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第四章

第六十六話 手段

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 異界で空中に放り出されたミサは、霊に襲われている沙希さきとヒナを見て、迷わず光属性魔法奥義【雷撃砲トール・キロシス】を放った。

「沙希、ヒナ!」

 霊の絶叫を聞きながら、ミサは二人の前に降り立った。
 ミサさん、とヒナが震える声を出した。

空也くうや君が……!」
「わかっている」

 ミサは、努めて冷静に頷いた。
 腹から大量に血を流している空也の姿はすでに捉えていたし、一刻も早く治療しなければならない状態なのは明らかだった。

 しかし、同時にミサにはわかっていた。
 ミサの【雷撃砲】を受けても消滅しない霊二体を相手にしながら空也の治療をすることは不可能であり、彼の治療をするためには霊を倒すしかないということを。

 二人とも、とミサは背後に呼びかけた。

「私は最速であいつらを片付ける。空也を連れて下がっていて」
「了解っ」
「わかりました!」

 二人が一斉に動き出す気配がする。

 ミサは、自分に向かってくる霊二体に全神経を集中させた。

 ギリギリまで待ってから【光の咆哮フォス・ヴリヒスモス】を繰り出す。
 霊は空中で旋回した。光の槍が何発かはかすめたはずだが、所詮はかすり傷程度。霊はすぐに再生してしまう。

 なるほど、とミサは頷いた。今の攻防で、ミサは三つの事実を見た。
 目の前の二体の敵は、霊の中でも再生能力が高い部類であること。至近距離からでもミサの【光の咆哮】をかわせるほどのスピードとアジリティがあること。
 ——そして、それでも全ては避けきれなかったということ。

 ミサは再び【光の咆哮】の魔法式を構築した。
 しかし、技が同じというだけで、光の槍の量は先ほどの十倍はあろうかというほどの数だ。
 ミサはそれを一斉に放った。

 霊は、先ほどよりも大きく旋回した。しかし、ミサの攻撃を避け切ることはできなかった。
 霊の腕や足、羽、そして胴体に次々と光の槍が突き刺さる。霊は絶叫した。

 ミサはすかさず地面から【光槍フォス・ドーリ】を発動させた。何本もの光の槍が地面から生え、霊を串刺しにする。霊はジタバタと体を動かすが、槍はびくともしなかった。

「これで終わりよ——【雷撃砲】」

 ミサは全力で奥義を放った。断末魔を上げ、霊は消滅した。
 同時に、異界が崩壊を始める。

「ミサさん、こっちです!」

 ミサが入ってきた場所あたりで、ヒナが手招きしていた。横には空也を背負った沙希もいる。

「ここが一番現世との繋がりが強いです」
「わかった。沙希」
「うん」

 ミサと沙希はその裂け目に魔力を流し込んだ。すぐに裂け目が広がり始める。異界が崩壊しているからか、侵入に比べて脱出はそこまで魔力を必要としない。
 間もなくして、裂け目から九条くじょう家の当主室が見えた。

