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第二章
第77話 誤解
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シヴィに街を案内するという約束をした。
シヴィが俺を殺すこと狙っている可能性を考慮していたが、もしそうでない場合は、俺達の仲間となる可能性もある。疑ってばかりいてもしょうがない面もあった。
当面、シヴィには丁寧に接して様子を観察しなければいけない。
それに、この十日間はそれなりにやらねばいけないこともあった。
カルベルト達とダンジョンへもう一度潜り、龍によって魔力汚染された土を結界で封じ込める作業をした。
長期的には、あの地域の魔素濃度は下がるだろう。
もしかすると、あのダンジョンは、以前の様なモンスターは発生しないかもしれない。
あのスカルドラゴンから流れ出ていた魔力は、生態系の一部に寄与していた可能性はあるかもしれないからだ。
それならそれで仕方ない。
キリやカルベルトも最後に礼を言われ、オリバにも会うことができた。
また、機会があればキウェーン街に行ってみたいと思う。
キエティはこの十日間くらい、やたらとメールを送ってきて、どうでもいいような日常生活の報告や、時間がある時に一緒にご飯を食べようと誘ってきたが、全て断っていた。
意地悪をしているわけではないが、純粋に時間が無かったのだ。
毎日十二時間近くは人族からの色々な悩みが寄せられ、それについて意見の聞き取りをしていた。
将来的には、魔族の国を作るつもりであるから、その勉強のつもりもあった。
ただ、キエティにも恩がある。シヴィに会った後はキエティに会いに行こうと思う。
*************
シヴィのいるマンションを訪れてみた。
シヴィはいつもの着物姿ではなく、人族の若者が着るような出で立ちであった。
夏だからか、肌の露出は多く、スカートの丈も短かった。
シヴィが話しかけてきた。
「それでは、本日は宜しくお願いします」
そう言って、頭を下げてきた。
「ああ、構わない。十日も待たせて悪かった。行きたいところがあったら言ってくれ」
「では、人族の街に出かけてみたいと思います」
*******************
シヴィと過ごして、三日経った。
シヴィとは戦闘になる可能性を考慮した上で行動を共にしていたが、予想外にも戦いになることはなかった。
シヴィは俺を殺すつもりはないのだろうか?
それについて、キエティにも報告しなければいけない。
そして、その翌日、時間が取れたので久しぶりにキエティに会いに行った。
時間は夕方だった。キエティからのメールが来ており、翌日は忙しいから、自宅に来てくれ、と云った内容にしたがって、キエティが住んでいる場所を目指す。
キエティはマンションに住んでいるらしい。それなりに綺麗なマンションで、その五階の一室を賃貸で借りて、住んでいるようだ。
一階のホールで呼び鈴を押した。
オートロック式で、一階ホールのガラス扉を部屋から開けてもらわないと、マンション内に入ることすらできない。セキュリティには気を付けているようだ。
エレベーターを使ってキエティの部屋までいく。
高速移動の方が早いが、勉強のために地上ではなるべく使わないようにしている。
キエティの部屋の前で呼び鈴を鳴らすと、キエティが出てきた。
部屋へ入ると、既に宅配ピザが届いており、飲み物も準備されていた。
二人でそれをほおばりながら、会話をしていく。
「じゃあ、この二週間はシヴィさんに会っていたんですか?」
「ずっとじゃないが、最後の三日間だけはシヴィと会っていた。危険な人物かどうか判断したかった」
「それで、どんな感じだったんですか?」
「……問題ない感じだな。思ったより人族を理解しているし、それに隙を作ってみせたが、俺を攻撃してくることもなかった。これが一番意外だった。シヴィにすら分からないレベルでの新型の防御術式を構築して、体に這わせた上で隙を見せたが攻撃してこなかった。数日間行動を共にしたが、真面目そうに見えた。本当に問題が無い人物なのかもしれない」
