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第四章

第八十四話 厄介なコンビ

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 キース森から九条くじょう家にかけての魔物ハザードの噂は王都全域に広まり、王都は異様な雰囲気に包まれていた。

 しかしその中で、まったく動揺した素振りも見せずにゆっくりと商店街を歩く二人の男がいた。
 その二人は片方が青色、片方がピンク色という特徴的な瞳を持っているにも関わらず、周囲からほとんど注目を浴びていない。

「ねえ、アレックス」

 青い瞳の男、ライアンは隣を歩くアレックスに話しかけた。
 そのピンク色の瞳はじっと前を見つめたままだが、無視されているわけではないことは経験からわかっているので、ライアンは気にせず話を続けた。

「あれから結構時間経ったけど、戦況はどうなっているかな?」
「さあな。だが人族側が圧勝、なんてことにはなっていないだろう。そもそも相当な数の魔物を用意したし、攻撃も単発ではなく二重三重のものにしたからな」
「たしか、最初は普通に地上から来ると思わせて途中から【飛行魔物プテーシス】が来て、さらに時間差で地中から【ピアス・ピーク】の奇襲でしょ?」
「ああ。それに、地上と空中に関しては最後にとっておき・・・・・を用意した。今頃はちょうど奴らの出番だろう」
「うわっ、えげつないねー……」

 ライアンは大袈裟に引いた素振りを見せた。

「でもさアレックス、それ九条家は大丈夫なの? たしかにあいつらにはダメージを与えておきたいけど、逆にあいつらが崩壊したら俺たちが困る・・・・・・んだよ?」
「大丈夫だろう」

 本気で心配するライアンに対して、アレックスの口調は淡々としたものだった。

「その根拠は?」
「あいつら、特に瀬川せがわ空也くうや、【光の女王】片桐かたぎりミサ、そしてウルフの米倉よねくらすぐるの三人の強さは俺たちの想像以上だった。それはライアンも感じただろう?」
「それは、まあね」

 ライアンは頷いた。

「特に空也の強さにはビックリしたよ。人族であれだけ強いのは初めてかも」
「ああ。そして特に想定外だったのが、その瀬川空也の闇属性魔法だ。使えるだけでも驚愕きょうがくだが、そのポテンシャルも凄まじかった。あいつの魔力が足りればの話だが、もし足りたなら九条家が崩壊しないどころか、俺らの想定よりもずっと被害が少なく終わってしまう可能性もある」
「うわっ、それはそれで面倒だな」

 ライアンは先程市場で購入したリンゴをかじった。

「そもそも、魔物たちには『九条家の屋敷を何よりも最優先して狙うように』精神干渉をかけたわけだからな。屋敷が落とされなければ、人的被害はそう多くはならないだろう。そして、瀬川空也の闇属性魔法なら屋敷を守り切る、もしくは魔物を全滅させることも可能かもしれない」
「今から命令変更できないの? やっぱり近くの魔法師を殺せー、みたいな」
「それは不可能だ」

 アレックスは首を振った。
 ちぇっ、とライアンは唇を尖らせた。

 ただ、アレックスは言った。

「精神干渉は絶対じゃない。何度も攻撃を受けたりすれば、魔物の本能がそれを上回り、反撃に転じる可能性もある」
「おっ、じゃあそれに期待するとしよう。九条家護衛隊でも冒険者でも、ある程度数が減れば何でも良いけど——」

 ライアンは、口に残っていたリンゴをすべて飲み込んだ。

「——願わくば、ミサか傑あたりが死んでくれると良いな」

 ライアンは指に付いていた汁を舐め、ニヤリと笑った。



◇   ◇   ◇



 第二隊特別作戦係『タイガー』の係長である成瀬なるせ蒼士そうじは光の女王、そして第三隊特別作戦係『ウルフ』の米倉よねくらすぐるとともに、アーク街を北西に向かって駆けていた。

 その目的はもちろん、カイス沼誘導ルートから脱走した魔物の処分だ。
 低・中ランクの魔物はすぐに見つけて倒すことができたが、スピードのある【ファング・ハント】や【スペックル・スティンガー】は、まだその背中を捉えることすらできていなかった。

