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第一章
第五話 九条家 —前編—
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——九条家の一室。
一日の絶対安静を命じられた沙希は、大人しく布団の上で横になっていた。
精神的にも疲労が溜まっているはずだが、沙希の頭は変に冴えていた。そうなれば必然的に、思考は自分の身に起きた不可解な現象へと傾いていく。
なぜ今回はループしたのか。そもそも、このループ現象は何なのか。
七年前といい今回といい、沙希が死んだ直後にこの現象は起きている。生き返れたことは喜ぶべきなのだろうが、自分の意思ではない不可解な現象に、沙希の中では恐怖心も芽生えていた。
もしかしたら、自分の自覚していないユニーク魔法なのかもしれない――。
思考の溝にはまった沙希は、空也が目覚めたという報告を聞くまで考え事に没頭していた。
◇ ◇ ◇
目を覚ましたとき、空也はふかふかのベッドに横になっていた。
(ここは……ん?)
寝起きの回らない頭で現在の状況を把握しようとしていた空也は、自身のそばに人の気配を感じて振り向いた。
「お目覚めになりましたか?」
すると、空也が気づくのを待っていたかのようなタイミングで、その人物が声をかけてくる。
空也が寝ているベッドのそばで椅子に座っていたのは、空也と同じか少し幼いくらいの少女だった。
背中まで伸ばしたサラサラの黒髪、白く綺麗な肌。驚くほどにすべてのバランスが整った美少女だ。
空也はその少女に見覚えがあった。たしか――、
「九条皐月と申します。私のこと、覚えていらっしゃいますか?」
不安の色を浮かべながら、皐月が問うてくる。
「はい……【ファング・ハント】に襲われたときの方ですよね?」
「ええ。覚えていらっしゃって良かった」
皐月はホッとしたような笑顔を見せ、頭を下げた。
「その節は助けていただきありがとうございました。貴方は私の、いえ、私たちの命の恩人です」
その洗練された所作からは、彼女の育ちの良さが窺える。
さすがは九条家、と思いながら、空也は首を振った。
「とんでもないです。こちらも無礼を働きましたし……どうやら助けられたのは僕も同じようですから」
今の自分の状態を見れば、皐月――もしくは彼女の周囲もかもしれないが――が何らかの治療を施してくれたというのはわかる。
だからお礼はいらない、と言外に遠慮したが、皐月は存外強情だった。
「いえ、命の恩人を助けるのは至極当然なことです。貴方がいなければ、今私はこうしてお話しすることもできなかったでしょうから」
熱のこもった口調とそれに見合う真剣な目でそう言われては、空也にもこれ以上謙遜することはできなかった。
結局、空也は皐月に一礼を返すにとどめた、
「……ところで、現在の僕の置かれている状況について教えていただきたいのですが、よろしいですか?」
「もちろんです」
空也の質問を予想していたのか、皐月は急な話題転換にもしっかりとついてきた。
「ここは、九条家の屋敷内にある病室です――」
皐月の話は簡潔にまとめられていた。
【氷結世界】で力を使い果たした空也は魔力枯渇症—— 魔力が枯渇することで生じる症状で、魔力は生命活動の源にもなっているため、それが枯渇すると体の様々なところに不調を引き起こしてしまう——になってしまった。
そんな空也と疲労困憊になっていた沙希を九条家の増援部隊が回収し、各々治療を受けて現在に至る。
皐月の話を要約するとこんなものだ。
「沙希さんの容態はどうですか?」
「問題ありません」
皐月は笑みを浮かべた。
「数か所浅くない傷はありましたが、後遺症や傷跡が残るようなものもありません。身体的にはすべて治っていて、今は自室で休ませていますが――」