「良かったじゃないですか。じゃあ、今後はシヴィさんも、自由に動け回れるのですか?」
「……まぁ、そうだな。現時点でそれほど警戒しなければいけない理由がないからな」
「シヴィさんとどこへ行ったんですか?」
「別に普通だ。そこら辺の街を歩いて、食べ物を食べて、映画を見て、服を選んでやって、遊園地に行ったくらいか」
急にキエティの顔が不機嫌になった。
「それ、なんか意味があるんですか?」
「ん? あるだろう。本人が人族の生活を知りたいというから、それに付き合っただけだ」
キエティは納得のいかない表情をしている。
「そういえば、初日にシヴィは、芸能事務所にスカウトされた。今は芸能活動を始めているようだ。魔族という事で話題になっているらしい」
そう言って、なんとなくテレビのリモコンを操作してみる。もしかするとシヴィが写っているかもしれない。 チャンネルを変えていくと、シヴィが記者会見している様子が放送されていた。キエティに話しかけた。
「キエティも一応、見て見てくれ。俺からすると問題が無いように感じるが、お前からすると違和感があるかもしれない。確認をしてくれ」
キエティは頷いて、真剣にテレビを見始めた。
俺も真剣に見ることにする。
シヴィに問題があれば、連れ戻さなければいけない。テレビを見ると記者が質問している。
「では、シヴィさんは魔族で、人の国を学ぶために来ているということで宜しいのですね?」
「はい。そうです。ご迷惑かもしれませんが、宜しくお願いします」
「芸能活動をされるということでいいのでしょうか?」
「何事も勉強だと思っているので、機会を与えて戴いたならやってみようかと思います」
そんな感じで会話が流れていく。しばらく見ていたが、受け答えに関しては完璧だ。
非の打ちどころがない。
人族、そして自分の立場を完全に弁えた上で、芸能人としての活動への意欲を示していく。
これは、やはり問題ないのかもしれない。
最後に記者会見が終わろうとした時に、一人の記者が挙手をした。そして、質問がされる。
「シヴィさんは現在、誰かとお付き合いされているのでしょうか?」
「……はい。魔族の方ですが」
『おお』
記者達がどよめいているようだ。
「少し具体的に教えて頂けないでしょうか?どなたと付き合われているのでしょうか?」
「ゼムド様です」
ここで、記者たちがフラッシュを焚いた。
「どのようにお付き合いされているのでしょうか?」
「まだ付き合って、日が浅いのですが、色々なところへ連れて行ってもらいました。街中、遊園地、ウィンドウショッピングで下着を選んでもらい、夜はホテルへ連れて行ってもらいました」
記者たちが驚いた声を上げて、フラッシュをめちゃくちゃに焚いている。
個人的には何が驚くポイントなのか、いまいち分からないが、人族にすると珍しいのかもしれない。
その後も、しつこく記者たちがどうでもいいような質問をしていくが、シヴィは何故か顔を赤らめながら、それらに答えていった。そして、それから30分ほどして会見が打ち切られた。
やはり、シヴィに問題があるようには見えない。
だが一応、キエティが、シヴィに違和感があったのかを確認しなければいけない。
そう思ってキエティの方を見た。
しかし、何かいつもと雰囲気が違う。
そして、キエティはキッとこちらを睨んできた。
どうも怒っているように見える。
何か問題があるのだろうか?
「ゼムドさん、ちょっと私の前に座ってください」
「いや、座っているだろう」
「違います。私の〝目の前に〟です」
どうもキエティは激怒しているようだ。
しょうがないので、自分の座っていた椅子を持って、キエティの目の前に移動しようとした。
しかし、キエティはそれを否定した。
「違うでしょ!! 正座ですよ!! せ・い・ざ!!」
思わず、ポカーンとしてしまったが、どうやらここは素直に従っておいた方がいいような気がする。
しょうがないので、キエティの前に正座することにした……。
*********
俺の名はゼムドだ。
俺はこう見えて、魔族の間では割と有名だ。
それなりに恐れられている。
にもかかわらず、今はエルフの女の前で、正座をさせられている。
何故だ?
