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第二章
第十五話 秘密裁判① —告発—
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時は少し遡り、瀬川家に王宮からの招集命令が下る二日前。
九条家の滞在を延長した空也は――呪術使用という国家問題への対応のためだ――、九条家の料理に舌鼓を打っていた。
「空也君は本当に美味しそうに食べてくれますね」
「本当に美味しいんだよ」
嬉しそうな皐月に、空也も笑顔で答える。
「うちのシェフも、空也君の賛辞は誠意が感じられるから嬉しいと言っていました。ね?」
「はい」
皐月の問いに沙希が頷く。
食事は基本的にはヒナや他の使用人と一緒に取っていたが——皐月たちは自分たちと一緒で良いと言ってくれたが、家族団欒を邪魔してはいけないので遠慮した——、今日は家に帰るヒナを筆頭に皆都合が悪いようで、代わりとばかりに皐月と沙希が食卓をともにしてくれていた。
空也を気遣ってのことだということくらいはわかっているため、ありがたくその申し出を受け入れて今に至っている。
「九条家は良いシェフを見つけたよ」
そう言ってお腹をさするのは、三人の夕食会に飛び入り参加したミサだ。
仕事が一段落したとかで訪ねてきたミサは、上品な所作でありながらもすさまじい速度で食事を進めている。
なお、【光の女王】としての仮面は、部屋に入った段階で外していた。
「それにしても、ミサは食べすぎな気もするのだけど」
「あんたらがお喋りしてて遅いだけだよ」
「食事は楽しくお喋りしながら、ゆっくりと味わうのが良いのよ。ですよね、空也君?」
「皆違って皆良い、ってやつだね」
「むっ、うまくかわしたね」
ミサがニヤリと笑った。そうだ、と彼女はカバンを漁った。
「実は、皆にお土産があるんだー」
「お土産?」
「そう! 最近話題のケーキ屋さんのショートケーキでーす!」
ジャジャーン、とミサが箱を取り出した。空也は皐月と沙希と一緒に拍手をした。
「ミサって本当に食べ物の情報キャッチするの早いわよねー……」
皐月が苦笑した。感心半分、呆れ半分といったところだろう。
「もちっ」
ミサがニヤリと笑った。
お皿取ってきます、と沙希が部屋を出て行った。間もなくして、彼女は平たいお皿を数枚持ってくる。
箱にはケーキが八等分されていた。
ミサが自分でケーキを取り分け、配ってくれる。
「それじゃあ、ミサに感謝して食べましょう」
「だね」
「いただきます」
空也はケーキを口に入れた。甘さが広がる。甘い、という呟きが口から漏れていた。皐月も美味しい、と口に手を当てている。
「でしょ?」
ミサがドヤ顔を浮かべた。
空也は唯一味の感想を言わない沙希を見た。
「——えっ?」
そこには、フォークを置いて口を押さえ、涙目になっている沙希がいた。その顔は赤くなっている。
「沙希さん、どうしたの?」
「……辛い」
「……えっ?」
空也は聞き返した。聞き取れなかったわけではない。ただ、その言葉があまりに現在の状況に似つかわしくなかったため、聞き間違いかと思ったのだ。
「辛い」
しかし、二度目も沙希ははっきり「辛い」と言った。
空也はミサを見た。
「あっ、辛かった? ごめんっ!」
舌を出しながら、ミサが両手を合わせた。
「どういうこと?」
「実は一切れだけ、一部のマニアに人気だっていう辛いケーキにしてもらっていたんだ。まさか、よりにもよって辛いの嫌いな沙希にいっちゃったかー」
ごめーん、とミサは謝るが、その顔からは満足感が滲み出ている。
最初から沙希に食べさせる計画だったというのは、出会ったばかりの空也でもわかった。意外とイタズラ好きなようだ。
沙希が手元にあった水を一気に飲み干した。その額には汗が浮いている。どうやら、本気で辛いものが苦手なようだ。
沙希が無言でミサを睨みつけた。
