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第二十九話 尋問
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「あ、あの、本当にごめん!」
「だから謝らないで下さい。私は感謝しか感じていませんから」
平謝りを繰り返すベンジャミンを必死に宥める。
どうやら私を抱き締めたのは無意識だったようで、しばらくして脳の処理が追いついた彼は、慌てて私から離れたと思ったら謝罪を始めたのだ。
「本当に?」
「本当です。安心したし、心配してくれていたんだ、って分かって嬉しかったです」
私が真心を込めて話しているのが伝わったのか、ベンジャミンはようやく顔を上げた。
「……って、腕怪我してるじゃん!」
「ええ、まあ」
「貸して」
ベンジャミンが指輪を付け替え、その手で私の左腕の傷に触れる。
指輪が発光し、傷口が塞がっていった。
「有難うございます」
私は頭を下げた。
この人は器用だ。攻撃、防御、回復。全て平均以上に出来る。
私は、回復に関してはからっきしで、せいぜい流血を止めるまでしか出来ないが。
「ううん。早めに診てもらった方が良いよ」
「そうします」
どっちにしろ、私の《衝断波》に巻き込まれた人の救出などもあるし、早めに本部に戻るべきだ。
ただ、その前に私にはやるべき事があった。
私は立ち上がり、アレクサンダーの元へ向かった。
「リリー? 連れて帰るのは大変だし危険だよ」
「連れて帰る訳じゃありません」
私はアレクサンダーの身体を担ぎ上げると、ガブリエルの隣まで運び、降ろした。
「リリー、何をする気?」
「軍の隊員として、ちょっとした確認作業を。先輩は周囲を警戒していてください」
「あ、ああ。分かった」
ベンジャミンが首肯したのを見て、私は二人に近付いた。
その身体を揺らす。
「ほら、起きて下さい」
二人はほぼ同時に目を覚ました。
「ひっ⁉」
アレクサンダーが悲鳴を上げ、ガブリエルが目を見開いた。
「無駄な抵抗はお互いのためにならないので、やめて頂けると助かります」
ベンジャミンを見ながら言えば、二人は頷いた。
「有難うございます。じゃあまず」
私は口調を改めた。
「あんたらは《解放軍》のメンバー、で間違いないな?」
「ああ」
「イーサンも?」
「あいつは違う。まあ、いずれはハリーによって引き入れられるかもしれんがな」
「では、アレクは本当にイーサンとハリーと《解放軍》を見たんだな?」
「は、はい」
「あんたらは私達が来る事を見越していたのか?」
「ミネスかは知らんが、どこかしらが《解放軍》目当てでやってくるとは思っていたよ」
「リンカーンを餌におびき寄せたんじゃなくて?」
「そんな自殺行為をするか」
「ふむ」
今回の戦力と装備を考えれば、自殺行為と呼べるか微妙なところだが。
まあ、用心深かったにせよトラップを仕掛けていたにせよ、こちらがそれにまんまと欺かれたのは事実だ。
「カイルの件も、自作自演?」
「ああ」
なんて事だ。完全に掌で踊らされていたみたいだ。
「随分ちゃんと答えてくれるじゃん」
「どうせカイルは本当に捕まっているんだし、隠す必要もねえからな」
「なるほどね。じゃあ、ギーザの軍には、あと何人仲間がいる?」
「済まねえが、そいつは言えない」
「へえ」
やっぱりこの質問は攻めすぎたか。
だが、手はある。
「ねえ、アレク」
私は目線をアレクに向けた。
「い、言えません」
「何をそんなに怯えているの? 私は別に君を殺そうとは思っていないよ。ただ、一つ忠告はしておく。今君が正直に話してくれないなら、君はもう二度と弟君の声は聞けないだろうね」
「なっ⁉」
「落ち着け、アレク。こいつにそんな事は出来ん」
ガブリエルが必死にアレクに訴えかけるが、その彼自身も動揺しているのは手に取るように分かった。
