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第二十六話 愉快な店主
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トンプソン家で夜を過ごした翌日、私とベンジャミンは朝の早い時間帯で辞去した。
今日の朝にディラン達と報告会を行う事は、昨日のうちに決めていたからだ。
ぐずるジョゼフにまた後で来る、と約束して、私達はトンプソン家を離れた。
ギーザ軍本部に入る。
その中に見知った顔を見つけ、私は声を掛けた。
「オリビアさん、昨日は有難うございました」
長髪の綺麗なオレンジ色をなびかせ、オリビアは振り向いた。
彼女は、昨日に施設の案内など、色々世話を焼いてくれた人だ。
「あら、ライリーちゃん。ディーン君も。早いのね」
「これでも一応隊員ですから」
それから数言だけ言葉を交わして、オリビアとは別れた。
すれ違う人達に挨拶を交わしながらディランの部屋まで向かう。
すでにシャーロットも中にいた。
もしや。
「夜はご一緒だったのですか?」
と、聞けば、
「馬鹿か」
と、シャーロットに返された。
違うのか。
「その様子なら、昨日は問題なかったみたいだな」
「はい」
二人揃って頷けば、ディランは安堵の表情を浮かべた。
シャーロットの雰囲気も柔らかくなっているのは、きっと私の気のせいではあるまい。
「特に誰かに狙われている気配は感じませんでした。それと、《解放軍》に関して少し情報を得る事が出来ました」
「何、それは本当か?」
「はい。とある兄弟が《解放軍》を目撃していたようです。今日もジョゼフと遊ぶ約束をしたので、まずは仲良くなろうと思います」
「分かった。誰が見ているか分からんから、くれぐれも慎重にな。あと、可能性は少ないかもしれないが、罠の可能性も考慮して動いてくれ」
「はい」
「分かりました。ところで、お二人はどうなさるのですか?」
ベンジャミンの問いに、ディランが答えた。
「予定通り、俺達は少し街に出てみようと思っている。初日だし、情報収集というよりはどこになにがあるか、とかの確認だな」
「了解しました」
「では、私達はこれで」
あまり長居しても良くないので、私とベンジャミンは頭を下げて扉へ向かった。
「おい」
後ろから声が掛かる。シャーロットだ。
「はい」
「全てを警戒して、悟られないように、でも自然に振舞え」
「分かりました」
随分な無茶ぶりだが、それは本当に必要な事なので、素直に頷いておく。
シャーロットも意外と信頼してくれているみたいだ。
本部を出た私達は少し周辺の地理を見て回った後、再びトンプソン家へと向かった。
家に着くと、たちまちジョゼフが飛び出してきて、ベンジャミンに飛びついた。
どこかソフィアと似たものを感じるな。
私達はジョゼフに手を引かれた。
どうやらどこかに案内してくれるらしい。
少し罠を警戒したが、連れてこられたのは子供達が大勢いる広場だった。
ジョゼフが昨日と今日で声を掛けたらしい。
なんでも、霊と戦うのは嫌でも霊術は好きな子が多いらしい。
子供の好奇心と厨二病の中間といったところだろう。
これを好機だと捉えた私とベンジャミンは、子供達に霊術を見せたり、実際に教えたりした。
そして、私達は子供達の飽きっぽさを利用して、最終的に「ケードロ」をさせる事に成功した。
何故「ケードロ」をしたかったか。
それは、警察側で牢屋を守っている時は、同じ牢屋役の人と仲良くなるチャンスだからだ。
私達は子供達を言葉で誘導して、私達が《解放軍》を見たという少年、イーサンと牢屋役になる回数を増やし、親交を深めた。
イーサンは素直な子で、すぐにでも《解放軍》の事を聞きたい衝動に駆られたが、なんとか堪えた。
焦っても良い事はないし、出来れば彼の兄であるアレクサンダーも一緒に話を聞きたかったからだ。
子供達は私達を気に入ってくれたようで、次の日も広場で一緒に遊んだが、三日目は街の観光に繰り出した。
その方がヘルプに来た隊員の行動としては自然だと思ったからだ。
「ざっと見たところ、物価はミネスと変わらないですね」
「……」
返事がない。
