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第十二話 覚悟
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「はあ……」
私は自室のベッドに倒れ込んだ。自然と溜息が出る。
レイモンドはホワイト家で歓迎された。
ソフィアやヴィクトリアは勿論、使用人達もこぞって彼をもてなした。
ソフィアの恩人であると同時にあの見た目と物腰の低い態度だ。当然といえば当然だろう。
だから私に溜息を吐かせているのはレイモンドではない。
ソフィアも笑顔が戻っていたため、彼女も原因ではない。
「はあ……」
目を閉じれば浮かんでくるのはトーマスとオーロラの顔。そして死ぬかもしれないという恐怖。
今日は殊更楽しい事に思考を費やそうとしていたが、もう限界だ。
私は何を勘違いしていたのだろうか。
これはラノベやアニメの世界ではないと分かっていた。いや、分かっているつもりだった。
でも、私は何も分かっていなかった。
私は心のどこかで、自分は神に選ばれた転生者でこの世界の中心だから、そう簡単には死なない。そう思っていたのだ。
この世界では珍しい自己完結霊能者で、霊力や技の種類もこの歳にしては多い。
そんな自分をどこか特別な存在だと思っていたのだ。
とんだ勘違いだった。
あの《憑依人間》に対して、私はあまりにも無力だった。
レイモンドがもし予定通り、昼間にあの森を抜けていたら、私は確実に死んでいた。
この期に及んでこれを必然だと思うほど私は楽観的じゃない。あれは偶然だ。
少しでも歯車が狂っていれば、私はもう考える事すらも出来なかったのだ。
思えば、あの《憑依人間》やレイモンドだけではない、
アンドリューやグレイス、ネイサンなど、私より強い人間などいくらでもいる。
ソフィアもそうだ。
私が年上で前世の記憶があったから今は上なだけで、その霊術のポテンシャルは明らかに私を上回っている事くらい、分かっていたはずだ。
前世でもそうだった。
私が失敗する時は、いつも自分をどこか特別だと思ってしまった時だった。
他の人よりちょっと出来るだけで、私はすぐに天狗になってしまい、そして失敗した。
きっとこれは、最後のチャンスだ、次はない。
次にまた油断したり過信したら、私は死ぬだろう。
そんな予感がした。
そもそも今回に関しては私がしっかりしていても死んでいた可能性の方が高かった。
そういう世界なのだ。
変な話だが、あの死を覚悟した瞬間、私は恐怖と同時に初めてこの世界で、異世界で生きているんだ、と実感した。
私はこれまで、なんとなく自分やこの世界を俯瞰して見ていた。
転生者として、外からこの世界を眺めていた。
でも、きっとそれじゃこの世界は生き抜いていけない。
生きていこう、と私は思った。
転生者・相川美咲ではなく、ブラウン家の長女、リリー・ブラウンとして、この世界を全力で生きていくのだ。
……リリー・ブラウンとして、か。
そう考えたら何か凄くすっきりした。
頑張ろう。
ただそう思いながら、私は急激に襲ってきた睡魔に逆らう事なく眠りに落ちた。
「おはようございます。父様、母様」
机で本を読んでいるジャックと、台所で料理をしているエマに挨拶をした。
「おっ……おはよう、リリー」
「あら、リリー。おはよう」
いつも通りの挨拶のはずなのに、二人は揃って少し目を見開き、そして慈愛に満ちた目でこちらを見てきた。
私の雰囲気の違いに気付いたのだろう。
親って凄いな。
「よく眠れたか?」
「はい、とても」
ジャックの向かいの席に座る。
「出来たわよー」
エマも食事を持ってくると、そのままジャックの隣に腰を下ろした。
「有難う」
「有難うございます」
「どういたしまして」
三人で頂きます、と手を合わせる。
それから私が学校のために家を出るまで、三人で会話を楽しんだ。
「リリーちゃん、おはよう」
「あっ、リリー! やっほー」
「おはようございます」
教室に入ると、クラスメートが次々と声を掛けてくる。
「おはよう」
私はそれに答えた。
いつものように「おはようございます」とお淑やかに、ではなく、フランクに「おはよう」と。
「えっ?」
皆が驚いたような顔でこちらを見てくる。
それはそうだろう。私はこれまで学校ではこんな砕けた態度は取ってこなかったからだ。
「えっと……リリーだよね?」
学校で一番親しくしているクレアが訝しげに聞いてくる。