キエティが机を叩きながら話を始めた。
「どういうことですか!? こっちがメールを送っても、忙しいとか返信しておきながら、実際は女の子とデートして下着を選んで、最後はホテルに連れ込んだだけじゃないですか!! 隠れて逢引きしてただけでしょう!?」
この指摘は二つの点でおかしい。
別にシヴィと何かあったわけじゃない。それに、そもそも、俺はお前と付き合っていない。
何か誤解しているようだ……。
「それは違う。俺はシヴィに言われるがままに行動していただけだ」
「じゃあ、なんで女性の下着を選ぶわけ!? おかしいでしょう!!」
「シヴィに言われたからだ。人族の文化を理解するのに必要だと真剣な顔をして言われたから、俺は付いて行っただけだ」
「どういう下着を選んだんですか?」
「適当だ。シヴィが持ってくるのを全部褒めた」
本当は、目の前でシヴィが着替えたが、それは言わないことにした。
本当のことを言うと、キエティがさらに怒りそうに思えた。
「じゃあ、なんでホテルへ行ったんですか?」
キエティはやや恥ずかしそうな顔をしているように見える。
「知らん。シヴィがどうしても人族の文化を理解するのに必要だ、と訴えてきた。だから、俺はそれに付き合っただけだ」
「ホテルで何をしたんですか?」
「何もしていない。俺はずっと魔道板を読んでいた。シヴィは横で俺に何か話しかけていた。どうでもいい話だったと思う」
この時のシヴィは下着姿だったが、それも言わない方が良さそうだ。
「シヴィさんが何か迫ってきたんじゃないですか?」
思わず眉を動かしてしまった。それを見てキエティが反応した。
「ほら、やっぱり嘘じゃないですか!!」
キエティが、また激怒した。言い訳をするしかない。
「待て。下着を選ばされたのも、ホテルへ連れ込まれたのも、むしろ俺の方だ。〝誤解〟だ。そういえば、この部屋も〝五階〟だ」
「ふざけてんじゃないわよ!!」
キエティが机を強く一回叩いた。
軽めのジョークで場を和ませようとしたが、失敗したようだ……。
「まぁ、待て、落ち着け。お前は何か勘違いしている。冷静になれ。仮にシヴィと俺に何か関係があったとして、あの記者会見の場で、あのような発表をするのはおかしいだろう。あんなことを言ってしまえば、今後自分の活動に不利になるかもしれない。たしか、芸能人は誰かと付き合うとか言わない方がよかったはずだ。つまり……」
「つまり?」
もう、面倒になってきたので、適当に嘘を付くことにした。
「あの記者会見でシヴィが言っていたことは全て嘘だ」
「……」
キエティは考え始めた。
こちらもどうすべきか考えねばならない。
ただ、正直、キエティはちょろい。
単純だ。
仕事方面では頭がキレるが、それ以外は単細胞だ。
以前、カルベルトに教わった色街での話を思い出すことにした。
「キエティ、俺はお前のことが誰よりも一番大事だと思っている。ここまで来れたのはお前のおかげだ」
そういうと、キエティはしおらしく、エルフの長い耳を垂れ始めた。
よしよし、いい方向だ。ここからダメ押しをしていくか。
「俺はお前を見ると、俺達のいた地域の〝花〟を思い出す」
キエティはコクコクと頷いている。
「その花は綺麗で可憐な花をつけるが、その花の寿命は短い。そして、その後、実をつける」
キエティは目を輝かせている。
「実は熟すと、やがて風に乗って飛んで行く。そして、新たな大地を見つけると、そこで爆発して毒をまき散らし、周りの植物を枯らして、自分だけ根を張って生きていこうとするのだ。どうだ? いい話だろう?」
完璧だ。決まったとしか思えない。
「……」
キエティが不機嫌そうな顔をしている。
何か失敗したのだろうか?
もう逃げた方が良いかもしれない。
サッと立ち上がった。
「まぁ、そんなわけだ。じゃあな」
そう言って、ベランダを開けて高速移動で逃げることにした。
************
キエティはゼムドが出て行った後、考えていた。
ゼムドをもっと問い詰めるつもりだったが、逃げられてしまった。
シヴィの記者会見とゼムドの様子を思い出す。
少し冷静になってみると、どうもおかしい気がしてきた。あのゼムドがいきなり女性をホテルへ連れ込むとは思えない。
それに、そんな話を記者会見でしてしまうと、まずいことくらいあのシヴィという女性は分かっているのではないだろうか?
