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第六章

第152話 クールな先輩マネージャーは思わせぶりな態度を取った

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 咲麗しょうれいサッカー部の一軍はグラウンドで練習を行なっていた。
 走り込みのメニューをこなしているときに、たくみは記録係の香奈かながストップウォッチを見てハッと顔色を変えたことに気づいた。
 さりげなく近づいていって、

「どうしたの?」
「や、やばいです……」

 小声で尋ねると、震えた声が返ってきた。

「測り忘れてましたっ、ど、どうしましょうっ……?」
「大丈夫。任せて。今もうラストの周だよね?」
「は、はい」

 巧は走っている選手たちの様子から、全員がギリギリ時間内に間に合う時間を計算した。

「残り二十秒ですっ、ファイト!」
「っ——」

 香奈が驚いたように見てくる。
 巧はあえて彼女のほうは見ずに、声出しを続けた。

「三、二、一……オッケーです!」

 計算通り、最後尾の選手がギリギリでゴールした。
 巧は香奈に向けて小さくうなずいてみせた後、膝に手をついているチームメイトに近づいた。というより彼女から距離をとった。

 一昨日の香奈との話し合いで、みんなの前ではもう少し抑えようという話が出たので、それを実行した形だ。
 巧は最近、自分たちがどのタイミングで無意識にイチャついてしまうのかを意識できるようになってきていた。

「そういえば今日、三葉みわの誕生日だよな」
「あっ、そういえばそうじゃん。明日学校でなんか渡すか」
「そうだな」

 三年生の会話を聞きながら、巧は忠告のお礼も兼ねた誕生日プレゼントを渡したときのことを思い出していた。
 なんとなくの雰囲気だが、この後女の人と会うのだなと直感した。

 最近、彼と玲子れいこが一緒に勉強をしているという噂も耳に入ってきている。
 うまくいってくれればいいな、というのが巧の偽らざる本音だった。



 巧に内心で応援されていることなどつゆ知らない三葉と玲子は、お互いに区切りがついたところで、三時のおやつとして緑茶をお供に玲子の買ってきたモンブランを食べていた。

「ご家族はいつ帰ってくるんだ?」
「五時ごろだな。その後夕食に行くことになっている」
「じゃあ、その前に私は帰ったほうがいいか」
「別に出かけるまではいてもらっても構わないが」
「いや、さすがに息子の誕生日に他人がいたらどうしたってなるだろう。私もちょっと気まずいしな」
「それはそうか」

 三葉がふっと頬を緩めた。

「そういえば三葉。一つ気になっていたんだが、いつまで部活を続けるつもりなんだ? さすがに一月まで残るのは厳しいだろう?」
「あぁ。俺自身が関係するわけじゃないが、十一月の選手権県予選が一つの区切りにはなるだろうから、そこで辞めようかと漠然ばくぜんと考えているが……愛沢はどうだ?」
「もう辞めようかと思っている。こんな中途半端な時期に辞めるのは迷惑だとはわかっているんだが、どうしても時間が足りなくてな」
「いいんじゃないか? むしろ、ここまでやってくれただけでもみんな感謝していると思うぞ。それに、三軍のマネージャーも育ってきているからな。迷惑はそんなにかからないはずだ」
「私程度なら代わりはいくらでもいるということか?」
「い、いや、そんなことは言ってない!」
「わかっているよ。冗談だ。三葉は本当にイジり甲斐があるな」

 玲子が笑うと、三葉がふんとそっぽを向いた。
 その耳が桜色という表現では生ぬるいほど赤くなっていて、玲子は吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

 揶揄いすぎも良くないのでその後は普通に会話をしていると、少しだけ肌寒さを覚えた。
 冷たい緑茶を飲んだからだろうか。

「愛沢。ちょっと寒くないか?」
「えっ? あぁ、たしかに少し冷えた気もするな」

 玲子が同意すると、三葉がエアコンの温度を上げた。

「ありがとう、三葉」
「俺が寒かったからな。暑いとか寒いとかあればどんどん言ってくれ。そこら辺は女子のほうがデリケートだろうしな」
「あぁ、助かる」

 言う人が違えばイヤらしいように聞こえるかもしれないが、三葉からそんな気配は伝わってこない。
 本気で玲子のことを案じているからだろう。

 温度を上げてもらわなくて良かったかもしれないな、と玲子は思った。



 甘いもので腹を満たしたせいか、玲子は唐突な眠気に襲われた。三葉に断りを入れ、机に突っ伏して眠った。
 十分ほどで目を覚ました。顔を上げると、三葉が難しい顔をして問題集と睨めっこしていた。

「起きたか。すまない、ちょっと待っていてくれ。これが終わったらコーヒーでも入れよう」
「い、いや、大丈夫だ」

 家に来てからというもの、気遣ってもらってばかりだ。
 申し訳なさを覚えていた玲子は遠慮したが、三葉は解き終えた後に「俺も飲みたかったからな」とコーヒーを入れ始めた。

「ありがとう」

 お礼を言いつつ、玲子はふと疑問に思った。

(この男は、本当に私のことが好きなのだろうか?)

 男が全員、二人きりになった途端に手を出してくる狼などとは玲子も思っていない。
 そういうことをしないと宣言しているなら、なおさら。

 しかし、いくらなんでも気配がしなさすぎるだろう。
 断じて期待していたわけではないが、仮にも自宅で好きな人と二人きりであるなら少しくらいはやましい気持ちが浮かんでもいい、いや、浮かぶべきであるのに、三葉は気持ちを抑えるそぶりすら見せずにただただ問題集と格闘していた。

(もしかして、好きと言っても友達の延長線上のようなもので、異性としては意識していないんじゃないだろうか)

 本当の気持ちを確かめてみたくなった玲子は、一計を案じることにした。

「三葉、ちょっと聞いてもいいか?」

 問題集を持って、コーヒーを飲んでいる三葉の隣に向かった。
 カフェで勉強するときは前後に座っているため、横並びになることはほとんど初めてだった。

「あ、あぁ」

 その時点で三葉は動揺しているようだったが、玲子は確信を得るために不自然にならない程度に彼に身を寄せてみた。

「この問題なんだが——三葉?」

 返事がないためその顔を見ると、彼は電池の切れたロボットのように固まっていた。

「な、なんでもない」

 三葉は残り少ない電池を振りしぼるようにぎこちない動きで首を振った。
 問題に意識を向けることに成功したのか、顔に赤みは残しつつも丁寧に解説をしてくれた。

「すまない、ありがとう」
「あ、あぁ」

 謝罪は試してしまったことに対して、お礼は問題を教えてくれたことに対してのものだった。
 三葉が玲子のことを異性として意識しているのは明白だった。

(それなのに、普段は私にそんな気配を微塵みじんも感じさせないようにしてくれていたのかっ……)

 玲子は胸の内がじんわりと熱くなるのを感じた。
 コーヒーを飲み終えた三葉は問題集に目を落としているものの、イマイチ集中できていないようだった。

(……悪いことをしたな)

 私利私欲のために彼の集中を乱してしまったことに、申し訳なさが湧いてきた。
 しかし、まさか「思わせぶりな態度をとってしまってすまない」などと謝るわけにもいかない。

 せめてもの償いとして、問題集にかじりつくことで三葉も集中しやすい環境を作り出そうとした。
 色々なことを考えてしまったからか、その後は玲子もあまり集中できなかった。
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