「どうかな? 私は今まであんたらの仲間を何人も殺している。今回も、何人が助かるだろうね?」
私は地割れの起きた個所を見た。
「……何が言いたい?」
「私があんたらの仲間を殺すのは、そいつらが《解放軍》だからだ。つまり、未来の《解放軍》候補生であるイーサンも、私にとっては殺しの対象だ」
「そんな……! あいつはまだ何もやっていないじゃないか!」
「だから?」
私はアレクサンダーの訴えを鼻で笑った。
「はっ?」
「あんたは私に何を求めているの? 別に私は聖人でも何でもないんだけど」
アレクサンダーは固まった。
「だが……お前は、無実の、ただ毎日を楽しんでいるだけの、しかもお前に懐いている子供を殺すというのか?」
ガブリエルが声を震わせて聞いてきた。
「だからそう言っているじゃん。私の最優先事項は自分と軍の利益。そのためなら将来の脅威は今から排除しておくべきでしょ。一人の少女に十人で襲撃してくるようなあんたらなら分かってくれると思ったんだけど。まあ、後は単純に、あんたら自分が死ぬよりも自分達のせいでイーサンが死んだほうが嫌でしょ?」
「悪魔め……っ!」
アレクサンダーは放心状態で空を見上げ、ガブリエルはこちらを凄い形相で睨んできた。
「あんたに言われる筋合いはないよ」
私はその視線を正面から受け止めた。
睨み合いが続く。
先に逸らしたのはガブリエルだった。
「……分かった。言おう。ただし、イーサンには絶対に手を出すな」
「あんたらが嘘言わなきゃね」
「とは言っても、まだバレていないのは二、三人だろうがな。なあ?」
ガブリエルは何故かベンジャミンを見ながら言った。
「えっ、どういう事ですか?」
「後で話すよ。今はそいつの話を聞こう」
「分かりました」
ガブリエルが上げた名前は、二桁に上った。
その中にオリビアやマーカスの名もあったのはショックだが、同時に納得もした。
「結構いるじゃん……まあ、いいや。それより一つ確認したいんだけど」
「何を?」
「何であんたらは今仲間を売った?」
「何で? ふざけているのか?」
「ふざけてない。真面目に答えて」
「……そんなの、お前がイーサンを使って姑息な交渉をしたからだろうが」
「つまりあんたらにとっては、組織の一員としての覚悟は一人の少年の命で捨ててしまうほどのものだった、って事か」
「何が言いたい!」
「あんたら、《解放軍》に全面的に賛同してないでしょ」
「なっ⁉」
二人が目を見開くが、彼らの行動は矛盾している。
逆に勘付かない方がおかしいだろう。
「『魂の自由』ってのは、つまりありのまま、感じたままに生きろ、という事でしょ?」
「あ、ああ」
「じゃあ聞くけど、何をどう考えたら殺人衝動しかない霊がその崇拝対象になるの?」
「それは……」
ガブリエルが目を逸らした。
「そもそも、人間の持ちうる感情や理性を引き継いでいるかも分からない霊が、どうして『魂の自由』の定義内に入ってくるの?」
二人の目は逸らされたままだ。
私は最後の質問をする事にした。
「貴方達は何故、《解放軍》として活動しているの?」
長考の末、ガブリエルが私の目を見てはっきりと告げる。
「俺だって《解放軍》の全てに同意している訳じゃない。ただ、あの組織の人達がいなければ、俺は今こうして生きてはいないだろう。ハリーもな。だから、世話になった人たちに迷惑は掛けたくない……仲間を売ったばっかの湿った舌で言うのもなんだがな」
似ている、と思った。
私が殺した《解放軍》の元隊員、ベラ・フローレスに。
あの時はその忠誠心に恐怖を覚え、殺しておいて良かった、とさえ思った。
でも、同時に考えた事があった。どうやったら、彼女のような人を殺さずに済むだろうか、と。
「じゃあさ。そのあんたらを助けた人達は、全面的に《解放軍》の思想に同意している訳?」