「いや、本当にごめんって。ほら、あとは全部普通のケーキだからっ」
やや慌てた様子で、ミサが新たなお皿にケーキを乗せ、沙希に手渡した。
沙希のミサを見る視線は厳しいままだ。
「……これは辛くないですか?」
「もちろん」
ミサが大きく頷いた。
疑いの色を残しつつ、沙希がケーキを口に入れた。ミサがニヤリと笑う。
「……甘い」
えっ。とミサが声を上げた。
「さ、沙希。それ甘い?」
「はい。美味しい」
沙希がもう一口食べ、皿をミサに差し出した。
釈然としない表情を浮かべながら、ミサがケーキを口に入れた。そして——、
「かっら!」
およそ、女の子が出してはいけない声を出して、慌てて水を飲み干した。
空也は沙希を見た。彼女は無表情ながらもドヤ顔を浮かべていた。よく見ると冷や汗をかいている。
どうやら、ミサを騙すために辛いのを我慢していたらしい。
「負けず嫌いなんだから……」
皐月が苦笑しながら沙希に水を渡す。沙希はそれを一息で飲み干した。
「やられたわ……」
ミサが悔しそうな表情を浮かべた。
ミサが沙希に手を差し出す。
「完敗だわ、沙希」
「はい」
沙希はミサの手を握り返し——はせず、ミサの手にお皿を乗せた。そこには、食べかけのケーキが載っていた。
「そのケーキと最初のケーキ、どちらも食べてくださいね」
「鬼め……!」
ミサは沙希を睨みつけた。沙希はどこ吹く風だ。
「……すみません。騒がしくて」
皐月が謝ってくる。空也は首を振った。
「全然。賑やかで良いじゃん」
「ここにヒナがいたら三倍になりますけど」
苦笑混じりの皐月の言葉に、空也は答えなかった。無視をしたのではなく、答える前にノックの音がしたのだ。
「どうぞ」
皐月が返事をすれば、メイドの少女が扉を開けて告げた。
「皆様、三十分後に当主室に集まるようにと、大河様が」
今までは緩かった部屋の雰囲気が、緊張感のあるものになる。
「わかった。ありがとう」
「いえ。それでは失礼します」
皐月のお礼にわずかに頬を緩めてから、少女は出ていった。
「私も……ですか?」
「ええ」
沙希の問いに皐月が頷いた。
「貴女はすでに事情を知っているし、任せたいこともあるから」
◇ ◇ ◇
当主室に向かえば、すでに大河、九条家執事長の佐々木、副執事長の吉田、護衛隊隊長の優作の四人が集まっていた。部屋の周囲には、すでに遮音の結界が張られている。
皐月がノックをして部屋に入り、ミサ、空也、沙希も続く。ミサはすでに仮面を被っていた。
挨拶もそこそこに、大河がすぐに本題に入った。
「皆、良く集まってくれた。今日は、ある重大な報告とその相談のために来てもらったんだ」
そう前置きをして、大河は告げた。
「我々九条家は、瀬川家を呪術無断使用の罪で王宮に告発し、裁判を起こす」
そう大河が宣言をしたとき、身じろぎをしたのは空也と沙希のみだった。どうやら他の者たちは知っていたか、ある程度予測がついていたらしい。
ただ、空也も初耳だから驚いただけで、その内容自体に異論はなかった。
呪術使用は国家問題なので、王宮に告発するのは当然と言えるだろう。
「質問がなければ話を先に進めるが、誰かあるか?」
「一つよろしいですかな?」
吉田が手を上げた。
「何だ?」
「証拠はどうするのですか? 今のところ、証拠としてあるのは光の女王と瀬川君の証言のみ。これでは第三者目線での有力な証拠とは思えませんなぁ」
「ちょうどこの後、真っ先にそれを説明しようとしていたところだ。佐々木」
「はい」
佐々木は部屋を出ていった。すぐに、一人の男性を連れて戻ってくる。
大河が男性を自身の横に手招きし、手のひらで示した。
「彼は国防軍所属、狭間真司氏だ」
「狭間真司と申します。よろしくお願いします」
真司は綺麗な黒髪で左目が隠れており、ミステリアスな雰囲気を持つ青年だった。
その流麗な所作と口元に称えられた穏やかな笑みは、大人の色気を感じさせる。