「……先輩?」
「え? ああ、ごめん。何?」
その顔を覗き込めば、ベンジャミンは慌てたように返事をした。
「大丈夫ですか?」
「ぜ、全然大丈夫だよっ」
ちっとも大丈夫そうじゃない。いつもは真っ直ぐこちらを向いている視線も、今は僅かに逸らされている。
体調が悪いわけではなさそうだが……、
今日、出発時にディラン達に挨拶をした時、ベンジャミンはディランに何か耳打ちされていた。
何か秘密の任務かと思い、私はシャーロットに目を向けたが、彼女は手をシッシッ、とやるだけだった。
可愛くない……じゃなくて、
今はシャーロットじゃなくてベンジャミンだ。
もしかしたら、ディランから任された仕事が殊の外重くて悩んでいるのかもしれない。
「先輩」
「ん?」
「ディランさんからの任務、もし良ければ私も手伝いますから」
「あ、ああ。お願いする事になるかも……しれない」
彼は何故か顔を赤くさせていた。
もしかして、エッチなお店への潜入とかだろうか。
……は、流石にないか。
それからお店を冷かしたりしていると、ベンジャミンも段々調子を取り戻してきた。
とはいっても、元から饒舌ではないから口数が劇的に変化する訳ではないが、やはり会話にテンポは大事だ。
色々なお店――といっても主に武器や霊能具の店だが――を見て回っていると、他の店とは明らかに雰囲気の異なる店があった。
他の店がオープンな雰囲気であるのに対して、その店はどこか暗い印象を感じる。人の話し声もしない。
一見さんお断り、って感じだ。
「君達。その店はやめておいた方が良いよ」
私達がその店を眺めていると、中年の女性が話しかけてきた。
いかにも噂話が好きそうな人だ。
「どういう事ですか?」
「この店は元から高級な霊能具の中でも更に高級なものを取り扱っていてね。店内には凄腕の霊能者がいて、常に監視の目を光らせているんだ。犯罪組織と関わりがある、なんて噂もある」
「そうなんですか。高級な霊能具って、とんでもない値段になりそうですね」
少し水を向けてやれば、女性は嬉しそうに乗ってきた。
「私も実際に入った事はないんだけどね。《隠石》っていう霊能具が、金貨で言うと一個千五百金貨くらいらしいよ」
「せ、千五百⁉」
ライアン金貨一枚が一万円くらいだから、千五百万か。しかも、隠石一つで。
「インセキ?」
ベンジャミンが首を傾げている。
イントネーションから見て、宇宙から来る隕石と間違えているようだ。
「先輩。隠すに石と書いて、隠石です。それを持つと、持った人の霊力の気配を消してくれるんです。ただ、一つにつき一分ほどしか効果がないと言われていますが」
「お嬢ちゃんは物知りだね」
「昔、本で見た事があったんです」
「たった一分のために金貨千五百万枚って……」
ベンジャミンが信じられない、と首を振る。
「それこそ犯罪者なら欲しがるかもしれないね。凄腕の暗殺者なら、一分もあれば充分だよ」
女性が得意げな顔で言ってくるので、
「そこで犯罪組織に繋がるんですね」
と、感心したように言っておいた。
それからも女性はなかなか解放してくれず、お昼の時間がきてしまった。
やっと解放され、近くで手頃な場所はないか、と探すが、どこも席が埋まってしまっている。
近くで食べるのは諦めて人気の少ない方へ行くと、街の角に知る人ぞ知る、という雰囲気の食事処を見つけたので、そこの丁度空いた最奥の席を陣取る。
少し独特な雰囲気はあったが、メニューは至って普通だった。
二人とも特に料理にこだわりはなかったので、パンとポタージュ、それにちょっとした野菜という、定番のメニューを食べた。
……仮にも男女二人なのに、あまりにも味気なさすぎるのではないか、なんて言ってはいけない。
午後は少し路地裏とかにも行って、出来れば情報収集でもしようか、という話をしていた時、店の入り口の方から大きな物音が聞こえた。
続いて男性の叫び声と女性の悲鳴。
しかし、発砲音のようなものが聞こえ、その場は静まり返った。
「強盗?」
「見てみましょう」
そっと入口の方を覗くと、銃を持った男を先頭に、いかにも荒くれ者、という風情の男五人が店主に詰め寄っていた。
「な、何者だ」
店主の声は震えている。