「それは……分からん。だが、あの人達は上の方針や命令に疑問を呈した事はなかった」
「それは当然じゃないの? あんたらだって公の場で命令に文句は言わないでしょ」
「何が言いたい?」
「つまり、そのあんたらの世話になった人達も、心の底では《解放軍》に賛同していない可能背だってあるんじゃない?」
「それは……」
「だって、考えてみなよ。人を殺す事しかしない霊を排除するのが霊能者。その霊能者を殺す事に正気な精神で賛同する人が、この世に何人いると思う? そんな考え、狂信者や盲信者しか受け入れないと思うんだけど。実際、あんたらだってそうな訳だし」
「けど……そんな事言ったって、全員で抜けるなんてとても無理だ」
「別に抜ける必要はないんじゃない?」
「何?」
「協力者を集めて、中から変えていったら良いじゃない」
「……!」
ガブリエルははっと表情を変えた。その手があったか、という顔だ。
だが、アレクサンダーは違った。
「でも、そんな事したら裏切り者って言われて、殺されちゃうかも――」
「馬鹿野郎!」
ガブリエルがアレクサンダーの顔を殴った。
「お前、俺らが今までしてきた事が分かってんのか? 俺らが低リスクなやり方なんて望んで良いわけねえだろ」
あんたが言うか、という言葉は喉元で止めた。
今までの態度を見るに、ガブリエルも相反する理性と感情に悩んでいたのかもしれない。
アレクサンダーはこちらに目を向け、
「身の程をわきまえず、すみません」
と、身体を震わせながら謝ってきた。
私、そんなに怖い顔したかな。
それからも少し問答を繰り返した後、自力で歩けるという二人を連れて、私達はギーザ軍の本部へ戻った。
が、そこには既にマーカス達はいなかった。状況を察して逃げたのだろう。
私は《解放軍》との戦闘について簡単に報告し、すぐさまギーザ軍から調査隊が派遣された。
調査の結果、私の証言は正しいと結論付けられた。
最初に私を襲ってきた八人は全員軍の隊員だったらしく、仲間が《解放軍》だったと認めたくない様子の者達も一定数は存在したが、彼らの服装や数々の霊能具などの証拠を前に、面と向かって反論してくる者はいなかった。
複数人の隊員が《解放軍》を目撃していたいう事実も影響しているだろう。
また、あの八人の中で、唯一あの禿げ男のみがかろうじて息をしていた。
今は治療され、ガブリエルとアレクサンダーと共に牢屋に入れられているが、その三人をミネスが引き取る事は、すでに小太りの司令から了承を得ている。
その司令には、くどいほど頭を下げられた。
その時は、何故こいつが総司令官なんて役職についているのか、率直に疑問に思った。
多分、あれだけの《解放軍》が入り込めた要因の一端は彼にあるだろう。
そして、私とベンジャミンは今、ディランとシャーロットと共に、ディランの部屋にいた。
「お互いに何があったのか報告し合おう」
ディランが真っ先に口を開いた。
「まずは俺らから。結論としては、俺らはオリビアを捕まえる事は出来なかった。ただ、おかしな事があった。オリビアの目撃情報はちょくちょくあったんだが、一度もその姿すら見れなかったんだ」
「可能性としては、嘘をつかれているか、オリビアが人目につかないようにこっそり移動しているか、のどちらかだと思った。私達は特に目撃情報がなくなった周辺を中心に、上空などからオレンジ髪や怪しい動きをしている人物を探した。戻っているのかもしれない、と思ってこの周辺もくまなく探したが、見つからなかった」
「オリビアの事を尋ねた人達も、全員が嘘をついているようには到底思えなかった。まあ、そんな事は今となってはあまり関係ないが」
シャーロットは唇を噛み、ディランは自嘲気味に笑った。
何か声を掛けようと思ったが、私が何かを思い付く前に二人は自分で切り替えたようだ。
ディランがこちらを見てくる。
