涙のキセキ

桜 偉村

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第六章

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「部屋数は少ないな」
「一つの階に五つ程度ってところか」
 健介と明美はまず全体像を把握して、それから探索に取り掛かるようにした。
「特にさっきの部屋と変わったものはないな。アメニティの内容も一緒だし」
「だな」
 一〇一号室、一〇二号室は目ぼしいものはなかった。続いて一〇三号室の扉に手を掛ける。
「まさか匂わせだけ、なんて事あるか?」
「まさか。ユーチューブじゃないんだし」
 一〇三号室内を探索していると、明美が不意に声を上げた。
「あっ」
「どうした?」
「けんちゃん、こんなんあったぜ」
 そう言って明美が見せてきたのは、ドライバーだった。
「どこかに隠し扉でもあるのかもな」
「可能性はあるな」明美がポケットにドライバーを入れる。「うわっ、ドライバーって意外に重いな」
「ズボン落ちるような事になるなよ?」
「因みに白だけど」
「言うな」
 明美の頭を軽くごつき、作業を再開する。
 結局、一〇三号室と一〇五号室からは、ドライバーの他にはバールしか出てこなかった。
「一〇四号室がないよりも、もっと別のところで配慮して欲しいぜ」
「間違いない」
 ぼやく明美に同意しつつ、一階最後の部屋、一〇六号室の扉に手を開ける。
「取りあえず間取りは今までと同じだな」
 無言で探索をする事五分、健介はクローゼットに浴衣しか入っていない事を確認して扉を閉めようとしたが、違和感を感じてもう一度中をじっくりと観察した。すると、奥の壁が一部だけ色が異なっており、その四隅には釘やねじが刺さっていた。
「みゆき、ちょっと」
 テレビの裏を覗いている背中に声を掛けると、小走りで駆け寄ってくる。「何?」
「ドライバーとバールの出番みたいだ」
 壁を示せば明美もすぐに理解したようで、ポケットから素早くドライバーを取り出す。
 健介がバールで釘を、明美がドライバーでねじを外せば、壁が外れて空間が姿を現した。
「えっ……?」
 その中身を見た瞬間、二人は揃って絶句した。
「……木刀?」
「……みたいだな」
 その空間には、茶色の刀身の刀が三本立て掛けられていた。二人同時に手に取るが、これは確かに木刀で間違いないだろう。
「これは間違いなく、今後必要になるんだろうな」
「……命の危険があってこれが必要になるなんて、本当にヤバイ予感がする」流石の明美の顔も引きつっている。
「大丈夫か?」
 健介は小刻みに震える肩に手を置いた。

 右肩に体温と重さを感じ、震えが収まっていくのを感じる。
「サンキュー。もう大丈夫」明美は健介の手をそっと掴んだ。「次、行っちゃおうぜ。時間も限られているんだし」
「……ああ、そうだな」
 一度不安そうにこちらを見てから、健介は足を前に踏み出した。
 サンキュー。明美は心の中でその背中に感謝を伝えた。明美が不安を感じた時、健介はいつも真っ先に気付いて安心させてくれる。嫌な事でも我慢して溜め込んでいた明美に、人に弱さを曝け出す事を教えてくれたのも健介だった。そして今も、五人の内の相方に明美を選んでくれているのは、きっと明美が溜め込まないようにするためだ。
 この『実験』から生きて帰れたらちゃんと感謝を伝えようと決意して、明美は健介の後に続いて階段を上った。
 二階では各部屋で絆創膏や包帯など、救護に必要な物が個別で見つかった。重さはそれほどではないが細々としたものが多いため、持つのは楽ではなかった。荷物の半分以上を持ってくれている健介の両手も埋まっていたため、明美は提案をした。
「荷物も多くなってきたし、一回部屋に戻るか?」
「そうするか」健介が頷く。「階段、気をつけろよ」
「オッケー」
 二人は両手に荷物を抱え、五階を目指した。

「こ、これ、大丈夫なんすか……?」
 悠馬が不安そうに聞いてくる。その隣で友梨奈も不安そうに見てくるが、一真としては何と答えればいいのか分からなかった。
 一真、悠馬、友梨奈の三人は五階から探索を始めたが、五階で見つかった物は、多くはおよそ今後役に立つとは思えない代物だった。見つかったのは、ハンマー、水鉄砲、お手玉、縄跳びの四種類。ハンマーを除き、それらは全て子供の遊び道具だったのだ。
「……さあな。何とかなると思うしかねえだろう」
 結局そんな返事しか出来なかったが、ふと思いついた事を口にしてみる。「それに、探索しているのは俺らだけじゃねえ」
「……確かに、そうっすね」心なしか、悠馬の声が明るくなる。「あの二人も頑張っているんだから、三人の俺らがこんなんじゃ駄目っすよね」
「うん、そうだよね」友梨奈が頷く。「頑張りましょう」
「はいっす!」
 後ろで二人が励まし合う。人数的にこちらの方が多い事がモチベーションになったようだ。狙った形ではなかったが、取りあえず二人が前を抜けた事は良しとすべきだろう。この探索を無事に遂行出来るかは、冗談抜きで命に関わってくる筈だからだ。
 せめて四階ではまともな物を見つけさせてくれ。そう願いながら、一真は四階に繋がる階段に足を掛けた。