吉田の顔にかすかな動揺が見られるが、真司の色気にアテられたわけではないだろう。
「彼は無属性魔法、特に【解析】が得意なんだ」
大河が真司を連れてきた目的は、その短い説明で十分だった。
ここで真司に空也を【解析】してもらい、空也が呪術をかけられているという真司の証言を元に、九条家は瀬川家を正式に告発するつもりなのだ。
「もうすでに気づいているとは思うが、今から狭間君には空也君の【解析】をしてもらう」
「呪術の痕跡を見つければよろしいのですよね?」
「ああ」
「わかりました」
真司が空也の前までやってくる。
「それでは空也君、よろしくお願いします」
「お願いします。服は脱いだほうがよろしいですか?」
治癒魔法や【解析】は、地肌に触れた方が精度が上がるのだ。
「そうですね。上は脱いでもらって、脱力していてください」
「わかりました。お願いします」
「はい」
年下の自分にも丁寧に接する姿勢に好感を持ちながら、空也はその指示に従った。
真司が両手を空也の胸に置く。
「それでは始めます」
真司の手が光った。
その道のスペシャリストなのだろうしすぐに終わるだろう、と空也ははタカを括っていたが、十秒、二十秒と経過しても真司の【解析】は終わらなかった。
涼しげな表情だった真司の顔が険しいものになり、皆の顔にも不安の色が浮かぶ。特に皐月などは、両手を胸の前で組んで祈るようにしていた。
そうして数十秒が経過したころ、真司はようやく空也の胸から手を離した。その顔にははっきりと疲労の色が浮かんでいる。
「これは……いえ、まずは結論から申し上げますと、空也君には確かに呪術がかけられていました」
何か別のことを言いかけた真司の報告で、皆が胸を撫で下ろした。
「結構時間がかかったな。そんなにうまく隠されていたのか?」
「はい」
真司は深く頷いた。
「呪術だという先入観がなければ、もっと時間がかかっていたでしょう。もしかしたら見つけられなかったかもしれませんし、プロテクトも固いので、私の力量ではとても解除できません」
「そうなのか」
相槌を打った大河だけでなく、皆が一様に驚きを浮かべている。
もちろん驚いているのは空也も一緒だ。ミサが比較的あっさりと見つけた上に部分解除までやっていたので、そこまで大したものだと認識していなかったが、それは単純にミサがすごかっただけのようだ。
賞賛の目をミサに向ければ、彼女も空也を見ていたのか、仮面の中の瞳と一瞬だけ視線が交差した。
「狭間君。ご苦労様」
大河の声に視線を移せば、真司が佐々木とともに扉の前に立っていた。
「狭間さん、ありがとうございました」
空也は他の皆とともに頭を下げた。
それに深く返礼をしてから、真司は佐々木に連れられて当主室を出ていった。
「国防軍の人でもあんなに苦戦するなんて……光の女王の名は伊達じゃないですね」
という皐月の賛辞を皮切りに軽い雑談に興じていると、やがて佐々木が戻ってきた。
「さて」
大河の一声で、緩くなっていた雰囲気が引きしまる。さすがのカリスマ性だ。
「これで証拠は揃った。明日一番に瀬川家を王宮に告発する」
大河の宣言に、異を唱えた者はいなかった。
◇ ◇ ◇
「すまなかったな、空也君」
解散したときに大河に呼び止められていた空也は、開口一番の謝罪に目を瞬かせた。
「えっと……それはどういう意味でしょうか?」
「瀬川家への対応をこちらで勝手に決めてしまったことだ。君が一番の被害者だったのに、すまなかった」
「いえ。そこは全く気にしていませんよ」
空也は大きく首を振った。
「呪術は国家問題です。その裁きに私情を混ぜてしまえば秩序が乱れますし、彼らは国によって裁かれるべきだと思います」
「私情を混ぜれば秩序が乱れる……か。全く同じセリフを言った方がいるぞ」
「どなたなのですか?」
大河がわざわざ「方」と形容したことに違和感を覚えた空也は、彼の返答に衝撃を受けることになった。