彼女はマルティネス家の長女で、破天荒な性格だ。
「そうだよ? おはよう、クレア」
「あ、ああ。おはよう」
クレアは困ったように笑った。
最初は皆訝しげに私を見ていたが、子供というのは順応力が高いものだ。
学校が終わり放課後になる頃には、皆いつも通りに話しかけてくれた。
むしろ、いつもより親しげにしてくれているように感じるほどだ。
「じゃあねー」
「また明日ー」
クラスメートに手を振り、クレアと共に教室を出る。
「いやー、今日はどうしたの?」
学校を出ると、クレアが鞄を頭の後ろに持ちながら聞いてくる。
「変だった?」
探るように聞けば、クレアは首を振った。
「ううん。ちょっとびっくりしただけ。けど、なんて言うかな……いつもより、しっくりきてたよ。肩の力が抜けたっていうか」
「私、いつもそんなに気張っていた?」
「まあね。なんかちょっと近寄り難いというか、懐に飛び込みづらいというか」
自然に振舞っているつもりだったが、無理をしている事はしっかり見抜かれていたらしい。
恥ずかしいな。
「私が偉そうに言う事じゃないけど、今日くらいの感じがリリーには合っている気がするな。皆もリリーと話しやすそうだったし」
「うん。私もこっちの方が気楽でいいや」
そう言ってクレアの真似をして鞄を頭の後ろで持てば、クレアは吹き出した。
それから私が気兼ねなく素を出してクレアと話し、クレアが爆笑するという事を繰り返しているうちに、分かれ道にまで来た。
「腹筋筋肉痛になったらリリーのせいだからね!」
そういって去っていくクレアに手を振り、私も自宅を目指して歩き出す。
自宅が見えてくると、そのさらに奥から桜色の物体が飛び出してきた。
「リリー!」
ソフィアだ。
「お帰り!」
「ただいまー」
胸に飛び込んでくるソフィアの頭を撫でれば、ソフィアは少し首を傾けた。
可愛い。
「リリー、どうしたの?」
「何が?」
「なんか嬉しそうだよ」
「えっ、そう?」
「うん」
確かに、いつも学校から帰ってきた時にある倦怠感がない。
きっと自分を偽らなかったからだろう。
「まあ、そんな事は良いのよ。それよりどう、レイは?」
「レイは凄いよ!」
おお、もうレイ呼びなのか。
刺激的だ。悪くない。
「レイはね、リリーと一緒でお掃除でもお料理でも何でも出来るんだー」
「それは凄いね」
前世でも八歳で料理が出来る子は少ないだろう。大したものだ。
「今は?」
「今は裏庭で剣を振っているよ。呼んでこようか?」
「いや、行って驚かしてあげよう」
「あっ、良いね!」
ソフィアが悪戯っ子の笑みを浮かべて頷いた。
……しかし、私達の企みは阻止された。
ちょうど私達が裏庭を覗いたタイミングで、レイモンドがこちらを向いたのだ。
「あっ、リリーさん。お帰りなさい」
レイモンドは特に驚いた表情もせずに近付いてくる。
気配を感じて振り返ったのだろう。
「レイは素振り?」
「うん。でもちょうど終わったとこだよ」
「あっ、本当? じゃあさ、良かったら私とソフィーと霊術の練習しない? まあレイにとっては物足りないかもしれないけど」
「物足りないなんて事ないよ。でも、そういう事なら喜んで参加させてもらおうかな。どっちみち練習はこのあとやる予定だったし」
「よしっ、交渉成立ね」
「やった!」
ソフィアが満面の笑みを浮かべた。六歳だとまだ恥じらいというものがないらしい。
微笑ましいものだ。
この笑顔に恥じらいが含まれるようになるのはいつだろうか。
ふふふふふ。
……こうして私達は三人で霊術の練習をする事になった。
その実力はこの眼で見て分かっていたが、レイモンドの攻撃技のバリエーションには改めて驚かされた。
それに改めて近くで見てみると、その発動までの時間が僅かに他の人より短い事に気付いた。
私も反復練習を重ねてある程度は素早く発動出来るが、レイモンドの完成度ははっきりいって異次元だった。
今はレイモンドがソフィアに教えている。
レイモンドはすでにそうだが、私はいずれこの二人の足元にも及ばなくなるだろう。
そう考えると少し寂しいし悔しいが、それと同時に楽しみでもあった。
それに、そんな二人に負けないために試行錯誤をするのも楽しそうだ。
そんな事を考えていると、私は少しだけダニエルの気持ちが分かった気がした。
「リリーもやろうよ!」
「今行くわー」
手を振るソフィアに答える。
誰がどれだけ強かろうが関係ない。