皐月が不意に言葉を途切れさせた。空也が話を遮ったわけではなく、ノック音が聞こえたからだ。
「はい」
「沙希です。入ってもよろしいですか?」
「……どうぞ」
皐月は驚きの表情を浮かべたが、そこはさすがは名家のご息女というべきか、すぐに立ち直って返事をした——そこには決して少なくない呆れの成分が含まれていたが。
「失礼します」
扉が開き、黄色髪の少女が姿を見せる。
その姿に、空也は驚きを禁じ得なかった。正確には沙希の服装に対して、だ。
彼女は、二人が最初に出会ったときのような騎士服ではなく、いわゆるメイド服のようなものを着ていた。共通点は首から下げているペンダントくらいだ。
騎士の格好のときは毅然とした印象を受けたが、メイド服だとそれががらりと変わって年相応の可愛らしいものになる——表情はほとんどないため、どちらかといえばお人形さんのような印象だが。
と、知り合って間もない少女の変貌に空也が気を取られているうちに、主従は会話を始めていた。
「沙希。今日は大人しく寝ているように言われていたでしょう? たとえ傷は治っても、精神まで治療できるわけじゃないのだから」
「はい。ですが皐月様、命の恩人が目覚めたと聞きましたので、お礼をと」
「重傷者はその限りではないと思うのだけど……」
「治療していただきましたから」
「……はあ、わかったわ」
折れたのは皐月のほうだった。
「申し訳ありません」
屁理屈だという自覚はあるのか、沙希は殊更丁寧に皐月に頭を下げてから、空也の元へ歩いてきた。
空也のそばまで来て足を止めると、彼女はいきなり深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「……えっ?」
ここまで丁寧な対応をされると思っていなかった空也は、思わず間抜けな声を洩らした。
そんな空也に気づいているのかいないのか、沙希は顔を上げると淀みない口調で続ける。
「この度は我が主君と我々一同の命を救ってくださったこと、心よりお礼申し上げます。瀬川様がいなければ、我々は皆帰らぬ人となっていたでしょう。本当に感謝いたします」
声は相変わらず無機質だが、空也はしっかりと沙希の気持ちを感じ取っていた。
沙希からすれば、この態度は当然のものだったのかもしれない。何せ、空也は彼女自身のみならず、彼女が仕えている主君の命の恩人でもあるし、仕えている家の大切な客人なのだ。
空也も沙希の立場は理解していた。
しかし、お互いに名字を知らなかったから仕方なかったとはいえ、一時は名前で呼び合っていた相手からこうも丁寧に対応されるむず痒さには、耐えることができなかった。
「助けたことに関してはお互い様だよ。僕も沙希さんがいなければやられていただろうしね。それより、瀬川様っていうのはやめてくれないかな。最初みたいに空也で良いよ」
「しかし――」
「良いのではないかしら」
あくまで使用人の立場に徹しようとする沙希の言葉を遮ったのは、皐月だった。
「確かに瀬川様には礼を尽くすべきだけど、同時に快適に過ごしていただかなければならないのだから、無理に呼び方を改める必要はないと思うわ」
「皐月様……」
ウインクでも飛び出しそうな悪戯っ子の笑みを浮かべる主を見てから、沙希はコクリと頷いた。
「……今回はありがとう、空也」
「うん。これからもよろしく、沙希さん」
皐月の言葉は詭弁すれすれだった。にも関わらず、沙希がすぐに自分の態度を改めたというのは結局のところ、彼女も空也を「瀬川様」と呼ぶことには抵抗があったのだろう。
出会って数時間の空也にはわからなかったが、皐月は沙希の表情がかすかに緩んでいることに気がつき、自身もそっと笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
「そうか、目を覚ましたか」
「はい、お父様」
どこか安心した様子の父、九条大河に、皐月は頷いてみせた。
