涙のキセキ

桜 偉村

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第二十三章

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「ヒントを解いている間って事は、今はもう襲われてもおかしくないか」
「寧ろ襲ってこない方が不自然だ。これで友葉に会えておしまい、なんてある筈がない」
 一行の先頭では、健介と明美が小声で会話をする。健介の腰には日本刀が差されている。
 その後ろでは友梨奈が自身の斜め後方にいる一真に話しかけた。
「一真君。本当に二刀流は大丈夫なの?」
「そうっすよ」友梨奈の隣を歩く悠馬が同意をする。「俺だって木刀くらいなら出来ますよ」
「さっきも言っただろう。問題ない。それに」一真が前の二人のリュックを叩く。「木刀とがらくたを同時に扱うのは無理だろう。お前らはサポートに徹しろ」
「頑固っすね―……」
「本当に」
 悠馬と友梨奈が苦笑しながらも頷いた。
 やがて一行は時計塔に辿り着いた。
「ここだ」
 健介が立ち止まり、身体ごと自身の後ろを振り向く。
「いよいよ友葉の救出だ。皆、ここまで良く頑張った。有難う」
 健介が頭を下げる。
「いやいや」明美が健介の肩に手を置く。「健介がまとめてくれたから、俺らはここまでこれたんだぜ。お礼を言うのはこっちの方だよ。本当にサンキューな、俺らのリーダー」
 明美に続いて悠馬と友梨奈も、有難う、と頭を下げる。
「お前ら……」
「腑抜けたツラするな。気持ち悪い」
 一真が健介の頬をつねる。
「いてっ」
「今も昔も、そしてこれからも、俺らのリーダーはお前だ。もっと堂々としてろ」
「そうっすよ。あんたがいなけりゃ俺らは俺らじゃないっすから」
「責任を押し付ける訳じゃないけど、これからも貴方は私達のリーダーよ」
 一真に続いて悠馬と友梨奈も言葉を募る。
「だってさ、リーダー」
 目に涙を浮かべる健介の肩に、明美が腕を回して快活に笑う。
 一度目を擦った健介が、毅然とした態度で顔を上げた。
「皆、本当にありがとな」
 健介が扉に向き直り、鍵を鍵穴に差し込む。時計回りに回しすと、カチリ、と音がして鍵が外れた。じゃあ行くぞ、と健介が扉に手を掛ける。他の四人は黙って頷いた。明美と一真が扉の前で木刀を構える。
「行くぞ。三、二、一……」
 ゼロ、のタイミングで健介が一気に扉を開け放った。



 扉が開かれる。
 とうとうこの時が来たのだ。
 胸が高鳴る。
 今、この舞台がこれまでも、そしてこれからも最高のセットである事は、もはや疑いようがない。
 白なのか、黒なのか。人生を費やしてきた問題の解答発表まで、残り少しだ。
「さあ、メインディッシュのお味を堪能するとしよう」
 リモコンを手に、黒仮面は立ち上がった。