「イース王国第二王女、夜桜玲良様。今回の裁判を担当してくださることになるであろうお方だ」
◇ ◇ ◇
「九条家は張本人の瀬川空也、当主の大河、娘の皐月、【光の女王】、護衛隊長の野中優作と他数名の護衛、そして私というメンバーで裁判に出廷いたします。執事長の佐々木、護衛隊副隊長兼メイドの早坂沙希などは屋敷に残るようです」
「そうか」
吉田の報告に、その前に座る男は渋い表情を浮かべた。
「光の女王に九条家専属の護衛隊長……ちと厄介だな」
「隊長以下も精鋭を揃えています。呪術を使用した者たちが相手ですので相当警戒しているのでしょう。いかがなさいますか?」
「まあ多少は警戒すべきだが、やることは変わらない。お前はただ九条家の一員としてそこにいれば良い」
「……それだけでよろしいのですか? このままでは九条家の派閥が強大になりすぎる恐れがありますが……」
「何、心配はいらぬ。すでに手は打ってある」
「……わかりました」
吉田は素直に引き下がった。食い下がったところで教えてくれる相手ではないし、そもそも吉田が食い下がって良い相手でもないのだから。
「ただ、少し保険はかけておくべきかとしれぬな」
「と、おっしゃいますと?」
「留守が手薄なところを狙い、九条美穂と佐々木、早坂沙希を殺す」
「……それは、あまりにも危険ではありませぬか?」
吉田は思わず諌めるような口調になっていた。自分たちの最優先事項は正体を暴かれないことのはずだ。
しかし、男は余裕の笑みを浮かべた。
「案ずるな。我々に疑いの目が向くことはないように策は施す。それに我々はすでに、多少のリスクを冒してでも将来の脅威は排除するべき段階に足を踏み入れている」
「ということは……⁉」
「ああ」
男が得意げに言った。
「もうじき、我々の勢力が魔大陸を統一するぞ」
九条家の滞在を延長した空也は――呪術使用という国家問題への対応のためだ――、九条家の料理に舌鼓を打っていた。
「空也君は本当に美味しそうに食べてくれますね」
「本当に美味しいんだよ」
嬉しそうな皐月に、空也も笑顔で答える。
「うちのシェフも、空也君の賛辞は誠意が感じられるから嬉しいと言っていました。ね?」
「はい」
皐月の問いに沙希が頷く。
食事は基本的にはヒナや他の使用人と一緒に取っていたが——皐月たちは自分たちと一緒で良いと言ってくれたが、家族団欒を邪魔してはいけないので遠慮した——、今日は家に帰るヒナを筆頭に皆都合が悪いようで、代わりとばかりに皐月と沙希が食卓をともにしてくれていた。
空也を気遣ってのことだということくらいはわかっているため、ありがたくその申し出を受け入れて今に至っている。
「九条家は良いシェフを見つけたよ」
そう言ってお腹をさするのは、三人の夕食会に飛び入り参加したミサだ。
仕事が一段落したとかで訪ねてきたミサは、上品な所作でありながらもすさまじい速度で食事を進めている。
なお、【光の女王】としての仮面は、部屋に入った段階で外していた。
「それにしても、ミサは食べすぎな気もするのだけど」
「あんたらがお喋りしてて遅いだけだよ」
「食事は楽しくお喋りしながら、ゆっくりと味わうのが良いのよ。ですよね、空也君?」
「皆違って皆良い、ってやつだね」
「むっ、うまくかわしたね」
ミサがニヤリと笑った。そうだ、と彼女はカバンを漁った。
「実は、皆にお土産があるんだー」
「お土産?」
「そう! 最近話題のケーキ屋さんのショートケーキでーす!」
ジャジャーン、とミサが箱を取り出した。空也は皐月と沙希と一緒に拍手をした。
「ミサって本当に食べ物の情報キャッチするの早いわよねー……」
皐月が苦笑した。感心半分、呆れ半分といったところだろう。
「もちっ」
ミサがニヤリと笑った。
お皿取ってきます、と沙希が部屋を出て行った。間もなくして、彼女は平たいお皿を数枚持ってくる。
箱にはケーキが八等分されていた。
