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第53話 ラストダンス その2

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 ゼムドはしばらくして、こちらを見上げる。
 そして喋り始めた。

「最初から俺はお前にグリフォンなど放っておけと言っていたのに、お前が聞く耳を持たないからお前は命の危機に瀕したのだ。お前はもっと人の話をきちんと聞くべきだ」

 キエティは、ムッっと内心不満に思う。
 ゼムドは、今度は目線を下に落として続ける。

「ただ、俺もお前の話をきちんと聞いていれば、お前の命が危なくなることはなかった」

 おっ! 分かってんじゃん!! とキエティは思う。
 ゼムドはいつもの無表情でさらに続ける。

「結果的にだが、あそこに古龍を呼び込んで、世界の均衡を変化させることが出来たのは幸運であった。いずれやらねばいけないことになっていたはずだが、結果的にその時間を短縮することができた。俺はここにある魔道板を読みこんだら、龍族の住処へ行くつもりだ」

「龍族とともに世界を変えるのですか?」

「そう、変える。三千年前に俺がきちんと龍族と話し合いをしていれば、お前たち人族が定期的にグリフォンに人柱を捧げるようなことをする必要は無かったかもしれない。
 獣族は本来闘争心が強いものだ。それを龍族が俺に対抗するために、強制的に支配下におき、戦争をしないよう制限した。結果、満たされないグリフォン生来の闘争心がお前たちを不幸にしてしまった可能性は否めない。
 また、他の種族でも龍族の掟により、本来の性質を歪められた者達がいたはずだ。それらを本来あるべき形に戻す」

 壮大な話だ。
 キエティ程度が関われる話ではない。
 キエティは腑に落ちない点について質問する。

「1つだけお聞きしたいことがあります。何故、ゼムド様は急に〝尊厳〟などという言葉をあの場で発したのでしょうか? 私はここしばらくゼムド様と行動を共にしましたが、率直に申し上げて、あなた様が尊厳などというものに興味を持たれるはずがない。知っているはずがないと思います。どうして〝尊厳〟という考え方に気づかれたのですか?」

 キエティはあえて、ゼムドに質問を挟ませないように先に喋ってしまう。

「それだ」

 ゼムドが、少しだけ顎をテーブルに向ってしゃくった。
 キエティはテーブルを見る。
 そこには政治の本があった。

「お前がいなくなってからも俺はここで様々な分野の魔道板を読んでいた。そして、たまたま〝歴史〟そして〝政治〟という順番で書籍を読んだ。この結果、古龍がこの三千間、何をしていたのか、何を恐れたのか、また、それを防ぐ解決策として、平等・権利等といったお前たち人族が築き上げてきた価値観が利用できることに気づいた。だから、あの場でその尊厳という考え方に至った。それだけの話だ。」

 キエティは偶然に感謝しなければいけないと思う。
 自分が図書館で、〝歴史〟と〝政治〟の本を選んでいたのも結果幸いした。
 運がよかったぁ、と今になって心底思う。
 なんとなく口から言葉が出る。

「だからあの時グリフォンを殺さなかったのですね?」

「そうだ。グリフォンは本来戦うことが仕事だが、それを龍族によって抑制されることで種自体に歪みが生じていたのだろうと思った。闘いたくても戦えなかったのだ。それについて俺に責任はないが、因果関係の一端を作ったのは事実だろう。
 だから、あそこでグリフォンを殺すことは可能だったが、殺さなかった。それぞれの個体の強さを把握して、それぞれが死なない程度に重力を掛けた。大半の個体の翼の骨を折ったのは、まぁ、動けなくしておいた方が、後々龍種との話し合いの時に邪魔にならないと思ったからだ。あとは、俺が殺したグリフォン八体に対して申し訳ないとも思った」

