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第二章

第78話 キエティの研究室へ行く

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 キエティが怒ってた日から1か月ほど経った。

 あの後、キエティからは謝罪のメールがきた。
 別にこちらとしてはそれほど気分を害したわけでもないし、その後も、時々キエティのところへ顔を見せに行っていた。正直、キエティの研究の手伝いもしてしまっていた。
 人類の活動に大きく貢献することをしてはいけない、という龍族との約束もあったが、単純に自分自身、重力に興味があったし、また重力魔法はかなり使える。自分自身の強さを追求するためにも、もっと重力について理解を深めたいのも理由の一つだった。

 今日は夜だったが、キエティは研究室に残って実験をしているはずだ。

 自分も行ってみることしにした。

 風魔法で大学の上空に到着すると、大学の部屋の大半は電気が消えている。今は夏休みで、学生の多くはお盆で帰省しているらしい。いつもはこの時間でも、大学の研究室は明るいが今日はそうではなかった。

 キエティの実験室に入った。キエティの短いスカートが目に入る。真夏で暑いからこのような服を着ているのだろう。上のブラウスも袖がない。
 キエティと目が合う。キエティが寄ってきた。

「どうですか? うまくいったと思うんですが」

 キエティは嬉しそうな表情をしている。渡された魔道板を見て、そこに記された実験結果を見てみた。

 ……。

 よくできていると思う。
 ただ、一部に穴があるのも気付いた。
 直接教えてもいいが、龍族との約束が頭に思い浮かぶ。
 少し表現を変えて、指摘した方がいいかもしれない。

「よくできているな。ただ、一部、もう少し改良した方が良い点があるとは思うが」

「どこでしょう?」

 キエティが困ったような顔をしている。
 ……まぁ、いいか、と思ったのでそのまま教えてやることにした。
 自分も甘くなっている……。
 キエティは指摘されたポイントについて真剣に考えているようだ。
 まぁ、時間を掛けさえすれば本人でも気づくだろうと思う。
 
 ふと見ると、キエティの近くにはレモンティーのペットボトルがある。
 男子学生がいつも買ってきているはずだ。
 キエティはいつもあれを飲んでいるようだ。香りが独特な飲み物だ。

 少し離れたところに置いてあった助教授の研究資料も見てみた。この男の研究している内容はキエティと違って、かなり予算を必要とする実験が多い。
 以前、この助教授から、しつこく研究を手伝ってくれと言われたが無視した。
 キエティのケースと違って、流石にこれに力を貸すと、後々面倒なことになりそうだったからだ。
 ただ、研究内容を見た限りでは、かなり進捗状況は良さそうだ。あの男なりに頑張っているようだ。

 そんなことを考えている次の瞬間だった。
 気づくとキエティが自分に抱きついていた。

*************

 キエティが自分に抱きついている。
 キエティの体を見てみたが、細い。女だから当然だ。しかし、男性ではないため、骨格の柔らかい感触が伝わってくる。
 キエティは俺の胸に顔をうずめていたが、しばらくして顔を上げた。

 顔は赤い。耳も赤い。

 それを見た時、ふと何とも言えない気持ちになった。
 今まで感じたことがない感情のように思えた。

 次の瞬間、なんとなく無意識にキエティを抱きしめていた。

 が、流石にまずいと思って、すぐに手を離した。

 キエティとの距離が少し離れた。
 キエティは驚いたような顔をしている。当然だろう。

 しかし、キエティは覚悟を決めたような顔になって、ブラウスのボタンを一つ、また一つと外していった。

 そして、次の瞬間だった。
 物凄い音がした。
 誰かが扉を開けたようだ。
 そして、扉を開けた人物が部屋へ走り込んできて、敬礼をしながらこう言った。

「キエティ先生!!  夏休みにもかかわらず、深夜まで実験されていると聞いて、キエティ親衛隊隊長『風のマチルダ』お手伝いに参りました!!」
 
 ……。

 …………。

 場の空気が完全に凍って、時が止まった……。

***************

 異様な光景である。
 研究室の一室に一人の男と、二人の女がいる。
 一人の立っている男の前で、一人の女は服を脱ぎかけており、その横で、一人の女子学生が軍隊式の敬礼をしている。

 次の瞬間だった。
 女子学生は、腰を落として戦闘態勢をとった。
 レスリングでは、相手と組み合う間に姿勢を下げて、手を前に出す。
 あれと同じ姿勢だった。
 この女子学生はタックルをするように見えるが、しかし、予想に反して女子学生はジリジリと下がり始めた。  そして、女子学生は研究室の入口に近づく。

 それと同時に、その場でバレエのダンスの様に頭に輪を作って、くるりと一回転する。
 なかなか上手に回転できている。
 そして、女子学生は徒競走のスタート前の体勢をとって、物凄い速度で走っていった。