ミサが自分でケーキを取り分け、配ってくれる。
「それじゃあ、ミサに感謝して食べましょう」
「だね」
「いただきます」
空也はケーキを口に入れた。甘さが広がる。甘い、という呟きが口から漏れていた。皐月も美味しい、と口に手を当てている。
「でしょ?」
ミサがドヤ顔を浮かべた。
空也は唯一味の感想を言わない沙希を見た。
「——えっ?」
そこには、フォークを置いて口を押さえ、涙目になっている沙希がいた。その顔は赤くなっている。
「沙希さん、どうしたの?」
「……辛い」
「……えっ?」
空也は聞き返した。聞き取れなかったわけではない。ただ、その言葉があまりに現在の状況に似つかわしくなかったため、聞き間違いかと思ったのだ。
「辛い」
しかし、二度目も沙希ははっきり「辛い」と言った。
空也はミサを見た。
「あっ、辛かった? ごめんっ!」
舌を出しながら、ミサが両手を合わせた。
「どういうこと?」
「実は一切れだけ、一部のマニアに人気だっていう辛いケーキにしてもらっていたんだ。まさか、よりにもよって辛いの嫌いな沙希にいっちゃったかー」
ごめーん、とミサは謝るが、その顔からは満足感が滲み出ている。
最初から沙希に食べさせる計画だったというのは、出会ったばかりの空也でもわかった。意外とイタズラ好きなようだ。
沙希が手元にあった水を一気に飲み干した。その額には汗が浮いている。どうやら、本気で辛いものが苦手なようだ。
沙希が無言でミサを睨みつけた。
「いや、本当にごめんって。ほら、あとは全部普通のケーキだからっ」
やや慌てた様子で、ミサが新たなお皿にケーキを乗せ、沙希に手渡した。
沙希のミサを見る視線は厳しいままだ。
「……これは辛くないですか?」
「もちろん」
ミサが大きく頷いた。
疑いの色を残しつつ、沙希がケーキを口に入れた。ミサがニヤリと笑う。
「……甘い」
えっ。とミサが声を上げた。
「さ、沙希。それ甘い?」
「はい。美味しい」
沙希がもう一口食べ、皿をミサに差し出した。
釈然としない表情を浮かべながら、ミサがケーキを口に入れた。そして——、
「かっら!」
およそ、女の子が出してはいけない声を出して、慌てて水を飲み干した。
空也は沙希を見た。彼女は無表情ながらもドヤ顔を浮かべていた。よく見ると冷や汗をかいている。
どうやら、ミサを騙すために辛いのを我慢していたらしい。
「負けず嫌いなんだから……」
皐月が苦笑しながら沙希に水を渡す。沙希はそれを一息で飲み干した。
「やられたわ……」
ミサが悔しそうな表情を浮かべた。
ミサが沙希に手を差し出す。
「完敗だわ、沙希」
「はい」
沙希はミサの手を握り返し——はせず、ミサの手にお皿を乗せた。そこには、食べかけのケーキが載っていた。
「そのケーキと最初のケーキ、どちらも食べてくださいね」
「鬼め……!」
ミサは沙希を睨みつけた。沙希はどこ吹く風だ。
「……すみません。騒がしくて」
皐月が謝ってくる。空也は首を振った。
「全然。賑やかで良いじゃん」
「ここにヒナがいたら三倍になりますけど」
苦笑混じりの皐月の言葉に、空也は答えなかった。無視をしたのではなく、答える前にノックの音がしたのだ。
「どうぞ」
皐月が返事をすれば、メイドの少女が扉を開けて告げた。
「皆様、三十分後に当主室に集まるようにと、大河様が」
今までは緩かった部屋の雰囲気が、緊張感のあるものになる。
「わかった。ありがとう」
「いえ。それでは失礼します」
皐月のお礼にわずかに頬を緩めてから、少女は出ていった。
「私も……ですか?」
「ええ」
沙希の問いに皐月が頷いた。
「貴女はすでに事情を知っているし、任せたいこともあるから」
◇ ◇ ◇
当主室に向かえば、すでに大河、九条家執事長の佐々木、副執事長の吉田、護衛隊隊長の優作の四人が集まっていた。部屋の周囲には、すでに遮音の結界が張られている。
皐月がノックをして部屋に入り、ミサ、空也、沙希も続く。ミサはすでに仮面を被っていた。