「こんなチンケな店にしちゃあ、なかなか良い収入だっていうじゃねえか? ガブリエルよ」
集団の一番後ろにいた、その中で一番背の高い男が前に出てきた。
この男も銃を持っている。
「なっ、カイル……!」
店主が目を見開いた。
どうやら知り合いのようだ。
「なあ、俺今ちょっと金に困っててさ。そんな可哀想な元同僚に金貸してくれよ。お客様を大切に、がお前のモットーだろ?」
カイルと呼ばれた男は、見るからに分かりやすい人質作戦でガブリエルに迫っていた。
「そ、そんな事言って、お前は今まで一度も返した事はないだろう?」
声を震わせながらも、ガブリエルは反論した。
一度目じゃないのか。
「へえ……」
カイルの目が細くなる。
「お前、俺に口答えできる立場だと思ってんの?」
カイルの手が自分のすぐ近くにいる女に伸びた。
その首筋に銃を押し当てる。
まずい。
「ま、待て!」
「反抗的な態度を取ったらどうなるのか、教えてや――」
カイルの言葉が途切れる。
「……はっ?」
彼の口から間抜けな声が漏れた。
私の《聖域》で覆われた、自分の腕と銃を見て。
その後ろからも、驚きの声が上がる。
「さっきまでの余裕はどうしたんですか?」
自己強化でカイルの前まで移動した私が声を掛けると、彼は目を見開いた。
「お前、いつからそこに……!」
「さあ、いつでしょう」
にやりと笑い、私はその前に巨大な《霊弾》を作り出した。
「ひっ……!」
カイルの後ろにいる男のうち二人が腰を抜かす。
そのまま地面に崩れ落ちるが、その手は《聖域》で囲まれているため身体と共に地面に落ちる事は叶わず、随分と滑稽な格好になる。
私に怯えて腰を抜かした。悪くない。
どころか良い。
「その反応だとこれが何かは知っているよね。大人しくしていないと、これをぶっ放すよ」
「くっ……」
カイルが唇を噛んだ。
しかし、彼はすぐに溜息を吐き、後ろを振り向いた。
「お前ら、抵抗しようとすんな。こいつには勝てねえ」
「あれ、随分物分かりが良いね」
「このびくともしねえ《聖域》、特大の《霊弾》、極めつけはさっきの自己強化だ。そんな化け物を相手にするほど俺は馬鹿じゃねえからな」
短絡的に見えて、意外と冷静なようだ。
もう少し頭が良ければ、といったところだな。勿体無い。
……おっと、油断はするな。
その後は犯罪者が居ながら誰も喋らず、異様な空気に包まれたが、やがてベンジャミンが連れてきた軍の保安部隊により、カイル達は連れて行かれた。
そのあと私達は、事情を聞きつけてきたディランとシャーロットに合流……はせず、再びガブリエルの店にいた。
目の前には豪勢な肉料理と、
「さあ、遠慮せず食べてくれ!」
ニコニコとこちらを見ているガブリエル。
是非ともお礼がしたい、と言って、私達を強引に自分の店に連れてきたのだ。
「で、でも、お肉をこんな量は流石に……」
「何を言うか! あのままカイルに金をとられていたら、こんな程度じゃ済まんかったからな。痛くも痒くもないわ」
豪快に笑うガブリエルは、最初の印象とは大違いだ。
もしかしたら、心を許すとこうなるのかもしれない。
「じゃ、じゃあ……」
あまり頑なに断るのも悪いと思い、私は料理を頂く事にした。
「い、いただきます」
同じタイミングでベンジャミンもフォークを手に取る。
……ぶっちゃけると、二人とも食欲が限界だった。
一度肉を口に入れてしまえば、もう少年少女の手は止まらなかった。
ガブリエルが嬉しそうに見守る中、私達はあっという間に料理を完食した。
「とても美味しかったです!」
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
「いやー、良い食いっぷりだ! 作った甲斐があったってもんだな」
ガブリエルが水を置いてくれる。
それを飲んで、お腹をさする。
本当に美味しかった。
「にしてもお前さんら、ミネスから来たんだろ? まだ幼えのに凄えじゃねえか」
「これでも正規隊員ですから」
私が力こぶを見せれば、ガブリエルは、
「そりゃ、頼もしいな!」
と、豪快に笑った。
その後、ふと真面目な顔になる。
「時に、リンカーンの奴は元気か?」
「……え?]
