞬間にそれは分かったはずだ。
 弔問か……。

 今、ゼムドのところへ行きたくない、という心理が湧いてくるが、ただ、そういうわけにもいかない。
 逃げても、ゼムドから逃げきれるわけはないし、それに自分としてもゼムドに謝罪したかった。
 自分の判断ミスについて謝りたかった。

 ゼムドに近づく。
 ただ、近づいて気づいた。

 ゼムドは何もしていないわけではなかった。
 キエティに重力魔法を掛けていた。

 おそらく、キエティ内部の血液を循環させるのと、横隔膜を動かし呼吸をさせているはずだと思った。

 そうか、他の人間なら無理だが、ゼムドの魔力コントロールならそれができる。

 そう思った時、シヴィが喋り出した。

「ゼムド様、キエティさんの出血した血液ですが、あの場ですぐに私の土魔法で、大半を空中で受け止めてあります。ゼムド様なら、その血液をもう一度、その娘に循環させることが出来るのではないでしょうか?」

 ゼムドが一言発する。

「ありがとう、シヴィ」

 そう言うが、ゼムドはシヴィの方を見ない。キエティの方に集中している。
 同時に、シヴィが受け止めたという血液を重力魔法で、浮かしてキエティの体内に戻していく。
 通常なら雑菌等も体内に入ってしまうのだろうが、ゼムドが何かの魔法を使って、漏れ出た血液を浄化している。
 赤血球等を殺さずに、雑菌だけ殺しているのだろうか?

 その血液を全てキエティの体内に戻した瞬間だった。
 ゼムドとキエティがその場から消えた。

 おそらく病院へ向かったのだろう。

 残された一同はエスカを見る。
 エスカは瀕死の状態になっていた。
 シヴィが立ち上がった。
 エスカへ近づく。

「エスカさん、残念ですが、あなたをここで殺さねばいけません。何か最後に言い残すことはありますか?」

 エスカはシヴィを見ている。
 ただ、何も答えない。

 表情は攻撃的、怒っているように見える。
 シヴィは残された手の周りに氷魔法を使って、剣にしていた。
 そして、エスカに近づいて、その首を刎ねようとした。

 が、ワダマルがこれを自分の刀で阻止した。
 シヴィが驚いた表情で、ワダマルを見る。

「ワダマルさん、どういうことですか? この者は、キエティさんを殺そうとしました。私たちは人族の国へ来る条件として、人族を傷つけた場合には、殺されても仕方ないということを承諾したはずです」

「それについては承知しているでござる。ただ、エスカ殿をゼムド殿が殺さなかった以上、判断を先送りにしたいでござる」

 シヴィが左右に首を振った。

「いえ、無理でしょう。どちらにしても魔核が無くなっています。もう助かりません。このまま苦しむよりは首を刎ねてやった方がいいでしょう」

「拙者とアザドムド殿は、かつて、ゼムド殿を襲ってきた魔族達を迎撃していた時期があったでござる。ただ、その時、アザドムド殿が相手を殺すことなく、魔核だけを引き抜いたことが何度かあったでござる。すると、全員ではないが、一部の者で、その後生き残った者がいたでござる」

「……それは、エスカさんを今後も放置するという意味ですか? 承諾できません」

「いや、確かに生き残ることは生き残るでござるが、ただ、下位種まで力が落ちるでござる。要は、もうまともに会話をすることが出来なくなる感じでござるな」

「……そんなことをして意味がありますか?」

「拙者としては、ゼムド殿は、エスカ殿に死んでもらいたいとは思っていないはずだと考えているでござる。仮にあのエルフの娘殿が死んだとしても、でござる」

 そう言って、ワダマルはエスカを見た。

「エスカ殿、そなたが何を考えていたかは拙者には分からん。ただ、そなたなりに、ゼムド殿に尽くそうとしたのはこの数千年間、同じ時間を過ごした仲間として、拙者は理解しているつもりでござる。エスカ殿、残った魔力を使って傷を塞ぐでござる。そなたなら、下位種から、もう一度やり直せる可能性があるでござる」

 ずっと、エスカは会話を聞いていたようだが、ここで表情を変えて、嗚咽を発しながら、泣き始めた。そして、同時に、自分の残った魔力を自分の修復に当てていく。

 しばらくして、エスカは気を失った。
 ワダマルが、そのエスカを抱き上げた。シヴィが尋ねた。

「エスカさんを当面どうするつもりですか?」

「しばらくは拙者が、その辺で世話をするでござる。下位種まで力が落ちたとなると、このままでは人を襲うし、それに他の生き物からでも簡単に殺されてしまうはずでござる。誰かが護ってやり、餌を与えてやらねばなるまい」

 ケリドが前に出た。

「私がやりましょうか?」

「いや、ケリド殿はそれなりに傷が大きそうでござる。拙者も体調は万全でないでござるが、それでもケリド殿の今よりはマシでござろう」

「じゃあ、あたしも手伝うわー」

 ミホがそう言った。

「おお、そうでござるか。ミホ殿は女子でござるからな。たしかに一緒に手伝ってもらえるとありがたいでござる」

 そう言って、ワダマルはシヴィを見た。

「拙者達とはここでお別れでござる。とりあえず、そなた達はゼムド殿の下へ向かって下され。後のことは任せるでござる」

 そう言って、ワダマルとミホはエスカを連れて、どこかへ飛んで行ってしまった。

 残された二人はゼムドが向かった病院を探すことにした。が、同時にケリドには一つやるべきことが見えていた。それをシヴィに伝達し、自分はしかるべき場所へ向かって行った。
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