挨拶もそこそこに、大河がすぐに本題に入った。
「皆、良く集まってくれた。今日は、ある重大な報告とその相談のために来てもらったんだ」
そう前置きをして、大河は告げた。
「我々九条家は、瀬川家を呪術無断使用の罪で王宮に告発し、裁判を起こす」
そう大河が宣言をしたとき、身じろぎをしたのは空也と沙希のみだった。どうやら他の者たちは知っていたか、ある程度予測がついていたらしい。
ただ、空也も初耳だから驚いただけで、その内容自体に異論はなかった。
呪術使用は国家問題なので、王宮に告発するのは当然と言えるだろう。
「質問がなければ話を先に進めるが、誰かあるか?」
「一つよろしいですかな?」
吉田が手を上げた。
「何だ?」
「証拠はどうするのですか? 今のところ、証拠としてあるのは光の女王と瀬川君の証言のみ。これでは第三者目線での有力な証拠とは思えませんなぁ」
「ちょうどこの後、真っ先にそれを説明しようとしていたところだ。佐々木」
「はい」
佐々木は部屋を出ていった。すぐに、一人の男性を連れて戻ってくる。
大河が男性を自身の横に手招きし、手のひらで示した。
「彼は国防軍所属、狭間真司氏だ」
「狭間真司と申します。よろしくお願いします」
真司は綺麗な黒髪で左目が隠れており、ミステリアスな雰囲気を持つ青年だった。
その流麗な所作と口元に称えられた穏やかな笑みは、大人の色気を感じさせる。
吉田の顔にかすかな動揺が見られるが、真司の色気にアテられたわけではないだろう。
「彼は無属性魔法、特に【解析】が得意なんだ」
大河が真司を連れてきた目的は、その短い説明で十分だった。
ここで真司に空也を【解析】してもらい、空也が呪術をかけられているという真司の証言を元に、九条家は瀬川家を正式に告発するつもりなのだ。
「もうすでに気づいているとは思うが、今から狭間君には空也君の【解析】をしてもらう」
「呪術の痕跡を見つければよろしいのですよね?」
「ああ」
「わかりました」
真司が空也の前までやってくる。
「それでは空也君、よろしくお願いします」
「お願いします。服は脱いだほうがよろしいですか?」
治癒魔法や【解析】は、地肌に触れた方が精度が上がるのだ。
「そうですね。上は脱いでもらって、脱力していてください」
「わかりました。お願いします」
「はい」
年下の自分にも丁寧に接する姿勢に好感を持ちながら、空也はその指示に従った。
真司が両手を空也の胸に置く。
「それでは始めます」
真司の手が光った。
その道のスペシャリストなのだろうしすぐに終わるだろう、と空也ははタカを括っていたが、十秒、二十秒と経過しても真司の【解析】は終わらなかった。
涼しげな表情だった真司の顔が険しいものになり、皆の顔にも不安の色が浮かぶ。特に皐月などは、両手を胸の前で組んで祈るようにしていた。
そうして数十秒が経過したころ、真司はようやく空也の胸から手を離した。その顔にははっきりと疲労の色が浮かんでいる。
「これは……いえ、まずは結論から申し上げますと、空也君には確かに呪術がかけられていました」
何か別のことを言いかけた真司の報告で、皆が胸を撫で下ろした。
「結構時間がかかったな。そんなにうまく隠されていたのか?」
「はい」
真司は深く頷いた。
「呪術だという先入観がなければ、もっと時間がかかっていたでしょう。もしかしたら見つけられなかったかもしれませんし、プロテクトも固いので、私の力量ではとても解除できません」
「そうなのか」
相槌を打った大河だけでなく、皆が一様に驚きを浮かべている。
もちろん驚いているのは空也も一緒だ。ミサが比較的あっさりと見つけた上に部分解除までやっていたので、そこまで大したものだと認識していなかったが、それは単純にミサがすごかっただけのようだ。
賞賛の目をミサに向ければ、彼女も空也を見ていたのか、仮面の中の瞳と一瞬だけ視線が交差した。