 扉を開けても、そこから何かが出てくる事はなかった。
 健介は一真と共に素早く配置に戻り、木刀を構えながら時計塔内部に入る。
 時計塔の中は薄暗かった。光源は天井に付いている薄暗い照明のみである。
 少し進んだところで、健介は手を挙げて他の四人に止まるように指示を出した。今度はその手で自身の左斜め前方を示す。
 その先には下へと続く螺旋階段があった。
 階段は人間二人が並べるほどの横幅しかなく、螺旋の角度も急で数段先の様子もまともに分からないほどだ。ゾンビに襲われた時に不利な地形なのは確かであるし、先が闇に包まれたその階段は、まるで地獄へと誘われているような錯覚を覚える。
 健介は身振りで陣形を伝えた。特に打ち合わせなどはしていないが意図は正確に伝わったようで、先頭の健介の隣に明美が、間に友梨奈を挟んで後ろに一真と悠馬が並んだ。各々が武器となる物を既に抱えている。
 再び健介は合図をして、五人は一斉に階段を降り始めた。明美と共に前方に注意を払う。残りの三人は後方を警戒してくれている筈だ。
 しかし、最後に一真が階段を降り切っても、ゾンビは一体も姿を現さなかった。
 降り立ったところは地上階よりも更に弱い照明によって照らされており、お互いの顔がかろうじて確認出来る程度だ。
 健介は再び手を挙げ、次いでその手を一周させた。五人は素早く背中合わせになり、武器を構えた。その時だった。
 突然、虫の息だった照明が明るく瞬いた。
「うっ……!」
 その眩しさに健介は思わず頭の上に手をかざしそうになるが、何とか構えを維持し、聴覚に意識を集中させた。
 ちょうど健介の正面から、声が聞こえてくる。
「よく来てくれたね、諸君」
 その声を耳にした回数は決して多くない。しかし、健介にとっては一番記憶に残っている声だった。
「……あんたが『ボス』とか言われている、今回の『実験』の主催者か?」
「そうだ」合成音が肯定する。
「こいつがっ⁉」悠馬が驚愕の声を出した。
 周囲から不審な物音がしない事を確認して、健介は目を開けた。焦点を自分の正面に合わせる。その容姿は半ば予想はしていたが、いざ実際にこの目で確認すると、様々な感情が湧き上がる。
「黒仮面……!」
 同じタイミングで『ボス』を視界に捉えたのだろう、明美が僅かに震えた声でその容姿を端的に表現した。
 健介は、それに向かって話しかけた。
「友葉と義和さんはどこだ」
「まあそう焦るものではない」黒仮面が手を挙げる。「今はゾンビは襲ってこない。肩の力も抜きたまえ」
 そう『ボス』、もとい黒仮面が言っても、健介達は誰一人として構えを解かなかった。
 溜息を一つ吐いた黒仮面は、まあ良い、と話しを続けた。
「まずはここまでの健闘を称えよう。私の元に自力で辿り着いたのは、君達が初めてだ」
「君達はって事は、初犯じゃねえのか。そいつらはどうなった?」一真が黒仮面を睨みつけた。
「そんな事は君達が一番知っているのではないか?」
「……清々しいほどのくそ野郎だな」
「誉め言葉として受け取っておこう。さて」黒仮面がリモコンを持ち上げる。「お喋りはこれくらいにして、そろそろ本題に入ろうか」
 黒仮面がリモコンのボタンを押す。
 直後、大きな作動音が轟いた。
「何だ⁉」
 周囲を見るが、変化は見られない。
「上だ!」
 一真の声が聞こえる。見上げれば、左斜め上空から、格子で覆われた箱状の物が降りてくる。
「何あれ?」
「牢屋みたいだな」健介は思った事をそのまま口にした。
 それはそのまま降下を続け、遂にその中の様子が明らかになった。
「――友葉!」
 五人は異口同音に叫んだ。
 その中に居たのは、紛れもなく『ヨナス』の最年少メンバー、相川友葉だった。
「皆!」
 友葉が目から涙を流しながら叫んだ。
 その姿がぼやける。
 生きていた。その事が何よりも嬉しかった。
「この通り、彼女は生きている。高木もな。因みにあの牢屋には爆破装置が付いていて、このリモコンで遠隔操作出来るようになっている。まあそれも、君達が勝利すれば無駄になるがね」
 黒仮面の声が聞こえ、現実に引き戻される。その右手には確かにリモコンが握られており、爆破装置は冗談ではないと直感する。
 そうだ。まだ『実験』は終わっていない。
「皆」
 健介は自分の背後に居る仲間に呼びかけた。「感傷的になるのは勝ってからで良い。まずは目の前のあいつに集中するぞ」
 五人で視線を交わし、頷き合う。健介は、友葉に親指を立ててから視線を黒仮面に戻した。
「良い面構えだ」黒仮面が頷く。「それでは、メインディッシュの登場と行こうか」
 そう言うと、黒仮面は自身がの後方にある、様々な機械らしきものが置かれている円盤に飛び乗った。円盤が浮き上がる。
 その時だった。
 物陰から、赤色が高速で飛び出してきた。
「えっ?」
 その赤色は、仮面の色だった。赤仮面がこちらに、というより、黒仮面に向かって高速で駆けてきているのだ。
 気配を察知して咄嗟に防御の体勢を取った黒仮面に対し、赤仮面は攻撃する素振りを見せながら、その動きを囮にしてリモコンを奪い取った。
「あれはっ……!」
 そのリモコンは、爆破装置の遠隔操作のためのリモコンだった。
「相川様は私が救出します! 皆様は早く地上に逃げ――!」
 乾いた破裂音が響いた。赤仮面の言葉が途切れ、その身体が宙に浮き、前方に倒れ込む。その胸から、鮮血が流れ出した。
 その色は、仮面の色よりも鮮やかだった。
「なっ……⁉」
 初めて見る本物の拳銃とその威力に、健介達は言葉を失った。一真が呟く。
「あの野郎……!」
 黒仮面が拳銃を下ろした。

「最後まで、分かってやれなかったなあ……」
 その低音は、誰の耳にも届く事はなかった。
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