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間話 軍での日常

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「こんばんはー」

 挨拶をしながら軍の本部に入る。
 夕飯を食べた後に本部に向かうのが私の常だが、そうすると、正規隊員の中では大抵は四番目になる。
 前の三人は、アンドリュー、ウィリアム、グレイスだ。
 他にも少年少女達が掃除をしたりしているが、その子達は全員実戦には参加しない見習いの子達だ。

 ラウンジのようなくつろげる場所に向かうと、すでにいつもの面子が集まっていた。
 いつもはそこでグレイスと雑談をしてから修練場に向かうが、今日はもう一人、先客がいた。

「あれ、ベン先輩?」
「やあ」

 私より三つ年上の正規隊員、ベンジャミンだ。

「珍しいですね。こんなに早く来るなんて」
「うん。これからはこのくらいに来て、修行でもしようと思っているんだ」
「リリー。お前に触発されたようだぞ」
「私に?」

 グレイスの言葉でベンジャミンを見ると、彼は頬を掻いた。

「まあ、リリーに勝てるとは思っていないけど、刺激になっているのは確かだね」

 ライバル心……的なものか。驚いたな。

「先輩、って意外と熱い人なんですね」
「まあ、人並みには?」

 それから数言交わして、私はベンジャミンと一緒に修練場に向かった。
 とは言っても、今はお互い一人でやるべき課題を抱えているため、一緒にやる訳ではないが。

 軍に入って二年。私の今の専らの課題は、情報媒体なしで発動させた時の《聖域》の強度と持久力だ。
 ずっと《聖域》だけに意識を集中させていれば問題はないが、霊との戦闘ではそうはいかない。
 常に周囲を警戒し続ける必要があるため、技は無意識レベルで発動出来なければ、習得したとは言えないのだ。

「ふう……」

 集中力が切れかかっているのを感じて、一度休憩を取る。
 この後は実際に除霊作業を行うため、そこまで疲弊する訳にもいかないし。

 ふと隣を見れば、同じく休憩していたであろうベンジャミンと目が合った。

「お疲れ様です。先輩も休憩ですか?」
「ああ、うん。ちょっと集中出来なくて」
「私もです」
「やっぱり情報媒体なしは難しい?」
「はい。なかなか神経をすり減らされます。先輩は今、何を?」
「《霊撃破》の濃度を高めようとしているんだけど、なかなか上手くいかなくて」
「なるほど」

 ベンジャミンは器用貧乏な節がある。
 まあ、《霊撃破》を使える、というだけでも軍の中では割と希少なのだが。

「なら、一緒に修行しませんか?」
「え、一緒に?」
「はい。お互いの技を見て、アドバイスをするんです」
「それは……俺にとっては有難いけど、リリーの助けにはなれないと思うよ。俺にはそもそも情報媒体なしでの発動自体が出来ないし」
「いいえ。逆のそういう人からの意見が突破口になったりする事もあると思います」
「そうかな……」
「はい。なので、お願い出来ますか?」

 少し迷ったようだが、最終的にベンジャミンは頷いてくれた。

「分かった。宜しく」
「宜しくです」



 それから私達は、お互いに技を見せ、アドバイスを出し合った。
 お互いに劇的に改善するまでには至らなかったが、それでもいつどのタイミングで力んでいるか、など、自分では分かりづらいところが把握出来て、間違いなく前進はした。

「有難うございました! おかげさまで何か掴めた感覚です」
「こちらこそ有難う。凄く参考になったよ」

 隣で腰を下していたベンジャミンが、何かに気付いたように立ち上がる。

「俺、飲み物取りに行くけど、何かいる?」
「ああ、いえ。先輩にやらせる訳にはいきません。私が行きますよ」

 私は立ち上がろうとしたが、ベンジャミンに肩を抑えられる。

「駄目。先輩命令だよ。何が飲みたい?」

 ……意外と強引だな、この人。

「じゃあ、すみません。シードルを」

 アクエリアスなどのスポーツ飲料やジュースはこの世界にはなく、一般的には水やエール――日本で言うビールのようなもの――やリンゴ酒、ワインなどのお酒が普段から飲まれている。

「オッケー。待ってて」

 ベンジャミンが足早に去って行ったが、すぐに戻ってきた。

「お待たせー」

 二つのコップを持っている。彼はワインを飲むようだ。
 ワインを飲むベンジャミンの横顔を見る。

 一緒に修行をしてみて、彼は思っていたほど大人しい人間ではない事が分かった。
 外見はあまりパッとしないが、その瞳には強い意志と情熱が感じられたのだ。
 隠れ最強な主人公にいそうなキャラだ。ちょっと格好良いかも。

 いずれにせよ、もう少し彼とコミニュケーションを取ってみたいものだ。
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