「それで、お前達は何があったんだ?」
「だから謝らないで下さい。私は感謝しか感じていませんから」
平謝りを繰り返すベンジャミンを必死に宥める。
どうやら私を抱き締めたのは無意識だったようで、しばらくして脳の処理が追いついた彼は、慌てて私から離れたと思ったら謝罪を始めたのだ。
「本当に?」
「本当です。安心したし、心配してくれていたんだ、って分かって嬉しかったです」
私が真心を込めて話しているのが伝わったのか、ベンジャミンはようやく顔を上げた。
「……って、腕怪我してるじゃん!」
「ええ、まあ」
「貸して」
ベンジャミンが指輪を付け替え、その手で私の左腕の傷に触れる。
指輪が発光し、傷口が塞がっていった。
「有難うございます」
私は頭を下げた。
この人は器用だ。攻撃、防御、回復。全て平均以上に出来る。
私は、回復に関してはからっきしで、せいぜい流血を止めるまでしか出来ないが。
「ううん。早めに診てもらった方が良いよ」
「そうします」
どっちにしろ、私の《衝断波》に巻き込まれた人の救出などもあるし、早めに本部に戻るべきだ。
ただ、その前に私にはやるべき事があった。
私は立ち上がり、アレクサンダーの元へ向かった。
「リリー? 連れて帰るのは大変だし危険だよ」
「連れて帰る訳じゃありません」
私はアレクサンダーの身体を担ぎ上げると、ガブリエルの隣まで運び、降ろした。
「リリー、何をする気?」
「軍の隊員として、ちょっとした確認作業を。先輩は周囲を警戒していてください」
「あ、ああ。分かった」
ベンジャミンが首肯したのを見て、私は二人に近付いた。
その身体を揺らす。
「ほら、起きて下さい」
二人はほぼ同時に目を覚ました。
「ひっ⁉」
アレクサンダーが悲鳴を上げ、ガブリエルが目を見開いた。
「無駄な抵抗はお互いのためにならないので、やめて頂けると助かります」
ベンジャミンを見ながら言えば、二人は頷いた。
「有難うございます。じゃあまず」
私は口調を改めた。
「あんたらは《解放軍》のメンバー、で間違いないな?」
「ああ」
「イーサンも?」
「あいつは違う。まあ、いずれはハリーによって引き入れられるかもしれんがな」
「では、アレクは本当にイーサンとハリーと《解放軍》を見たんだな?」
「は、はい」
「あんたらは私達が来る事を見越していたのか?」
「ミネスかは知らんが、どこかしらが《解放軍》目当てでやってくるとは思っていたよ」
「リンカーンを餌におびき寄せたんじゃなくて?」
「そんな自殺行為をするか」
「ふむ」
今回の戦力と装備を考えれば、自殺行為と呼べるか微妙なところだが。
まあ、用心深かったにせよトラップを仕掛けていたにせよ、こちらがそれにまんまと欺かれたのは事実だ。
「カイルの件も、自作自演?」
「ああ」
なんて事だ。完全に掌で踊らされていたみたいだ。
「随分ちゃんと答えてくれるじゃん」
「どうせカイルは本当に捕まっているんだし、隠す必要もねえからな」
「なるほどね。じゃあ、ギーザの軍には、あと何人仲間がいる?」
「済まねえが、そいつは言えない」
「へえ」
やっぱりこの質問は攻めすぎたか。
だが、手はある。
「ねえ、アレク」
私は目線をアレクに向けた。
「い、言えません」
「何をそんなに怯えているの? 私は別に君を殺そうとは思っていないよ。ただ、一つ忠告はしておく。今君が正直に話してくれないなら、君はもう二度と弟君の声は聞けないだろうね」
「なっ⁉」
「落ち着け、アレク。こいつにそんな事は出来ん」
ガブリエルが必死にアレクに訴えかけるが、その彼自身も動揺しているのは手に取るように分かった。
「どうかな? 私は今まであんたらの仲間を何人も殺している。今回も、何人が助かるだろうね?」
私は地割れの起きた個所を見た。
「……何が言いたい?」
