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第三章

第三十九話 お出かけ① —束の間の休息—

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 王宮へ入る国防軍第一隊と侑斗ゆうとたちを目撃した後、空也くうやはその足で九条くじょう家を訪れた。

 到着すると、そのまま当主室へ通される。
 そこには、大河たいが皐月さつき佐々木ささき優作ゆうさく沙希さき吉田よしだという重鎮じゅうちんが勢揃いしていた。

「よく来てくれたな、空也君」
「ご無沙汰しております」
「ああ。まあ、そこにかけてくれ」

 空也は大河の示した椅子に腰を下ろした。

粗茶そちゃですが」
「ありがとうございます、佐々木さん」

 空也は佐々木の出してくれたお茶を一口含み、喉の渇きを潤した後、大河に視線を向けた。

「こんな重苦しい雰囲気で申し訳ないが……このタイミングでやってきたということは、空也君も知っているのだろう?」
「侑斗たちのことでしたら、僕は国防軍第一隊が彼らを伴って王宮へ入るのを見ただけです。正確には見たというよりは感じた、と言うほうが正しいですけど」
「【索敵さくてき】か。君に隠密おんみつ行動は通じないな」

 大河がほほを緩めた。しかし、それは一瞬のことだった。

「……そうだ。襲撃者全員の身柄は先程、第一隊へ引き渡した。王宮会での決定だった」
「そうですか……」

 王宮会は王とすべての王子、王女が出席する王宮の最高機関だ。そこでの決定ならば、いくら九条家でも逆らえないだろう。

「せっかく捕まえてもらったのに、すまないな」
「いえ、それは全く構わないのですが……何か情報は引き出せましたか?」

 空也自身も答えはほぼわかりきっていたため、この質問は次の会話につなげる潤滑油じゅんかつゆとしての意味合いが強かった。

 案の定、大河は首を振った。

「いや、何も掴めてないと言って良い。そもそも侑斗以外はほとんど何も知らなそうだったし、その侑斗は頑として口を割らなかった。多少の強行策は用意していたが……それももう、後の祭りだ」
「なるほど……」
「だから私は、黒いフードの集団がいたら気をつけろ、ということくらいしか言えない」
「いえ、事情をお聞かせくださり、ありがとうございました」

