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第一章

第6話 美少女後輩マネージャーの頭を撫でてしまった

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「メニューは何にするんですか?」
「トマトスープとブロッコリーとかを入れたサラダ、冷奴ひややっこ、あとは冷しゃぶにナスでもつけようかな」
「おー、いいですね」

 香奈が拍手をした。

「スープには何を入れるんですか?」
「キャベツとか、玉ねぎとか、人参とかいろいろ。結局、簡単に栄養取りたいならスープとか鍋が最強なんだよね」
「わかります。冬とか自炊するならほぼ毎回鍋ですもん、私」
「僕も」
「仲間ですね!」

 香奈がにっこり笑った。

「えっ、先輩は何鍋が好きなんですか?」
「うーん、特に味付けせずにポン酢で食べるのも好きだし、キムチ鍋とか豆乳鍋とかも好きだね」
「私もキムチ鍋が一番好きです。今度、闇鍋しましょう?」
「……待って待って。意味がわからない」

 急展開に、巧の反応が一歩遅れた。
 今の会話のどこに、闇鍋にたどり着くルートがあったというのだ。

「何で家にあげてすぐに、暗闇で材料もわからない鍋をつつかなきゃいけないの。もっと食を共にしてからでしょ」
「えっ、これからも一緒に食べてくれるんですかぁ?」

 香奈がニヤニヤ笑いながら尋ねてくる。

「白雪さんがいいなら、いつでも食べにおいでよ」
「……お、おす」
「おす?」

 巧は間髪入れずにツッコんだ。
 香奈の頬は桜色に染まっていた。変な反応してしまったのが恥ずかしいのだろう。

「な、何でもないですっ」
「……うん」

 香奈の頬がどんどん色味を増して、手元にあるトマトみたくなっていたので、巧もそれ以上は追求せず、大人しく料理に取り掛かった。



 たまに自炊をしているので大丈夫だろうと巧は思っていたが、予想以上に香奈の手際は良かった。
 たまに、というのは謙遜なのかもしれない。

「先輩。全然嫌だったらいいんですけど……その、何でサッカーを辞めようと思ったのか……とか、聞いてもいいですか?」

 香奈が遠慮がちに尋ねてきた。
 包丁を使い終わったタイミングなのは、偶然ではないだろう。

「いいけど……楽しくないよ?」
「構いません」

 香奈が真面目な表情で頷いた。
 少し迷ったが、巧は打ち明けることにした。誰かに聞いてもらいたかったのだ。

「最近、楽しくないんだ。まったく思い通りにプレーできないし、それでミスしてチームメイトには迷惑をかけてばっかだから。練習すればいつかうまくなると思ってたけど、そんなことはなかった。いくら頑張っても全然上達できない。多分、今が僕の限界なんだよ。これ以上続けても苦しくなるだけだ」

 思ったよりもスラスラと話せた。
 お互い料理をしていて、面と向かって話していないのも心理的に影響しているだろう。

 意図的かはわからないが、また白雪さんに対する借りが増えちゃったな、と巧は心のうちで苦笑した。

「だから……辞めようと思ったんですか?」
「うん」

 香奈が料理の手を止め、じっと見つめてくる。

「……本当に、それだけですか?」
「えっ?」
「いえ、それだけっていう言い方は良くないんでしょうけど……これまでの積み重ねだけじゃなくて、コップの水が溢れるようなきっかけがあったんじゃないですか? 今日の練習試合で」
「……白雪さんってエスパー?」

 香奈の鋭い指摘に、巧は舌を巻いた。

「だって、さすがにそうじゃなきゃ、あの雨の中でも公園に居続けるとは思えなくて」
「あぁ……まあそっか」
「先輩が話したくないのであれば構いませんが……よければ話してくれませんか?」

 巧はまた少し迷ってから、武岡に退部を迫られたことを正直に告白した。

「はあ……? 何調子乗ってんだあのクソゴリラ……!」

 香奈が眉を吊り上げて悪態を吐いた。
 頬は紅潮し、瞳には怒りの炎を燃え上がらせている。

「白雪さん、落ち着いて」
「これでも抑えてます。本人がいたらぶち殺すくらいは言ってます。というかぶち殺してます」
「それは白雪さんが危ないからやめてね」
「いやっ、だっておかしいじゃないですか!」

 耐えかねたように、香奈が叫んだ。

「先輩は何も悪いことしてないっ! 人一倍練習も頑張ってるのに、そんな人に辞めろなんて……!」

 赤色の瞳にみるみる透明な雫が溜まっていく。

 巧は無意識のうちに、その頭に手を伸ばしていた。
 毛流れに沿って、瞳と同色の光沢のある髪を撫でる。

「ありがとう、白雪さん。僕のために怒ってくれて」
「……えっ?」

 ズズッと鼻をすすっていた香奈が、キョトンとした表情になって目線を上に向けた。
 巧の顔と、自身の頭に伸びている腕を見比べる。その頬がどんどん赤色に染まっていき、耳まで色づいた。

「あ、あの、先輩っ……⁉︎」
「えっ? ……あっ」

 香奈のその反応を見て、巧も自分が何をしているのか気づいた。

(な、何やってんの僕⁉︎)

「ご、ごめんっ! ついっ……!」

 慌てて手を引っ込め、頭を下げる。

「頭触られるとか嫌だよねっ、本当ごめん!」
「あっ、いえ、べ、別に嫌とかそういうわけじゃないんです! か、顔をあげてください!」

 巧以上に香奈があわあわしている。
 驚きで涙は止まってしまったようだ。

「……本当に? 怒ってない?」
「怒るわけないじゃないですかっ。ちょっとびっくりはしましたけど、でも気持ちよかったですし……あぁっ、やっぱり今のなしで!」
「……ぷっ」

 勝手に自爆して羞恥で真っ赤になっている香奈がおかしくて、巧はたまらず吹き出してしまった。

「あっ、今バカにしましたね⁉︎」
「し、してないしてない」
「声震えてるじゃないですかっ、騙されませんよ!」
「いやっ……本当にバカにはしてないよ。ただ、ちょっと面白かっただけで」
「それをバカにしてるって言うんです!」

 香奈が拳を振り上げてプンプン怒っている。
 それはそれで面白かったが、さらに機嫌を損ねさせないよう、巧は必死に笑うのを我慢した。

「ごめんごめん」
「まったくもう……」

 香奈が腕を組んで頬を膨らませる。
 その耳はまだ赤い。怒っているというよりは、恥ずかしさを誤魔化しているのだろう。

「でも、だいぶ気持ちが楽になったよ。聞いてくれてありがとう、白雪さん」
「いえいえ。こちらこそ、話してくれてありがとうございます。頼りにされている感じがして嬉しかったです!」
「三軍にいたころからずっと頼りにしているよ、白雪さんのことは」
「……そ、そうすか」

 香奈が視線を逸らした。

「白雪さん?」
「いえ、何でもないです。取りあえず、もう少しですし作り終えちゃいませんか? お腹減ってきました」
「そうだね」

 思いを吐き出せたからなのか、笑ったからなのか。
 香奈にも言った通り、巧の心はずいぶんと軽くなっていた。

 しかし同時に、まだ霧が晴れきっていないのも事実だった。
 このモヤモヤは、一体何なのだろう——。
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