突然出てきた名前に動揺する。
なぜ今その名前を、目の前の男は出したんだ。
「おっと、警戒するな。カイルが俺に向かって元同僚って言ったの、覚えているか?」
「ええ」
「俺達は元軍だった。だから、今も軍にいる奴がリンカーンはミネスに保護されているから無事だ、って教えてくれたんだ」
カイルは自己強化の事も知っていた。この話の信憑性は高いな。
だとしたら、少し乗ってみるか。
「はい。私達がミネスを離れる時には、すでに少し元気になっていました。ただ……ご両親の事をずっと気に掛けていましたが」
「まあ、そうだろうな」
「リンカーンのご両親は、本当に拉致を?」
「多分な。ただ、あの事件にはきな臭い部分も多くてな。お前さんら、《解放軍》ってのは知っているか?」
「……はい」
少し迷って、私は頷いた。
目の前の男には、なんとなく嘘が通じない気がしたからだ。
「あの拉致事件には、確実に《解放軍》が関わっている。どういう形でかは分からねえが、必ずだ」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
ベンジャミンが身を乗り出した。
「俺の親友が、子供達と一緒に《解放軍》が人を攫うのを見ていたからだ」
今日の朝にディラン達と報告会を行う事は、昨日のうちに決めていたからだ。
ぐずるジョゼフにまた後で来る、と約束して、私達はトンプソン家を離れた。
ギーザ軍本部に入る。
その中に見知った顔を見つけ、私は声を掛けた。
「オリビアさん、昨日は有難うございました」
長髪の綺麗なオレンジ色をなびかせ、オリビアは振り向いた。
彼女は、昨日に施設の案内など、色々世話を焼いてくれた人だ。
「あら、ライリーちゃん。ディーン君も。早いのね」
「これでも一応隊員ですから」
それから数言だけ言葉を交わして、オリビアとは別れた。
すれ違う人達に挨拶を交わしながらディランの部屋まで向かう。
すでにシャーロットも中にいた。
もしや。
「夜はご一緒だったのですか?」
と、聞けば、
「馬鹿か」
と、シャーロットに返された。
違うのか。
「その様子なら、昨日は問題なかったみたいだな」
「はい」
二人揃って頷けば、ディランは安堵の表情を浮かべた。
シャーロットの雰囲気も柔らかくなっているのは、きっと私の気のせいではあるまい。
「特に誰かに狙われている気配は感じませんでした。それと、《解放軍》に関して少し情報を得る事が出来ました」
「何、それは本当か?」
「はい。とある兄弟が《解放軍》を目撃していたようです。今日もジョゼフと遊ぶ約束をしたので、まずは仲良くなろうと思います」
「分かった。誰が見ているか分からんから、くれぐれも慎重にな。あと、可能性は少ないかもしれないが、罠の可能性も考慮して動いてくれ」
「はい」
「分かりました。ところで、お二人はどうなさるのですか?」
ベンジャミンの問いに、ディランが答えた。
「予定通り、俺達は少し街に出てみようと思っている。初日だし、情報収集というよりはどこになにがあるか、とかの確認だな」
「了解しました」
「では、私達はこれで」
あまり長居しても良くないので、私とベンジャミンは頭を下げて扉へ向かった。
「おい」
後ろから声が掛かる。シャーロットだ。
「はい」
「全てを警戒して、悟られないように、でも自然に振舞え」
「分かりました」
随分な無茶ぶりだが、それは本当に必要な事なので、素直に頷いておく。
シャーロットも意外と信頼してくれているみたいだ。
本部を出た私達は少し周辺の地理を見て回った後、再びトンプソン家へと向かった。
家に着くと、たちまちジョゼフが飛び出してきて、ベンジャミンに飛びついた。