「ああ、もうっ。暑苦しいなぁ!」

 不意に隣から聞こえた声に、蒼士は思わず目を向け——、

「……えっ?」

 言葉を失った。
 顔に見覚えのない少女が、赤髪のショートカットを揺らしながら隣を走っていたからだ。

 しかし、その少女が手に持っている仮面には見覚えがあった。というよりもそれは、つい先程まで蒼士が見ていたものだった。

「貴女が……光の女王っ?」
「どうも。光の女王こと、片桐ミサです」

 少女、ミサが軽く頭を下げる。

「驚きましたね……」

 その美少女ぶりに驚くと同時に、蒼士は納得もしていた。
 なるほど。この容姿ならたしかに、トラブル防止や自己防衛の意味でも顔を隠すのは賢明な判断だろう。

 しかし、だからこそ気になった。

「……良いのですか? 私に素性を明かしてしまって」
「はい」

 ミサはあっさりと頷いた。

「貴方は信頼できそうな方ですし、援護してくれたのに正体を隠したままなのはフェアじゃない気がしたので。それに、単純にこの仮面、少し息苦しくて」

 ミサが苦笑した。
 ああでも、と彼女は続けた。

「一応、他の人には漏らさないでもらえるとありがたいですけど」
「ええ、それはもちろん」

 蒼士は頷いた。

「それにしても、意外でした」
「何がですか?」
「喋り方や態度に威厳があったので、すっかり大人の女性なのかと」
「そう見えるように演じていましたから」

 ミサがイタズラっぽく笑った。

「おい、お前ら」

 傑が前方を指さした。

「——見えてきたぜ、犬どもの背中が」



◇   ◇   ◇



 ミサは傑ほど目が良くないため、彼が前方を指さしたときは何も見えなかったが、それからすぐに、ぼんやりとその後ろ姿を捉えることができた。
 自然と、走るスピードが速くなる。

「ファング・ハントが三体、スペックル・スティンガーが六体だな」

 傑が言った。

「合計九体ですか……」

 ミサは顔をしかめた。

 ファング・ハントとスペックル・スティンガーは、どちらも機動力と攻撃力を兼ね備えた手強い相手だ。
 前者は鋭いキバを、後者は毒をもつツメとファング・ハントをも上回る身体能力を持っている。

 それだけでも十分に厄介な相手だが、それに加え、この二種は魔物らしからぬ高い知性も持ち合わせていた。

 特に、ファング・ハントは高い連携力を持ち、基本的には他の種族とはれ合わない魔物とも連携が取れてしまう。
 それらが同程度のレベルの知性を持つスペックル・スティンガーと連携すれば、より厄介な敵となるのは火を見るより明らかだった。特に、時間をかけたくない今のような状況ではなおさらだ。

 ただ、それでも避けて通るという選択肢は、ミサたちにはなかったが。

 蒼士が【氷の咆哮パーゴス・ヴリヒスモス】を放った。
 これまでならその一撃で倒す、あるいは致命傷を与えることができていたが、さすがというべきか、それらは九体すべてが軽々しく蒼士の正確な魔法を避けてみせた。

「この距離じゃどう頑張っても当たんねーな」

 傑が忌々いまいましげに呟き、速度を上げた。ミサと蒼士もそれにならう。

 魔力消費の観点から言えば、戦闘前にあまり【身体強化しんたいきょうか】を酷使したくはなかったが、魔物たちがミサたちに見向きもせずに一直線に九条家を目指している以上、四の五の言っていられなかった。

「それにしても、奴らは何で私たちに注意を向けないのでしょうか?」

 蒼士がふと呟いた。

「仮説はある」

 傑が端的に答えた。

 えっ、と蒼士が声を出した。
 先程の呟きは答えを期待した問いというよりは、愚痴に近い独り言だったのだろう。

「本当ですか? 傑先輩」
「ああ。だが、詳しい話はすべて終わってからだ」
「わかりました。約束ですよ?」
「ああ」

 傑が【土の咆哮エザフォス・ヴリヒスモス】を放った。土の槍は、魔物の侵攻方向の地面に突き刺さった。
 回避したそれらに、今度は蒼士の【氷包弾パーゴス・ポリオルキア】が襲いかかる。