「それでお父様。例の件は……?」
皐月は恐る恐る尋ねた。
空也の素性を調べる過程で、彼が「パーティメンバーへの略奪愛を試みて失敗し、自主的にそのパーティを抜けた」という噂が九条家の元に入ってきた。
皐月はその噂がどうしても信じられなかったので、父である大河にその真偽を調べてもらっていたのだ。
「ああ。事実無根だったよ。裏もとれた」
「本当ですか⁉︎ よかった……」
皐月は心底安堵の息を吐いた。
そして同時に思う。なぜそんな噂が流れたのか、と。
「事情はわからない以上、変に踏み込むなよ。世界にも数名しか使い手がいないと言われている奥義、そしてこれまた高度な技術を求められる異なる魔法の同時発動を習得している彼が、ただの少年であるはずがない」
「わかっています」
皐月は大河の忠告にしっかりと頷いた。
父の言う通り、空也はおそらく色々と訳ありな人物だ。そこは慎重に対応していく必要があるだろう。
「それで、沙希の話にあったローブの男やファング・ハント、その前にお前たちを襲った賊については何か知っていたか?」
「いえ。どちらも心当たりはないようでした」
魔物——ファング・ハントの群れに襲われる前、皐月たちは所属不明の一味に襲われた。
そのせいで魔物が大量発生するキース森に入り込んでしまったのだが、少なくとも皐月には、空也がその正体を知っているようには思えなかった。
「そうか」
「はい。それに、もし彼とあの賊が関係あったなら、命の危険を冒してまで私たちを助けようとはしなかったでしょう。沙希の話では、本当にギリギリの戦いだったようですから」
「……そうだな」
大河がふっと優しい笑顔を浮かべた。
「彼の回復具合を見計らって、夕食会でも開こうか」
「はいっ」
大河が空也を好意的に捉えていることを感じ取り、皐月は嬉しくなった。彼女の顔が自然と綻ぶ。
その身内にしかみせない笑みを浮かべる娘を見て、大河も自然と微笑んだ。
しかし、当主とその娘が好意的だからと言って、九条家に関わる者全員が空也のことを快く思っているわけではなかった。
「まさかファング・ハントを連れたアイツがやられるとはな」
「全くもって驚きです」
九条家から少し離れた大衆向けの飲食店で、その二人は向かい合っていた。
「奥義も使ったそうですし、相当な手練れでしょうな」
「九条家がそいつ、瀬川空也を取り込むとなると、ちと面倒だな」
声から、どちらも男であることがわかる。一人は大人の男の平均よりは高めの声、もう一人はしゃがれた歳を感じさせる声だ。
「いかがいたしましょうか?」
「そうだな……」
言葉遣いからして、二人の間には上下関係が存在することが見てとれた。腰が低いのはしゃがれた男のほうだ。
「まずは怪しまれないのを最優先に、瀬川空也が自主的に九条家を出ていくように仕向けろ。最悪失敗しても構わん」
「承知しました。そういうことでしたら一つ、使えそうなネタがあります」
「ほう、そいつは頼もしいな。期待しているぞ——九条家の副執事長」
「ええ、お任せを」
二人の男は、同時に悪どい笑みを浮かべた。
一日の絶対安静を命じられた沙希は、大人しく布団の上で横になっていた。
精神的にも疲労が溜まっているはずだが、沙希の頭は変に冴えていた。そうなれば必然的に、思考は自分の身に起きた不可解な現象へと傾いていく。
なぜ今回はループしたのか。そもそも、このループ現象は何なのか。
七年前といい今回といい、沙希が死んだ直後にこの現象は起きている。生き返れたことは喜ぶべきなのだろうが、自分の意思ではない不可解な現象に、沙希の中では恐怖心も芽生えていた。
もしかしたら、自分の自覚していないユニーク魔法なのかもしれない――。
思考の溝にはまった沙希は、空也が目覚めたという報告を聞くまで考え事に没頭していた。
◇ ◇ ◇
目を覚ましたとき、空也はふかふかのベッドに横になっていた。
(ここは……ん?)
