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第二章

第71話 ギルマスとの再会

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 三人でギルドへ入ると、そこには大勢の人がいた。そして、その人たちの一番前にギルマスがいた。

「よく来てくれた。ゼムドさん。ありがとう」

 そう言って、ギルマスが拍手を始めると、周囲の人たちも拍手をし始めた。
 キリも少し遅れて、キエティの横で拍手をしている。ギルマスが、ゼムドの前に近づいてきて、手を出す。

「ギルドマスターのカイザーだ。以前、一回だけ会っているが、名前は言ってなかったな。今後ともよろしく頼む」

 ゼムドがその手を握り返して、笑顔で話しかけた。

「久しぶりだな。あの時は世話になった。お前にも礼が言いたかった」

「いやいや、それはお互い様だ。むしろ、こっちの方がしてもらったことの貢献度合いは大きい。本当に感謝している。今夜は俺の取って置きを準備してある。楽しみに待っていてくれ」

 ゼムドが少し気まずそうな顔をして、それを見たギルマスが怪訝そうな表情をした。そして、ここでキリが前に出て、話を始めた。

「ギルマス、あのカニ、ギルドに内密で勝手に仕入れましたね?」

 ギルマスが、〝げっ〟といった表情に変わっていった。

「さっき、あのカニが店内で暴れ出して、それをゼムド様が取り押さえたところだったんですよ」

「おい、あのカニ、どうしたんだ? まさかもう殺したんじゃないだろうな? あれは締めた直後に食べないとダメなんだよ。すぐに鮮度が落ちてまずくなる」

「もう食べましたよ。ゼムド様も私たちも。お店のお客さんも」

「ああ、マジか? 俺食ってないぞ。だったら、呼んでくれればよかったのに!!」

「そういう事じゃないでしょうが!!」

 キリがキレた。

「ギルドに内密で、あんな高額なものを購入しようとしたことを謝るべきだし、まして、あれが暴れて、店内で一般人に怪我でもさせたらどうするつもりだったんですか!!」

「いやー、それは確かに悪かったが、でも、誰もケガしなかったんだろ? それにダンジョン攻略してくれれば、ギルドも儲かるのは分かってるし。なにより俺もカニ食いたかったんだよ」

 キリが激怒した表情になった。が、そこでゼムドが仲裁に入った。

「待て、待て。結果的に誰もケガはしなかったし、まぁ、今後、あの手の生き物の管理のヒントになるかもしれないじゃないか。それに、たしかにダンジョン攻略でギルドに金が入るのも事実なのだろう。キリ、多少は多めに見てやってくれ」

「……わかりました。確かに今日はゼムド様の歓迎の日ですし、ここで私が怒るのは場違いですね」

 ギルマスが少し困った顔をする。

「しっかし、すでにカニが無くなったとは、どうしたらいいのか。あそこで飲み食いする予定だったんだがなぁ」

「俺は、どこでもいいぞ。別にこの建物でも構わないが」

「いやいや、そういうわけにはいかねーよ。というか、俺がここは嫌だ。じゃあ、適当にビアガーデン貸切るか」

 そう言って、ギルマスは奥のへ行ってしまった。
 キエティがコソッとキリに話しかける。

「やっぱり相変わらずの人だね。キリが、もし辞めたらギルドが潰れるんじゃないの?」

「うん。それ、あり得るかもしれない。あと、ゼムド様に本名は〝カルベルト〟って言っておいて」

「ああ、そう言えばそうね。分かったわ……」

 ******************

 その日のギルドは運営に必要な最低の従業員を残して、残りの大半の従業員もビアガーデンへ行くことになった。カルベルトは何かあればギルドの職員総出で飲みに繰り出すのが常だった。ただ、今日は明日のダンジョン攻略の打ち合わせを兼ねる飲み会だった。

 ゼムド達が座ったテーブルは五人掛け用だった。ゼムドの右隣りにはキエティ、左隣りにはカルベルト、カルベルトの隣にはキリ、そして最後にもう一人、一人の少女が座っていた。
 一通り、カンパイが終わった後、ゼムドはその少女について尋ねた。

「ところで、そこに座っている娘は一体誰だ?」

 キリがその少女に目配せをした。

「初めまして、私はドワーフ種のキシャーン=ケルトミルと申します。私の専攻は〝ダンジョン〟になります。今日は、ダンジョンについて学びたかったので、無理をお願いして、この場に来させてもらいました。お許し下さい」