 部屋に戻ってすぐに、一真達の声が聞こえてくる。
「おい、何か役に立ちそうなものはあったか?」扉を開けるなり、一真が聞いてきた。
「まあ、そこそこな。そっちは?」
 一真はともかく、悠馬と友梨奈にはいきなり木刀の事は触れない方が良いと考え、健介は答えを濁して聞き返した。途端に一真が眉間のしわを濃くする。
「救護に必要な物があったのはありがてえ。だが、他はがらくたばかりだ」
 そう言って一真達三人が取り出したのは、ハンマー、水鉄砲、お手玉、縄跳びと、子供の遊び道具ばかりだった。
「……マジ?」
 健介は思わず聞き返してしまった。ハンマーはともかく、他の物は遊び以外で用途が浮かばない物ばかりだ。
「大真面目だ」一真が苦虫を嚙み潰したような顔をする。「どうやらそのくそ野郎の脳味噌には馬糞しか詰まってねえみたいだな」
「どうかな」明美が呟く。
 一真が明美に目を向けた。
「何がだ?」
「けんちゃんの話を聞く限り、正常な脳味噌をしていないのは確かだけど、何の意味もない事はやらないような気がする」
「……一理あるな」一真が頷いた。「ひとまずがらくたは後だ。お前ら二人が持ってきた物は何だ?」
「まずはお前らと同じ救護セット。あと、ドライバーとバール。それと」健介は明美と共に影に隠していた物を取り出した。
「……何だそれは」流石の一真の目も僅かに見開かれている。「木刀か?」
「えっ⁉」
「そんなっ」
 健介と明美が反応するよりも早く、悠馬と友梨奈が悲鳴のような声を上げる。
「そう、三本あった」
 健介が肯定すると、悠馬と友梨奈の顔色がみるみると青ざめる。
「そ、それって、俺達誰かと斬り合うって事ですか……?」
「ゆうた、落ち着け!」健介は、カタカタと身を震わせる悠馬の肩に手を乗せた。
 その横では、友梨奈が顔面蒼白になっている。
「まりちゃん。大丈夫?」
 明美が慌てて友梨奈を抱き締め、その背中をさする。
 二人が取り乱している中、一真は一人静かに木刀を観察していた。

「最後の五分はここに居たほうが良いだろうから、探索に使えるのは実質あと十分と少しだ」
 悠馬と友梨奈の精神状態がある程度安定したところで、健介は話し出した。「残っているのは三階だけだから、探索は俺とみゆきで行く。他の三人は今ある物資の管理方法や使用のある程度のシミュレーションをしておいてほしい」
「えっ、二人だけは大変っすよ!」悠馬が手を挙げる。「俺も手伝います」
 健介は首を横に振った。「駄目だ」
「何でっすか⁉」
「ゆうた」一真が興奮気味に前のめりになる悠馬の肩に手を置く。「今はけんせいの判断に従え」
「どうして⁉」
「お前、この先何が出てきても、さっきみてえに取り乱さねえって誓えるか? 木刀どころじゃ済まねえ可能性だってある」
「そ、それは……」悠馬が目を逸らした。
「良いかゆうた」一真がその肩を掴んで悠馬の顔を覗き込む。「何度でも言うが、これは遊びじゃねえ。一つのミスが誰かを殺すかもしれねえんだ。だったら、今はリスクが一番少ない方法を取るべきだろう」
 一真の言葉は飾らない分、その思いと意味は直接的に伝わってくる。
「……その通りっす」頷いた悠馬は、次いでこちら頭を下げてくる。「生意気言って、すんませんでした」
「構わないさ」健介は悠馬の頭に手を乗せた。「ありがとな。心配してくれて」
「感謝してるぜ」明美がにやりと笑って立ち上がる。「それじゃ、行きますか」
「ああ」健介も立ち上がった。そのまま並んで扉に向かう。
「じゃあ、十分で何かしら見つけてくる」
「そっちも宜しくなー」
 三人に手を振りながら扉を閉めると、健介と明美は地面を蹴って駆け出した。
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