あの女性の記者会見の様子をみると、ゼムドと違ってかなり、人族の慣習について理解しているとしか思えない。おそらく、辞書を読みこんだだけでなく、ネットを使って様々なスラングも覚えたはずだ。
確かにこれはおかしい。
もしかすると……。
――あのシヴィという女性は、かなり〝したたか〟なのかもしれない――
あの記者会見を利用して、ゼムドと自分の関係を公にしてしまえば、他の女性がゼムドに近づくことはない。
……これはやられたかもしれない。
ゼムドはあの女性を真面目な女性と思っているようだが、おそらく違う。
かなり猫を被っているはずだ。ゼムドは、どうも女性に対して免疫が無い。
というか、ほとんど興味が無い。シヴィが何を考えているのか分かっていないのかもしれない。
何か対策を取らねばいけないかもしれない……。
シヴィが俺を殺すこと狙っている可能性を考慮していたが、もしそうでない場合は、俺達の仲間となる可能性もある。疑ってばかりいてもしょうがない面もあった。
当面、シヴィには丁寧に接して様子を観察しなければいけない。
それに、この十日間はそれなりにやらねばいけないこともあった。
カルベルト達とダンジョンへもう一度潜り、龍によって魔力汚染された土を結界で封じ込める作業をした。
長期的には、あの地域の魔素濃度は下がるだろう。
もしかすると、あのダンジョンは、以前の様なモンスターは発生しないかもしれない。
あのスカルドラゴンから流れ出ていた魔力は、生態系の一部に寄与していた可能性はあるかもしれないからだ。
それならそれで仕方ない。
キリやカルベルトも最後に礼を言われ、オリバにも会うことができた。
また、機会があればキウェーン街に行ってみたいと思う。
キエティはこの十日間くらい、やたらとメールを送ってきて、どうでもいいような日常生活の報告や、時間がある時に一緒にご飯を食べようと誘ってきたが、全て断っていた。
意地悪をしているわけではないが、純粋に時間が無かったのだ。
毎日十二時間近くは人族からの色々な悩みが寄せられ、それについて意見の聞き取りをしていた。
将来的には、魔族の国を作るつもりであるから、その勉強のつもりもあった。
ただ、キエティにも恩がある。シヴィに会った後はキエティに会いに行こうと思う。
*************
シヴィのいるマンションを訪れてみた。
シヴィはいつもの着物姿ではなく、人族の若者が着るような出で立ちであった。
夏だからか、肌の露出は多く、スカートの丈も短かった。
シヴィが話しかけてきた。
「それでは、本日は宜しくお願いします」
そう言って、頭を下げてきた。
「ああ、構わない。十日も待たせて悪かった。行きたいところがあったら言ってくれ」
「では、人族の街に出かけてみたいと思います」
*******************
シヴィと過ごして、三日経った。
シヴィとは戦闘になる可能性を考慮した上で行動を共にしていたが、予想外にも戦いになることはなかった。
シヴィは俺を殺すつもりはないのだろうか?
それについて、キエティにも報告しなければいけない。
そして、その翌日、時間が取れたので久しぶりにキエティに会いに行った。
時間は夕方だった。キエティからのメールが来ており、翌日は忙しいから、自宅に来てくれ、と云った内容にしたがって、キエティが住んでいる場所を目指す。
キエティはマンションに住んでいるらしい。それなりに綺麗なマンションで、その五階の一室を賃貸で借りて、住んでいるようだ。
一階のホールで呼び鈴を押した。
オートロック式で、一階ホールのガラス扉を部屋から開けてもらわないと、マンション内に入ることすらできない。セキュリティには気を付けているようだ。
エレベーターを使ってキエティの部屋までいく。
高速移動の方が早いが、勉強のために地上ではなるべく使わないようにしている。
キエティの部屋の前で呼び鈴を鳴らすと、キエティが出てきた。
部屋へ入ると、既に宅配ピザが届いており、飲み物も準備されていた。
二人でそれをほおばりながら、会話をしていく。
「じゃあ、この二週間はシヴィさんに会っていたんですか?」
「ずっとじゃないが、最後の三日間だけはシヴィと会っていた。危険な人物かどうか判断したかった」
「それで、どんな感じだったんですか?」