「別に構わない。それよりも、お前も明日、ダンジョンへ一緒に潜るつもりか?」

「はい。私もダンジョン研究者として、是非ともダンジョンへ潜りたいと思っています」

「それは構わないが、ダンジョンの研究とはいったい何をするものだ?」

「ダンジョンが生まれる構造、また、内部に生息する生き物の生態系、あとはそのダンジョンを人族の生活に活用できるかどうか、といったところでしょうか」

「なるほど。たしかにダンジョンはお前たちに価値をもたらすこともあるのだろうな」

 キシャーンはここで、真剣な表情になった。

「できれば、ゼムド様がダンジョンについてどう考えているかを伺いたいのですが、ダメでしょうか?」

「問題ない。ただ、俺はそれほどダンジョンに潜った経験があるわけじゃない。あれに興味を示す魔族は、中位種の上位くらいだ。ダンジョン自体は、そもそも逃げ場があるわけじゃない。一部の弱い種族が、ダンジョンの環境を利用して自分の塒にすることはあるが、本当に強い奴はあんなところへ潜るわけじゃない」

 ゼムドはそこで一杯、ビールを全て飲み干した。

「それに、俺達の地域のダンジョンはお前たちの地域のものとは、おそらく中身が違う。内部に何らかの目的あって入った魔族や獣族が、ダンジョン内部で死亡し、それが内部でダンジョンを守護するものとして、永遠に降臨し続けるだけだ。魔素濃度が高い分、かなり強い奴がいることは要る。おそらく、十万年以上誰も手を突けてないダンジョン内の守護者は相当強いだろう。逆にお前たちのダンジョンは単に野生生物がダンジョン内のエサに引かれて内部に侵入し、そこで魔素の影響を受けて進化する、という感じじゃないのか。あのカニもおそらくそうだろう。ダンジョン内部には水の溜まるところもある。そういうところに自然界のカニが入り込み、全部ではないが、一部が魔素の影響を受けて、急激に進化したんじゃないか?」

「はい、私も基本的にそのように考えています。魔族の地域にあるダンジョンについての詳細は分かりませんが、獣族の中位種から聞いた話と今ゼムド様から伺った話が一致しています。
おそらく、その解釈で正解だと思います。ところで、ゼムド様は、何故ダンジョンが生まれるか、ご存知ですか?」

「いや、知らないな。あれはどうして出来る?」

「私たちの研究では、地中に生息するある種の微生物が魔素の影響で、ダンジョンの核となり、これが魔素をさらに吸って、ダンジョンを形成し、内部に獲物を呼び込んで捕食していると考えています」

「そうか、ダンジョン自体が生きているのか」

「はい。栄養源の大半は地中深くにある魔素でしょうね。ただ、可能なら外部からも餌を呼び込んでさらにダンジョンとして成長しようとする、という感じでしょうか」

「そういえば、かつて一つだけかなり珍しいダンジョンに潜ったことがあるぞ」

 キシャーンが目を輝せながら、ゼムドを見つめた。

「是非、それについて教えてください! お願いします!!」

「……おまえが期待するような話じゃないかもしれないが、まぁ、話すとするか。七千年くらい前だろうか、俺がまだ今ほど強くない時期だったが、あるダンジョンに強い魔族がいるという話を聞いた。だから、俺は興味を持ってその魔族に会いに、というか、倒しに行ったわけだが。こいつはかなりの変わり者だった」

「どう変わっていたのですか?」

「簡単に云うと、自分でダンジョンを作って、そこに魔族を落とし込んで攻略させるのだ。こいつは相当変な奴で、魔族の癖に殺さない。要は、ダンジョンに魔族を落とし込んで、迷わせ、殺さずに侵入者で遊ぶわけだ」

「ではその魔族は自由にダンジョンを作ることが出来るというわけですか?」

「お前の話を聞いた限りではダンジョンに核があるようだが、その魔族は、おそらくその核を何らかの方法で自在に操れるのだろうな。で、その方法によって自分の好きなダンジョンを作って他人に攻略させるわけだ。殺してしまっては面白くないから、難易度に応じて落とす魔族を選んで攻略させる、という感じか」

「具体的にどんなダンジョンなのですか?」

「単純に各階層に強いダンジョン守護者がいるだけだ。で、そいつと戦う。勝てばさらに奥に行ける。帰るのは自由だ。魔族にとっては戦うのが趣味みたいなもんだから、強い奴さえいれば次から次へと、入ってくる奴はいる。で、そいつはどこからか、その様子をみて楽しんでいたはずだ。関係ない話だが、俺が魔族を殺さなくなった理由の一つはこれだ。殺さずに強くなって報復を待てばその方が面白いから殺さなくなった。もう数千年、誰も魔族を殺していない」

 一同が驚いたような顔をしてゼムドを見上げた。

「その方にお会いすることはできないでしょうか?」

「無理だな。俺は最終的に、そいつがいる最下層まで到達したが逃げられた。当時の俺ではそれが限界だった。相手にもかなりダメージを与えたが、倒しきれなかった。現在もまだ生きているはずだが、おそらく相当強い。今現在、俺の仲間の幾人かよりは間違いなく強いはずだ」

