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第二章

第66話 ミツルギの決意

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 ミツルギは、見渡す限り荒れ果てた岩だらけの土地に刀を一本持って、一人立っていた。

 物凄い魔力を纏った魔族が一体、こちらへ飛んでくるのが分かる。魔力の放出量からしても、ミツルギ程度では全く相手にならないレベルだ。しかも、物凄い怒気を放っている。
 先ほどまでミツルギと同じように、この領域に侵入して魔素を吸っていた上位種の連中は、一目散に逃げていくのが分かる。ミツルギも生死の観点からいえば、当然、逃げるべきではあったが、しかし、ミツルギはそれをしなかった。

 〝今日は戦いに来たわけではない〟

 そう思って、手を握りこぶしにする。しっかりと握っていないと、自分の決意が揺らぎそうだ。
 それほどに今こちらへ向かって飛んでくる者は、怒気をまき散らしている。
 その魔族が肉眼で識別できるほどの距離に入ってきた。
 ミツルギはこの魔族にかつて会ったことがある。
 
 ――ドン――
 
 着陸した際の物凄い衝撃音と衝撃波で、こちらへ岩の破片が飛んでくる。この破片を避けることはできたが、〝あえて〟避けなかった。
 顔や体に岩が当っていく。

 目の前の魔族がこちらを見る。

 ワダマルだ。

 ************

 ワダマルは、以前に出会った時とは服装が違っていた。
 以前、魔石を渡した時は、どちらかと言えばボロボロに近いような着物一枚に刀を一本携えただけであったが、今のワダマルは違う。
 着物は上品であり、刀も鞘の辺りには豪華で繊細な模様が刻まれている。
そして、何より顔が若返っていた。また、体格も以前とは違い、背が高く、腕や足が筋肉質で太くなっていた。

 ワダマルが話しかけてきた。

「我が主の住居に侵入するとは、随分と礼儀を欠いた奴だな。おまえがそんなことをする奴だとは思わなかった」

 喋り方も以前とは異なっている。若い話し方で、随分と上から目線のように見える。
 ワダマルが刀を抜いて続ける。

「お前はここで死ね」

 ミツルギはここで、自分の刀を床に置き、地面に正座した。そして、ワダマルを見上げて自らの望みを伝えることにした。

「私をゼムド様の臣下に加えて戴くことはできないでしょうか?」

 ワダマルの表情は変わらない。
 少し顔を上げて、こちらを見下してから返答してきた。

「ダメだ。お前は弱すぎる。俺がゼムド殿に仕えて四千年ほど経つが、ゼムド殿が窮地に陥ったことは一度もない。俺ですら、自分の存在意義に疑問を感じ続けて生きているのに、お前程度が、ゼムド殿に何かしてやれることはないだろう。おまえはここで終わりだ」

 そう言って、ワダマルが一歩、二歩と近づいてくる。
〝まさか〟と思う。
 ゼムド本人から断られる可能性は当然、想定していたが、あのワダマルに切られて終わることになるとは思わなかった……。

 手を地面に突いていたが、思わず、その手を握りしめてしまう。

 だが、そこでワダマルがピタッと止まった。

「少し気が変わった。もう一人の俺・・・・・・が、お前を殺すなと騒いでいる。この状態の俺は、お前が前に会った奴とは別物だ。俺は、単純にゼムド殿のためだけに、全ての判断を傾ける。
 俺の考えでは、王たる者は孤高でなければいけない。また、臣下たる者は、優れた臣下が一人いればそれでよい。
 今は、他の魔族共もゼムド殿にくみしているようだが、俺としては正直邪魔だ。弱者が何人群れようが役には立たないからな」

 ミツルギはこの話を聞いていて〝理解〟した。
 ワダマルは既に自分たち種族の〝特質〟を達成している……。

 ミツルギの種族は〝武臣種〟が正式名称であり、通称は〝放浪種〟と呼ばれている。
 後者の名の由来は、他の魔族と違い、縄張りを一度確保してもそこで定住しようとせずに、世界を回るからだ。しかし、これには理由がある。

 〝武臣種〟はその生涯を通して、自分の強さを鍛え上げるのと同時に、自分が仕えるべき主を求める。ただ、〝武臣種〟が仕えるべき程の主は大抵見つからない。生涯を通して、全世界を放浪し、徒労に終わるのがこの種の常であった。

 だが、仕えるに値する主を見つけた時、〝武臣種〟はその真価を発揮する。
 最初に自分の体の一部を相手に与え、それを食してもらう、また、相手の肉体の一部を同じように貰うことで契約が完了する。

 その契約を持って、自らが相手に仕えることを確約し、同時に決して裏切らないことを誓約する。
 これは種の特質として為されることであり、一度契約したら、これを破棄することは叶わない。裏切りの想いが一度でも生じれば、この段階で即座に魔核が暴走して死ぬ。

 ただ、一方でこの契約を為した武臣種はその代償として、ある〝対価〟を得る。
 主の性質に応じて、その後の自分の成長具合が変化する。強い主に仕えれば仕える程に、自らも強くなる可能性が高まる。

 また、もう一つの特質に恵まれる。それは主のために怒らねばならない時、また、主の危機が迫った時に力が爆発的に増加する、というものだ。特に主の生命の危機には、絶対的に近いほどの力を発揮できる。

 今喋っているワダマルは契約を完遂した時点で、新たに本体から分離、生まれた人格なのだろうか?

