涙のキセキ

桜 偉村

文字の大きさ
上 下
29 / 33

第二十七.五章

しおりを挟む
「生命力探知機が犯罪で使われた⁉」
「しっ。声がでかいぞ」
 先輩医師である児島こじまに注意され、羽田は、すみません、と謝った。
「それ、本当なんですか?」
「ああ。異常性が高く、やばいものも扱われてたって話だ。公にはなっていない」
「模倣犯対策ですか?」
「その意味合いもあるんだろうな。で、これが生命力探知機が使われているという証拠写真だ」
 口外するなよ、と言いながら、児島が写真の束を渡してくる。
 一枚目、二枚目には誰かの腕に時計のようなものがはめられていた。多少ぼやけていてはいるが、それは確かに生命力探知機だった。
「これ複数用意出来るって、犯人は相当な人間だよな」
 児島の言葉に頷きながら、羽田は何気なく三枚目の写真に目を通した。
「えっ?」
 羽田は自分の目を疑った。瞬きをしてみるが、当然ながら写真は変化しない。それどころか、見れば見るほど疑念が確信に変わっていく。
「こいつら、ピンボケしてても美形って分かるの羨ましいよな」
 児島が何か言っているが、羽田の耳にはその内容が全くと言って良いほど入ってこない。
 そこに写っている男女の二人は、相川友葉の身元保証人の西川健介と、その仕事仲間だという雪城明美に他ならなかった。
「おい、どうした?」
 児島に肩を掴まれ、羽田は自分が写真を凝視していた事に気が付いた。
「その女の子に一目ぼれでもしたか?」
 それには答えず、四枚目、五枚目と写真をめくる。そこには予想通り、降谷一真、太田悠馬、本間友梨奈がいた。しかし、いくら写真を見返しても、相川友葉の写真はなかった。
「おい――」
「児島さん」羽田は先輩に詰め寄った。「その事件、どんな事件だったんですか?」
 児島は呆気に取られたような顔をしていたが、羽田から何かを感じ取ったのか、一つ溜息を吐くと口を開いてくれた。
「俺も又聞きだし、詳しい事は知らねえよ」
 そう前置きして、児島は事件の概要を教えてくれた。
「何でも、被害に遭ったのは若者六人組。現場は長野県だかどこかの廃墟らしいけど、そこでとんでもない薬か何かが使われたらしい。実際に現場の写真も見れたやつの中には、吐いたやつもいたみたいだ。ただ、唯一の救いとしては、その六人が全員ちゃんと帰ってきたって事だな」
「確かに不幸中の幸いですね」
 羽田は頷いた。若者の六人組という時点で、彼らである事はほぼ確定した。その時は友梨奈だけだったが、一昨日に友葉のリハビリで会っていたのだ。その時にいつもより疲れているようには見えたが、双方特に言及はしなかった。
「でもお前、どうしたんだ? いつもはそんなに関心持たないだろう」
「いえ」
 羽田は短く首を振った。同じ医師であっても軽々しく患者の事を話せるものではないし、そうでなくてもこんな事、言える筈がない。
「お話を聞かせて頂き有難うございました」羽田は頭を下げた。「すみませんが、僕はこれで失礼します」
「お、おう。またな」
 失礼な態度を咎めず、逆に心配の眼差しを向けてくれる先輩にもう一度頭を下げ、羽田は自分の研究室に早足で向かった。今はただ、一人の時間が欲しい。
 研究室に入ると内側から鍵をかけ、椅子に深く座った。思わず重い溜息が起きる。
 あの事件の被害者が、彼ら六人だった。その事実を改めて思うと、腹の底から怒りが沸いてくる。
 前々回のリハビリ、友葉は初めて欠席した。どうしても外せない仕事だと言っていたが、あれだけ熱心な子が休んだ事には違和感を覚えた。今思えば、事件の後始末に追われていたに違いない。
 机から友葉の資料を取り出す。何度目を通しても、症状が進行しているという事実は揺らがなかった。
 あんまりではないか。
 羽田は手を握り締めた。爪が掌に食い込むが、そんな事は気にならない。
「人間平等じゃない、なんて言葉じゃ済まされないだろう……」
 その言葉は、静まり返った室内で、空気に溶けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

奇怪未解世界

五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。 学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。 奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。 その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。

狙われた女

ツヨシ
ホラー
私は誰かに狙われている

山を掘る男

ツヨシ
ホラー
いつも山を掘っている男がいた

望む世界

不思議ちゃん
ホラー
 テレビのチャンネルはどこも世界各国の暴動についてばかり。ネットやSNSを確認すれば【ゾンビ】の文字が。  つまらないと感じていた日常が終わり、現実だが非現実的なことに心躍らせ──望んでいた世界に生きていることを実感する。 平日  月〜金曜日 8:30前後更新予定 土曜日 更新なし 平日更新ができなかった場合、更新あり 日曜日 気分更新  時間未定 2018/06/17 すみませんが、しばらく不定期更新になる可能性があります。

『忌み地・元霧原村の怪』

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は和也(語り部)となります》

隣の美少女

ツヨシ
ホラー
隣にとんでもない美少女がやってきた

File■■ 【厳選■ch怖い話】むしごさまをよぶ  

雨音
ホラー
むしごさま。 それは■■の■■。 蟲にくわれないように ※ちゃんねる知識は曖昧あやふやなものです。ご容赦くださいませ。

たらい回し

ツヨシ
ホラー
郵便受けに心霊写真が入っていた。

処理中です...