寝起きの回らない頭で現在の状況を把握しようとしていた空也は、自身のそばに人の気配を感じて振り向いた。
「お目覚めになりましたか?」
すると、空也が気づくのを待っていたかのようなタイミングで、その人物が声をかけてくる。
空也が寝ているベッドのそばで椅子に座っていたのは、空也と同じか少し幼いくらいの少女だった。
背中まで伸ばしたサラサラの黒髪、白く綺麗な肌。驚くほどにすべてのバランスが整った美少女だ。
空也はその少女に見覚えがあった。たしか――、
「九条皐月と申します。私のこと、覚えていらっしゃいますか?」
不安の色を浮かべながら、皐月が問うてくる。
「はい……【ファング・ハント】に襲われたときの方ですよね?」
「ええ。覚えていらっしゃって良かった」
皐月はホッとしたような笑顔を見せ、頭を下げた。
「その節は助けていただきありがとうございました。貴方は私の、いえ、私たちの命の恩人です」
その洗練された所作からは、彼女の育ちの良さが窺える。
さすがは九条家、と思いながら、空也は首を振った。
「とんでもないです。こちらも無礼を働きましたし……どうやら助けられたのは僕も同じようですから」
今の自分の状態を見れば、皐月――もしくは彼女の周囲もかもしれないが――が何らかの治療を施してくれたというのはわかる。
だからお礼はいらない、と言外に遠慮したが、皐月は存外強情だった。
「いえ、命の恩人を助けるのは至極当然なことです。貴方がいなければ、今私はこうしてお話しすることもできなかったでしょうから」
熱のこもった口調とそれに見合う真剣な目でそう言われては、空也にもこれ以上謙遜することはできなかった。
結局、空也は皐月に一礼を返すにとどめた、
「……ところで、現在の僕の置かれている状況について教えていただきたいのですが、よろしいですか?」
「もちろんです」
空也の質問を予想していたのか、皐月は急な話題転換にもしっかりとついてきた。
「ここは、九条家の屋敷内にある病室です――」
皐月の話は簡潔にまとめられていた。
【氷結世界】で力を使い果たした空也は魔力枯渇症—— 魔力が枯渇することで生じる症状で、魔力は生命活動の源にもなっているため、それが枯渇すると体の様々なところに不調を引き起こしてしまう——になってしまった。
そんな空也と疲労困憊になっていた沙希を九条家の増援部隊が回収し、各々治療を受けて現在に至る。
皐月の話を要約するとこんなものだ。
「沙希さんの容態はどうですか?」
「問題ありません」
皐月は笑みを浮かべた。
「数か所浅くない傷はありましたが、後遺症や傷跡が残るようなものもありません。身体的にはすべて治っていて、今は自室で休ませていますが――」
皐月が不意に言葉を途切れさせた。空也が話を遮ったわけではなく、ノック音が聞こえたからだ。
「はい」
「沙希です。入ってもよろしいですか?」
「……どうぞ」
皐月は驚きの表情を浮かべたが、そこはさすがは名家のご息女というべきか、すぐに立ち直って返事をした——そこには決して少なくない呆れの成分が含まれていたが。
「失礼します」
扉が開き、黄色髪の少女が姿を見せる。
その姿に、空也は驚きを禁じ得なかった。正確には沙希の服装に対して、だ。
彼女は、二人が最初に出会ったときのような騎士服ではなく、いわゆるメイド服のようなものを着ていた。共通点は首から下げているペンダントくらいだ。
騎士の格好のときは毅然とした印象を受けたが、メイド服だとそれががらりと変わって年相応の可愛らしいものになる——表情はほとんどないため、どちらかといえばお人形さんのような印象だが。
と、知り合って間もない少女の変貌に空也が気を取られているうちに、主従は会話を始めていた。
「沙希。今日は大人しく寝ているように言われていたでしょう? たとえ傷は治っても、精神まで治療できるわけじゃないのだから」
「はい。ですが皐月様、命の恩人が目覚めたと聞きましたので、お礼をと」
「重傷者はその限りではないと思うのだけど……」
「治療していただきましたから」
「……はあ、わかったわ」
折れたのは皐月のほうだった。
「申し訳ありません」
屁理屈だという自覚はあるのか、沙希は殊更丁寧に皐月に頭を下げてから、空也の元へ歩いてきた。
空也のそばまで来て足を止めると、彼女はいきなり深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「……えっ?」
ここまで丁寧な対応をされると思っていなかった空也は、思わず間抜けな声を洩らした。
そんな空也に気づいているのかいないのか、沙希は顔を上げると淀みない口調で続ける。
「この度は我が主君と我々一同の命を救ってくださったこと、心よりお礼申し上げます。瀬川様がいなければ、我々は皆帰らぬ人となっていたでしょう。本当に感謝いたします」