 空也は丁寧に頭を下げた。

「僕に何か手伝えることがあればおっしゃってください。可能な限り、お力になりますから」
「ああ。よろしく頼む」

 空也は情報をもらい、大河は空也の協力を取りつける。
 双方の思惑通りに話が進んだところで、会話は終了となった。

 空也のいない間に行われていた会議もほとんど終了していたようで、その場はそのまま解散の流れとなった。



「沙希、空也君」

 廊下に出ると、皐月が殊更ことさら明るい声で言った。

「明日、ヒナも誘って少しお出かけしませんか?」
「お出かけ?」
「ええ。沙希も空也君に会えなくて寂しいって言っていたので」
「えっ? い、言ってませんっ」

 沙希が、彼女にしては珍しくあたふたと手を振った。

「それを言うなら皐月様も——」
「沙希、給料減らすよ?」
「うっ……」

 皐月の笑顔の脅しに、沙希が言葉を詰まらせる。
 そんな主従のたわむれを見て、本当に仲が良いな、と空也は頬を緩めた。

 空也に微笑ましいものでも見るような目を向けられた少女二人は、ただでさえほんのり赤く染めていた頬を、さらにで上がらせた。



◇   ◇   ◇



 皐月、ヒナ、そして沙希が待ち合わせ場所に着くころには、空也はすでにそこにいた。

「お待たせしました、空也君」
「早いですね、瀬川せがわさま! はっ、まさか、水平線に沈む夕日より美しく輝く私に会いたくて——」
「お待たせ、空也」

 沙希はヒナを容赦なくさえぎった。

「ちょっ、沙希、せめて最後まで——」
「おはよう。僕も今来たところだよ」
「ああ……」

 空也にも遮られ、ヒナはガックリと項垂うなだれた。

「おはようございます、空也君」
「おはよう」

 しかし、ヒナの扱いはだいたいこんなものなので、皐月も沙希も気にせず空也に挨拶を返した。

「おはようございます、瀬川さまっ」

 案の定、彼女はすぐに復活し、元気に挨拶をした。

「さて、早速行きましょうか」
「ちょ、ちょっと待って」

 歩き出そうとする皐月に、空也が焦ったように声をかけた。

「どうかなさいましたか?」
「どうしたって言うか……三人とも、今日はずっとその格好?」
「えっ……へ、変でしたかっ?」

 皐月が焦ったように、自らの身体を見下ろした。
 沙希も自分の服をチェックする。今日は普通に可愛い服を着てきたはずだが——,

「いや、すごく似合っているよ。でも、今日って護衛の数もいつもに比べて全然少ないし、一応お忍びなんじゃないの? こんな美少女が三人もいたら、目立って仕方がないと思うけど……」
「び、びしょ……⁉︎」

 皐月が顔を赤らめた。

(空也って、サラリとこういうこと言っちゃうよね……)

 沙希は内心でため息を吐いた——もし自分が感情豊かだったら皐月と同じ反応をしていただろう、と思いながら。

 空也の問いは、主に皐月に向けられたものだったが、軽くパニック状態になっている彼女の代わりに、ヒナが答えた。

「せっかくのお出かけだからって交渉したら、私と沙希がいるなら大丈夫だろうって、大河様と隊長が許可してくれたんです!」
「確かにそうだね」

 空也は笑った。

「逆に、空也は大丈夫なの?」
「何が?」

 沙希の問いに、空也は首を傾げた。

「皐月様と一緒にいるところを目撃されたりしても」
「ああ、それは気にしなくて良いよ」
「そっか」

 空也が軽い調子で手をひらひらさせたので、沙希もそれ以上は追及しなかった。

「それじゃあ、行きましょうか」

 皐月の声かけで、一行は今度こそ歩き出した。



◇   ◇   ◇



 ——九条家の当主室にて。

「護衛が二人というのは心許こころもとない気もしますが、よろしかったのですか?」
「ああ」

 佐々木の問いに大河は迷わず頷いた。

「沙希とヒナであれば大抵の問題には対処できるし、侑斗たちが第一隊に引き取られた今、我々が狙われる可能性は低い。それに、今は空也君もいるからな」
「確かに彼なら死角はないでしょうな。異界から生還し、ウルフにまで誘われる戦闘力。そして友人が異界を作ったという事件にも乱されない精神力。以前よりわかっていたことですが、彼は紛れもなく強者です。ただ……私は、そんな彼だからこそ逆に心配ですな」

 大河は佐々木を見た。

「空也殿の能力や性格に今さら疑いの余地はありませぬ。しかし、呪術に始まり謎のローブの男に異界……彼の周りでは大きな事件が起こりすぎています。それはある意味力ある者の宿命なのやもしれませぬが……」

 佐々木の懸念けねんは、大河の中にも存在していた。
 しかし、彼は長年仕えてきた執事の言葉を肯定しなかった。

「私は、皐月が自分から空也君と離れたいと言わない限り、空也君にあの笑顔を向け続ける限りは、彼を引き離すことはしない」
「……それは当主としてでございますか? それとも父親として?」