 キシャーンはそれを聞いて落ち込んだ表情をした。そしてキエティはこれを聞いて不安になったのでゼムドに尋ねた。

「その魔族は世界的な均衡を崩す可能性はないのでしょうか?」

 ゼムドはゆっくりとキエティの方へ視線を移してから続けた。

「その点では問題がないだろう。おそらく未だに、どこかではダンジョンを作っては、魔族を落としているはずだ。あいつからすれば、何も魔族や獣族を殺す必要がないはずだ。本気でそいつを探そうとすればできなくはないが、それなりに時間が掛かるだろう」

 キシャーンがその話を聞いて呟いた。

「その方にお会いできれば良かったのですが……」

「――いや、会っても無理だな。あれは会話できるような奴じゃなかった。とにかく訳が分からない。知能はかなり高いはずだが、人を食ったようなことしか言わなかった。お前たちの文化で云うピエロのような恰好をしていて、頭が三つある奴だ。笑った顔、泣いた顔、怒った顔の三つの頭があり、それらが入れ替わりながら会話をしてくる。質問したところで何一つ本当のことは言わないだろう。適当に嘘を付くだけだ」

 キリがここで話題を変えてきた。

「話題を変えてすみませんが、明日潜るダンジョンについてできれば打ち合わせをしたいのですが……」

 キシャーンが申し訳なさそうな顔をした。

「あ、すみません。長々と私が話してしまって。私からあのダンジョンについて説明した方がいいのでしょうか?」

「いや、俺が説明する」

 カルベルトが、残っていたビールを一気に飲み干してテーブルに、ダンと音をさせながらジョッキを置いた。

「明日向かうダンジョンだが、人が3000年前にこの地に押しとどめられた時には既にあったダンジョンだった。現在、到達している深さは45層だ。ただ、ここから下が攻略できない。厳密には2500年前にはこの階層まで到達できたが、その後誰一人としてそれ以上先に進めていない」

 キティが不思議そうな顔をして尋ねた。

「そんなに昔からあったのに、未だに攻略できないのですか?」

「ああ、できていない。俺も二回ほど45層まで行ったことがあるが、あれはヤバイ。ダンジョンてのは、階層を辿るごとに難易度が徐々に上がるものだが、あの45層から先は流れて来る魔力の感じが段違いだ。あれは人族でどうにかなるものじゃない。俺は勇猛果敢にして天才だが、俺ですら、あそこだけは絶対に入りたくないと思った。御免だ」

 キリが冷たい目線をしている。一方、キエティにはゼムドが少し考え事をしているように見えた。そして、キエティは気づいた。

「ゼムド様、ひょっとしてその変わった魔族の方がダンジョンを作っているのではないでしょうか?」

 しかし、キエティの予測に対して、ゼムドは首を横に振ってから答えた。

「いや、その可能性はないな。この地の魔素濃度は低すぎる。俺達のような上位種が、長期的に滞在する意味が無い。まして、2500年も誰も入らないようなところでダンジョンを作って、誰かを待つ必要は無い。魔族のいる地域で、ダンジョンを作った方が面白いはずだ。――それに、お前たちにとってのダンジョンの難易度の高さは、俺達にとって当てにはならない。別に、その気になればダンジョンの地中ごと、土魔法で地上まで引き上げることも簡単だ」

 ゼムドを除く全員が驚いた顔をしている。ゼムドはこれを無視して続けた。

「俺が危惧しているのはそのダンジョンの下層で成長したモンスターが、何かの拍子に地上に出て、お前達人族に危害を加える可能性があるかどうかについてだ。お前達人族が2500年どうにもできなかったようなダンジョンなら、中にいるモンスターはお前達では手に負えない。今回の話は、たまたまキエティから聞いたが、結果的には良かったかもしれない。早めに対処しておいた方がよさそうだ。いや、ダンジョンを破壊するか」

 カルベルトとキシャーンが慌てて立ち上がった。

「ちょっと待った」

「待って下さい」

「どうした? 何か問題があるのか?」

「いや、それは困るんだよ。ダンジョンてのは、それなりに人族にとって有益なものも産出される。中に入って、モンスターや生息した植物、鉱物・魔石を取ってくるわけだ。あれくらい難しいダンジョンだと、それなりに珍しいものが採取できる。それを壊されるというのは困る」

「私としては、単にダンジョンが好きなので壊されたくないのが本音ですが、ダンジョンに生息するモンスターで、下層に存在するものは基本的には、ダンジョンの守護がメインになります。ダンジョンが最終的に寿命を迎えれば、それらが地上へ出てくる可能性は否定できないわけではありませんが、ただ、可能ならダンジョンの構造を調べてみて、どうしても駄目なら破壊というわけにはいかないでしょうか?」

「……そうか。分かった。なら、最下層まで到達してお前達の意見も踏まえた上でどうするか決めよう。それでいいか?」

「ああ、そうしてくれると助かる」

「私もその方がありがたいです」

 こうして、ゼムドとキエティのキウェーン街一日目が終了したのであった。
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