声は相変わらず無機質だが、空也はしっかりと沙希の気持ちを感じ取っていた。
沙希からすれば、この態度は当然のものだったのかもしれない。何せ、空也は彼女自身のみならず、彼女が仕えている主君の命の恩人でもあるし、仕えている家の大切な客人なのだ。
空也も沙希の立場は理解していた。
しかし、お互いに名字を知らなかったから仕方なかったとはいえ、一時は名前で呼び合っていた相手からこうも丁寧に対応されるむず痒さには、耐えることができなかった。
「助けたことに関してはお互い様だよ。僕も沙希さんがいなければやられていただろうしね。それより、瀬川様っていうのはやめてくれないかな。最初みたいに空也で良いよ」
「しかし――」
「良いのではないかしら」
あくまで使用人の立場に徹しようとする沙希の言葉を遮ったのは、皐月だった。
「確かに瀬川様には礼を尽くすべきだけど、同時に快適に過ごしていただかなければならないのだから、無理に呼び方を改める必要はないと思うわ」
「皐月様……」
ウインクでも飛び出しそうな悪戯っ子の笑みを浮かべる主を見てから、沙希はコクリと頷いた。
「……今回はありがとう、空也」
「うん。これからもよろしく、沙希さん」
皐月の言葉は詭弁すれすれだった。にも関わらず、沙希がすぐに自分の態度を改めたというのは結局のところ、彼女も空也を「瀬川様」と呼ぶことには抵抗があったのだろう。
出会って数時間の空也にはわからなかったが、皐月は沙希の表情がかすかに緩んでいることに気がつき、自身もそっと笑みを浮かべていた。
◇ ◇ ◇
「そうか、目を覚ましたか」
「はい、お父様」
どこか安心した様子の父、九条大河に、皐月は頷いてみせた。
「それでお父様。例の件は……?」
皐月は恐る恐る尋ねた。
空也の素性を調べる過程で、彼が「パーティメンバーへの略奪愛を試みて失敗し、自主的にそのパーティを抜けた」という噂が九条家の元に入ってきた。
皐月はその噂がどうしても信じられなかったので、父である大河にその真偽を調べてもらっていたのだ。
「ああ。事実無根だったよ。裏もとれた」
「本当ですか⁉︎ よかった……」
皐月は心底安堵の息を吐いた。
そして同時に思う。なぜそんな噂が流れたのか、と。
「事情はわからない以上、変に踏み込むなよ。世界にも数名しか使い手がいないと言われている奥義、そしてこれまた高度な技術を求められる異なる魔法の同時発動を習得している彼が、ただの少年であるはずがない」
「わかっています」
皐月は大河の忠告にしっかりと頷いた。
父の言う通り、空也はおそらく色々と訳ありな人物だ。そこは慎重に対応していく必要があるだろう。
「それで、沙希の話にあったローブの男やファング・ハント、その前にお前たちを襲った賊については何か知っていたか?」
「いえ。どちらも心当たりはないようでした」
魔物——ファング・ハントの群れに襲われる前、皐月たちは所属不明の一味に襲われた。
そのせいで魔物が大量発生するキース森に入り込んでしまったのだが、少なくとも皐月には、空也がその正体を知っているようには思えなかった。
「そうか」
「はい。それに、もし彼とあの賊が関係あったなら、命の危険を冒してまで私たちを助けようとはしなかったでしょう。沙希の話では、本当にギリギリの戦いだったようですから」
「……そうだな」
大河がふっと優しい笑顔を浮かべた。
「彼の回復具合を見計らって、夕食会でも開こうか」
「はいっ」
大河が空也を好意的に捉えていることを感じ取り、皐月は嬉しくなった。彼女の顔が自然と綻ぶ。
その身内にしかみせない笑みを浮かべる娘を見て、大河も自然と微笑んだ。
しかし、当主とその娘が好意的だからと言って、九条家に関わる者全員が空也のことを快く思っているわけではなかった。
「まさかファング・ハントを連れたアイツがやられるとはな」
「全くもって驚きです」
九条家から少し離れた大衆向けの飲食店で、その二人は向かい合っていた。
「奥義も使ったそうですし、相当な手練れでしょうな」
「九条家がそいつ、瀬川空也を取り込むとなると、ちと面倒だな」
声から、どちらも男であることがわかる。一人は大人の男の平均よりは高めの声、もう一人はしゃがれた歳を感じさせる声だ。
「いかがいたしましょうか?」
「そうだな……」
言葉遣いからして、二人の間には上下関係が存在することが見てとれた。腰が低いのはしゃがれた男のほうだ。
「まずは怪しまれないのを最優先に、瀬川空也が自主的に九条家を出ていくように仕向けろ。最悪失敗しても構わん」
「承知しました。そういうことでしたら一つ、使えそうなネタがあります」
「ほう、そいつは頼もしいな。期待しているぞ——九条家の副執事長」
「ええ、お任せを」
二人の男は、同時に悪どい笑みを浮かべた。
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