「……問題ない感じだな。思ったより人族を理解しているし、それに隙を作ってみせたが、俺を攻撃してくることもなかった。これが一番意外だった。シヴィにすら分からないレベルでの新型の防御術式を構築して、体に這わせた上で隙を見せたが攻撃してこなかった。数日間行動を共にしたが、真面目そうに見えた。本当に問題が無い人物なのかもしれない」
「良かったじゃないですか。じゃあ、今後はシヴィさんも、自由に動け回れるのですか?」
「……まぁ、そうだな。現時点でそれほど警戒しなければいけない理由がないからな」
「シヴィさんとどこへ行ったんですか?」
「別に普通だ。そこら辺の街を歩いて、食べ物を食べて、映画を見て、服を選んでやって、遊園地に行ったくらいか」
急にキエティの顔が不機嫌になった。
「それ、なんか意味があるんですか?」
「ん? あるだろう。本人が人族の生活を知りたいというから、それに付き合っただけだ」
キエティは納得のいかない表情をしている。
「そういえば、初日にシヴィは、芸能事務所にスカウトされた。今は芸能活動を始めているようだ。魔族という事で話題になっているらしい」
そう言って、なんとなくテレビのリモコンを操作してみる。もしかするとシヴィが写っているかもしれない。 チャンネルを変えていくと、シヴィが記者会見している様子が放送されていた。キエティに話しかけた。
「キエティも一応、見て見てくれ。俺からすると問題が無いように感じるが、お前からすると違和感があるかもしれない。確認をしてくれ」
キエティは頷いて、真剣にテレビを見始めた。
俺も真剣に見ることにする。
シヴィに問題があれば、連れ戻さなければいけない。テレビを見ると記者が質問している。
「では、シヴィさんは魔族で、人の国を学ぶために来ているということで宜しいのですね?」
「はい。そうです。ご迷惑かもしれませんが、宜しくお願いします」
「芸能活動をされるということでいいのでしょうか?」
「何事も勉強だと思っているので、機会を与えて戴いたならやってみようかと思います」
そんな感じで会話が流れていく。しばらく見ていたが、受け答えに関しては完璧だ。
非の打ちどころがない。
人族、そして自分の立場を完全に弁えた上で、芸能人としての活動への意欲を示していく。
これは、やはり問題ないのかもしれない。
最後に記者会見が終わろうとした時に、一人の記者が挙手をした。そして、質問がされる。
「シヴィさんは現在、誰かとお付き合いされているのでしょうか?」
「……はい。魔族の方ですが」
『おお』
記者達がどよめいているようだ。
「少し具体的に教えて頂けないでしょうか?どなたと付き合われているのでしょうか?」
「ゼムド様です」
ここで、記者たちがフラッシュを焚いた。
「どのようにお付き合いされているのでしょうか?」
「まだ付き合って、日が浅いのですが、色々なところへ連れて行ってもらいました。街中、遊園地、ウィンドウショッピングで下着を選んでもらい、夜はホテルへ連れて行ってもらいました」
記者たちが驚いた声を上げて、フラッシュをめちゃくちゃに焚いている。
個人的には何が驚くポイントなのか、いまいち分からないが、人族にすると珍しいのかもしれない。
その後も、しつこく記者たちがどうでもいいような質問をしていくが、シヴィは何故か顔を赤らめながら、それらに答えていった。そして、それから30分ほどして会見が打ち切られた。
やはり、シヴィに問題があるようには見えない。
だが一応、キエティが、シヴィに違和感があったのかを確認しなければいけない。
そう思ってキエティの方を見た。
しかし、何かいつもと雰囲気が違う。
そして、キエティはキッとこちらを睨んできた。
どうも怒っているように見える。
何か問題があるのだろうか?
「ゼムドさん、ちょっと私の前に座ってください」
「いや、座っているだろう」
「違います。私の〝目の前に〟です」
どうもキエティは激怒しているようだ。
しょうがないので、自分の座っていた椅子を持って、キエティの目の前に移動しようとした。
しかし、キエティはそれを否定した。
「違うでしょ!! 正座ですよ!! せ・い・ざ!!」
思わず、ポカーンとしてしまったが、どうやらここは素直に従っておいた方がいいような気がする。
しょうがないので、キエティの前に正座することにした……。
*********
俺の名はゼムドだ。
俺はこう見えて、魔族の間では割と有名だ。
それなりに恐れられている。
にもかかわらず、今はエルフの女の前で、正座をさせられている。
何故だ?