「狭間君。ご苦労様」
大河の声に視線を移せば、真司が佐々木とともに扉の前に立っていた。
「狭間さん、ありがとうございました」
空也は他の皆とともに頭を下げた。
それに深く返礼をしてから、真司は佐々木に連れられて当主室を出ていった。
「国防軍の人でもあんなに苦戦するなんて……光の女王の名は伊達じゃないですね」
という皐月の賛辞を皮切りに軽い雑談に興じていると、やがて佐々木が戻ってきた。
「さて」
大河の一声で、緩くなっていた雰囲気が引きしまる。さすがのカリスマ性だ。
「これで証拠は揃った。明日一番に瀬川家を王宮に告発する」
大河の宣言に、異を唱えた者はいなかった。
◇ ◇ ◇
「すまなかったな、空也君」
解散したときに大河に呼び止められていた空也は、開口一番の謝罪に目を瞬かせた。
「えっと……それはどういう意味でしょうか?」
「瀬川家への対応をこちらで勝手に決めてしまったことだ。君が一番の被害者だったのに、すまなかった」
「いえ。そこは全く気にしていませんよ」
空也は大きく首を振った。
「呪術は国家問題です。その裁きに私情を混ぜてしまえば秩序が乱れますし、彼らは国によって裁かれるべきだと思います」
「私情を混ぜれば秩序が乱れる……か。全く同じセリフを言った方がいるぞ」
「どなたなのですか?」
大河がわざわざ「方」と形容したことに違和感を覚えた空也は、彼の返答に衝撃を受けることになった。
「イース王国第二王女、夜桜玲良様。今回の裁判を担当してくださることになるであろうお方だ」
◇ ◇ ◇
「九条家は張本人の瀬川空也、当主の大河、娘の皐月、【光の女王】、護衛隊長の野中優作と他数名の護衛、そして私というメンバーで裁判に出廷いたします。執事長の佐々木、護衛隊副隊長兼メイドの早坂沙希などは屋敷に残るようです」
「そうか」
吉田の報告に、その前に座る男は渋い表情を浮かべた。
「光の女王に九条家専属の護衛隊長……ちと厄介だな」
「隊長以下も精鋭を揃えています。呪術を使用した者たちが相手ですので相当警戒しているのでしょう。いかがなさいますか?」
「まあ多少は警戒すべきだが、やることは変わらない。お前はただ九条家の一員としてそこにいれば良い」
「……それだけでよろしいのですか? このままでは九条家の派閥が強大になりすぎる恐れがありますが……」
「何、心配はいらぬ。すでに手は打ってある」
「……わかりました」
吉田は素直に引き下がった。食い下がったところで教えてくれる相手ではないし、そもそも吉田が食い下がって良い相手でもないのだから。
「ただ、少し保険はかけておくべきかとしれぬな」
「と、おっしゃいますと?」
「留守が手薄なところを狙い、九条美穂と佐々木、早坂沙希を殺す」
「……それは、あまりにも危険ではありませぬか?」
吉田は思わず諌めるような口調になっていた。自分たちの最優先事項は正体を暴かれないことのはずだ。
しかし、男は余裕の笑みを浮かべた。
「案ずるな。我々に疑いの目が向くことはないように策は施す。それに我々はすでに、多少のリスクを冒してでも将来の脅威は排除するべき段階に足を踏み入れている」
「ということは……⁉」
「ああ」
男が得意げに言った。
「もうじき、我々の勢力が魔大陸を統一するぞ」
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カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
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王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
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