 大河はすぐには答えず、窓に歩み寄った。

「——両方だ」



◇   ◇   ◇



 四人が最初に向かったのは、オシャレに定評のある服屋さんだ。

「やっぱりここは可愛いものがいっぱいありますねー!」
「そうね」

 ヒナと皐月が店の奥に歩いて行く。
 空也は沙希とともに服を見て回ることにした。二人ともシンプルな服を好むため、目に留まるものが似たり寄ったりなのだ。

 ある程度一週したところで、コツコツという足音が聞こえてくる。

「あっ、いたいた!」

 その正体は、ハイヒールを履いたヒナだった。両手に袋を下げ、嬉しそうな表情を浮かべながら足早に歩いてくる。

「ねえ沙希! これ履けば沙希より背が高く……おわっ⁉︎」
「おっと」

 空也は苦笑しながらその身体を抱きとめた。

「ハイヒールで駆け足は危ないよ」
「は、はい。ありがとうございますっ!」

 転びかけたばかりだというのに、ヒナはにっこり笑った。

「……何でちょっと嬉しそうなの?」
「だって今の状況、ちょっとドジなお姫様を王子様が助けたようなものじゃないですかっ」
「ドジっていう自覚はあったんだね」
「瀬川さま、多分反応するところそこじゃないです」

 ヒナが苦笑した。
 空也、と横から沙希の声がした。

「ありがとう——皐月様の荷物を守ってくれて」
「沙希? それはそうなんだけど、ちょっとは私のことを心配しても良いんじゃない?」

 ヒナが抗議の声を上げた。

「ヒナ、ダイジョーブ?」
「感情籠もってない!」

 えーん、とヒナが空也の服で涙を拭く仕草をする。

「そ、そんなことよりヒナっ、早く空也さんから離れてください! 破廉恥はれんちです!」

 皐月が顔を真っ赤にしながら、空也の腕の中にいるヒナを指差した。
 そのとき、空也も自分がヒナを支えたままだったことを思い出した。

 破廉恥なんてもう使う人いませんよ、と苦笑しながら、ヒナが空也の腕から離れた。



 それからほどなくして、そんなにファッションに興味のない空也と沙希はすぐに買い物を済ませたが、皐月とヒナは色々と見て回っていた。
 そんな美少女二人を店員が放っておくわけもなく、店を出た空也と沙希の視線の先では、皐月とヒナが店員から様々な服を勧められていた。

「なんかすごいね」
「あの二人は華があるから」

 苦笑した空也への沙希のその返答は、特に他意のあるものではなかった。
 しかし、空也はそうは捉えなかったようだ。

「沙希さんだって、十分華があると思うよ。今日の服も、そのペンダントもすごく素敵だし」
「……ありがとう」

 しかし、沙希はそんな空也の勘違いを訂正したりはしなかった。

「そのペンダント、いつもつけているよね。どなたからの贈り物?」
「母の形見」

 母の死はすでに乗り越えていたので、沙希は気負わずに答えた。
 空也はわずかに目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「そうなんだ。素敵な模様だね」
「うん。ありがとう」

 ペンダントを褒めてくれたこと、変に気を遣わないでくれたこと。その二つに関して、沙希はお礼を述べた。

「お待たせしました」
「お待たせですー」

 皐月とヒナが二人の元へやってくる。それぞれの腕からは、いくつかの袋がぶら下がっていた。

「瀬川様が噴水に映る虹くらい綺麗なお顔をされていましたけど、お二人は何の話をしていたんですか?」
「二人がすごい人気だね、って話していたんだ。店員さんも目の色変えていたし」
「私は皐月様のおまけですよー。皐月様が着ているブランドは売り上げが伸びますから」
「なるほど。一種の広告塔みたいだね」

 空也が感心したように頷いた。

「べ、別にそんな影響力はありませんよっ。つ、次に行きましょう!」

 皐月はブンブン首を振り、歩き出した。
 沙希はその腕を掴んだ。

「皐月様、逆です」
「っ——!」

 皐月の顔が真っ赤に染まる。彼女は焦ると意外と抜けているのだ。

「——あっ」

 そんな皐月を見て穏やかな表情を浮かべていた空也が、何かを思い出したように手を叩いた。

「ちょっと寄り道しても良い?」
「構いませんけど……どうかされましたか?」

 少し赤みを残したままの皐月の問いに、空也はニヤリと笑った。

「皆に、会わせたい人がいるんだ」
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