キエティが机を叩きながら話を始めた。
「どういうことですか!? こっちがメールを送っても、忙しいとか返信しておきながら、実際は女の子とデートして下着を選んで、最後はホテルに連れ込んだだけじゃないですか!! 隠れて逢引きしてただけでしょう!?」
この指摘は二つの点でおかしい。
別にシヴィと何かあったわけじゃない。それに、そもそも、俺はお前と付き合っていない。
何か誤解しているようだ……。
「それは違う。俺はシヴィに言われるがままに行動していただけだ」
「じゃあ、なんで女性の下着を選ぶわけ!? おかしいでしょう!!」
「シヴィに言われたからだ。人族の文化を理解するのに必要だと真剣な顔をして言われたから、俺は付いて行っただけだ」
「どういう下着を選んだんですか?」
「適当だ。シヴィが持ってくるのを全部褒めた」
本当は、目の前でシヴィが着替えたが、それは言わないことにした。
本当のことを言うと、キエティがさらに怒りそうに思えた。
「じゃあ、なんでホテルへ行ったんですか?」
キエティはやや恥ずかしそうな顔をしているように見える。
「知らん。シヴィがどうしても人族の文化を理解するのに必要だ、と訴えてきた。だから、俺はそれに付き合っただけだ」
「ホテルで何をしたんですか?」
「何もしていない。俺はずっと魔道板を読んでいた。シヴィは横で俺に何か話しかけていた。どうでもいい話だったと思う」
この時のシヴィは下着姿だったが、それも言わない方が良さそうだ。
「シヴィさんが何か迫ってきたんじゃないですか?」
思わず眉を動かしてしまった。それを見てキエティが反応した。
「ほら、やっぱり嘘じゃないですか!!」
キエティが、また激怒した。言い訳をするしかない。
「待て。下着を選ばされたのも、ホテルへ連れ込まれたのも、むしろ俺の方だ。〝誤解〟だ。そういえば、この部屋も〝五階〟だ」
「ふざけてんじゃないわよ!!」
キエティが机を強く一回叩いた。
軽めのジョークで場を和ませようとしたが、失敗したようだ……。
「まぁ、待て、落ち着け。お前は何か勘違いしている。冷静になれ。仮にシヴィと俺に何か関係があったとして、あの記者会見の場で、あのような発表をするのはおかしいだろう。あんなことを言ってしまえば、今後自分の活動に不利になるかもしれない。たしか、芸能人は誰かと付き合うとか言わない方がよかったはずだ。つまり……」
「つまり?」
もう、面倒になってきたので、適当に嘘を付くことにした。
「あの記者会見でシヴィが言っていたことは全て嘘だ」
「……」
キエティは考え始めた。
こちらもどうすべきか考えねばならない。
ただ、正直、キエティはちょろい。
単純だ。
仕事方面では頭がキレるが、それ以外は単細胞だ。
以前、カルベルトに教わった色街での話を思い出すことにした。
「キエティ、俺はお前のことが誰よりも一番大事だと思っている。ここまで来れたのはお前のおかげだ」
そういうと、キエティはしおらしく、エルフの長い耳を垂れ始めた。
よしよし、いい方向だ。ここからダメ押しをしていくか。
「俺はお前を見ると、俺達のいた地域の〝花〟を思い出す」
キエティはコクコクと頷いている。
「その花は綺麗で可憐な花をつけるが、その花の寿命は短い。そして、その後、実をつける」
キエティは目を輝かせている。
「実は熟すと、やがて風に乗って飛んで行く。そして、新たな大地を見つけると、そこで爆発して毒をまき散らし、周りの植物を枯らして、自分だけ根を張って生きていこうとするのだ。どうだ? いい話だろう?」
完璧だ。決まったとしか思えない。
「……」
キエティが不機嫌そうな顔をしている。
何か失敗したのだろうか?
もう逃げた方が良いかもしれない。
サッと立ち上がった。
「まぁ、そんなわけだ。じゃあな」
そう言って、ベランダを開けて高速移動で逃げることにした。
************
キエティはゼムドが出て行った後、考えていた。
ゼムドをもっと問い詰めるつもりだったが、逃げられてしまった。
シヴィの記者会見とゼムドの様子を思い出す。
少し冷静になってみると、どうもおかしい気がしてきた。あのゼムドがいきなり女性をホテルへ連れ込むとは思えない。
それに、そんな話を記者会見でしてしまうと、まずいことくらいあのシヴィという女性は分かっているのではないだろうか?
あの女性の記者会見の様子をみると、ゼムドと違ってかなり、人族の慣習について理解しているとしか思えない。おそらく、辞書を読みこんだだけでなく、ネットを使って様々なスラングも覚えたはずだ。
確かにこれはおかしい。
もしかすると……。
――あのシヴィという女性は、かなり〝したたか〟なのかもしれない――
あの記者会見を利用して、ゼムドと自分の関係を公にしてしまえば、他の女性がゼムドに近づくことはない。
……これはやられたかもしれない。
ゼムドはあの女性を真面目な女性と思っているようだが、おそらく違う。
かなり猫を被っているはずだ。ゼムドは、どうも女性に対して免疫が無い。
というか、ほとんど興味が無い。シヴィが何を考えているのか分かっていないのかもしれない。
何か対策を取らねばいけないかもしれない……。
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