「私があんたらの仲間を殺すのは、そいつらが《解放軍》だからだ。つまり、未来の《解放軍》候補生であるイーサンも、私にとっては殺しの対象だ」
「そんな……! あいつはまだ何もやっていないじゃないか!」
「だから?」
私はアレクサンダーの訴えを鼻で笑った。
「はっ?」
「あんたは私に何を求めているの? 別に私は聖人でも何でもないんだけど」
アレクサンダーは固まった。
「だが……お前は、無実の、ただ毎日を楽しんでいるだけの、しかもお前に懐いている子供を殺すというのか?」
ガブリエルが声を震わせて聞いてきた。
「だからそう言っているじゃん。私の最優先事項は自分と軍の利益。そのためなら将来の脅威は今から排除しておくべきでしょ。一人の少女に十人で襲撃してくるようなあんたらなら分かってくれると思ったんだけど。まあ、後は単純に、あんたら自分が死ぬよりも自分達のせいでイーサンが死んだほうが嫌でしょ?」
「悪魔め……っ!」
アレクサンダーは放心状態で空を見上げ、ガブリエルはこちらを凄い形相で睨んできた。
「あんたに言われる筋合いはないよ」
私はその視線を正面から受け止めた。
睨み合いが続く。
先に逸らしたのはガブリエルだった。
「……分かった。言おう。ただし、イーサンには絶対に手を出すな」
「あんたらが嘘言わなきゃね」
「とは言っても、まだバレていないのは二、三人だろうがな。なあ?」
ガブリエルは何故かベンジャミンを見ながら言った。
「えっ、どういう事ですか?」
「後で話すよ。今はそいつの話を聞こう」
「分かりました」
ガブリエルが上げた名前は、二桁に上った。
その中にオリビアやマーカスの名もあったのはショックだが、同時に納得もした。
「結構いるじゃん……まあ、いいや。それより一つ確認したいんだけど」
「何を?」
「何であんたらは今仲間を売った?」
「何で? ふざけているのか?」
「ふざけてない。真面目に答えて」
「……そんなの、お前がイーサンを使って姑息な交渉をしたからだろうが」
「つまりあんたらにとっては、組織の一員としての覚悟は一人の少年の命で捨ててしまうほどのものだった、って事か」
「何が言いたい!」
「あんたら、《解放軍》に全面的に賛同してないでしょ」
「なっ⁉」
二人が目を見開くが、彼らの行動は矛盾している。
逆に勘付かない方がおかしいだろう。
「『魂の自由』ってのは、つまりありのまま、感じたままに生きろ、という事でしょ?」
「あ、ああ」
「じゃあ聞くけど、何をどう考えたら殺人衝動しかない霊がその崇拝対象になるの?」
「それは……」
ガブリエルが目を逸らした。
「そもそも、人間の持ちうる感情や理性を引き継いでいるかも分からない霊が、どうして『魂の自由』の定義内に入ってくるの?」
二人の目は逸らされたままだ。
私は最後の質問をする事にした。
「貴方達は何故、《解放軍》として活動しているの?」
長考の末、ガブリエルが私の目を見てはっきりと告げる。
「俺だって《解放軍》の全てに同意している訳じゃない。ただ、あの組織の人達がいなければ、俺は今こうして生きてはいないだろう。ハリーもな。だから、世話になった人たちに迷惑は掛けたくない……仲間を売ったばっかの湿った舌で言うのもなんだがな」
似ている、と思った。
私が殺した《解放軍》の元隊員、ベラ・フローレスに。
あの時はその忠誠心に恐怖を覚え、殺しておいて良かった、とさえ思った。
でも、同時に考えた事があった。どうやったら、彼女のような人を殺さずに済むだろうか、と。
「じゃあさ。そのあんたらを助けた人達は、全面的に《解放軍》の思想に同意している訳?」
「それは……分からん。だが、あの人達は上の方針や命令に疑問を呈した事はなかった」
「それは当然じゃないの? あんたらだって公の場で命令に文句は言わないでしょ」
「何が言いたい?」