 ここでもう一人、走り出す者がいる。
 着衣の乱れを直して、全速力で女子学生を追いかけていく。
 女エルフ、キエティである。

****************

 キエティは息を切らしていた。

 もうダメだ。

 こんなに全速力で走ったのはいつ以来だろう。

 気持ちが悪い。吐きそうだ。

 横を見ると、女子学生も座り込んで肩で息をしている。死にそうな顔をしている。

 二人してその場で、座り込んでしまった。

 しばらくして、体調が戻ってくる。

 近くにあった自動販売機でスポーツドリンクを二本買って、一本を女子学生に渡してやる。
 
 二人で、同じようにプシュとペットボトルを開けて、中身を飲み干した。

 女子学生が話しかけてきた。

「まさか先生が研究室で、あんなことをしているとは思いませんでした」

「ちっ、違う! 誤解なのよ! 誤解!!」

「いやー、無理じゃないですかね。あの状況で、誤解って、さすがに裁判所要らなくなっちゃいますよ?」

 正論だ。ぐうの音も出ない……。謝ることにした。

「ごめんなさい。でも許して。もし、私があんなことしてたのが、大学にバレたら首になっちゃう……」

 さすがに教育者があれはまずい。首にはならなくても大学に居られなくなってしまう。

「大丈夫ですよ。誰にも言いませんよ」

 女子学生は意外にもケロッとして答えた。

「というか、困るんですよ、この私としては。あの実験室に何人も男を連れ込んで、先生たちどころじゃないくらいのことをしています。ここで先生に問題を起こされて、深夜に男女で実験室にいるのは禁止、とかになると私が困るんですよ? 分かります?」

 コイツ……。やたら深夜に実験室に残っているわりには、ロクに研究が進まないと思っていた。そんなことをしていたのか。しかも、何で上から目線……。怒りが湧いてくるが、今の自分が説教できる立場ではない。
 女子学生がこちらを見てくる。

「でも、先生にしては意外ですね。まさか研究の鬼があんなことしているなんて……。もしかして、ゼムドさんに何か弱みを握られて、無理矢理あんなことさせられていたんじゃないですか? それなら私としても放置はできないんですが」

 慌てて否定した。

「違うのよ。そうじゃないの」

 女子学生は怪訝そうな表情をしている。しょうがないので、全部話すことにした。

 ***************

「なるほど、じゃあ、そのシヴィさんに対抗するためにあんなことをしようとした、と」

「……うん。まぁ、そういう感じかも……」

 女子学生は呆れたような顔をした。

「いや、それ、順番おかしくないですか? 特にゼムドさんと過ごした時間もないのに、いきなり色仕掛けって、ちょっと頭湧いてるとしか思えないんですけど」

 コイツに言われたくない、と思うが正論だ。反論できない……。

「じゃあ、どうすればよかったの?」

「いや、普通に、家に呼んで手料理とか作ってあげればいいんじゃないですか? 今ってゼムドさんも食事を取るわけですよね?」

「でも、私、料理はあまり得意じゃなくて」

「別にいいんですよ。適当にネットでレシピ見て作れば誰でもできますよ。そういうのを作ってあげて一緒に話をすればいいんじゃないですかね」

 正論ぽい。多分、この娘の方が正解だろう。

「……分かったわ。確かにそう思う。やってみるわ」

 そういうと、女子学生は立ち上がった。そしてニヤッとした。

「でも、惜しかったですね。もう少し、私が遅くにあの部屋に入っていれば、歴史的瞬間を目撃することができたんですけどね」

 そう言って笑う。

「勘弁してちょうだい。さすがにシャレにならないわ……」

 女子学生は、まだ、笑っている。

「じゃあ、先生、今日はこれで。ジュースありがとうございました」

 そう言って、女子学生は行ってしまった。
 溜息が出るが、少しすっきりした。あの女子学生の言っていたことは確かに正しいだろう。

 焦っていてもしょうがないと思った。

 たしかに、何か料理でも作ってゼムドに出してみようと思った。
 あの女子学生にはいつもからかわれているが、今回だけは感謝せねばなるまい。
 月下草の残りはいくつだったかな?
 そんなことを考えながらその場を後にした。

************

 ある人物が大学内を歩いていた。

 その人物はこの一か月、この大学をよく観察していた。

 そして、大学内部に侵入して、様々な薬品等を盗み出していた。

 〝この薬品を使おう〟

 薬品を見てそう思う。

 どの薬品を使うのが一番良いのかよく分からないが、適当に調べた感じでは、これらの薬品のいずれかでも、自分の目標は達成できるはずだ。

 薬品は少量ずつ盗み出した。

 薬学部の研究室に入るのは比較的簡単だったし、自分の魔力を使えば、カギを開けて中の薬品を盗み出すのはそれほど難しくはなかった。

 標的の顔が思い浮かぶ。

 あれが居なくなれば、自分にとって好都合だ。

 今後、自分が有利になるためには、手段は厭わないつもりだ。

 おそらく今回の一回で勝負は決まると思っていた。

 そのためこの一か月時間を掛けて、調べたのだ。

 それなりの手間は掛けている。

 これで全て終わりだ。

 そう思って歩いていった。
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