 その無数の氷の塊による包囲攻撃すらも避けてみせた九体の魔物に、ミサは【光の咆哮フォス・ヴリヒスモス】を放った。
 それでも距離がある分、命中とまではいかなかったが、その光の槍は初めて魔物たちの身体に傷をつけた。

 そして同じことを繰り返すこと数回、ついにミサの【光の咆哮】が一体のスペックル・スティンガーの身体を貫いた。
 同時に、魔物たちの足が止まる。

 それらは素早い動きでミサたちに向き直った。
 その目は敵意に溢れ、低い唸り声をあげている。ミサたちのことを敵だと完全に認識したようだ。

 よしっ、と蒼士が握り拳を作った。

「女ならともかく、まさか魔物の気を引けて喜ぶ日が来るなんてな」

 傑が皮肉っぽく言った。
 魔物たちはまだ動かない。

「犬っころどもは、一丁前にこっちを警戒しているみてえだな。ちょうどいい。今のうちに距離を取れ。互いに邪魔にならず、フォローはできる間隔だ」
「了解です」
「はい」

 ミサと蒼士は傑を中心として、それぞれ左右に展開した。

 ジリジリと魔物が距離を詰め始める。
 そしてミサたちと魔物の距離が十メートルを切ろうというとき、
 魔物たちが一斉に動き出した。

 狙われたのはミサだった。
 それも三体や四体ではない。傑や蒼士と向かい合っていた魔物も含め、八体全部がミサに向かってきたのだ。

「片桐さんっ! ——くっ」
「こいつら……!」

 傑と蒼士がミサをヘルプしようとするが、それを予期していたかのように四体がその行手をはばんだ。

 数が四体になったことで、ミサの中に少し余裕が生まれた。空也や傑には及ばないが、ミサも【身体強化】は得意なほうだ。
 スペックル・スティンガーの毒にさえ気をつければ切り抜けられる——はずだった。

「なっ……⁉︎」

 しかし、その四体の素早さと連携は、ミサのこれまでの経験からくる予測を遥かに上回っていた。

 ミサは慌てて防御に意識を切り替えたが、すべてを防ぎ切ることはできず、ファング・ハントのツメが頬をかすめた。赤い線がその白い頬に走る。

「片桐さんっ⁉︎」

 蒼士の心配そうな声が聞こえた。

「大丈夫です! ただ、こいつら……今までの個体と比べてずっと強いし、何より速いです!」
「みてえだな」

 傑の声が思ったより近くで聞こえた。

「距離取るぞ」

 彼が【泥沼ボルボロス】を発動させた。
 危険を察知した魔物たちが後方に飛び退いたため、その間に三人は合流した。

「突然変異……それか、上位個体でしょうか?」

 蒼士が魔物に目を向けたまま呟いた。

「さあな。それはわからねえ」

 それに対する傑の答えは、ぶっきらぼうなものだった。

「今わかってんのは片桐、お前が狙われているってことだけだ」
「……わかっています」

 ミサは唇を噛んだ。

「奴らはお前が一番消耗してんの見抜いてんだ。一人でも抜けるとやべえから、お前は温存しつつ戦え。できる限り俺らでフォローする」
「了解です」

 傑の言葉に頷き、ミサは魔物に意識を戻した。

 その言葉がミサを気遣ってのものだということはわかったし、たしかにミサはそれに元気付けられた。

 しかし、ミサの中にある不安は解消されなかった。

 この戦いが始まる前から、ミサは頭痛を感じ始めていたのだ。
 その鋭い痛みは間違いなく、魔力が枯渇し始めている兆候だった。戦い長引けば、いや、長引かなくても、魔力が足りるか微妙なところだった。

(っと、そんなことを考えている場合じゃないって)

 首を左右に振り、ミサは雑念を頭から追い出した。

 ——傑と蒼士が援護をしてくれる。今は、目の前の敵に集中すれば良い。
 そう自分に言い聞かせて、ミサは魔法の構築を始めた。
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