 ヒナ、空也を背負った沙希、ミサの順で、三人はその裂け目に飛び込んだ。



◇   ◇   ◇



「皆!」

 門から生還してくる皆を見て、皐月さつきは歓喜の声を上げた。
 しかし、すぐに沙希に背負われている空也に気づいた。

「空也君⁉︎ どうしたの⁉︎」

 皐月の問いには答えず、沙希が空也を地面に降ろした。彼女はそのシャツたくし上げた。

「っ……!」

 皐月は息を呑んだ。
 空也の腹には大きな穴が開いており、そこから大量の血が流れていた。

 ミサがそこに触った。その手が光る。
 治癒魔法を使ったのだろう。傷口が塞がっていく。

 皐月は胸を撫で下ろした。他の皆もホッと息を吐いている。

 しかし、治療をしたミサ本人だけが、逆に表情を暗くさせた。
 彼女の口からどうして、という呟きが漏れた。

「どうしたんですか?」

 ヒナの問いにも、ミサは答えなかった。
 どうして、何で、とうわ言のように繰り返しながら、ミサは再び空也に治癒魔法をかけた。

 しかし、主だった傷はすでに彼女自身が治した後だ。空也の身体に変化は起こらなかった。

「ミサ——」

 皐月はその名を呼んだ。
 ミサが顔を上げた。その表情は絶望に染まっていた。

 感じられない、とミサが呟いた。

「感じ、られない?」
「そう……生者なら必ずあるはずの魔力の流れが、空也君から感じられない……!」
「なっ……⁉︎」

 それが何を意味するのか、嫌でもわかってしまった。
 嘘、という呟きが、皐月の口から溢れた。

 皆が固まる中、大河がミサと空也に歩み寄った。
 大河は空也の心臓部分に手を当てた。そしてその次に、手首の脈を取る。

 お父様っ、と皐月は呼びかけた。

「空也君はっ……空也君は、生きているんですよね⁉︎」

 皐月は胸に手を当てた。
 お願いだから、首を縦に振って——。

 そんな願いは、叶わなかった。

 大河は顔を歪ませた後、
 ゆっくりと、首を横に振った。

「そ、んな……」

 皐月は、膝から崩れ落ちた。



◇   ◇   ◇



「空也さん……!」

 最初に泣き出したのはヒナだった。彼女は両手で顔を覆い、ひたすら空也の名を呼んだ。

「空也君、どうして……!」

 皐月が美穂みほの胸に顔を埋め、泣きじゃくった。そんな娘を抱きしめる美穂の目にも、娘と妻をまとめて抱きしめる大河の目にも、同様のものが浮かんでいる。

 ミサは空也の手を取り、静かに涙を流していた。
 佐々木ささき優作ゆうさく、そして祐馬ゆうまも、涙こそは流していないが、皆苦しそうな表情だ。

 ——そんな周囲の反応を、沙希は他人事のように感じていた。
 空也が死んだ。その事実に、感情が追いついてこないのだ。

 無意識のうちに握っていたペンダントから手を離し、沙希は空也に近づいた。空也、と話しかける。
 しかし、彼はいつものように、陽気に手を挙げることはなかった。

 沙希は、ミサが握っていないほうの空也の手に触れた。そこから伝わる冷たさに、沙希の脳はようやく空也の死を理解した。

 それでも、沙希の目に涙は浮かばなかった。
 それは悲しくなかったからではなく、悲しみを覆い尽くすほどの激しい後悔が、沙希を襲っていたからだ。

 私のせいだ、と沙希は呟いた。

 異界で空也を刺したのは、太一たいちの霊だ。異界で死んだ彼はそのまま霊化し、沙希たちを襲った。霊化にもっと早く気づいていれば、空也は死なずに済んだ。
 沙希が一度は見ていた九条家の映像に耐えることができていたなら、空也は死なずに済んだ。
 沙希がその映像をフェイクだと見抜けていれば、空也は死なずに済んだ。
 沙希が放心状態にならなければ、空也は死なずに済んだ。
 沙希が胸の痛みを空也に伝えていれば、空也は死なずに済んだ。

 ——私が、空也を殺したんだ。

 自分のせいで空也が死んだことを、沙希ははっきりと自覚した。
 しかし、沙希の心は絶望には染まらなかった。なぜなら、自分には空也を助ける手段・・・・・・・・があると、沙希は確信していたからだ。

 ——私が殺したならば、私が救うしかない。
 ——例え自分が死ぬことになろうとも、
 ——彼の命だけは救ってみせる。

 沙希はふっと笑った。

「——沙希殿?」

 沙希の異変・・に気づいた佐々木が声を上げたときには、もう遅かった。

「沙希殿!」
「沙希⁉︎」

 皆が慌てて沙希に手を伸ばす中、

 沙希は、自らの首を刎ねた。
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