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第四章

第八十九話 九条家攻防戦② —究極の選択—

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 防御部隊の障壁が破られ、魔物が向かってくる。今度は三体だ。
 攻撃部隊が慌てて追撃の姿勢を取るが、間に合わないだろう。

「俺が出る」
「任せた」

 剣を片手に和人かずとが前に出る。沙希さきは事前に取り込めていた通り、いつでもフォローに入れるポジションをとった。

 しかし、フォローは必要なかった。
 和人とかち合って動きを止めた魔物に、間髪入れずに【光刃フォス・クスィフォス】が飛来したからだ。光エネルギーが凝縮された刃は、正確に魔物の身体を切り刻んだ。

 今この場で、これだけレベルの高い光属性魔法を扱える人物は一人しかいない。

「すまん!」

 江坂えさかが片手を上げた。沙希と和人も同じ所作で応じる。

 それからも魔物は長くない間隔で沙希たちのところまで突破してきたが、しばらく沙希の出番はなかった。
 和人の奮闘もあったし、皆が高ランクの魔物だけは絶対に突破させないように立ち回っていたため、そもそも和人が手こずるような相手がいなかったからだ。

 しかし、魔物は次々とやってくる状況で、すでにいっぱいいっぱいである人間側がその戦術を続けるのは難しかった。
 突破される回数、突破してくる魔物のレベルと数。それら全てが少しずつ上昇していく。

「くっ……!」
「任せて」

 和人の腕に切り傷が走ったところで、沙希は参戦した。和人を攻撃した魔物を横から【光の波動フォス・キーマ】で射抜く。

「助かったぜ……調子は?」
「今のところは大丈夫。和人さんは?」
「へっ。準備運動にもなんねーよ」

 和人のそれが強がりであることは沙希にもわかったが、あえてそれを指摘したりはしなかった。

「お互いサポートできる距離で戦おう」
「あいよ、副隊長殿」

 沙希は数歩右に移動した。
 和人と目線で頷き合ってから、首から下げているペンダントを握りしめて心の中でつぶやく。

 頑張って、空也くうや。多分、私は長くは持たないから——。



◇   ◇   ◇



 沙希の心の声はもちろん聞こえなかったが、彼女が戦闘に参加したことは空也にもわかった。闇属性魔法奥義【分解サナトス】と並行して【索敵さくてき】も発動させていたからだ。

 落ち着け——。
 焦る気持ちを抑えつつ、空也は【分解】の構築を進めた。
 魔力枯渇症になったばかりの沙希にはこれ以上魔法を使ってほしくはないが、焦ってミスをしたらそれこそ一巻の終わりだ。

 それからも順調なペースで構築を進め、【分解】がいよいよ完成に近づいたとき——、
 空也は、絶望した。
 完成間近になったからこそ、わかってしまったのだ。

 ——空也の持てるリソースのすべてを注ぎ込んでも、魔力が足りないことを。

 その問題を解決するためには【分解】の発動範囲を縮小させるしかない。
 となれば、取れる選択肢は二つだけだった。魔物の最後尾のSランクやそれ以上の個体が集まっている集団を殺すのを諦めるか、それとも——ミサを見捨てるか、だ。

 全体のリスクを取るなら前者一択だった。
 世界でも数人しかいないと言われているSランク冒険者のミサを失うのは大きな痛手だが、Sランクやそれ以上の魔物を複数体野放しにするよりはマシだ。

 そのことは理解していても、空也は決断できなかった。
 空也は決して完璧主義者ではない。もし死にかけているのがミサではなく別の知らない誰かなら、見捨てることもできただろう。

 しかし、ミサは空也に呪術がかけられていることに気づいてくれたし、その解除もしてくれた。裁判でも力になってくれたし、休日には一緒に出かけたりもした。
 その数々の感謝と思い出が、駄々をこねる赤子のように空也にすがりついていた。

 どうする? どうすれば良い——

 葛藤の渦に飲み込まれた空也の脳内に、その声は響いた。

『魔力がないなら、奪えばいいじゃないか』



◇   ◇   ◇



「その先のスペースで停めてくれ」

 九条くじょう家当主の九条くじょう大河たいがは御者に指示を出した。
 大河の前には九条家護衛隊隊員の清宮きよみや、そして国防軍第三隊の國塚くにづか祐馬ゆうまが座っている。

「祐馬、戦況はどうなっている?」

 馬車が完全に停車すると、大河は尋ねた。

「少々お待ちください」

 祐馬が目を閉じた。しかし、その目はすぐに見開かれた。

「これはっ……!」
「どうしたっ? 何かあったのか?」

 もしや、屋敷が落とされたのか——。
 大河の脳内に嫌な想像が次々と駆け巡った。

「ああ、いえ……そういうわけではありません」

 祐馬が慌てたように首を振った。

「屋敷の周辺に多数の魔物、そして魔法師の気配があるので、未だ屋敷周辺での戦闘が続いているのは間違いないです」
「そうか……旗色は?」
「……先程より悪いです」

 祐馬が歯切れ悪く言った。

 大河は再びそうか、とだけつぶやいた。
 もちろん不安はつのるばかりだったが、そこまでショックは受けていなかった。人間側が不利なのは、先程【索敵】をさせたときに祐馬から聞いていたからだ。

 ただ、と祐馬は少し表情を明るくして続けた。

「もしかすると、勝ちの目が出てきたかも知れません」
「何、本当かっ?」

 大河は身を乗り出した。
 祐馬は良くも悪くも正直な男だ。変に期待させるようなことは言わない。

「はい。途方もない魔力反応があり、それは今も徐々に大きくなっています。気配的にもおそらく瀬川せがわ空也くうやでしょうが……その魔力はもはや呪術級です。形勢逆転も可能かも知れません」

 祐馬が言葉を重ねるにつれて、大河の前に座る清宮の表情が明るくなっていく。

 もちろん大河にとってもそれは喜ばしいニュースではあった。
 しかし、大河の中では期待と同様に、いや、それ以上に不安が広がっていた。

 その気配を感じ取ったのだろう。清宮が明るい表情を消して聞いてきた。

「……大河様。何か、気がかりなことがおありなのですか?」
「ああ。祐馬」

 大河は視線を隣に移した。

「さっき、空也君が呪術レベルの魔力を発していると言ったな?」
「はい。あの魔力はどう頑張っても既存の属性魔法や無属性魔法では到達できません。おそらく闇属性魔法……なのでしょう。さすがに呪術は使わないでしょうし」
「私も彼が呪術を使うとは思っていない。ただ、闇属性魔法に関しては、最強クラスの魔法であるという情報と同時に、色々良くない噂も多いのだ」
「良くない? 呪術のように代償が必要ということですか?」
「そうではない——いや、そうなのかも知れんな」

 困惑した表情の二人に、大河は告げた。

「闇属性魔法は、使用者の人格を破壊する呪いの魔法とも伝えられているのだ」
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