どこかソフィアと似たものを感じるな。
私達はジョゼフに手を引かれた。
どうやらどこかに案内してくれるらしい。
少し罠を警戒したが、連れてこられたのは子供達が大勢いる広場だった。
ジョゼフが昨日と今日で声を掛けたらしい。
なんでも、霊と戦うのは嫌でも霊術は好きな子が多いらしい。
子供の好奇心と厨二病の中間といったところだろう。
これを好機だと捉えた私とベンジャミンは、子供達に霊術を見せたり、実際に教えたりした。
そして、私達は子供達の飽きっぽさを利用して、最終的に「ケードロ」をさせる事に成功した。
何故「ケードロ」をしたかったか。
それは、警察側で牢屋を守っている時は、同じ牢屋役の人と仲良くなるチャンスだからだ。
私達は子供達を言葉で誘導して、私達が《解放軍》を見たという少年、イーサンと牢屋役になる回数を増やし、親交を深めた。
イーサンは素直な子で、すぐにでも《解放軍》の事を聞きたい衝動に駆られたが、なんとか堪えた。
焦っても良い事はないし、出来れば彼の兄であるアレクサンダーも一緒に話を聞きたかったからだ。
子供達は私達を気に入ってくれたようで、次の日も広場で一緒に遊んだが、三日目は街の観光に繰り出した。
その方がヘルプに来た隊員の行動としては自然だと思ったからだ。
「ざっと見たところ、物価はミネスと変わらないですね」
「……」
返事がない。
「……先輩?」
「え? ああ、ごめん。何?」
その顔を覗き込めば、ベンジャミンは慌てたように返事をした。
「大丈夫ですか?」
「ぜ、全然大丈夫だよっ」
ちっとも大丈夫そうじゃない。いつもは真っ直ぐこちらを向いている視線も、今は僅かに逸らされている。
体調が悪いわけではなさそうだが……、
今日、出発時にディラン達に挨拶をした時、ベンジャミンはディランに何か耳打ちされていた。
何か秘密の任務かと思い、私はシャーロットに目を向けたが、彼女は手をシッシッ、とやるだけだった。
可愛くない……じゃなくて、
今はシャーロットじゃなくてベンジャミンだ。
もしかしたら、ディランから任された仕事が殊の外重くて悩んでいるのかもしれない。
「先輩」
「ん?」
「ディランさんからの任務、もし良ければ私も手伝いますから」
「あ、ああ。お願いする事になるかも……しれない」
彼は何故か顔を赤くさせていた。
もしかして、エッチなお店への潜入とかだろうか。
……は、流石にないか。
それからお店を冷かしたりしていると、ベンジャミンも段々調子を取り戻してきた。
とはいっても、元から饒舌ではないから口数が劇的に変化する訳ではないが、やはり会話にテンポは大事だ。
色々なお店――といっても主に武器や霊能具の店だが――を見て回っていると、他の店とは明らかに雰囲気の異なる店があった。
他の店がオープンな雰囲気であるのに対して、その店はどこか暗い印象を感じる。人の話し声もしない。
一見さんお断り、って感じだ。
「君達。その店はやめておいた方が良いよ」
私達がその店を眺めていると、中年の女性が話しかけてきた。
いかにも噂話が好きそうな人だ。
「どういう事ですか?」
「この店は元から高級な霊能具の中でも更に高級なものを取り扱っていてね。店内には凄腕の霊能者がいて、常に監視の目を光らせているんだ。犯罪組織と関わりがある、なんて噂もある」
「そうなんですか。高級な霊能具って、とんでもない値段になりそうですね」
少し水を向けてやれば、女性は嬉しそうに乗ってきた。
「私も実際に入った事はないんだけどね。《隠石》っていう霊能具が、金貨で言うと一個千五百金貨くらいらしいよ」
「せ、千五百⁉」