私が全力で生きていく事とそれとは、関係のない事だから。
私は二人の元へ駆け出した。
私は自室のベッドに倒れ込んだ。自然と溜息が出る。
レイモンドはホワイト家で歓迎された。
ソフィアやヴィクトリアは勿論、使用人達もこぞって彼をもてなした。
ソフィアの恩人であると同時にあの見た目と物腰の低い態度だ。当然といえば当然だろう。
だから私に溜息を吐かせているのはレイモンドではない。
ソフィアも笑顔が戻っていたため、彼女も原因ではない。
「はあ……」
目を閉じれば浮かんでくるのはトーマスとオーロラの顔。そして死ぬかもしれないという恐怖。
今日は殊更楽しい事に思考を費やそうとしていたが、もう限界だ。
私は何を勘違いしていたのだろうか。
これはラノベやアニメの世界ではないと分かっていた。いや、分かっているつもりだった。
でも、私は何も分かっていなかった。
私は心のどこかで、自分は神に選ばれた転生者でこの世界の中心だから、そう簡単には死なない。そう思っていたのだ。
この世界では珍しい自己完結霊能者で、霊力や技の種類もこの歳にしては多い。
そんな自分をどこか特別な存在だと思っていたのだ。
とんだ勘違いだった。
あの《憑依人間》に対して、私はあまりにも無力だった。
レイモンドがもし予定通り、昼間にあの森を抜けていたら、私は確実に死んでいた。
この期に及んでこれを必然だと思うほど私は楽観的じゃない。あれは偶然だ。
少しでも歯車が狂っていれば、私はもう考える事すらも出来なかったのだ。
思えば、あの《憑依人間》やレイモンドだけではない、
アンドリューやグレイス、ネイサンなど、私より強い人間などいくらでもいる。
ソフィアもそうだ。
私が年上で前世の記憶があったから今は上なだけで、その霊術のポテンシャルは明らかに私を上回っている事くらい、分かっていたはずだ。
前世でもそうだった。
私が失敗する時は、いつも自分をどこか特別だと思ってしまった時だった。
他の人よりちょっと出来るだけで、私はすぐに天狗になってしまい、そして失敗した。
きっとこれは、最後のチャンスだ、次はない。
次にまた油断したり過信したら、私は死ぬだろう。
そんな予感がした。
そもそも今回に関しては私がしっかりしていても死んでいた可能性の方が高かった。
そういう世界なのだ。
変な話だが、あの死を覚悟した瞬間、私は恐怖と同時に初めてこの世界で、異世界で生きているんだ、と実感した。
私はこれまで、なんとなく自分やこの世界を俯瞰して見ていた。
転生者として、外からこの世界を眺めていた。
でも、きっとそれじゃこの世界は生き抜いていけない。
生きていこう、と私は思った。
転生者・相川美咲ではなく、ブラウン家の長女、リリー・ブラウンとして、この世界を全力で生きていくのだ。
……リリー・ブラウンとして、か。
そう考えたら何か凄くすっきりした。
頑張ろう。
ただそう思いながら、私は急激に襲ってきた睡魔に逆らう事なく眠りに落ちた。
「おはようございます。父様、母様」
机で本を読んでいるジャックと、台所で料理をしているエマに挨拶をした。
「おっ……おはよう、リリー」
「あら、リリー。おはよう」
いつも通りの挨拶のはずなのに、二人は揃って少し目を見開き、そして慈愛に満ちた目でこちらを見てきた。
私の雰囲気の違いに気付いたのだろう。
親って凄いな。
「よく眠れたか?」
「はい、とても」
ジャックの向かいの席に座る。
「出来たわよー」
エマも食事を持ってくると、そのままジャックの隣に腰を下ろした。
「有難う」
「有難うございます」
「どういたしまして」
三人で頂きます、と手を合わせる。
それから私が学校のために家を出るまで、三人で会話を楽しんだ。
「リリーちゃん、おはよう」
「あっ、リリー! やっほー」
「おはようございます」
教室に入ると、クラスメートが次々と声を掛けてくる。
「おはよう」
私はそれに答えた。
いつものように「おはようございます」とお淑やかに、ではなく、フランクに「おはよう」と。
「えっ?」
皆が驚いたような顔でこちらを見てくる。
それはそうだろう。私はこれまで学校ではこんな砕けた態度は取ってこなかったからだ。
「えっと……リリーだよね?」
学校で一番親しくしているクレアが訝しげに聞いてくる。
彼女はマルティネス家の長女で、破天荒な性格だ。
「そうだよ? おはよう、クレア」
「あ、ああ。おはよう」
クレアは困ったように笑った。