「つまり、そのあんたらの世話になった人達も、心の底では《解放軍》に賛同していない可能背だってあるんじゃない?」
「それは……」
「だって、考えてみなよ。人を殺す事しかしない霊を排除するのが霊能者。その霊能者を殺す事に正気な精神で賛同する人が、この世に何人いると思う? そんな考え、狂信者や盲信者しか受け入れないと思うんだけど。実際、あんたらだってそうな訳だし」
「けど……そんな事言ったって、全員で抜けるなんてとても無理だ」
「別に抜ける必要はないんじゃない?」
「何?」
「協力者を集めて、中から変えていったら良いじゃない」
「……!」
ガブリエルははっと表情を変えた。その手があったか、という顔だ。
だが、アレクサンダーは違った。
「でも、そんな事したら裏切り者って言われて、殺されちゃうかも――」
「馬鹿野郎!」
ガブリエルがアレクサンダーの顔を殴った。
「お前、俺らが今までしてきた事が分かってんのか? 俺らが低リスクなやり方なんて望んで良いわけねえだろ」
あんたが言うか、という言葉は喉元で止めた。
今までの態度を見るに、ガブリエルも相反する理性と感情に悩んでいたのかもしれない。
アレクサンダーはこちらに目を向け、
「身の程をわきまえず、すみません」
と、身体を震わせながら謝ってきた。
私、そんなに怖い顔したかな。
それからも少し問答を繰り返した後、自力で歩けるという二人を連れて、私達はギーザ軍の本部へ戻った。
が、そこには既にマーカス達はいなかった。状況を察して逃げたのだろう。
私は《解放軍》との戦闘について簡単に報告し、すぐさまギーザ軍から調査隊が派遣された。
調査の結果、私の証言は正しいと結論付けられた。
最初に私を襲ってきた八人は全員軍の隊員だったらしく、仲間が《解放軍》だったと認めたくない様子の者達も一定数は存在したが、彼らの服装や数々の霊能具などの証拠を前に、面と向かって反論してくる者はいなかった。
複数人の隊員が《解放軍》を目撃していたいう事実も影響しているだろう。
また、あの八人の中で、唯一あの禿げ男のみがかろうじて息をしていた。
今は治療され、ガブリエルとアレクサンダーと共に牢屋に入れられているが、その三人をミネスが引き取る事は、すでに小太りの司令から了承を得ている。
その司令には、くどいほど頭を下げられた。
その時は、何故こいつが総司令官なんて役職についているのか、率直に疑問に思った。
多分、あれだけの《解放軍》が入り込めた要因の一端は彼にあるだろう。
そして、私とベンジャミンは今、ディランとシャーロットと共に、ディランの部屋にいた。
「お互いに何があったのか報告し合おう」
ディランが真っ先に口を開いた。
「まずは俺らから。結論としては、俺らはオリビアを捕まえる事は出来なかった。ただ、おかしな事があった。オリビアの目撃情報はちょくちょくあったんだが、一度もその姿すら見れなかったんだ」
「可能性としては、嘘をつかれているか、オリビアが人目につかないようにこっそり移動しているか、のどちらかだと思った。私達は特に目撃情報がなくなった周辺を中心に、上空などからオレンジ髪や怪しい動きをしている人物を探した。戻っているのかもしれない、と思ってこの周辺もくまなく探したが、見つからなかった」
「オリビアの事を尋ねた人達も、全員が嘘をついているようには到底思えなかった。まあ、そんな事は今となってはあまり関係ないが」
シャーロットは唇を噛み、ディランは自嘲気味に笑った。
何か声を掛けようと思ったが、私が何かを思い付く前に二人は自分で切り替えたようだ。
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「それで、お前達は何があったんだ?」
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