ライアン金貨一枚が一万円くらいだから、千五百万か。しかも、隠石一つで。
「インセキ?」
ベンジャミンが首を傾げている。
イントネーションから見て、宇宙から来る隕石と間違えているようだ。
「先輩。隠すに石と書いて、隠石です。それを持つと、持った人の霊力の気配を消してくれるんです。ただ、一つにつき一分ほどしか効果がないと言われていますが」
「お嬢ちゃんは物知りだね」
「昔、本で見た事があったんです」
「たった一分のために金貨千五百万枚って……」
ベンジャミンが信じられない、と首を振る。
「それこそ犯罪者なら欲しがるかもしれないね。凄腕の暗殺者なら、一分もあれば充分だよ」
女性が得意げな顔で言ってくるので、
「そこで犯罪組織に繋がるんですね」
と、感心したように言っておいた。
それからも女性はなかなか解放してくれず、お昼の時間がきてしまった。
やっと解放され、近くで手頃な場所はないか、と探すが、どこも席が埋まってしまっている。
近くで食べるのは諦めて人気の少ない方へ行くと、街の角に知る人ぞ知る、という雰囲気の食事処を見つけたので、そこの丁度空いた最奥の席を陣取る。
少し独特な雰囲気はあったが、メニューは至って普通だった。
二人とも特に料理にこだわりはなかったので、パンとポタージュ、それにちょっとした野菜という、定番のメニューを食べた。
……仮にも男女二人なのに、あまりにも味気なさすぎるのではないか、なんて言ってはいけない。
午後は少し路地裏とかにも行って、出来れば情報収集でもしようか、という話をしていた時、店の入り口の方から大きな物音が聞こえた。
続いて男性の叫び声と女性の悲鳴。
しかし、発砲音のようなものが聞こえ、その場は静まり返った。
「強盗?」
「見てみましょう」
そっと入口の方を覗くと、銃を持った男を先頭に、いかにも荒くれ者、という風情の男五人が店主に詰め寄っていた。
「な、何者だ」
店主の声は震えている。
「こんなチンケな店にしちゃあ、なかなか良い収入だっていうじゃねえか? ガブリエルよ」
集団の一番後ろにいた、その中で一番背の高い男が前に出てきた。
この男も銃を持っている。
「なっ、カイル……!」
店主が目を見開いた。
どうやら知り合いのようだ。
「なあ、俺今ちょっと金に困っててさ。そんな可哀想な元同僚に金貸してくれよ。お客様を大切に、がお前のモットーだろ?」
カイルと呼ばれた男は、見るからに分かりやすい人質作戦でガブリエルに迫っていた。
「そ、そんな事言って、お前は今まで一度も返した事はないだろう?」
声を震わせながらも、ガブリエルは反論した。
一度目じゃないのか。
「へえ……」
カイルの目が細くなる。
「お前、俺に口答えできる立場だと思ってんの?」
カイルの手が自分のすぐ近くにいる女に伸びた。
その首筋に銃を押し当てる。
まずい。
「ま、待て!」
「反抗的な態度を取ったらどうなるのか、教えてや――」
カイルの言葉が途切れる。
「……はっ?」
彼の口から間抜けな声が漏れた。
私の《聖域》で覆われた、自分の腕と銃を見て。
その後ろからも、驚きの声が上がる。
「さっきまでの余裕はどうしたんですか?」
自己強化でカイルの前まで移動した私が声を掛けると、彼は目を見開いた。
「お前、いつからそこに……!」
「さあ、いつでしょう」
にやりと笑い、私はその前に巨大な《霊弾》を作り出した。
「ひっ……!」
カイルの後ろにいる男のうち二人が腰を抜かす。
そのまま地面に崩れ落ちるが、その手は《聖域》で囲まれているため身体と共に地面に落ちる事は叶わず、随分と滑稽な格好になる。
私に怯えて腰を抜かした。悪くない。
どころか良い。