「もう一人の俺が言うには、今お前をここで殺すと、ゼムド殿が悲しむという事だ。たしかにゼムド殿は以前と変化している。お前をここで殺せば、俺が不義理を働いたことになるかもしれない。俺としては、以前のゼムド殿の方がもちろん好みではあるが、主が変化したとあっては、臣下たる者もそれに追従できねば、その役割を果たしていないと考える。
 それに、おまえのその年齢で、強者が誰であるか理解している点は評価してやってもいい。俺はお前の年齢の時には誰にも仕える気はなかった。自分が最強だと思っていたからだ」

 そう言って、ワダマルが顎をさする。以前のワダマルが良くする動作だった。

「おまえをゼムド殿に会わせてやる。ただ、俺はお前を推薦したりはしない。会わせるだけだ」

 そう言って、ワダマルは刀を鞘へ納めた。

「ここで、待っていろ。ゼムド殿を連れてきてやる。また、お前はここに侵入する魔族を全て排除しろ。それすらできないなら、いずれにせよ、お前は死ぬ」

そう言い残すと、ワダマルは一面を見渡す限り、何もない只の岩だらけの土地から飛んで行ってしまった。

***************

 〝もう一人のワダマル〟が空を飛んでいる。高速で飛び続けながら、ゼムドがいる場所を目指す。

 ゼムドは、俺が〝発現〟したことに気づいているはずだし、おそらくミツルギと何か会話していることにも既に察知しているはずだ。本当はこの状態よりも、もう一人の俺がゼムドに会うのが好ましいだろうが、今回の〝ケース〟では、すぐに元に戻れない。そう思って、人族の国から離れた空中で止まった。

 同時にそこで、魔力を強く放出した――。

 ただ、この場では龍やアザドムド達には気づかれないレベルの魔力放出にする。
 魔力をモールス信号のように不規則な波長で放射していく。

 二十四秒ほどで、目の前にゼムドが現れた。
 こちらから先に頭を下げて、話を始める。

「お久しぶりです。ゼムド様。我が主よ。お目に掛かれて光栄です」

「ベゼル、久しぶりだな。お前に会ったのは最初の一回だけだが、まさか、ここでまた会うとは思わなった」

 そう言って、ゼムドが笑う。以前では考えられないような反応だ。ゼムドを見上げてから伝達する。

「端的にご報告申し上げます。我が同種の一人が、ゼムド殿の臣下に加わりたいと申し出て参りました。私としては弱者ゆえ、除外すべきかと思いましたが、もう一人の私がゼムド殿の判断を仰げ、と助言してきたため、それに従った次第であります」

「なるほどな。それはいい判断だ。俺としては、是非、その魔族に会ってみたい。そいつはどこにいる?」

「すでにお気づきだとは思いますが、以前、我らが住んでいた場所にて待機させております。また、その者にはあの領域に侵入した者を排除するよう命じてあります」

 ゼムドはまた笑いながら、返答した。

「いや、別にいいだろ。あそこに侵入しても。俺達が定期的に魔素を吸ってやらないと、大気中の魔素濃度は上がる。世界中の生態系に影響が出てしまう。別にあそこに他の魔族が侵入して魔素を吸う分には構わないさ」

「いえ、私としてはあの場所は主の住まいだと考えておりますので、その点は譲れない、かと」

 ゼムドが意外そうに言う。

「おまえ、そんな奴だったのか。正直、最初お前に会った時、お前は本当に〝武臣種〟かどうか疑ったぞ。あの時、お前の腕を確かに貰ったが、とても俺のために行動する奴には見えなかったからな」

 ゼムドの表情がここで真剣な表情になる。

「俺のために行動してくれるのはありがたい。感謝している」

「いえ、こちらこそ仕えるべき主と行動できることに感謝しております。本来なら、私は永遠に種としての使命を果たす事なく朽ち果てていたでしょうから。ただ、私が出るほどの局面が訪れないのは、やや残念ではありますが」

「なら、少し遊ぶか?」

 この言葉を聞いて、ゼムドへ向かって顔を上げた。

「是非、お願いしたい。幸い、この姿でいられる時間がもう少しだけありますので」
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