 キエティは凄いと思う。
 あの場にいるグリフォンの個体の全てを把握して、殺さないように手加減って……、簡単に言ってるけど、なんなのこの人。
 ついつい、いつもの癖でどういう記述を書けばあの場のグリフォンにそれができるか? と考えようとするが、とても人が計算できる量ではない。
 う~ん……
 そういえば、結局死んだグリフォンはいなかったな、結果グリフォンもよかったのかもしれない。

 ……

 …………いや、いた。

 私を殴ったグリフォンはゼムドの仲間に殺されていた。

「でも一体は死んでしまいましたね」

「あれはアザドムドが殺してしまったが、助けようと思えば助けられた。少し考えたが、助けなかった……。まぁ、お前を殴っていたからな」

「えっ、それが理由で見殺しにしたのですか?」

 キエティは驚いた。

「俺は、個々の種の尊厳を認めてやろうとはしているが、俺にも個人的に優先順位はある。人の法では死罪はよほどのことが無い限り、行われないようだが、俺は魔族でずっと大量に殺してきた。今後は尊厳という考え方に基づいて思考を変えるつもりだが、まだ考え方が完全に固まったわけではない……」

 キエティは〝これは!〟と思う。
 ただ、せっかくだから、この際もうちょっと優しい言葉で表現してほしい。
 というか〝キエティが殴られたから許せなかった〟って一言だけ言えばいいのに。
 何とかして言わせてみたい。
 アイデアを考えてみるが、思いつかない。私はあまり策略に向いてない……。
 しょうがない、〝得意〟の直球勝負で。

「ゼムド様、お願いがあります。」

「なんだ?」

「〝キエティが殴られたから許せなかった〟と言ってください。」

「……」

 ゼムドはキエティを見たままだ。
 表情は相も変わらず無表情。
 そして答える。

「そうだな。キエティが殴られたから許せなかった。……いや、違うか。」

 ゼムドは、キエティの目を見つめている――。

 そして、ゼムドはこう言い直した。

「おまえが殴られた時は何とも思わなかったが、おまえが悲しそうに泣き始めた時に、急に許せなくなった。不思議な感覚だった」

 キエティはびっくりした。
 まさか、ゼムドからこれほどの答えが返ってくるとは思わなかった。
 完璧な〝直球〟を場外ホームランにされてしまったが、悔しくはない。
 思わず、呆気に取られてしまったのだった。

*************

 ゼムドはキエティの球を場外ホームランにした後、魔道板に目を落としてしまった。
 また、魔道板を読み続ける。
 なんとなくだが、このまま部屋を出て行くのはもったいない気がする。
 もっとゼムドと話をしてみたいと思った。
 部屋の隅にある冷蔵庫に近づいてみる。

 ゼムドに声を掛ける。

「何か飲みませんか?」

 ゼムドがゆっくり顔を上げて、聞き返す。

「何がある?」

「果実ジュースにアルコールですね」

「全部持ってこい」

 あー、そうか。そうだよね。ゼムドからすればこの量なんて。
 ゼムドの近くにあるテーブルと冷蔵庫を何度か往復して、瓶とグラスを準備する。
 蓋を開けて、グラスに注いでゼムドに渡した。

 ゼムドが飲む。
 キエティも飲む。

「美味しいですか?」

 キエティは、笑顔で少し首を傾げながら質問する。

「不味くはない、というか俺たち魔族はほとんど瞬間的に体内に取り込んでしまうので、味覚自体はほとんど感じない。濃いか薄いか、という感じか。ただ、魔族の作った酒よりは旨い」

 会話が続かない……。

 …………。

 キエティは軽めのリキュールを選んだが、キエティは酒に弱かった。
 少し酔ってしまう。

 グラスをテーブルに置いて、そして、キエティはふと窓を見た。
 星が綺麗だ。
 窓を開けてベランダに出てみることにした。
 直立姿勢のまま、両腕を体の後ろに回して、お尻の辺りで両手を組む。
 そして、星を見ながらゼムドに話しかけることにした。
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