「その反応だとこれが何かは知っているよね。大人しくしていないと、これをぶっ放すよ」
「くっ……」
カイルが唇を噛んだ。
しかし、彼はすぐに溜息を吐き、後ろを振り向いた。
「お前ら、抵抗しようとすんな。こいつには勝てねえ」
「あれ、随分物分かりが良いね」
「このびくともしねえ《聖域》、特大の《霊弾》、極めつけはさっきの自己強化だ。そんな化け物を相手にするほど俺は馬鹿じゃねえからな」
短絡的に見えて、意外と冷静なようだ。
もう少し頭が良ければ、といったところだな。勿体無い。
……おっと、油断はするな。
その後は犯罪者が居ながら誰も喋らず、異様な空気に包まれたが、やがてベンジャミンが連れてきた軍の保安部隊により、カイル達は連れて行かれた。
そのあと私達は、事情を聞きつけてきたディランとシャーロットに合流……はせず、再びガブリエルの店にいた。
目の前には豪勢な肉料理と、
「さあ、遠慮せず食べてくれ!」
ニコニコとこちらを見ているガブリエル。
是非ともお礼がしたい、と言って、私達を強引に自分の店に連れてきたのだ。
「で、でも、お肉をこんな量は流石に……」
「何を言うか! あのままカイルに金をとられていたら、こんな程度じゃ済まんかったからな。痛くも痒くもないわ」
豪快に笑うガブリエルは、最初の印象とは大違いだ。
もしかしたら、心を許すとこうなるのかもしれない。
「じゃ、じゃあ……」
あまり頑なに断るのも悪いと思い、私は料理を頂く事にした。
「い、いただきます」
同じタイミングでベンジャミンもフォークを手に取る。
……ぶっちゃけると、二人とも食欲が限界だった。
一度肉を口に入れてしまえば、もう少年少女の手は止まらなかった。
ガブリエルが嬉しそうに見守る中、私達はあっという間に料理を完食した。
「とても美味しかったです!」
「ごちそうさまでした」
手を合わせる。
「いやー、良い食いっぷりだ! 作った甲斐があったってもんだな」
ガブリエルが水を置いてくれる。
それを飲んで、お腹をさする。
本当に美味しかった。
「にしてもお前さんら、ミネスから来たんだろ? まだ幼えのに凄えじゃねえか」
「これでも正規隊員ですから」
私が力こぶを見せれば、ガブリエルは、
「そりゃ、頼もしいな!」
と、豪快に笑った。
その後、ふと真面目な顔になる。
「時に、リンカーンの奴は元気か?」
「……え?]
突然出てきた名前に動揺する。
なぜ今その名前を、目の前の男は出したんだ。
「おっと、警戒するな。カイルが俺に向かって元同僚って言ったの、覚えているか?」
「ええ」
「俺達は元軍だった。だから、今も軍にいる奴がリンカーンはミネスに保護されているから無事だ、って教えてくれたんだ」
カイルは自己強化の事も知っていた。この話の信憑性は高いな。
だとしたら、少し乗ってみるか。
「はい。私達がミネスを離れる時には、すでに少し元気になっていました。ただ……ご両親の事をずっと気に掛けていましたが」
「まあ、そうだろうな」
「リンカーンのご両親は、本当に拉致を?」
「多分な。ただ、あの事件にはきな臭い部分も多くてな。お前さんら、《解放軍》ってのは知っているか?」
「……はい」
少し迷って、私は頷いた。
目の前の男には、なんとなく嘘が通じない気がしたからだ。
「あの拉致事件には、確実に《解放軍》が関わっている。どういう形でかは分からねえが、必ずだ」
「どうしてそう言い切れるんですか?」
ベンジャミンが身を乗り出した。
「俺の親友が、子供達と一緒に《解放軍》が人を攫うのを見ていたからだ」
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