最初は皆訝しげに私を見ていたが、子供というのは順応力が高いものだ。
学校が終わり放課後になる頃には、皆いつも通りに話しかけてくれた。
むしろ、いつもより親しげにしてくれているように感じるほどだ。
「じゃあねー」
「また明日ー」
クラスメートに手を振り、クレアと共に教室を出る。
「いやー、今日はどうしたの?」
学校を出ると、クレアが鞄を頭の後ろに持ちながら聞いてくる。
「変だった?」
探るように聞けば、クレアは首を振った。
「ううん。ちょっとびっくりしただけ。けど、なんて言うかな……いつもより、しっくりきてたよ。肩の力が抜けたっていうか」
「私、いつもそんなに気張っていた?」
「まあね。なんかちょっと近寄り難いというか、懐に飛び込みづらいというか」
自然に振舞っているつもりだったが、無理をしている事はしっかり見抜かれていたらしい。
恥ずかしいな。
「私が偉そうに言う事じゃないけど、今日くらいの感じがリリーには合っている気がするな。皆もリリーと話しやすそうだったし」
「うん。私もこっちの方が気楽でいいや」
そう言ってクレアの真似をして鞄を頭の後ろで持てば、クレアは吹き出した。
それから私が気兼ねなく素を出してクレアと話し、クレアが爆笑するという事を繰り返しているうちに、分かれ道にまで来た。
「腹筋筋肉痛になったらリリーのせいだからね!」
そういって去っていくクレアに手を振り、私も自宅を目指して歩き出す。
自宅が見えてくると、そのさらに奥から桜色の物体が飛び出してきた。
「リリー!」
ソフィアだ。
「お帰り!」
「ただいまー」
胸に飛び込んでくるソフィアの頭を撫でれば、ソフィアは少し首を傾けた。
可愛い。
「リリー、どうしたの?」
「何が?」
「なんか嬉しそうだよ」
「えっ、そう?」
「うん」
確かに、いつも学校から帰ってきた時にある倦怠感がない。
きっと自分を偽らなかったからだろう。
「まあ、そんな事は良いのよ。それよりどう、レイは?」
「レイは凄いよ!」
おお、もうレイ呼びなのか。
刺激的だ。悪くない。
「レイはね、リリーと一緒でお掃除でもお料理でも何でも出来るんだー」
「それは凄いね」
前世でも八歳で料理が出来る子は少ないだろう。大したものだ。
「今は?」
「今は裏庭で剣を振っているよ。呼んでこようか?」
「いや、行って驚かしてあげよう」
「あっ、良いね!」
ソフィアが悪戯っ子の笑みを浮かべて頷いた。
……しかし、私達の企みは阻止された。
ちょうど私達が裏庭を覗いたタイミングで、レイモンドがこちらを向いたのだ。
「あっ、リリーさん。お帰りなさい」
レイモンドは特に驚いた表情もせずに近付いてくる。
気配を感じて振り返ったのだろう。
「レイは素振り?」
「うん。でもちょうど終わったとこだよ」
「あっ、本当? じゃあさ、良かったら私とソフィーと霊術の練習しない? まあレイにとっては物足りないかもしれないけど」
「物足りないなんて事ないよ。でも、そういう事なら喜んで参加させてもらおうかな。どっちみち練習はこのあとやる予定だったし」
「よしっ、交渉成立ね」
「やった!」
ソフィアが満面の笑みを浮かべた。六歳だとまだ恥じらいというものがないらしい。
微笑ましいものだ。
この笑顔に恥じらいが含まれるようになるのはいつだろうか。
ふふふふふ。
……こうして私達は三人で霊術の練習をする事になった。
その実力はこの眼で見て分かっていたが、レイモンドの攻撃技のバリエーションには改めて驚かされた。
それに改めて近くで見てみると、その発動までの時間が僅かに他の人より短い事に気付いた。
私も反復練習を重ねてある程度は素早く発動出来るが、レイモンドの完成度ははっきりいって異次元だった。
今はレイモンドがソフィアに教えている。
レイモンドはすでにそうだが、私はいずれこの二人の足元にも及ばなくなるだろう。
そう考えると少し寂しいし悔しいが、それと同時に楽しみでもあった。
それに、そんな二人に負けないために試行錯誤をするのも楽しそうだ。
そんな事を考えていると、私は少しだけダニエルの気持ちが分かった気がした。
「リリーもやろうよ!」
「今行くわー」
手を振るソフィアに答える。
誰がどれだけ強かろうが関係ない。
私が全力で生きていく事とそれとは、関係のない事だから。
私は二人の元へ駆け出した。
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